Episode 3 Directive Overlord【支配権限の確立】
支配の座は、力だけでは奪えない。
奪う側にも、守る側にも、
必ず“代償”が生まれる。
その代償が、誰の心を削り、
誰の未来を歪めるのか――
この章で、その輪郭が見え始める。
世界国家 Providence Accord が成立して二年。
旧アメリカ合衆国の中心部に建つ巨大複合施設――本部。
その最上階にある幹部専用会議室は、外界の喧騒とは無縁の静寂に包まれていた。
黒い円卓。
壁面に浮かぶホログラム。
無機質な照明が、冷たく幹部たちの顔を照らす。
その中央に、アリア・ハーシェルが座っていた。
黒いスーツ。
整った顔立ち。
冷徹な瞳。
その背後には、無言で立つロクスタ。
幹部たちの視線はアリアではなく、ロクスタへ向けられていた。
「……あれを、まだ傍らに置いているのか」
「危険すぎる。
制御できていると本気で思っているのか?」
「いや、制御しているのではなく……
あれが勝手に従っているだけだろう」
アリアは一切反応しない。
ロクスタも動かない。
ただ、アリアの背後に立ち続けているだけだった。
その沈黙が、幹部たちの恐怖を増幅させていた。
「アリア・ハーシェル。
次の作戦について説明しろ」
議長の声が響く。
アリアは立ち上がり、ホログラムを操作した。
「レジスタンスの拠点が、旧シカゴ地区に再構築されています。
彼らは中野特務技研の技術者を取り込み、改造人間の性能が向上している。
放置すれば、Providence Accord の治安維持部隊に損害が出るでしょう」
「また強引な作戦をするつもりか?」
「強引でも、結果を出せば問題ありません」
アリアの声は冷たく、揺れがない。
幹部たちは舌打ちをした。
「……二年で三階級昇進か。
一介の戦闘員から出世しすぎだろう」
「ロクスタを使っているだけだ」
「そうだ。
お前自身の力ではない」
アリアは微笑んだ。
その笑みは、氷のように冷たかった。
「では、証明しましょう。
今回の作戦――ロクスタは使いません」
会議室が静まり返る。
「お前の部隊だけで、レジスタンス拠点を落とすと?」
「ええ。
それで十分です」
幹部たちは互いに顔を見合わせた。
アリアの自信は本物だった。
その時、アリアの隣に座る幹部――ダリウス・ハーランドが口を開いた。
「アリア。
無茶はするな。
敵は日増しに強化されてきている。
お前の部隊だけでは危険だ」
「ダリウス。
心配はいらないわ」
アリアは淡々と答えた。
その声には、疲れと焦燥が微かに滲んでいた。
ロクスタが一歩前に出る。
アリアを守るように。
「ロクスタ。
余計なことはしないで」
アリアが静かに言うと、ロクスタはその場で停止した。
幹部たちはその様子を見て、さらに恐怖を深めた。
「……あれは、本当に命令を理解しているのか?」
「試してみるか?
それとも、影でコソコソと来るしか出来ないのか、お前たちは」
幹部達にロクスタは言ったが、四六時中刺客を向けられていることへの警告の意味もあった。
ロクスタが言うと、発言した幹部は視線を逸らす。
「ロクスタ、その変にしときなさい。
怖がらせたら、悪いでしょ」
アリアの嘲笑を含むその言葉に、幹部は拳を握りこんだ。
「アリア、お前もそこまでにしておけ」
ダリアがうんざりした様子で言うと、アリアは席に戻り、会議は続けられた。
だが幹部たちの視線は、
アリアではなくロクスタに釘付けだった。
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作戦当日――旧シカゴ地区。
廃ビルが立ち並ぶ区域。
レジスタンスの拠点が地下に潜んでいる。
アリアは部隊を率いて進む。
ロクスタは後方を歩いている。
アリアから離れすぎないよう一定の距離を保つ。
何かあったときに対処できる距離。
これまでのアリアとの戦いの日々で身についた距離だった。
「最初にも言ったが、今日は、ロクスタは使わない。
私たちだけで落とす」
部隊員たちは緊張しながら頷いた。
地下へ降りる階段。
湿った空気。
金属の匂い。
レジスタンスの改造人間が姿を現した。
「Providence の犬どもが……!」
アリアは即座に構えた。
右腕の内部機構が起動し、金属の駆動音が鳴る。
「全員、散開!」
部隊が動く。
アリアは敵へ突進した。
拳が敵の胸部装甲に叩き込まれる。
金属がへこむ音。
敵が後退する。
アリアはさらに踏み込み、
敵の関節部へ肘を叩き込む。
敵が崩れ落ちる。
昇進の度に最新の改造手術を受け続けていたアリア。
ロクスタに遠く及ばないまでも、通常の改造人間に油断していても遅れをとることはないほどの力を身に着けていた。
「次!」
アリアの部隊が連携し、
レジスタンスの戦士たちを次々と倒していく。
変身機能がある上位個体も3体いたが、部隊との連携で苦労することなく始末できた。
ロクスタはただ見ているだけだ。
ただ、アリアの心肺や呼吸のチェック、周囲の状況状態、部隊員の確認は絶えず行っている。
アリアに危機が起きる前に対処できるように準備を怠らないためだ。
手を出さないと約束したのは、自分ではない。
だから、そもそもロクスタは動くときは自分で勝手に動こうと考えていた。
アリアは最後の敵を倒し、部隊をまとめた。
「……これで証明できたわね」
ドローンカメラに向かって言った。
そして、アリアはロクスタを見た。
無表情でこちらを見ているロクスタと目が合うと笑いそうになったが、アリアは口角をすこし上げるだけで我慢した。
幹部たちが遠隔で映像を見ていた。
「……本当にロクスタを使わずに勝ったのか」
「アリアの部隊だけで?
いつの間に、あんな強くなった?!」
「ロクスタの影に隠れて目立たなかったが、部隊員それぞれの戦闘力どうなってるんだ」
「出世は妥当かもしれん」
「バカな!
奴の存在は、組織にとって、危険だろう!」
「仲間が強いなら、頼もしいではないか」
「そうだ。
何を、恐れているんだ?」
アリアは静かに息を吐いた。
(これで、また一歩……中枢へ近づける)
だがその裏で、
アリアの昔の仲間たちは彼女を憎み始めていた。
出世しすぎる者は、必ず敵を増やす。
この組織もまた例外では無かった……
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後日、幹部会議に戻ったアリアは、冷たい視線を浴びながら席についた。
「アリア。
よくやったな。
お前が任務を完了したときの奴らの顔、なかなか見ものだったぞ」
ダリウスが小声で言う。
「ありがとう。
でも、まだ足りないわ」
「いや、拠点をつぶしたばかりだろう。
全く……お前は、急ぎすぎているぞ!
そんな事だと……
アリア、いくらロクスタがいるからといって、命がいくつあっても足りないぞ」
「私の考えで行動しているから、心配しないで良いわ。
命の危険?
それくらい些細なことだわ」
アリアは微笑んだ。
その笑みは、どこか壊れていた。
ロクスタはその背後で静かに立っている。
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幹部会議が終わり、アリアは自室へ戻った。
幹部居住区の最上階。
外の喧騒は届かない静寂の空間。
ロクスタは紅茶を淹れている。
アリアはソファに腰を下ろし、深く息を吐いた。
「……また敵が増えたわね」
「そのようだな」
ロクスタは否定も肯定もしない。
事実を言った。
アリアは、背もたれに体を預けて目を閉じる。
ロクスタが紅茶をアリアの前に置いた。
「……冷めてしまうぞ」
「わかったわ」
紅茶が置かれたことに気づいたアリアは、ロクスタの淹れてくれた紅茶に口をつける。
「……隣に」
ロクスタは無言で、アリアの隣に腰かけた。
ロクスタに体を預ける。
「あなたがいるから、私はここまで来れた。
でも……」
アリアの声が震えた。
「……私、もう限界かも」
最近、アリアは弱音を吐く事が増えてきた。
限界の人間関係、度重なる改造手術。
肉体も精神も疲弊していっていた。
弱音を吐くとは、人間らしさというものなのかとロクスタは考えてみた。
納得できそうで、受け入れがたい。
アリアが苦しい感情、辛い感情、そういう感情になるのが嫌だと感じるようになっていた。
だが、伝える言葉もこの感情も理解出来ずに、伝えることも出来なかった。
ロクスタはゆっくりと腕を動かし、
アリアを抱き寄せた。
寄り添う事だけが今の自分に出来る事なので、ロクスタはアリアを優しく抱きしめる。
アリアは驚いたように息を呑み、次の瞬間、ロクスタの胸に顔を埋めた。
「……優しいのね、あなた」
ロクスタは何も言わない。
ただ、抱き寄せるという行動を続けている。
アリアの頬を涙が伝う。
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翌日――作戦行動。
アリアの部隊と、幹部ダリウス・ヴァルターの部隊が共同で出撃した。
レジスタンスの大型拠点の殲滅。
その為、2部隊の共同戦線がひかれた。
(……妙に静かすぎる)
アリアがこの場所に来てからずっと感じている違和感。
廃工場。
薄暗い空間。
機械の残骸が散乱している。
「アリア。
先行は我々がやる。
お前は後方で指揮を」
静かすぎる事に、ダリウスも違和感を感じてアリアを下がらせようと前に出た。
「必要ないわ。
私の部隊は前線に出る」
「アリア!
お前の主力は別ルートからの侵入なんだから、もっと慎重になるんだ。
あくまで、お前はこっちの応援なんだから抑えろ」
「ダリウス、大丈夫よ。
この前の映像見たでしょ」
「だけどなぁ……」
「それじゃ、先に行くわね」
アリアの部隊がダリウスの部隊の前に出た、その瞬間、天井から複数の銃口が降り、一斉に発射される!
アリアの周りの隊員がバタバタと倒れていく。
「敵だ!散れ!!」
アリアの部隊が散開する。
だが、銃口はアリアの部隊だけを執拗に狙う。
「ダリウス!
一旦引くぞ!」
振り返ったアリアの目に飛び込んできたのは、こちらに向かって銃口を向けるダリウスとその部隊。
「悪いな、アリア。
目立ちすぎたんだよ、お前は。
忠告してやったんだけどなぁ、残念だよ!
おかげで、俺は、大幹部に昇進だけどなぁ!!」
ダリウスの部隊がアリアの部隊を包囲する。
「ダリウス……貴様ぁ」
「さっさと、死ね」
銃声が響き、アリアの部隊が次々と倒れていく。
アリアも何発ももらって地面に横たわる。
「ダ、ダリウス……
この……裏切り……も…の」
「しぶとい!
なんだ、コイツ。
改造手術を繰り返してるって噂は本当だったらしいな。
まあ、いい。
俺がやる。
あの化け物が来る前に終わらせる」
ダリウスが銃を向ける。
「終わりだ。
お前はここで死ね」
アリアは歯を食いしばった。
「……ロクスタ」
ロクスタの名を呟くアリア。
そのロクスタはアリアの指示で別動隊を連れて、敷地の反対側からの侵入ルートを担当している。
だが――
「起動ぉぉおおお!!」
ロクスタの怒気を含んだ声が響いた!
ロクスタの体表が盛り上がる。
甲殻が形成され、複眼が光を吸い込む。
血を吐きながら、アリアが小さく呟いた。
「お……遅いじゃ……な…い、ロク……スタ」
その瞬間、ロクスタの姿が消えた。
ドンッ!!
ダリウスの部隊の一人が吹き飛び、
壁に叩きつけられた。
その周りの部隊員達も次々とやられていく。
「な、なんだ!?
ロクスタ、お前、向こうのルートのハズじゃ!」
動揺するダリウス。
ロクスタはまっすぐ向かって来る。
「は、早く、あの化け物を殺せ!」
ダリウスの声に我に返る部隊員たちが一斉に銃口をロクスタに向ける。
甲殻が軋む音。
複眼が光を吸い込む。
ロクスタはダリウスへ向かって歩く。
近くの部隊員にパンチで絶命させると、その体を投げて4~5人を殺した。
銃弾は命中しているが、ロクスタは止まらない。
「来るな……来るなぁぁ!!」
ダリウスが銃を乱射する。
だが、ロクスタの甲殻は傷一つつかない。
ロクスタはダリウスの頭を掴んだ。
「や、やめ……!」
そのまま――
引きちぎった。
血が雨のように降る。
ダリウスの体が崩れ落ちる。
「大丈夫か?」
横たわるアリアに声をかけたロクスタ。
血の雨の中、満身創痍だが、アリアは無事だ。
ロクスタはゆっくりとアリアを抱き上げた。
アリアはロクスタの胸に顔を埋める。
「その…姿……
う、美しい顔が……台無しね……
そん…な醜い……姿で…私…の…隣に……立つ気?
あな…たは、私……から…離れ…て…は……いけな…いんだ…から……
忘…れない……で……」
ロクスタは動かずじっとアリアの声を聴いた。
そして、アリアを抱きしめ、頷いた。
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アリアはロクスタの腕にブレスレットを付けた。
「遅くなっちゃったけど……
開発が完了したの」
アリアが起動ボタンを押す。
ロクスタの体に強化アーマーが展開する。
黒と深緑の装甲が体を覆い、
頭部にはフルフェイスの強化装甲ヘルメットが装着された。
「これで変身しても、顔が怖いとか、気持ち悪いとか言われないわよ!」
「お、おう」
コレが、傷つく事なのかとロクスタは思った。
「専用のバイクも作ったけど、私から離れるのはダメだから、乗る機会は……ないわね」
「いや、もったいない」
「どうせ、腐った組織の金で作ったからいいのよ。
あれば、何時か使うかもしれないしね」
アリアは嬉しそうに笑った。
それが何よりうれしいロクスタは静かに立っている。
……アリアの隣で。
その姿は、Providence Accord の怪物ではなく――
アリア専用の怪物だった。
この時が、アリアとロクスタにとってもっとも静かで、もっとも安定した時間だった。
それが“幸せ”と呼べるものだったのかどうかは、もう誰にも分からない。
ただ、この後に訪れる崩壊を思えば――
たしかに、この瞬間だけは、二人は世界で一番穏やかだった。
読んでくれてありがとう。
力が集まれば、必ず嫉妬と裏切りが生まれる。
その渦の中で、誰が立ち、誰が沈むのか。
境界はもう曖昧になりつつある。
面白いと思っていただけたら、
ブクマや評価、感想などをお願いします。




