後輩女子
薄っすら朝靄が掛かる中、何時ものコースを走りながら新聞配達に勤しんだ。
よし、ここで終わりだな。
時間は午前6時、うむ、いつも通りだ。
夢見が悪い様な気がしたんだが気のせいだった。
ということは、寝る前に感じたやな予感のようなものも気のせいだろう。
ランニング後のクールダウンを入念にこなしながら家へと向かう。
途中見覚えのある顔を見つけた。
涼子の友人で同じ部活の笹谷有希ちゃんだ。
恐らく、これから朝練なのだろう。
新学期早々に朝練とは恐れ入る。
ちなみにうちの高校はグラウンド使用の関係で、大会一ヶ月前にならないと朝練ができない。
もどかしいが、他の部の連中も頑張っているので我儘は言えない。
トレーニングなぞどこでも出来るしな。
すると向こうもこちらに気付いたのか、手を振りながら小走りで近寄ってくる。
「おはようございますお兄さん!」
「やあ、おはよう。」
相変わらず元気だなぁこの娘は。
「涼子を迎えに来たのかい?」
いつも一緒に登校しているのを知っているのだが、あえて聞いてみた。
そのくらいしか会話の糸口がない、俺の会話スキルは低いのだ。
「ハイ!」
「新学期早々に朝練とは大変だね。」
と先程思ったことをそのまま口にする。
「お兄さんこそ毎日走って新聞配達、凄いですっ!」
うん、それもう十回以上は聞いたかな?
きっとこの娘の会話スキルも俺とドッコイなのだろう。
「まあ、俺の場合は必要に迫られてというか、切実な問題というか…」
言ってて気付いたが、必要に迫られてと言えば、この娘達もそうだよな、なんせ中学最期の年だし。
確かバレー部だったかな?前に涼子からそんな話を聞いた事があったな。
妹の部活がうろ覚えってのも問題があるのかも知れないが、野球以外のスポーツにそれほど関心がないからなあ、たぶんどこの兄妹でも似た様なもんだろ。
「あっ、ご、ごめんなさい、そんなつもりじゃ・・・」
俺の言葉に途端に恐縮してしまった。
いやいいんだよ、ハッキリと言ってくれて、貧乏ですもんね。って。
いや良くないか。
親父が事業に失敗して、中々凄い金額の借金を負った様だからな、詳しい金額は聞いてないけど敢えて言わないのだろう。
一応何らかの助成金は受けているようだが、やはり生活は厳しい。
新聞配達なんて大した足しにもならないけど、何もしないよりは良いだろう。
そういえば甲子園に出ると遠征費とかって自分で出すのか?
いや、そんな事はその時考えよう。
ふと、有希ちゃんに目をやると上目遣いでこちらを伺っている。
どうやら俺が考え事で黙ってしまったのを、怒っていると勘違いしているようだ。
なんと言ってフォローしたら良いか分からないので、微笑んでみた。
すると、顔を真っ赤にして俯いてしまった。
何だこの反応は?誤解は解けたと思っていいのか?判断に迷うな。
どうしよう、この空気。
「まあ、気にするなよ。」
それだけ言うのが精一杯だった。
そうこうするうちに家のアパートまで辿り着いた。
やっとこの空気から解放される。
「今涼子呼んでくるからちょっと待ってろよ。」
「あっ、は、はい。ありがとうございます。」
うん、表情からはさっきの恐縮した感じはしないな。
涼子のやつに変なこと吹き込まなきゃいいけど。
「おーい涼子ー、お迎えだぞー。」
女の子の、更に言えば年下の娘の名前を言うのは照れ臭いので、敢えてぼかして涼子を呼ぶ。
「ゲエ、もうそんな時間?」
おい、いくらウチが貧乏でも時計ぐらいあるぞ、ちゃんと見ろ。
あとゲエとか言うな、はしたない。
「慌てて事故にあわないようにな。」
「あたし兄さんみたいにぼーっとしてないもん。」
失礼な、別にぼーっとしている訳ではなく、いろいろ考え込んでいるだけだ。
俺は今朝作った弁当を渡して、涼子を見送った。
「行ってきまーす!」
「おう、行ってこい。」
さて、蓮璽を起こすか。
蓮璽達の部屋に行くには両親の部屋を通り抜けなければならない。
いつも俺が寝るより遅く帰って来るから起こさないように気を使わねば。
「おい、蓮璽、そろそろ起きろ。」
「うー、ん。」
やはり一発では起きないか。
「早く起きないと朝飯がなくなるぞ。」
「おいおい兄ちゃんそりゃないよ。」
全く小学生らしく無い口調でむくりと起きた。
…たまにそういう事あるけど、どこで覚えて来るんだ?
「じゃあ俺ももう学校行くから、ちゃんと鍵掛けてけよ。」
おっと、一応注意しておくか、
「あと、ちゃんと寝癖直して歯磨いて忘れ物するなよ、それから皿は流しに置いて、親父と母ちゃんの朝飯も流しに置いてあるからテーブルに並べといてくれよな。」
「兄ちゃんウザい。」
口の悪い奴だ。
どこで育て方を間違えたのだろうか?
そう思いながら家を出た。