72. ひとりにしないから。
「今日は、どうだった?」
琉生の部屋の扉を開けて、レイが言った。
「どうって……」
「学年キャンプだったんでしょ?」
「うん」
琉生の白い頬にうっすら赤みがさす。
照れくさそうに長い睫毛を何度も瞬きしながら、琉生は口を開く。
今日の一日は琉生にとって、とても大切な一日になったから。
1人で胸の中に温めていたい気もするし、誰かにきいてほしい気もする。
そんな一日だったから。
今日、琉生は早朝からの撮影を終えて、学年日帰りキャンプの場所に向かった。撮影場所からも程近く、マネージャーの三田が車で送ってくれた。
撮影場所から集合場所の学校に行くより直接現地に来た方が早いということで、琉生はここで合流することになっていた。その方が、確実にキャンプに参加しやすい。マネージャーの三田と担任の倉内が相談してくれたおかげだ。
「まだ誰も来てないね」三田が言う。
「うん。ほんとにここであってるのかな? なんか不安……」琉生がつぶやく。
「場所はここで間違いないと思うけど。倉内先生に教えてもらったからね。撮影、案外早く終わって、よかったね。これならキャンプのはじめからいられるね」
三田がにっこりと笑う。
彼は、いつも、琉生と想太が忙しい中でも学校行事や大切なイベントに参加出来るように、可能な限りスケジュールを調整してくれる。
「せっかく学生なんだし。学生としての時間は大事にしてほしいから。一生の思い出になるはずだよ。それに、そういう経験も、役作りにはきっと活きてくると思う」
彼はそう言う。
でも琉生にはわかる。役作りのため、というのは、おまけの言い訳だ。ほんとは、学校が大好きな琉生と想太のために、できるだけその学生生活を守ろうとしてくれているのだ。
「ありがとう。三田さん」
彼にはひたすら感謝だ。思わず頭が下がる。
「じゃあ、ここに1人で置いていくけど、大丈夫かな?」
駐車場に1人残る琉生はうなずく。
キャンプのしおりによれば、あと半時間もすれば、みんながバスで到着するはずだ。
三田の車を見送って、琉生はそばのベンチに腰を下ろす。
少し紅葉し始めた木々、ひんやりとした朝の澄んだ空気。
もうあと少しすれば、学生達の笑い声や元気一杯の声で一気に活気づく。
今は、ときおり遠く近く鳥の鳴き声が聞こえる。
こんな1人の時間も悪くない。
そう思ったとき、琉生の脳裏には織田 空の顔が浮かんだ。
にぎやかな往きのバスの中で、1人で座る空。
ほんとなら隣に座るはずの僕は、仕事で一足先にここにいる。
ごめん。きっと淋しい思いをしてるよね。
2時間ほどとはいえ、にぎやかな車内で、1人ぽつんと過ごす空の姿を思い浮かべると、琉生の胸は痛む。
往きはひとりにしたけど、帰りは必ず隣に座って、その埋め合わせをしよう。
(埋め合わせをするって、どうやって?)
琉生は自問する。
何をしたらいいかわからないけど、とにかくたくさん話しかけよう。いっぱい笑いかけよう。
転校したあと、彼女が僕を思い出すとき、アイドルとしての自分じゃなく、クラスメートとしての藤澤 琉生をいっぱい覚えていてくれるように。思い出せるように。
琉生は秘かにそう決意する。
『拗ねてそっぽ向いてると、あとで、もっと淋しくなるよ』
姉のレイにそう言われて反省した琉生は、あの部活の日からあとは、気持ちを入れ替えて、とにかくほほ笑むことにしたのだ。空と目が合うと、さりげなくほほ笑む。できるだけ優しく笑ってみせる。
淋しさを押し殺してほほ笑む。
ずっと自分の気持ちにフタをしてきた琉生だ。
でも、もしかしたら、もう二度と会えなくなるかもしれない。
そう思うと、一気に心の奥底の方から気持ちがあふれ出してきた。
いつのまに、自分はこんなに彼女のことを好きになっていたのだろう。
自分でもよくわからない。
わからないけど、でも。彼女のことを大切に思う。
悲しませたり淋しい思いをさせたくないと思ってしまう。
もちろん、そんなことを口に出して言える立場でも関係でもない。
わかっている。
それでも、彼女に向かう気持ちに琉生は時々押し流されそうになる。
ぼんやり緑を眺めていると、やがて大型のバスが数台近づいてくるのが見えた。
駐車場に入ってくる。琉生は立ち上がって、バスの窓に手を振った。
バスから降りてきたクラスメート達が次々に琉生に声をかける。
「琉生くん、間に合ったの?」
「お。琉生、よかったな」
「お~琉生、おまえ、先に着いてるなんて」
「よかったね~来られて」
みんな笑顔だ。
「仕事終わって直接来たら、まだ誰も着いてなくて。ほんとにここだっけ? ってすごく不安だったよ」
そう言って、琉生も笑う。
少し遅れて、なんだかぽやんとした顔でバスから空が降りてきた。
バスの中で眠っていたのかもしれない。ちょっと寝起きのような、無防備な顔だ。
「織田さん、ごめんね。往きのバスの中、ひとりにして」
琉生は彼女に近づいていって、小さい声でそっと言った。
すると、ぽやんとした顔のまま、彼女が応えた。
「うん。……淋しかった」
(え? え?)
あまりに素直な空の反応に、一瞬、琉生の方が驚いた。
思わず目が丸くなる。
いつもの彼女なら、「ううん。大丈夫。それよりお仕事朝から大変だったね」と言うところだ。
いつもと違う反応にドキッとしていると、彼女はハッとしたような顔になって、ものすごく慌てて、
「あ。いや。そう。だって、みんな2人ずつ座ってて、ひとりなん、私だけやったから、やから……えっと」
しどろもどろになっている。
そんな姿もなんだか可愛くて、琉生はとびきりの笑顔で言ったのだ。
「うん。淋しかったよね。ごめんね。帰りは、ひとりにしないから」
目の前で頬を赤くしてかたまっている空を見つめていると、集合の声がかかった。
「行こう。集合だって」
琉生は、空に笑いかける。
「う、うん」
空はまだ頬を赤くしたまま、うなずいた。
クラスの列に班でまとまって並びながら、琉生はさっきの自分の発言を振り返る。
『帰りは、ひとりにしないから』
ひとりにしないから。
うわ。
ちょっとまて。
なんか、バラエティー番組で、よく頼まれる胸キュンセリフみたいなこと言った気がする。
『淋しかった』という空の予想外の素直な反応にびっくりして、自分も思わず、言ってしまった。
ひとりにしないから。
うあああ。
自分で言っておきながら、琉生は頬が熱くなってくるのを感じていた。




