78. さりげなく
重い扉を開けて中に入ると、一気に激しいドラムとギターの音に全身が飲み込まれる。
バンドの演奏中で視聴覚室は熱気に溢れている。
琉生は、薄暗い室内を見回し、彼女の姿をさがす。
今日は文化祭だ。
思いがけず早く仕事が終わり、急いで登校した琉生は、廊下で佐藤と出くわした。
「お。琉生! よかったぁ。いいところに来てくれた!」
佐藤が嬉しそうに笑う。
「何? ……なんか企んでる?」琉生はちょっとあやしむ。
「いや、企んでないけど。協力してほしいだけ」
「え~」
琉生は、空をさがしに文芸部の展示教室に行こうと思っていたのだ。
返事をちょっと迷っていると、佐藤がふふと笑った。
「悪い話じゃないと思うよ。ほれ」
そう言って佐藤が指した方向には、空の姿が見えた。向かいの校舎への渡り廊下を1人で歩いている。
「文化祭一緒に回ろうって、誘ってきてよ。この前のオリエンテーリングで一緒に回ったメンバーで回る話になってさ。今、みんなに声かけたとこ。みんなすぐに集まるから、織田さんも誘ってきて」
「わかった! ……ありがと」
琉生は即答して、空の姿を追う。
そして、思う。
(佐藤、感謝! なんていい奴!)
一瞬でも、不満げな声を出してしまった自分を、ちょっと反省する。
空は、文化祭の会場案内リーフレットを見ながら、視聴覚室の方に向かっているようだ。そして琉生が声をかけるより一足早く、視聴覚室の中に入っていってしまった。
琉生は急いでその後を追う。
重い扉を開けて中に入ると、一気に激しいドラムとギターの音に全身が飲み込まれそうになる。
熱気がすごい。
それにしても、彼女がロックバンドの演奏を聞きに行くのは、あまりイメージにない気がする。
でも、案外こういうのも好きなのか?
琉生は、薄暗い室内を見回しながら、彼女の姿をさがす。
――いた。
入り口とは反対の、一番うしろの端の席に、じっと座っていた。
近づきかけて、琉生は一瞬立ち止まる。
いつもの彼女と、様子がなんだか違う。
しばらくして彼女が手の甲で目元を拭うのが見えた。
(泣いてる……? )
琉生の胸がドキリと音を立てる。
再び彼女が目元を拭う。
(やっぱり、泣いてる……)
琉生の胸が痛む。
彼女が泣く姿を見ているのは辛い。
琉生は、そっと彼女に近づいて、隣に座る。
彼女がハッとしたのがわかる。
「仕事早く終わったから」
小さな声で、彼女の耳元でささやく。
「1人で歩いてる姿見かけてついてきた」
「え? どうして」
彼女が驚いた顔になる。でも、なんだか嬉しそうに見える。
「一緒に、文化祭回ろうと思って」
琉生はほほ笑みかける。
「え?」
彼女はちょっと戸惑っている。
けれど、その顔にもう涙は見えない。
(よかった……)
ホッとした琉生は、彼女にささやく。
「だめ?」
いつもよりずっと甘い声になってしまった気がする。
琉生の言葉に、彼女がぶんぶん首を横に振る。
「じゃ、行こうか」
琉生が言うと、彼女はなぜかためらっている。
(ああ。そうか。2人で回っていいの? と思ったのか)
ちょっと説明不足だった。
いそいで、琉生は付け加える。
「外で、佐藤たちが待ってる」
一瞬、間が空いた。
なんとなく、彼女がガッカリしているような。
(……もしかして、ほんとは僕と2人で回りたいって思ってくれたのか)
そう思うと、内心嬉しい。ただ、実際はできないことだけど。
「オリエンテーリング一緒に回ったメンツで、見て回ろうって話になってさ」
琉生がそう続けると、彼女は、ホッとした顔になった。けれど、
「や、やった~。いいね~」
そう言った声はガッカリ感を隠せていなくて、琉生は思わずクスリと笑ってしまった。
「なんか、……棒読み?」
琉生がそう言うと、彼女も照れたように笑った。
まだ何もはっきりとは伝えていない。
でも、一緒にいたい気持ちは、たぶん、きっと、お互い同じだ。
そんな気がする。
「ほら、行こう」
そう言って、琉生は薄暗い視聴覚室の中で、立ち上がろうとする彼女の手を握ってそっと引き上げる。
さりげなく。
いや、ほんとに、さりげなく……できてたんだろうか?
胸の鼓動が伝わる前に、そっと彼女の手を離したけど。
ほんとは、そのまま握っていたかった……なんて。
今はまだ言わないけど。
でも、きっと伝える。
君が、好きだと。




