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Snow flakes   作者: 山吹 ことり
うさぎ編

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159/205

届け

 最終日。

 冷たい空気が、頭の奥を通り抜けた。


「……戻ってきたな」


 見慣れた街。

 匂いも、空気も、知っている。

 ライブ会場だけが、

 ひと回り大きくなっていた。


 照明の下で、

 音が鳴っている。


 重くて、

 丸い低音。

 床を伝って、

 身体に返ってくる。


 視線を上げる。


 あかりがいる。


 最初に見たときと、

 変わらない。


 楽しそうで、

 嬉しそうで。


 音に合わせて、

 ぴょん、と跳ねる。

 考える前に、

 身体が先に動いている。


 その姿を見た瞬間、

 胸の奥が、

 きゅっと鳴る。


 ――あ。


 息を吸うのを忘れていたことに、

 今さら気づく。


 来てくれた。


 気づいたら、

 口元が緩んでいた。


 隠そうとして、

 隠れない。


 次の一音。


 低くて、

 丸い。


 いつもと同じはずなのに、

 指先の感触が違う。


 心の奥で

 声がする。


 届け。

 届け。


 力を入れたわけでも、

 抜いたわけでもない。


 ただ、

 前に出た。


 音が跳ねる。


 ――ジャンプ。


 その感触に、

 ふと重なる。


 白い毛。

 小さく丸めた身体。


 ケージの隅で、

 じっとこちらを見ていた目。


 ――うさぎ。


 触れたら壊れそうで、

 距離を測っていた。


 あかりが、

 また跳ねる。


 楽しいから。

 生きているから。


 胸の奥が、

 今度は、

 はっきり動く。


 届け。

 届け。


 音を出している自分が、

 ここに立っている自分が、

 否定されていない。


 それどころか、

 ちゃんと届いている。


 コウタは、

 一度だけ息を吸って、

 次のフレーズに入る。


 心が遅れて跳ねる。

 身体に追いついて、

 同じ方向を見る。


 引かなくていい。

 怖がらなくていい。


 この音は、

 閉じ込めなくても、

 守りすぎなくても、

 ちゃんと生きている。


 最後の音が、

 会場に落ちる。


 拍手。

 揺れる空気。


 もう一度だけ、

 客席を見る。


 あかりは、

 変わらず跳ねている。


 それを見て、

 また心が跳ねる。


 ここまで来た時間も、

 積み重ねた夜も、

 全部まとめて

 今この一音に乗っている。


 そう思えたまま、

 最後まで鳴らしきった。


 音が終わる。


 最後に、

 もう一度、

 客席を見る。


 あかりが、

 手を振っている。


 コウタは、

 ほんの少しだけ、

 頷いた。


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