63. やっと。
「思ったより早く帰れることになってよかったね」
マネージャーの三田が、笑顔になった。
想太から遅れて2日後、やっと琉生のアメリカでの撮影が終了した。
追加の撮影と聞いて、どれだけ日数がかかるのか不安だったけど、みんなの集中力の賜物か、撮影はスムーズにはかどって、無事、今日終了したのだ。最低でも4日はかかりそうだと言われていたが、その半分の時間ですんだ。
監督は納得の画が撮れたと満足そうで、みんなホッとした顔で、役者を入れての撮影は終了した。
撮影隊のメンバーは、あともう1日だけ現地に滞在して、宣材写真や動画に使う映像を撮ることになっているらしい。出演者たちは、想太も含め、自分の撮りが終わった人からすでに帰国している。なので、残っている撮影隊の中で同じ飛行機の便に乗るのは、琉生とマネージャーの三田だけだ。
琉生も三田も、やっと帰国できる嬉しさで、笑顔が抑えきれない。
『やっと僕も帰国します(琉生)』
琉生は、『琉生と想太のアメリカ日記』に、ずっと書きたかったひと言をさっき、投稿したところだ。
少し伸びた前髪を軽くかき上げて、額がスッキリと見えるようにして映った写真を添える。
『待ってるで~』
その声まで聞こえてきそうなメッセージがスタンプと共に、琉生のスマホに届く。想太だ。
白いお団子のようなキャラクターが画面の中で、手を振っている。
琉生も、同じスタンプを返す。
『お待たせ~。もうちょっとしたら帰るよ』
そう打ち込んでから、琉生はふふと笑ってしまう。まるで新婚夫婦のやりとりみたいだ。もちろん、そんな経験はないけど。
飛行機は満席だった。そのせいか、早めに空港に着いた琉生たちは、エコノミークラスのチケットなのに、思いがけずビジネスクラスの席に案内された。
「本日はエコノミーのお席が満席のため、一部のお客様にはこちらに移っていただいております。ただ、お食事についてはエコノミーと同じものになりますので、ご了承ください」と座席に案内してくれた客室乗務員の女性が言った。でも、早くゆっくり眠りたい、何なら食事は要らないと思っていた琉生たちには、むしろありがたかった。
エコノミーと違って、ビジネスクラスは、座席の前後左右の空間もゆったりとしていて、脚を伸ばして座れて心地良い。
琉生も、琉生よりさらに長身の三田も、長い足をゆったり前に伸ばしてくつろいでいる。
「ひと月間、ほんとに大変だったね。ゆっくりするといいよ」
三田の言葉を受けて、琉生は笑顔でうなずいた。一気に眠気が押し寄せる。座席に座るまで、それなりに気がはっていたのだろう。
うとうとしたときに、琉生は肩を軽くたたかれて目を覚ました。三田だった。
「琉生。一旦、飛行機を降りて、乗り換えることになったよ」
「え? どうして?」
機材に不具合が生じて、この便はフライトがキャンセルになったとアナウンスがあったらしい。
「国内線でロスまで行って、東京への便に乗り継ぐことになるって」
「そうですか……」
残念だ。眠っていたら、次に起きたときは、東京にいるのだと思うと、嬉しくて心底ホッとしていたのに。
「疲れてるのにごめんな。もうひと息がんばろうか」
そう言う三田もひどく疲れた顔をしている。彼は、マネージャーとして、この間、琉生以上に多方面に気を配り、奔走して疲れ切っているはずだ。
それでも、琉生のことを気遣ってくれる。優しい兄貴だ。
「三田さんこそ。僕よりずっと疲れてるでしょ。お互いもうひとがんばりですね。僕、帰ったら、美味しいおにぎりが食べたい」
琉生が笑って言うと、三田は目を細めて、
「いいね~。オレはラーメンかな。やっぱり日本のラーメンは世界一うまいと思う」
2人で、食べたいものの話をしながら、乗務員に指示されるとおりに、飛行機から一旦降り、長い通路を歩く。大きい荷物は、航空会社の方で積み替えてくれるらしいので、琉生たちは機内持ち込みの手荷物だけを持って移動する。空港モノレールに乗ってターミナルを移動し、国内線の別の機に乗り込んだ。
残念ながら、乗り換えた飛行機では、ごく普通の座席になった。
「さっきはせっかくビジネスクラスに座れたのにな。残念」
「ほんとにな~」
三田と2人で、少しぼやく。
ロスまでの所要時間は5時間弱。あまり寝てはいられない。まあ、ロスから日本へ行く便に乗り換えたら、今度こそゆっくり眠ろう。
何にせよ、もうあと少しで日本に帰れるのだ。やっと、帰れる。
嬉しくてたまらない。
もう少しだ。
そう思うと、少し気が抜けたのか、猛烈に眠くなってきた。
あまりぐっすりは寝てられないんだけどな。
琉生は少し重い瞼で、窓の外をぼんやり眺める。




