白い少女
深白鯨が、 呼吸していた。
ドクン。
ドクン。
銀河そのものが脈打つ。
白骨の巨体。
惑星を飲み込む口。
そして。
その喉の奥。
無数の人間達に埋もれるように、 一人の少女が立っていた。
白い髪。
白い肌。
閉じた瞳。
まるで。
人間の形をした“深白”だった。
艦橋が静まり返る。
副官が震える声で呟く。
「……誰、ですか」
神代黎は答えない。
ただ。
その少女だけを見ていた。
まるで。
何百年も探し続けていたみたいに。
その瞬間。
少女の瞳が開いた。
白かった。
瞳まで。
光を失った恒星みたいな目。
そして。
少女は、 まっすぐ黎を見た。
『……黎』
艦橋全員が凍る。
「なっ……!?」
「通信ではありません!!」
違う。
頭の中に直接聞こえている。
少女の声。
静かで。
冷たくて。
どこか懐かしい声。
黎だけが、 小さく目を細める。
「……イヴ」
副官が振り返る。
「知っているんですか!?」
その瞬間。
深白鯨の周囲で空間が裂けた。
バキィィィ!!
銀河そのものにヒビが入る。
次の瞬間。
三千隻の統制軍艦隊の一部が、 消滅した。
爆発ですらない。
“存在ごと消えた”。
宇宙から。
何も残さず。
モニターから艦影が消える。
艦橋が凍りつく。
「……は?」
「消えた……?」
深白鯨が鳴く。
ォォォォォォォ――――……
低い。
深い。
宇宙そのものが泣いているみたいな声。
その瞬間。
乗組員の一人が突然立ち上がった。
「……母さん」
目が虚ろだった。
ゆっくり歩く。
開いた隔壁へ向かって。
「おい!?」
止める前に、 兵士は宇宙へ飛び出した。
その顔は。
笑っていた。
副官が絶叫する。
「精神汚染拡大!!」
「違う」
黎が静かに呟く。
「……記憶を見せられている」
沈黙。
その時。
黎の視界にも、 昔の光景が流れ込んだ。
白い研究施設。
泣いている子供達。
巨大なガラス水槽。
その中を漂う、 幼い深白鯨。
そして。
白い少女。
『黎』
小さな手。
笑顔。
『怖くないよ』
ノイズ。
悲鳴。
炎。
大量の死体。
白い鯨の鳴き声。
そして。
血だらけの少女。
『……助けて』
黎の瞳が揺れる。
副官が息を呑んだ。
この男が、 感情を見せている。
初めてだった。
その時。
モニターに灰堂が映る。
だが。
背後の艦橋は崩壊していた。
部下達が、 壁へ頭を打ち付け続けている。
『……限界だ』
灰堂の口から血が流れる。
『黎』
「なんだ」
『お前、最初から知っていたな』
沈黙。
『深白鯨が“人類そのもの”だって』
宇宙が静まる。
副官達が凍りつく。
「……え?」
灰堂が笑った。
壊れたみたいに。
『人類はな』
深白鯨の白骨が脈打つ。
『滅びた文明の死体を喰って進化したんだ』
その瞬間。
深白鯨の口がさらに開く。
その奥。
無数の人間達。
溶け合う肉。
骨。
記憶。
文明。
全部が混ざっている。
まるで。
銀河全体の墓場だった。
イヴが静かに黎を見る。
『……もう終わりにしよう』
黎は答えない。
ただ。
その瞳だけが、 深く沈んでいた。
すると。
《黒玻璃》の警報が鳴り響く。
【超重力反応接近】
「っ!?」
深白鯨の周囲。
暗黒空間が裂ける。
そこから現れたのは――
“もう一頭”の深白鯨だった。
銀河より巨大な影。
白い眼。
白い骨。
そして。
人類みたいに笑う口。
艦橋全員が絶句する。
その時。
イヴが小さく呟いた。
『……お兄ちゃんが来た』




