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71. 「ほらね。素直」



「……で。琉生少年は、ご機嫌ナナメってわけなんだね?」

 レイが、可笑しそうに笑いながら言った。

「ほら。そう言ってからかうから言いたくなかったんだ」

 琉生は少しふてくされて言う。




 空の転校の話を聞いて、ショックでイラだった気分のまま帰宅した琉生に、

「どうかした? なんかイライラしてるみたいに見えるけど?」

 そう訊いたのは、姉のレイだ。

「……別に」

「キミが、“別に“って無愛想に言うときは、間違いなく何かあったときだからね。ん? どうした? お姉ちゃんに話してみ?」

 自分とよく似た涼しげな瞳が、琉生の瞳をのぞきこむ。


 7歳年上の姉と琉生は、とても仲がいい。小さい頃から琉生は、この姉のことを頼りにしてきたし、今はアーティストとして尊敬もしている。

 でも、時々琉生のことをいまだに小学生とでも思っているのかのようにからかったりするので、琉生としては、やりにくいときもある。

 とはいえ、安心して打ち明けられる存在にはちがいない。琉生は、姉に空のことを話した。

 2学期いっぱいで転校してしまうこと。それなのに、すごくキラキラした笑顔で、嬉しそうにしていること。

 

「でもさ、なんで内緒にするのかな? 部活でもクラスでも、何にも言ってなかった。2学期いっぱいだなんて。そんな大事なことなのに、誰にも……僕にも話してくれないなんて」

 ついついぐちってしまう。

「それでぐるぐる考えてたら、なんとなく彼女の笑顔の理由がわかってきた気がしたんだ」

「うん? 理由?」

 

 関西を離れても、ずっと関西弁を使い続けるくらい、関西愛の強い空だ。

 そんな彼女が大好きな大阪に帰れる。

 ……そうか。

 嬉しいのだ。きっと。


 前に、関東に来たばかりの頃、関西弁を拒絶されていやな思いをしたという話もしていた。

 琉生たちの中学や、今の高校では、そんな思いをすることなく、過ごせているようだけど、彼女にとって、居心地がいいのは、やはり関西のはずだ。

 だから、彼女は、自分の好きな大阪に帰れることが嬉しくて、その気持ちを抑えきれずにいるのだ。それゆえの、素敵なキラキラ笑顔なのだ。

 

 生まれたときからずっと今の街から離れたことのない琉生には、住み慣れた大好きな街を遠く離れて暮らす淋しさや心細さは想像することしかできない。それでも、彼女が大阪に戻れることをどれほど喜んでいるか、わかる気がする。


「でもさ。……なんか、淋しいよ」琉生はポツリと言った。

 彼女をこれほど笑顔にしてしまう大阪に、軽く嫉妬さえ感じるほどに。

 

 琉生が安心して話せる女子は、ただ1人、織田 空なのだ。

 クラスの他の女子たちには、やはりアイドルとしての琉生を意識している子達が少なくない。気を遣いながらではあるが、それとなく、琉生の個人的なことや仕事のことを聞いてきたりもする。

 空は、違った。本の話や将来の夢の話、話題はいろいろ広がるけど、アイドルとしての琉生を知ろうとする話にはならない。他の芸能人のうわさ話や、出演した番組の裏話を聞きたがったりもしない。

 

 もちろん、文芸部のメンバーとはずいぶん打ち解けて話しやすくなった。でもそれは、その場に空がいるから。彼女がいるから、琉生は気を遣わずに自分を出せるのだ。

 彼女がいなかったら、きっと間を持て余しそうな気もする。



 琉生の話をほほ笑みながら聞いて、

「……で。琉生少年は、ご機嫌ナナメってわけなんだね?」

 レイが、可笑しそうに笑いながら言った。

「ほら。そう言ってからかうから言いたくなかったんだ」

 琉生は少しふてくされて言う。


「からかってないよ。なんか、琉生可愛くなったなあ、って思って」

「それがからかってるんだって」

 少しムッとした琉生に、姉が言う。

「ごめん。可愛くなった、って言ったのは、からかったんじゃなくて。う~ん、なんていうのか、素直に丸くなったね、って。前はとんがってるってほどじゃなくても、なんかいつも壁を作ろうとしてたじゃない? その壁が消えて、感情表現が豊かになったね、ってこと。“淋しい”なんて、琉生が言ってるの、初めて聞いた気がするもん」

「……初めて言った気がする」

 琉生が目を見開く。

「ほらね。素直」

 レイがほほ笑んだ。

「じゃあね。そんな琉生くんにひとこと」

「うん?」

「覚えてる? ずっと前に言った言葉。“アンテナを立てて情報をキャッチしたら、次はしっかり観察する”って言ったこと」

「覚えてる」

「ちゃんとしっかり彼女を見てみるの。私には、『大阪に戻れてラッキーだから嬉しくて笑顔キラキラ~』みたいな単純な子には思えない。彼女の本当の気持ちも見えてくるかもしれないよ。転校を内緒にしてるのも、彼女なりのいろんな想いや気遣いがあるような気がするし」

「そうかな……」

「琉生、なんにせよ、一緒にいられる時間をむだにしないで。拗ねてそっぽ向いてると、あとで、もっと淋しくなるよ。先のことなんかおいといて、“今”の時間を丁寧に大事にすごさないとね」

 レイは、手を振って部屋を出て行った。



 レイが部屋から出て行ったあと、琉生はソファに寝転がって、窓越しに空を見上げた。

 開け放した窓の向こうの空は、少しずつ暮れかかっている。

 変化していく空の色を眺めながら、考える。

 部活のとき、視線を合わさないようにしていた琉生のことを、彼女はどう思っただろうか。

 


 『拗ねてそっぽ向いてると、あとで、もっと淋しくなるよ』

 姉の言葉が胸に刺さる。

 

 自分がものすごくガキに思えてしまう。

 両腕で目を覆うと、涙があふれてきた。


 淋しい。

 彼女が、ここからいなくなってしまうことが、淋しい。


 ずっとここにいてほしい、なんて言える立場でも関係でもない。


 いつか。

 いつか……なんて約束ができる立場でも関係でもない。


 

 琉生は心の中でつぶやく。

 僕は、いつから、彼女をこんなに好きになってたんだろう……

 

 涙はしばらく止まりそうにない。



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