Ⅲ
「囮だと……? これだけの規模の作戦がかよ」
神田が足元のテロリストを蹴り転がし、忌々しそうに吐き捨てた。
天野が指先で操作する端末の画面には、霞ヶ関の地下ではなく、東京都心の地上深くを走る「巨大な物流インフラ」の路線図が浮かんできた。地下鉄の終電後、夜間にのみ稼働する首都圏環状自動配送コンベア――通称「アンダーライン」。
「真の目的は、都心の点ではなく『線』の同時汚染だ。散布装置を載せた自動無人貨物が、すでに汐留のターミナルを発車している」
天野の言葉に、インカムの向こうで黒瀬が激しくキーボードを叩く音が混じる。
『嘘だろ……! アンダーラインの制御システム、外部からのアクセスが完全に遮断されてる! 地上のサーバーからじゃ止められねぇ! 直接、走ってる貨物列車に飛び乗って物理制御盤を叩き壊すしかねぇぞ!』
「走る列車に飛び移るってか? 映画の撮影じゃあるまいし……」
嶺が呆れたように肩をすくめるが、その瞳からは一切の余裕が消えていた。
「猶予は?」天野が問う。
『次のメインハブ……大手町地下交差点の真下を通過するまで、あと十分! そこで拡散装置が作動したら、都心の地下鉄網全体に『零式』が流れ込む!』
「十分か。十分あれば、追いつける」
八重樫が暗闇の中でサブマシンガンを背負い直し、淡々と言い放つ。
「神田、八重樫。汐留〜大手町間の保線用連絡坑道から貨物へ飛び移り、拡散装置を物理破壊する。嶺、お前は地上から関係各所へ圧力をかけ、地下鉄の全空調システムを緊急停止させろ」
「了解。黒瀬くん、車載カメラの映像だけは確保してね」
嶺が即座に坑道を駆け上がっていく。
「紗希、追加の中和剤は?」
『神田さんの大型バイクのサイドバッグに積んであるわ! 間に合わせなさいよ、バカ筋肉!』
「ハッ、誰に向かって口きいてやがる!」
神田が不敵に口角を上げ、地下坑道の壁際に立てかけてあった大型特殊バイク「V-MAX」に跨がった。爆音とともにエンジンが咆哮を上げる。後ろに飛び乗った八重樫が、天野に向かって小さく頷いた。
「天野、お前はどうする?」
「俺は大手町の制御室を押さえ、残党の退路を断つ。――コクアン、第二次任務を開始する」
極悪な排気音が地下坑道を揺らし、二輪の猛獣が漆黒の闇の中へと飛び出していった。真の試練は、ここから始まる。




