未整理
スタジオには、
コウタが一人残っていた。
照明は落とさず、
ただ椅子に腰を下ろしている。
さっきまで鳴っていた音の残骸が、
まだ空気の奥に引っかかっている気がした。
机の上に
置かれたままの雑誌が視界の端に入る。
表紙。
三人の名前。
コウタは、
一瞬だけ目を向けて、すぐに逸らした。
胸の奥が、
わずかに沈む。
スノーフレークスは順調だ。
でも、
三人の音は、
――ズレている。
判断を後回しにしたことが、
今になって大きく返ってきた気がした。
このまま
考え始めたら、
落ちる。
そう思った時、
スマートフォンが鳴った。
無視。
もう一度、鳴る。
さらに、鳴る。
連続で。
さすがに鬱陶しくなって、
画面を見る。
通知は、
一人分。
スタンプ。
絵文字。
やたら明るい。
本屋で最新号を買ったこと。
インタビューを何回も読み返したこと。
付録のポスターを切り取って部屋に貼ったこと。
相変わらず、騒がしい。
コウタは、
画面を見たまま、
息を吐く。
「……ふ」
思わず、
声が漏れた。
自分でも、
少し驚く。
落ちる前に、
手を掴まれた
みたいだった。
雑誌に、
もう一度だけ
視線をやる。
大丈夫。
まだ。
ちゃんと、
戻ってこれる。
そう思って、
スマートフォンを伏せて目を閉じた。
足元に置いたベースを、
ゆっくり引き寄せる。
ネックに手をかけたまま、
音は鳴らさない。
スタジオのドアが、ゆっくり音を立てて。
足音が、二つ分戻ってくる。
コウタは、
ベースの弦を押さえたまま動かなかった。
音は鳴らしていない。
それでも、指先だけがわずかに震えている。
「……ごめん」
その声に戸惑ったヒナタが、コウタを見る。
「今の話、別に反対じゃない」
一拍。
「羨ましい、とかでもない」
言い聞かせるみたいな声。
「たぶん、俺も同じ立場なら
受けてたと思う」
そこで、言葉が詰まる。
視線が落ちる。
「……でもさ」
小さく、息を吐く。
「最近、
自分が何やってるのか
わからなくなる時がある」
ハヤテは、何も言わずに聞いている。
「歌詞書いても」
指がネックを滑る。
「これ、誰のためなんだろって
思う瞬間が増えた」
ヒナタが、何か言いかけて止まる。
「評価とか、
外の期待とか」
コウタは続ける。
「正直、どうでもいい」
言い切ってから、少し考える。
「……違うな」
首を振る。
「どうでもよくしたい、が近い」
沈黙。
「ヒナタの名前で話が進んで、
ヒナタの声で期待されて」
「その横で、俺は
“整える人”みたいに立ってる」
「でも」
コウタは笑おうとして、
うまく笑えずに視線を落とす。
「それすら、
できていない気がする」
「それが嫌っていうより」
一拍。
「それを嫌だって思ってる自分が
嫌なんだ」
論点はもう崩れていた。
正論でも、整理された言葉でもない。
だからこそ、本音だった。
ヒナタが、ゆっくり口を開く。
「コウタ——」
「答えなくていい」
「今、まとめられると
逃げるから」
言ってから、少しだけ苦く笑う。
「俺、ちゃんと混乱してる」
コウタは視線を落としたまま、
それ以上は何も言わない。
ハヤテも、口を挟まない。
ヒナタは、すぐに言葉を返せなかった。
ギターに手を伸ばしかけて、止める。
一度、手を下ろす。
頭の中では、
整理できそうな答えがいくつも浮かぶ。
正論も。
説明も。
でも、
今ここでそれを出したら、
さっき言われた通りになる。
「……すぐには、答えられない」
それだけ言って、口を閉じた。
コウタが何か言いかけて、
やめる。
ハヤテも、何も言わない。
ヒナタはその場に立ったまま、
一度だけ、息を整えた。
考えることはできる。
決めることもできる。
でも今は、
まだ触れない。




