66. まだ見ぬ明日
「おっかえり~」
到着ロビーは多くの人であふれかえっている。
寝ぼけマナコの琉生を、ノーテンキな声で出迎えたのは、想太だ。そのすぐ横に、事務所のスタッフの沢口もいる。
「え? なんで? わざわざ迎えに来てくれたの?」
ちょっと驚く。
2人が揃っていると目につきやすいのか、少し離れたところで、若い女性達がザワザワし始めている。その様子を見て、
「行きましょう」
マネージャーの三田が2人を促す。想太が琉生の肩にかけた荷物を受け取り、沢口は、三田の荷物を受け取る。4人は急ぎ足でロビーを抜ける。
空港を出て、車に乗り込む。
「お帰りなさい。無事でよかった」
沢口の言葉に、琉生はキョトンとする。飛行機に乗っている間、ほぼほぼ眠っていた琉生だ。
(知らない間に、何があったんだ?)
「事故機も無事発見されて、乗客乗員も、怪我人はいたようだけど、みんな無事救出されたらしいです」
ハンドルを握る沢口が言う。琉生の隣で、想太もうなずいている。
「そうか。よかった……。一本違えば、それに乗っていたと思うと、他人事じゃないから……」
三田もホッと息を吐く。
琉生には何のことやら、話が見えない。キョトンとしている琉生に、想太が言った。
「飛行機事故があったんだ」
「え?」
「琉生たちが乗ったやつかもしれへん、って、こっちではみんなめちゃくちゃ心配しててん」
「三田さんと琉生の乗った飛行機の1本後の便が事故に遭ったんだ。なかなか正確な情報は入らないし、みんなほんとに大騒動だった」
「マスコミは?」三田が訊く。
「そっちは、琉生がいつどの便で帰国するという情報は何も出してなかったから、全くこちらにはくることはなくて」
「そうか」安堵したように三田が言う。
「学校のクラスでは、そろそろ帰国やなって思ってるところに、事故の情報が先に入ったから、みんな真っ青になってた」
誰より真っ青になっていた想太が言う。
「そんなことが……」
琉生は絶句する。
自分が夢さえ見ないで、ただただ爆睡している間に、こちらではそんな騒動が起きていたのか。そう思うと、自分のせいではなくても、申し訳ないような気持ちになる。琉生の顔が曇る。
「昨日はね、琉生のお母さんも想太も事務所に詰めていて。連絡が入るのを待ってたんだ」
「え?」
「今日は、こちらで迎えに行くから、自宅で待っていてくださいってお伝えして、待ってもらってる。だから、このまま真っ直ぐ、家まで送るからね」
沢口が言う。
「ありがとうございます」
琉生は神妙に頭を下げる。不安そうな顔の家族の姿が目に浮かぶ。
知らない間にそんなに心配かけていたとは。
「オレも琉生んちでおろしてよ。そこからは歩いて帰るから」
想太が沢口にニコニコしながら言う。
「想太も家まで送るよ?」
「ありがとう。沢口さん。でも、このあと、事務所戻ってからやらなあかん仕事いっぱいあるんでしょ? ちょっとでも早く戻ったほうがええよ。……今日かて、ほんとは、オレが運転できたら、オレ1人で迎えに来れたのに、ごめんね。ああ~オレも早く免許取りたい~」
申し訳なさそうな顔の想太に、沢口は、ふふと笑って、
「僕もね、2人の無事な顔を真っ先に見たかったからさ、一緒に迎えに来れてよかったよ。僕たち、役得、だね」
「うん」
素直にうなずいた想太は、隣に座る琉生を両腕でかかえこむようにして、琉生の肩に頬を寄せる。
「ほんまよかった~。おかえり~。琉生~。琉生~」
そう言って、小さな子どもみたいに、琉生の肩に頬ずりをして、想太が甘える。いや、その仕草は、子どもというより、ちょっと子犬っぽい。
子犬にしては大きなサイズのワンコに甘えられて、照れくさそうな琉生に、
「……よかったね」
車の運転席と助手席から、沢口と三田がミラー越しに笑いかけてくる。
「ほんとにいいの?」沢口が言う。
「いい。すぐやし」
琉生を送り届けたあと、想太は事務所の車を断って、てくてくと歩き出す。
今までと同じように、こうして琉生の家から歩いて戻る日常を味わいたかった。
ほんの少しタイミングがずれていたら、こんな日常も違ったものになっていたかもしれないのだ。
当たり前の毎日がずっと続くわけじゃない。頭では理解していても、繰り返される毎日の中で、ついついそのことを忘れてしまう。
もしも自分が相棒を永遠に失ってしまっていたら――自分はどうなっていただろう。
目の前が真っ暗になるような気がする。
「オレ、弱すぎ……。情けないけど……弱すぎ」
自分の脆さに、想太は頭を抱える。
(強く、なりたいねんけどな。心、強く……)
そうは思っても、どうすればいいのかわからない。
おそらく自分は、この先も、何かあるたびに心揺れて、不安になって、落ち込んだり、傷ついたり。ときには泣いたりもして。
そんなふうに生きていくのだと思う。
強くなりたいけれど、さしあたり何も出来ないなら、毎日を丁寧に大切に生きる、それしかないのかもしれない。
車の中で抱きしめた琉生の温かい鼓動を思い出す。
明日、何が起きるかなんてわからないけど、今、確かにここにいることを感じさせてくれる、琉生の鼓動。
生きているって、なんかすごいよな。
そう思うと嬉しくなってくる。思わずスキップしそうになって、踏みとどまる。
今、ここにいる。
琉生も自分も。
そして、生きている。
明日への不安は消えないけど。
まだ見ぬ明日のことは、明日の自分にまかせよう。
今日の自分にできることは、今日をちゃんと生きるだけだ。




