68. もしかして。
『バス 隣りやで』
想太からのメッセージだ。
『隣か。またいろいろ作戦会議できそうだな』
琉生は返信する。
今度行く、学年キャンプのバスの座席だ。くじを引くところまではいたのだが、そのあとは、2人とも早退したのだ。
今日は、琉生は午前中に仕事が入っているが、想太はオフだ。登校したら、バスの座席見てどうなったか報告すると想太が話していた。
昼からは、琉生も登校するつもりではあるが、仕事の長引き具合では、休むことになるかもしれない。でも、数学で質問したいこともあるし、放課後からでも登校しようか、迷っていたところだった。
『ちゃうちゃう』
再びメッセージが表示される。
『ちゃうちゃう? なんで? 隣やろ?』
琉生も少し関西弁を交えて返信する。
『オレの隣りとちゃうで~ オレは琉生たちのうしろ~』
『え? おまえ、くじの番号は?』
お互いに、自分の引いたくじの番号は教え合っていない。あとのお楽しみにしようと話していたのだ。
『オレは往きも帰りも5番 琉生、往きは2番で 帰りは1番やろ?』
『うん。そうだけど』
『あ 琉生 今日は昼から来るんだっけ?』
『早く終わればな』
『じゃあ、そんときに見たらいいか』
『なんだよ、その中途半端なお知らせは~』
『じゃあね チャイム 鳴った~』
可愛らしい子猫のスタンプが画面で手を振っている。
想太がふざけている。
なんか機嫌がよさそうな。
何があったのかはわからないけど。
まあいいか。楽しそうだし。悪い知らせではなさそうだ。
今、琉生は来年春頃に公開される予定の映画の撮影中だ。
ありがたいことに継続して、ドラマや映画の出演依頼がある。
今回は主演ではないが、事務所の大先輩が主演する映画で、その先輩の少年時代を演じることになっている。
想太は、今撮影中のドラマが終わる頃に、次の映画の撮影が入るらしい。それも時代物だというので、想太はすごくはりきっている。
殺陣の稽古に行く想太と一緒に、琉生も稽古に通い始めたところだ。武将役だと、騎乗しながら刀を振るったり、弓矢を射たりするシーンもあるから、乗馬もかなり練習しないといけない。時代劇の俳優で、乗馬シーンをスタントなしで見事にこなしている人は、役に入る前だけでなく、日頃から練習に通っていると、乗馬のコーチが話していた。それを聞いて、練習に通う回数を増やしたい、琉生と想太だ。でも、なかなかスケジュール的に厳しいところだ。
作戦会議の時に掲げた目標の1つに、“本物の役者として認められる演技をする”ということがある。
アイドルだから、見た目の可愛さやカッコよさだけで、キャーキャー言われて調子に乗っている。
そういう見方をする人がいることを、琉生たちは知っている。
アイドルなんて歌もヘタなら、演技もヘタ、人気があるのは若い間だけ。そんな意地の悪い見方をする人がいることも事実だ。
でも、琉生たちも死ぬほど努力して、必死で様々な局面を乗り越えてきているのだ。同じ事務所の先輩達も後輩達もそうだ。誰も楽をして今の場所に立っている者はいない。みんな必死なのだ。
だけど、“アイドル”を色眼鏡で見る人たちには、そんな苦労は目に入らないらしい。
“ちょっと若くて可愛いから、カッコいいからって、いい気になっている。学芸会レベルの歌や踊りや演技で、もてはやされているが、目も当てられないくらいヘタだ。だから、アイドルのコンサートなどに、自分は行く気はしない”
そんなことを、すごく著名な評論家の人が、堂々と雑誌のインタビューで語っていて、琉生たちは少なからずショックを受けた。
別に舞台裏の苦労をひけらかしたいわけじゃない。むしろそれは知られなくていい。
ファンの人たちや観客には、美しくて華やかでパワフルなステージをそのまま楽しんでほしいから。
ただ、本番を迎えるまで必死で取り組んできて、何度もブラッシュアップを重ねてきた舞台を、観てもいないのに勝手なイメージで学芸会レベルと言い捨てる人がいることに、琉生たちは確かに傷ついた。
その話をすると、先輩は言った。
「悔しかったら、その分、もっといいものを、もっともっと素晴らしいものを見せるしかないんだよ。見せ続けるしかないんだよ。それしか、ないんだよ」
自分たちが素晴らしいパフォーマンスを見せることでしか、まちがったイメージを払拭することはできないというのだ。
確かにそうかもしれない。
だから。
がんばろう。
そう思う琉生だけど、時々、考えることがある。
僕は、どこへ行こうとしているんだろう。
そして、どこまで行かないといけないんだろう。
そんなことを思ってしまう自分が、ちょっと情けない。
夢見たのは、自分だ。
誰かに押しつけられたわけじゃない。
妹尾 圭に憧れて、この道を歩き始めて。
想太と出会って、一緒にさらに前へ進もうと志して。
夢見ているのは自分だ。
だから、その夢のために、やりたいことが山ほどあって。
それがけっしていやではないのに。むしろ喜んでやっているはずなのに。
なのに、時々、息苦しくなってしまうのは、なぜだろう。
琉生が仕事を終えて学校に着いたのは、もう放課後だった。
真っ先に職員室に行って倉内先生に登校した姿を見せ、そのあと数学科研究室の数学の先生のところに質問に行った。
数学の先生は、琉生が質問に行くとすごく熱心に教えてくれる。
「君のように熱心な生徒は大歓迎です。しかも持ってくる問題が面白いね。一緒にとくのが楽しい問題はいいね」
そう言って、時にはお茶まで出してくれたりする。
嬉しいけれど、今日は早く教室に座席表を見に行きたいのだ。できたら、部活にも顔を出したい。
なので、1問だけ質問をして、琉生は言った。
「ありがとうございました。今日は、他の教科の質問にもいくので、1問だけにします。また、今度来てもいいですか」
初老の数学教師は、琉生のほほ笑みにつられるように、彼自身もほほ笑んで、「いいともいいとも。ぜひおいで」と言ってくれた。
礼儀正しく一礼をして、数学科研究室を出て、琉生は教室に向かった。
カギは開いているか?
とりあえず、行ってみよう。
『バス 隣やで』
ふいに、想太の言葉が浮かんだ。
もしかして。
想太が隣じゃないなら。
もしかして。
佐藤が隣なら、そうハッキリ言うはずだろう。
思わせぶりな、その言葉は。
もしかして。
琉生は、少しどきどきしながら、教室の扉を開けた。




