65. その名を呼ぼう。
「乗ってなかったって! 2人とも事故機には乗ってない」
パソコンの画面から顔を上げて、事務所のスタッフが声を上げた。
「え?! ほんとか!」
「……よかった……」
佐藤に送られて、やっとの思いで事務所にたどり着いた想太は、ずっと帰宅せずに事務所に待機していた。ちょうど仕事で事務所にいた圭と合流したものの、依然として正確な情報は入ってこない。父ちゃんと一緒にいて心強くはあるが、不安は大きくなるばかりだ。すぐに琉生の両親も事務所にかけつけてきた。
情報の少なさに、みんななんとも言えず重苦しい空気になる。
本来乗るはずだった便から、別の便に振り分けられたことはわかったが、向こうも情報が錯綜しているようで、正確なことはわからなかった。
夕方になってようやく、2人が事故機には乗っていなかったこと、むしろスムーズに別の便に乗り継いで、現在順調に日本に向かっている、ということがわかったのだ。
ロスでの乗り換えの際、マネージャーの三田が、事務所宛にメールを送ったのだ。
それで無事がわかった。
事務所全体が、安堵のため息をついた。
誰もが、全身の力が抜けたようにホッとした顔になり、「よかった……」と繰り返す。
ホッとしたのと同時に涙があふれて止められなくなった想太の肩を圭が抱きかかえる。
「よかったよかった。ほんとによかった……」
その腕の中で、想太は声を上げて泣いた。
しばらく泣いて、少し落ち着いてきた想太は、スマホを手にした。
心配してここまで送ってきてくれた佐藤に、無事を知らせないと。彼も心配で不安でたまらなかったろうに、想太を支えてここまで連れてきてくれた。
スマホを取り出して、佐藤に電話する。
クラスメートの中で、彼にだけは、琉生と想太のスマホの番号を知らせている。それは事務所も了解の上だ。
連絡が入るのを待っていてくれたのか、着信音がなるかならないかのうちに、彼が電話に出た。
「どうだった? 連絡は?」
緊張した佐藤の声が聞こえる。
「大丈夫やった。乗ってへんかったらしい。むしろ、順調に乗り継ぎできて、明日日本に着くって」
「そうか……。よかった……」
深くため息のような息を吐いて、佐藤が安堵の声をもらす。
「心配かけて、ごめんな」
琉生の分と、想太自身の分の、ごめん、だ。
「ここまで送ってくれて、助かった。ありがとう。……それにしても、琉生のヤツ、ほんま心配かけて……」
涙と笑いが両方いっぺんに声に混じる。
「いいよ。っていうか、ほんとに、無事でよかった。ほんとによかった。クラスのみんなには、オレから伝えとく。想太、ほんとに……お疲れさん」
佐藤の声が優しくしみる。
「うん。ありがとう。じゃあ……ほんとに、ありがとう」
横を見ると、琉生の母親が、どうやら担任の倉内に電話をかけているらしい。「先生、本当にご心配おかけしました」と何度も、スマホを握りしめながら頭を下げている。
その横顔には、さっきまでと違って、安堵の大きな笑みが浮かんでいる。
「よかったね」
電話を終えた想太の肩をとんとんと、軽くたたきながら、圭が言う。
「うん。ほんとによかった。……なんか、オレ、ホッとして、力抜けた……」
想太は、隣に座る圭の肩に頭をもたせかける。
「うん」
圭がうなずく。
「怖かってん。……めちゃくちゃ……怖かってん」
想太の頬を、幾筋も涙が伝って落ちる。
そんな想太の肩を圭が包み込むようにしっかりと抱きかかえる。
圭の腕の温もりが、ゆっくりと想太の心をほどいていく。
琉生。
待ってるから。
明日は、空港に迎えに行こう。
その笑顔に少しでも早く会いたい。
なんか嬉しすぎて、ホッとしすぎて。
明日会ったら、抱きしめてしまうかも。
琉生、びっくりするかな。……するやろな。
それでもいい。
無事でよかった、って。
思いっきり抱きしめてやろう。
琉生。
琉生。
大事な相棒の名前を心の中で呼ぶ。
いや。
明日は、ちゃんと声に出して呼ぼう。
何度だって、その名を呼ぼう。
声に出してその名を呼べることがどれほど幸せなことか。
そして、それに応えてくれる人がいることがどれほど幸せなことか。
琉生。
待ってろ。
照れて白い頬をあかく染める琉生を思い浮かべながら、想太はやっと全身に温かい血が巡っていくような気がしていた。




