変わる生活
スタジオの空気が、
少し落ち着いたところだった。
ハヤテがスティックを置き、
ペットボトルに手を伸ばす。
ヒナタは、
アンプのつまみを少し戻す。
コウタは、
床に座ったまま、
チューナーを片づけている。
そのとき、
ハヤテのスマートフォンが鳴った。
画面を見て、
一瞬だけ表情が変わる。
「はい」
立ち上がらず、
その場で出る。
「はい、はい」
「ええ、こちらこそ」
「……はい」
声は落ち着いている。
ヒナタとコウタは、
音を止めたまま、
なんとなくそちらを見る。
通話が切れる。
ハヤテは、
スマートフォンをポケットに戻してから、
ペットボトルを一口飲む。
「……きまった」
コウタが、
顔を上げる。
「なにが」
「転職」
一拍。
ヒナタは、
何も言わず
ハヤテを見る。
「条件は?」
コウタが聞く。
「普通。
でも、スノフレ最優先は念押ししてある」
「そこ譲る気ないって言ったら、向こうが笑ってた」
ハヤテは、
そう言って、軽く笑った。
「顔つき、変わった」
コウタが笑う。
ヒナタが
短く、頷いた。
「無理なく続くなら、それでいい」
「だな」
ハヤテが肩をすくめる。
「じゃ、甘いの行く?」
「唐突」
「祝ってくれよ」
ハヤテが、いつもの調子で笑った。
スタジオを出て、夜道を歩く。
足取りは軽い。
喫茶店。
コーヒーの匂い。
大きなパフェを3人でつつく。
ふと、その手が止まる。
「……俺さ」
ハヤテが、
やけに間を取って言った。
「何」
ヒナタが即座に返す。
「引っ越す」
一瞬の沈黙。
「また?」
コウタが眉を上げる。
「今度はちゃんと理由あるやつ」
ハヤテは
咳払いして続ける。
「一人じゃない」
ヒナタの動きが止まった。
「……同棲?」
「言うな」
ハヤテが
照れたように言う。
「もう言ったけど」
コウタは
一拍置いてから言った。
「珍しく、覚悟いるやつだな」
「だろ?」
ハヤテは苦笑する。
「勢いだけじゃ決めてない」
ヒナタは
視線を落としたまま、
短く言った。
「通う距離は」
「変わらない。むしろ近い」
「ならいい」
ヒナタは
それだけ言った。
「判断基準そこ?」
ハヤテが笑う。
「大事だろ」
コウタが
静かに続ける。
「生活、変わるぞ」
「変わる」
ハヤテは頷いた。
「でも、戻る場所が
増えるだけだと思ってる」
少し間があって、
ヒナタがぽつりと言った。
「……それ、悪くないな」
そう言いながら、
ヒナタは視線を落とした。
テーブルの端に置いたスマートフォンが、
一瞬だけ光る。
通知。
名前は見えない。
ヒナタは確認せず、
そのまま画面を伏せた。
「だろ?」
ハヤテの声が少し明るくなる。
「じゃあさ」
ハヤテが軽く言う。
「新居祝い、来る?」
「落ち着いたらな」
ヒナタが小さく頷く。
「引っ越し」
「同棲」
コウタは指を折りながら言った。
「イベント詰め込みすぎだろ」
「比べるな」
ヒナタが即座に言う。
「比べてない」
コウタは肩をすくめる。
「ただ、
影響は受けてる」
ハヤテが面白そうに笑う。
「コウタも引っ越す?」
「考え始めてる」
即答。
「影響早っ」
「部屋、もう狭いし」
「歌詞書くと、壁が近い」
ヒナタが少し考えてから言う。
「環境変えるのは、悪くない」
「ほら」
コウタが言う。
「肯定された」
「同棲?」
ハヤテがからかう。
「違う」
「……一人で」
「一人で引っ越しが一番重いやつだろ」
ハヤテが言う。
コウタは肩をすくめた。
「話、聞いてたらさ」
「動かない方が、
怖くなった」
一瞬、空気が静まる。
ヒナタが短く言った。
「無理するな」
その声だけ、
少し遅れて落ちた。
コウタが何となく視線を向ける。
ヒナタは、
もう空になったコーヒーを
意味もなく回していた。
「しない」
コウタは笑った。
「ただ、考える」
ハヤテが立ち上がる。
「じゃあ、次は」
「コウタの物件内見回だな」
「やめろ」
「まだ妄想段階」
三人の笑いが、
いつものように落ちた。




