Episode 5 Regicide Protocol【虚王殺しの儀】
この章では、積み重ねてきたものがついに臨界へ達します。
静かな均衡が壊れ、選択がそのまま結果へ直結する回です。
物語の流れが大きく変わる地点になります。
Providence Accord 本部。
大幹部専用階層―― 最上層。
アリアは静かに歩いていた。
黒いスーツ。
冷徹な瞳。
その背後には、ロクスタが無言でついてくる。
廊下の照明が、二人の影を長く伸ばす。
その影は、どこか歪んで見えた。
(……今日で終わらせる)
アリアは胸の奥で呟いた。
復讐。
望んでいたこと。
内部から組織を破壊すること。
そのために、従順にふるまい続けた。
犬のように大幹部の意思に従い、
その裏で幹部や組織内に粛清の嵐を巻き起こした。
だが――
「老害どもも、流石にバカじゃなかったって事ね。
だけど、計画が早まっただけよ」
アリアが不敵に笑う。
大幹部たちは気づいていたという事実に対して。
アリアは大幹部になってからの事を思い出す……
・
・
・
アリアが大幹部に昇格したのは、アリアが功績をあげ筆頭幹部にまで上り詰めた、それだけが理由では無かった。
Providence Accord の大幹部制度は、旧秘密結社時代の“担当地区制”をそのまま引きずっていた。
空席が出れば、そこを埋めるだけ。
空席が出来るのは、大幹部が死亡した時のみ。
多少の問題があっても、大幹部でなくなる事は無い。
解任は、合議制で7人中、6名の賛成が必要だからだ。
事実上の終身保障がなされているのと同じである。
この制度が出来たのは、秘密を守る事、そして、自分たちの保身の為である。
その秘密とは――
この組織にいる首領は、傀儡である事。
大幹部の合議で決まった事をただ伝えるだけの人形。
初代の首領はカリスマがあり、人望もあった。
だが、その首領はもういない。
いたとしても、機能できるかと言うと疑問がのこる。
それは、そのカリスマとして機能していた時代は、小さな秘密結社だったからだ。
それと、人には寿命というものがある。
初代首領は200年も前に、既に亡くなっている。
首領という強力なカリスマを無くしては、組織の存続がなされないと考えた、当時の大幹部達が考えたことが、現在まで続いていた。
解任の手続きが今の形になったのは、90年前。
絶対的な権力を手放したくない大幹部の合議で決めた。
そして、30年前、現在の大幹部である者たちが、他の大幹部すべての合意が必要と言うように変更した。
当初は、それでも、大幹部を解任させる自浄が作用していたが、年月が人を変えた。
権力の保持と言う方向に。
幹部の降格は、80年前の合意以降、一度も起きていない。
それが、今回、組織を裏切ろうとした者への降格が決まって刑が執行が行われたのだ。
そして、幹部の頂点にいたアリアが補充要員として大幹部に選ばれた。
それだけのことだった。
アリアの立場は大幹部の中では微妙だ。
当然である。
合議で6名の賛成が入り解任される人物がでるとしたら、自分だ。
だから、そうならないように、アリアは行動する。
復讐と言う名の目標があり、ロクスタという癒しの存在があるから、頑張ってこれた。
そうして、大幹部への昇格から数日後――
アリアは円卓の端に立っていた。
七名の大幹部が揃う会議は、いつも空気が重い。
「旧欧州支部の技術班。
アレは、三割の再編、そんなところか」
欧州担当は、めんどくさそうに言った。
アリアは眉を顰めそうになるが、踏みとどまる。
(三割?その数字の根拠なんて、無いのだろう。
仕事をしている雰囲気を出せればいい、それ以上の理由などコイツにはないのだろう。
改造手術を繰り返し見た目だけは、若さを保っているだけの老害が)
「了解しました。
しかし、欧州担当、差し出がましいようですが、三割という数字を動かすとなると……
激戦区の旧欧州地区での技術力の低下は支配に影響を及ぼすかと」
「……アリア、貴様」
一瞬で不機嫌な顔になる欧州担当。
アリアは、手元の端末から目を離さない。
「欧州担当のお考えですが、三割の人材を比較的安定している旧アジア地区へ送るおつもりでは?」
「アジアだと?」
「そして、技術力の高い旧アジア地区の技術者を旧欧州支部へと移動。
狙いは、技術力の底上げ……と言う事なのでしょうか?」
アリアは端末を開きながら、欧州担当のアシストを行った。
「あ、ああ。
……そう言う事だ、選定は、任せる。
失敗だけはするなよ」
(偉そうに。
所詮、賞味期限切れの連中と言う事か。
未だに自分の担当地区を名前として使い続け、変更するのもめんどくさがる奴らだからな。
そのおかげで、私の言ったアジア地区から人材を抜く事に、誰も疑問も反論も無かった。
世界征服が目的で、世界征服後の世界をどうしたいかのビジョンを持っていなかったくらいなのだから、どうでも良いのだろう。
自分の保身が一番の関心事とはな)
「旧欧州支部が強化されれば、激戦区の欧州戦線にも良い影響が出るでしょう。
この再編は、本部の権限強化にも繋がります」
「俺は常に、組織の事を第一に考えているからな」
(自分の財産の間違いだろう)
声に出しそうになったが、流石に黙って聞き流した。
アリアは、議長の方を向いて姿勢を正す。
議長が、わずかに視線を上げ、他の大幹部の様子を伺い、アリアに顔を向けた。
「反対意見は無い、許可する」
「了解いたしました!
Providence Accordの欧州での支配を、より盤石なものにするためやり遂げて見せます。
欧州担当、アジア担当、お二人のお力添えを、なにとぞこの若輩者に」
アリアは、深く頭を下げた。
「フフフ、自分の立ち場をよく理解しているようだ」
「そうね。
アリア、心配しなくても、何でも聞きなさい。
協力は惜しまないわ」
(自分でやる選択肢は無いんだな、お前らは。
まあいい、お前らの自尊心を満足させる為なら、こんな頭、いくらでも下げてやる)
「両名とも、ありがとうございます」
アリアは、欧州担当とアジア担当に笑顔で答えた。
アリアが大幹部になってから、古参の幹部連中が面倒事を押し付けるのは常態化している。
面倒事と言っても、幹部に指示を出すだけなので、大した労力もなく大幹部の信頼が得られるとアリアは考えていた。
また、ある時は――
「南米支部の幹部。
一名、忠誠度が低い。
処理しろ」
「了解しました」
アリアは、余計な事は言わずに引き受けた。
「なに、この前のように済ませてくれれば、それでいい」」
(簡単に言ってくれる。
どうせ、気に入らないとか、自分の可愛がっている幹部の敵対する派閥だからとかの思い付きだろう。
まったく、Providence Accordという組織を体現するような奴だ。
私が掌握した暁には、真っ先に貴様が粛清対象だ)
アリアは、南米担当に会釈をすると、すぐさま行動に移る。
大幹部は満足げに笑った。
「お前はよく分かっているな」
(今だけ、笑っていろ、屑が!
どいつもこいつも、見た目だけ若く取り繕っているが、醜悪な老人そのものだ)
そして、ロシア担当は、本部の人材に対して――
「研究主任の行動に不審がある。
監査しろ」
「どうなされました?」
「俺に挨拶もせず、素通りしやがった」
「ゆるされませんね。
貴方への態度、Providence Accordを軽く見ているという事と同じです。
忠誠心がゆらぐなど、あってはならない事なのですから!
一族を再教育施設送りが妥当かと」
(気の毒にな。
暗殺されるよりは、マシだと思ってくれ)
アリアは、ロシア担当が満足して、そのほかの者に被害が及ばないように考えて発言した。
「ああ、まったくその通りだ。
だが、奴の嫁には手をだすなよ」
(……それが、狙いか。
本当に、こんな人間を大幹部として飼い続けるとは、本当に腐った組織だ)
「それでは、整合性を付けるためにも、その研究主任一人を再教育施設に送りましょう」
「確かに、一族だと意味がなくなってしまうからな。
お前は、本当によく分かっているな」
(笑うな。
殴りたくなってしまうではないか)
こうした事を積み重ねて、アリアは、大幹部からの信頼を少しづつ得ていった。
ロクスタがいてくれるから、アリアは耐えれた。
それに、大幹部という地位があったから――
信頼を得たアリアは、
権限内で静かに弱体化を進める。
技術者の再配置。
支部の予算削減。
幹部の粛清。
派閥の均衡崩壊。
様子を見ながら進めるが、大幹部は、黙認した。
アリア自身も、自分に利用価値がある間は、そうなるだとうは考えていた。
大幹部達の方も、流石にアリアの行動を快くは思っていないが、アリアの考えの通り、利用価値が上回る間は黙認する事で考えの一致を見せていた。
アリアなど、十分にコントロールが可能だという侮りが古参の大幹部たちの根底にあった。
こうした、アリアにとって好都合な材料が重なった事もあり、次第にアリアの行動が大胆に強引になっていく。
組織の体制が揺らぎ始めるほど弱体化が進み、表面化してくるようになると、大幹部たちのアリアに対する利用価値が薄れていく。
そこから、アリアは自分たちの安寧を脅かす者という評価に変わるまで、そう時間はかからなかった。
大幹部たちが動き出す。
すぐには手を出さない。
アリアには、ロクスタがいる。
それが抑止力として、確かに効いていた。
当然、幹部達は違う手を使ってきた。
時間をかけて、ゆっくりと、アリアの力を削ぐ方向に舵を切ったのだ。
そして、この行動はアリアに対する警告。
次は無いという事だろう。
端末の通知に気づいたアリアが確認する。
派閥の再編。
予算の移動。
監査の強化。
アリアの権限の微妙な削減。
画面を眺めていたアリアがため息をつく。
アリアは優秀だ。
だから当然、幹部たちの意図に気づいた。
「ロクスタ、大幹部の連中、気づいたようね。
流石にそこまでのバカじゃなかったみたい」
「もう、黙認は終わったという事か」
「時間の問題だと思ってたけど……
まいいわ。
警告してくれてる今が、最後のチャンスよ」
「危険だ」
「もう長い付き合いなんだから、わかるでしょ」
「……ああ」
アリアは静かに端末を閉じた。
(私が殺される前に、大幹部全員を……
ロクスタに粛清させるなら、今しかない!)
そして、現在――
アリアは円卓の扉を押し開けた。
■大幹部会議室
いつもと空気が違う。
不信感を胸に席に着いた。
議長がアリアを蔑みの目で見る。
「本日の議題は――
アリア・ハーシェルの降格人事だ」
アリアは笑った。
「全員の賛成がないと、成立しないのに……
やけに自信たっぷりね、議長」
「不規則発言は、やめろ!」
「アフリカ担当、それは不規則発言じゃないの?」
「アリア、その辺にしておけ。
理由もなく、そういう話が出るとでも思っているのか?
お前は組織を弱体化させた。
幹部を粛清しすぎた。
戦力を削りすぎた。
技術者を殺しすぎた。
Providence Accord に大きな不利益を与えているのだ、降格人事を発議されて当然だろう」
「組織に被害が出ているように見えるのは、まだ、私がやった行為の結果が出ていないからだ。
お前らと違い、私は組織が今以上のものになるよう先の事を考え行動している。
アジア担当をみてみろ。
アレが先を考え行動したことがあったか?
あの無能が考えられる先の事など、そうだな……精々晩御飯の献立ぐらいか?
……いや、そんな未来の事など考える能力がある訳がない、買い被りすぎだったな。
ここにいる全員、3秒先の事を考える事すら難しいのだろう?」
「侮辱よ!
議長、早く投票を!」
「投票だと?
老害どもが結果を決めて行う投票など、茶番でしかないだろう」
アリアの言葉に大幹部たちの目に憎悪の色が広がっていく。
「投票を開始する!」
賛成――6
反対――0
(だろうな)
あまりに見えていた結果なので、腕を組むアリアの表情は変わらない。
「満場一致だ」
「老害どもの茶番に付き合ったが、時間を無駄にしただけだった。
もう私は飽きたから、後は、ロクスタに任せるわ」
「ロクスタなら、来ない」
「……何?」
「予測済みだ。
お前がロクスタを使って我々を殺すつもりであることも。
だから――
ロクスタには、Apex を当ててある」
議長が冷酷な声で言った。
アリアは薄ら笑いの大幹部達を睨みつける。
ロクスタの到着まで堪え切れれば勝つことが出来る。
それだけが、今のアリアがすがれる希望だった。
「この、老害ども……」
■同時刻――本部外縁部
ロクスタは変身していた。
アリアの生体反応が乱れた瞬間、反射的に起動した。
その前に、黒い影が降り立つ。
「よう、ロクスタ。
待ってたぜ」
Apex Judicator。
「どけ、お前と遊んでいる暇はない」
「そういうなよ。
お前と俺の仲だろ?
遊ぼうぜ。
それに、お前の足止めも言われてるし、なッ!」
殴りかかってきたエイペックスの拳を避けるロクスタ。
避ける動作からアッパーを仕掛けるが、エイペックスが避ける!
拳と拳がぶつかり、強く踏み込むと地面が陥没する。
ロクスタは焦っていた。
アリアの生体反応が弱くなっている。
「!」
Apex の拳が胸部装甲に食い込み、火花が散る。
「焦るなよ。
お前なら、今のパンチは避けれただろう?
ちゃんと、真剣に。戦いに集中しなきゃなあ!」
ロクスタの膝が沈む。
その瞬間――
アリアの生体反応が限界値を下回った。
複眼が赤く光る。
「……アリア……」
ロクスタのリミッターが外れた。
スピード、パワー、反射神経が上がっていく。
「邪魔をするな」
「それでいい!
怒れ!
死ね!
ロクスターー!」
互いに繰り出す拳!
「ゴフッ!
……なん…だ…よ?」
ロクスタの拳が、Apex の胸部を貫いた。
■大幹部会議室
アリアは血を流しながら立っていた。
6名の大幹部が彼女を囲む。
「終わりだ、アリア」
「……まだよ」
右腕の内部機構が悲鳴を上げる。
(まだ、復讐が、死ねない、こんなところで!)
だが、6対1の現実が、アリアに容赦なく襲い掛かる。
拳。
蹴り。
爪。
骨が軋む。
目が晴れ、出血箇所が増え、腕ももう上がらない。
アリアは膝をついた。
「……ロ…ク……ス……」
復讐よりも、ロクスタの名が出た。
(……ロクスタ、愛してるよ……)
その瞬間、扉が吹き飛んだ。
ロクスタ中になだれ込む。
「アリア!」
アリアを抱きしめた。
ロクスタは、アリアが死んでいることは生体反応から解っていた。
でも、もしかしたらと、奇跡を願った。
それは、人と何も変わらない行動だった。
「うああああああああああああああああ!!!!!!!!」
アリアの胸の中でロクスタは叫んだ。
大幹部たちが後退するが、拳を振りかぶるロクスタが目の前に!
ロクスタは、思い切り拳を振り下ろした。
残り5名。
組織によって最高の改造を受けていた大幹部たちが一撃で殺されていく。
ロクスタは声にならない声を叫んで殺していく。
そして、会議室には誰もいなくなった。
ロクスタはアリアの遺体を抱き上げた。
「……アリア、もう、帰ろう。
もう……働かなくていい……
……ゆっくり……休んで……後のことは……俺が……」
アリアはもう動かない。
ロクスタは歩き出した。
夜の風の中へ。
その瞬間――
Providence Accord 全土に、
最高レベルの殺害命令が発令された。
『Locusta R038-25――
最高危険度対象。
即時殺害を許可する。
世界国家の敵と認定する』
ロクスタは歩く。
ただ歩く。
アリアの遺体を抱いたまま。
世界国家 Providence Accord の崩壊の始まりだった。
読んでくださり、ありがとうございます。
第5話は、この物語において最も重い場面でした。
ここで終わったもの、ここで失われたもの――
それをどう受け取るかは、読んだ方それぞれに委ねます。
次回、最終回です。
アリアとロクスタの物語は、そこで本当に幕を閉じます。
もし心に何か残ったなら、評価やブクマで応援していただけると嬉しいです。




