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自転車の魔法使い  作者: 津山 みかり
序章
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序章 -7.春と秋の間には-

 ようやく一週間が終わった。部活の案内冊子を見ながらさすがにもう運動部やバスケ部はないだろうなと再認識する。入るにしたら幽霊部員でも文句を言われなさそうなゆるい部活だろうな。

 放課後の教室に残っている人間はあまり多くない。ほとんどの生徒は部活を決めて体験入部を始めている。もしくはバイトなどをし始めている。そのため放課後の教室でボーっとしているのは私くらいなものだ。春の夕陽はとても眩しい。

 にぎやかな私の友人は別の友達に誘われてカラオケに行った。お金はないと言っていたものの、今日くらいはという感じで集団下校していた。私も彼女たちと別に仲が悪いわけではないが、今日は部活決めるのに悩むからやめとくよ。と断った。まあ、入る気はないのだが断る理由としては問題ないはずだ。一応、初期入部の申請が今日までなのだ。初期入部の時期に入れば申請などが特に必要ないが、中途入部になると学年主任への申請が必要らしい。それいる?

 悠は特別に親しい友人はそこまで作らないと明言していたものの、キャラクター的に周囲が放っておかないのだろう。まあ、それは彼女にとっても悪いことではないはずだ。

 それに私の身にもなってみろ。あんな桜前線の春風少女が常にまとわりついているのだ。結局私は入学式の月曜日から今週の木曜までこの学校周辺や街を説明するのに使った。せめて1日くらいは私に自由を与えるべきだ!

 ぼんやりと部活案内の冊子をめくる。総数20近くの部活動があるらしい。んー。何がいいのかな。野球、サッカー、バスケ、テニス、バレー、卓球、陸上、バドミントン、吹奏楽、軽音楽、合唱、書道、放送……うーむ。どれもピンとこないな。

 よし、やはり帰宅部一択か。

 幸いなことにこの帰宅部は入部届というものが存在しないし、顧問も存在しない。帰宅部らしく早く帰宅せねば。私は逡巡した結果、帰宅部にするのだ。自分自身で納得して帰宅部になるのだ。これが人間の決断というものだ。内申点というものもあるにはあるが、昨今は部活の顧問は大変と聞く。では、その大変さを軽減するために私は英断をするのだ。

 

 がらがらと乾いた木製の扉が動く音がした。その方向に目をやると、高校生にしては小さな影が教室に立ち入ってきた。ボブヘアの似合う小柄な体形の少女、斎藤亜紀は制服を着崩すことなく、通学用リュックを背負ったまま、私の席のほうへと歩んできた。

 お、なんだ。もしかして悠に関する文句を言いに来たのか。うーむ、まずい。斎藤さんはまだほとんどの人とコミュニケーションをとっていないし、私も入学式の時以来ほぼ話していない。何より悠の圧が強いのだ。話す機会を奪われているのには違いない。

「小牧さん、まだいたんだ。それ部活の冊子?」

 私のほうに歩んできたと思った斎藤は自分の席に戻って、引き出しから筆箱を取り出しているだけだった。いかん。私の自意識過剰だったか。

「うん、ちょっとね。高校で部活どうしよっかなって。斎藤さんはもう決めた?」

 筆箱は可愛らしい水色の小さなペンケースだ。そのペンケースを背中から下したリュックに無造作に入れる。通学用リュックにはキーホルダーがついている。何かのキャラクターだろうか。

「ううん。私は何も入らないかな。バイトもあるし」

「奇遇だね。私も帰宅部かな。バイトはこれからだけど」

「小牧さんも何も入らないんだ。バイト先は決めたの?」

「それもこれから。たぶん、コンビニかファミレスだろうけどね」

「まあ、そんなもんだよね」

 同調しつつ斎藤亜紀は椅子に腰かけた。え?ただの世間話であとは「バイバイ」のつもりだったのに井戸端会議にステップアップするの?なんだ、この子も寂しがり屋か?

「斎藤さんはバイト先決まってるの?」

「もう働きだしたよ。入学式の日に面接までして、この前の火曜日からシフト入ってたんだ」

「へえ、早いね。コンビニとか?」

「近所の本屋さん。昔からよく通っててこの前ちょうどバイト募集してたから」

 なんというか彼女が本屋で働いている姿は容易に想像できる。一言でいうとかなり似合うのだ。知的な雰囲気をまとっており、納得できる仕事先だ。

「斎藤さんに似合うね、知的な感じでさ」

 ここは彼女の褒めポイントだろう。なんだか悠よりも先に仲良くなれそうな気がする。この手の少女は押してダメなら引いてみろ。ってやつに近いはずだ。

「そんなことないよ。本屋も本屋で私みたいに背が低いと上の本棚にアクセスしにくいし、マンガ雑誌の新刊とか重いし、もうへとへと。思ったより体力仕事だもん」

 そう。斎藤亜紀はある意味テンプレートに沿ったように運動が苦手なタイプだった。

 授業が始まって初日の火曜日。この日は昼食後の五時限目が体育だった。50メートル走、ハンドボール投げ、反復横跳び、上体起こし、長距離走など、いわゆる体力測定を中心に行ったのだが、斎藤亜紀は見るも無残な結果であった。おそらく栄養分が体の筋肉にはあまりいかず、脳みその方にその大半を使っているタイプなのだろう。ゲーム的にいうと身体能力の低い魔法使いみたいなものだ。

 一方、意外と運動音痴と自称していた悠は平均的だった。ただ、長距離走は斎藤亜紀同様壊滅的だった。そういう私は意外と平均よりも全体的に上だった。特別に自分は運動が得意というわけではない。中学三年間をバスケで鍛えた貯金があるだけだ。一年もすればこの貯金はなくなる自信がある。

「小牧さんはいいよね。足も速いし、力もあるし、うらやましいよ。私もそうなりたいよ」

「そんなことないよ。私は勉強からきしダメだし、逆に斎藤さんが羨ましい」

「そんなことないと思うけど。ふふっ、でも、お互いうまくいかないね」

「あはは、そうだね」

 結構いい感じに会話続いてる気がする。これは悠よりも親密度が高いんじゃないのか?斎藤さんからこんなふうに話しかけられることは想定外だったけど、やっぱりこの子も寂しかったのかな。ちょっと突っ込んでみるか。

「斎藤さんは出身この辺り?」

「ううん、出身は九州の方なんだ。でも育ちはこの辺りだよ。通学は電車だけどね」

ん?出身が九州?どこかで聞いたことあるな。

「もしかして鹿児島?」

「なんでわかったの?」

 マジか。なんと桜前線の少女楠木悠とダウナー秀才斎藤亜紀は出身地が同じだったとは。これ悠、絶対テンション爆上げなるやつだ。

「いや、なんとなく。この前もハルが鹿児島って言っててなんとなくそうかな?って思ったんだよ」

「ハル…ああ、楠木さんのことね。彼女も鹿児島なんだ、知らなかった。小牧さんは楠木さんと仲いいよね」

「うーん。まあ、仲はいいのかな?このクラス、知り合いいなかったんだけどいきなり入学式初日にハルが距離詰めてきたからちょっと焦ったよ」

「ふふっ、あの子すごいよね。色んな人の懐にすぐ入り込むし。私にもすごく話しかけてくれるし」

 この感じ、結構悪い感触じゃないんじゃな?悠、あんたの熱意もしかしたらちゃんと届いてるかもよ。これはちょっと私も加勢しますか。

「そうそう。ハルって後先見ないというか、絡み方エグいでしょ?」

「わかる。楠木さん、なんでこんな私に絡むんだろうって思うもの」

 意外と両想いじゃん。そろそろここで勝負するか。悠、私はあんたの軍門に降るわ。

「ふふっ、理由はすごく馬鹿馬鹿しいんだよ。ハルが斎藤さんに絡む理由って」

「え?そうなの?なんだろ」

「意外と気づいてなかった?」

 私は席から立ち上がり黒板の前に立つ。白いチョークをつかみ、黒板にそれぞれの名前を書いていく。

 楠木ハルカ。

 小牧チナツ。

 斎藤アキ。

「あ、なるほど。ふふっ、なんっていうか、そんなことだったの?」

皆まで言わずとも斎藤亜紀は気づいたらしい。しかしここまでしないと気付かなかったのは逆に意外だ。

「らしいよ。ハルナツアキだってさ。もう勘弁してよってなったよ」

「今まで全然気にしたことなかったけど、たしかにそうだね」

「おかしいよね。でも、私はなんとなく斎藤さんが狙われそうな気はしてたんだよ。最初から」

「小牧さんは気づいてたの?」

「ハルが最初に、春夏だね。っていうんだよ。で、配席図の名前を見たら、チナツの次がアキでしょ?狙わないわけないよ」

「何というか、ふふっ。彼女らしいわね」

「まあ、そんなわけで斎藤さん、ハルと仲良くしてやってよ」

「そうだね、彼女の絡む理由がよくわかったよ。ってことは私と小牧さんも仲良くしないとね?」

「もちろん、そのつもりだよ」

「静かな放課後が好きだったけど、にぎやかな放課後も悪くないかもね。千夏、これからよろしくね」

「こちらこそ、亜紀」

 私たちは笑っていた。放課後の静かな教室で二人の笑い声だけが響く。穏やかな時間。そうだ。こんな生活でいいのだ。いや、むしろ望むべき平和な三年間の端っこを私はつかみかけた気がした。

いかがだったでしょうか?

次回更新予定は5月20日(水)です!

序章は毎日更新します!

【2026/5/18~カクヨムでも同時掲載いたします】

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