鯨の心臓
宇宙が燃えていた。
三千隻の艦隊砲撃。
白い閃光。
熱。
衝撃。
死。
それら全部が、 《黒玻璃》へ降り注いでいた。
「第一装甲帯、崩壊!」
「左舷隔壁消失!」
「重力制御、限界です!!」
艦橋が揺れる。
警報が鳴り止まない。
だが。
神代黎だけは静かだった。
「速度維持」
「無茶です!」
「知っている」
それだけだった。
副官は唇を噛む。
誰もが理解していた。
この男は、 最初から生き残る気がない。
《黒玻璃》が加速する。
深白鯨の骸へ向かって。
白骨の巨神。
惑星より巨大な眼窩。
その奥で燃え続ける、 死んだ恒星。
近づくほど異様だった。
骨が脈打っている。
ありえない。
死骸のはずなのに。
まるで。
まだ生きているみたいだった。
「……反応波?」
オペレーターが凍りつく。
「深白鯨内部より超高密度エネルギー反応!」
「……まだ動くのか」
艦橋が静まり返る。
誰もその言葉の意味を理解したくなかった。
深白鯨は、 死んでいない。
その瞬間。
銀河全域へ、 “声”が響いた。
『――――』
言葉ではない。
音ですらない。
なのに。
全員が聞いていた。
「っ……!」
乗組員達が頭を押さえる。
耳から血が流れる。
「な、なんだこれ……!」
黎だけが静かに窓を見る。
深白鯨の眼窩。
その奥。
燃える恒星が、 ゆっくりこちらを見ていた。
恒星なのに。
“目”だった。
ぞわっ。
艦橋全体の温度が下がる。
通信士が叫ぶ。
「統制軍艦隊に異常発生!」
モニターが切り替わる。
三千隻の艦隊。
その一部が、 突然停止していた。
そして。
次の瞬間。
味方同士で撃ち始めた。
「な……」
「同士討ち……!?」
違う。
乗員達が狂っている。
艦内映像。
兵士達が泣きながら笑っていた。
何かを見ている。
虚空を。
そして。
『鯨がいる』
誰もいない場所へ向かって、 歩き始める。
そのまま。
宇宙へ飛び込んでいった。
副官の顔が青ざめる。
「精神汚染……」
「違う」
黎が小さく呟く。
「……呼ばれている」
その時。
モニターに灰堂が映る。
だが様子がおかしかった。
白い軍服が血に濡れている。
背後では部下達が倒れていた。
『黎』
声が掠れている。
『深白鯨が起きる』
「そうか」
『……笑うな』
黎は少しだけ口元を歪めた。
灰堂が苦しそうに続ける。
『お前、本当に知っていたんだな』
「何を」
沈黙。
そして。
灰堂はゆっくり目を閉じた。
『……深白鯨は、生物じゃない』
宇宙が静まる。
『あれは、人類の死そのものだ』
その瞬間。
深白鯨の眼窩が開いた。
ドクン。
死んだ恒星が脈打つ。
白い骨格が、 ゆっくり宇宙を動き始める。
惑星が軋む。
重力が歪む。
銀河そのものが悲鳴を上げる。
そして。
深白鯨が、 初めて口を開いた。
その口の中には――
無数の“人間”がいた。
生きたまま。
溶けながら。
泣きながら。
笑っていた。
艦橋全員が凍りつく。
「……なんだ、あれ」
黎だけが静かに見つめていた。
深白鯨の喉の奥。
そこに。
一人の少女がいた。
白い髪。
閉じた瞳。
その身体だけが、 深白鯨と同じ色をしていた。
その瞬間。
黎の顔から、 初めて感情が消えた。
「……まだ生きていたのか」
副官が振り返る。
「司令?」
黎は答えない。
ただ。
深白鯨の奥にいる少女だけを見ていた。
まるで。
ずっと探していたみたいに。




