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64. 返事しろ。


「どうかしましたか」

 倉内先生が、教室の後ろの方に座っている生徒たちに声をかけた。日頃、授業中に騒がしくする者はほとんどいないのに、なぜか今、その一角が騒がしくなっている。大きい声で騒いでいるわけではない。でも、ザワザワした落ち着かない雰囲気だ。

「いえ。あの……」

 言いよどんだひとりの女子の言葉に続けて、その隣の席の男子が、スマホを掲げて言った。

「先生。飛行機事故が起きたらしいです」

「どこで」

 倉内先生が低い声で訊く。授業中にスマホを使わないようにという注意を口にしなかった。おそらく、その生徒たちの雰囲気から、何かを察したのかもしれない。


「アメリカです。……シカゴ発の便」

 一瞬、クラスの空気がしんとした。

 

 え。

 シカゴ発。

 まさか乗ってないよね。

 どこに行くやつ?

 ロサンゼルス。

 国内線?

 じゃあ乗ってないよ。きっと。

 乗るなら東京行きの直行便だろ。

 

 教室中に低い声のざわめきが広がる。

 みんな、琉生がもうじき帰国するという情報は知っている。もちろん、何日の何時の便なのか、そんな細かいことまでは知らないが。

 

 自然とみんなの視線が想太に向かう。

 一足先に撮影を終えて帰国していた彼は、いよいよ帰るという知らせを、今朝受け取ったばかりだ。

 みんなの視線に、想太は首を横に振る。どの便に乗るとか、そんなところまでは聞かされていない。


 みんなが一斉にスマホを取り出して、ニュースを検索し始める。何か少しでも詳細な情報が出ていないか。

 倉内先生も、

「まだ何もわからないから、慌てたり心配しすぎたりしないで。みなさん、落ち着いて行動してくださいね」

 そう言い置いて自習の指示を出すと、職員室に戻って行った。



「想太。どの便に乗るとか、聞いてないんだよな?」

 佐藤が心配そうに、想太の席のところにやってきて言った。

「聞いてない。直行便のチケット取ってると思うけど」

 2人が眉をひそめて話し合っていると、教室のあちこちで声がする。


 みんなスマホを見ている。

『乗員乗客の消息不明』

『途中で通信が途絶えた』

 ネットの記事を切れ切れに口にする声が聞こえてくる。

『日本人の乗客が乗っているかは不明』

 

 それ以上の続報はなかなか入ってこない。

 


 だんだん、想太の胸に不安が渦巻き出す。いやな汗が額や背中を伝う。

 ふと、以前、道路に飛び出した女の子と猫を琉生が助けて車にひかれかけたときのことを思い出した。

 あのときも、今と同じようにいやな予感がしたのだ。

 幸い、あのとき、琉生は擦り傷くらいで大きなケガを負うこともなく、頭は打ったがとくに異常もなかった。けれど、なかなか目を覚まさない彼の枕元で、想太は泣きそうになりながら不安な夜を過ごしたのだ。

 翌日、琉生が目を覚まして、自分の名前を呼んでくれたとき、想太は、彼に抱きついて大泣きした。あまりに泣き声が大きかったせいか、何ごと?と心配した看護師さんが様子を見に来たほどだった。ちょっと恥ずかしかったけど、本当に不安で怖くてたまらなかったから、琉生の笑顔を見て心底ホッとして泣いてしまったのだ。


 そうだ。

 あのとき、琉生は言った。

「大丈夫。僕は、ちょっとやそっとのことは平気だから。悪運だけは、昔から強い方なんだ」

 確かに、たまにケガをすることはあっても、いつも大事故にならずにすんできた琉生なのだ。

「だから、大丈夫」

 そう言って笑っていた。



 琉生。

 琉生。

 無事やんな?

 

 返事してや。

 

 スマホでメールを送ってみる。返信はない。


 大丈夫。大丈夫。

 悪運だけは強いって。

 

 琉生。

 返事しろ。

 テレパシーでも何でも使って。

 返事しろ。


 琉生。

 琉生。

 

 心の中で何度もその名前を呼ぶ。

 

 だんだん、目の前がグラグラと揺れ出すように不安が大きくなっていく。全身の血がつま先まで下りたかと思ったら、次の瞬間、一気に頭に上って、全身が燃えるように熱くなったりする。

 もうあかん。

 とうとう、想太はガマンできなくなって、立ち上がった。机の中の荷物を適当にカバンに放り込むと、

「オレ、とりあえず、早退する。事務所に行って、なんか情報入ってないか、聞いてみる」

「大丈夫か? オレもついていこうか? 」

 佐藤が心配そうに言う。

「だいじょうぶ」

 そう言いながらも、どんどん青ざめていく想太の顔色を見て、佐藤が、

「一緒に行くよ、想太。……ごめん。みんな、先生には、2人で早退したって、伝えて」

 クラス全員に投げかけるように言った。

 みんながうなずく。

 カバンと想太の腕を抱えるようにして、佐藤は教室の扉を開け、2人は教室をあとにした。

 


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