-5.稲妻の体育祭、始まる-
――前回のあらすじ
少し前に倒れた斎藤亜紀を楠木悠は尋常ではないほど、心配していた。とは言え、回復したことに安心し、小牧千夏を含めて三人でいつも通り帰ろうとしたときに、如月先生と出会う。先生と悠と亜紀は体育祭の話で盛り上がる。そんな中、千夏は何か妙に悠への違和感を覚えていたのだった。
太陽は容赦なくグラウンドを照り付ける。おいおい、天気予報で曇りって言ってたの誰だよ?一発、殴らせてほしい。
体育祭当日、見事に天気予報は外れて晴天となり夏日が戻った。こんな中、運動会って拷問じゃん。亜紀じゃなくても嫌になるよ。天日干しされるするめの気分だ。
クラス対抗競技をはじめとした行事はつつがなく進行していく。みななんだかんだで楽しそうだ。一瞬だけ吹くことがある涼風が秋であることを教えてくれる。
テント下は灼熱の太陽から私たちを守る唯一の拠り所だ。まあ、テントを張ってくれた実行委員と先生たちは大変だっただろうなあ。ほんと、なんで体育祭の日に限ってこんなに暑いのかね。
「なっちゃ~ん。あたし、溶けてない?」
体操着姿の悠はぐでーんとうちわで生ぬるい風にあたっている。風があるとは言ったものの、自分で生み出すうちわの風などたかだかしれている。
「ハル、ちょっと溶けてる」
「え?! マジかあ~……暇だなあ、うちのクラスどうなんだっけ?今の成績」
「中の中。五番目だね」
秋の日差しに溶けつつある悠の代わりにタブレットのアプリで順位を確認する。普段この役回りは亜紀だぞ。私は聞く側なのに。
「これ優勝していいことあったっけ?」
「なかったと思う」
意外と自分の競技がこないと暇だ。それはたとえ楽しみだろうと楽しみでなかろうと、変わりはない。だから体育祭なんてなくてもいいと私も感じる。まあ、普段の授業がなくて私はいいけど。でも、炎天下ではキツイ。虐待みを感じる。
「あ、でも次たしか亜紀ちゃんの障害物競争だ! 応援しなくっちゃ!」
パイプ椅子から勢い良く立ち上がり、悠はグラウンドで待機する亜紀の姿を探す。お、あれだ。周りよりワンサイズ小さく探すのは苦労する。
「あ、そっか、次は障害物競走か。午前中はそれで終わりだっけ?」
「そそそ。お昼ごはんはさんで、後の方で私の番二人三脚だよ!」
アナウンスが鳴る。次は障害物競争。障害物競争。それぞれクラスの代表の名前が呼びあげられる。
「亜紀ちゃ~ん、頑張れ~!」
「亜紀~! 一番になったら私がほめてあげるぞ~!」
テントから抜け出して私と悠は亜紀を茶化す。みな同じような感じだ。
「もう……ホントいや」
障害物競争の選手二十名がスタートラインに立つ。ああ、見た感じやっぱり運動苦手そうな空気が感じ取れる。
位置について。よーいドン!軽いピストルの音とともに一斉に走り出す。
スタートダッシュが決まった。亜紀はいい位置につけている。人のことを理論的にいうからには自分も意識してるのか?三番手くらいの位置で、ちょうど二番手の真後ろにつけている。空気抵抗でも減らすつもりか?
「お、亜紀ちゃんすごいじゃん!」
「亜紀頑張ってるね、こりゃトップあるかもね」
早速最初の関門に到達する。ネットだ。ド定番だな。最初に入り込んだ生徒は悪戦苦闘している。ちょっと手足が長いみたいだから思ったよりも絡んでるみたいだ。
「亜紀ちゃ~ん、今がチャンスだよ! 早く潜って~!」
変わらず悠は声援を飛ばす。楽しそうだな。私も悠に続けて亜紀を応援する。
「亜紀~匍匐前進だよ! 匍匐前進!」
私たちの声など聞こえていない亜紀はそのままネットの下に潜り込む。土埃が舞う中、亜紀は躊躇なく進む。お、なんか男気見せてるな。
意外や意外、亜紀は最初にネットを潜り抜け、次の一本橋も難なく越えてゆく。途中短距離走では後続に距離を詰められるが、障害物に関して亜紀はするすると引き離す感じであれよあれよと最後の障害物にまでたどり着く。
「ハル、いよいよ亜紀トップのままだよ! 最後の障害物って何だっけ? 机?」
「なっちゃん、たぶんあれ借り物だよ!」
借り物競争まで兼ねてるのか。亜紀は机の上に置かれた白い紙をめくりあげる。
肩で大きく息をしながら、その紙を凝視する。一瞬過る。亜紀、大丈夫かな。この前の地震で調子悪そうだったけど。顔色も心なしかよくない気がする。
そう思ったのもつかの間、紙をポケットに突っ込み、息をふーっと吐きだし、周囲を見渡す。
「亜紀ちゃん、何が借り物なんだろ? メガネとか、玉ねぎかな?」
「いや、玉ねぎはなくない?」
「玉ねぎはないかな」
そんな冗談を言っていたら、ハッと亜紀と目が合う。コースから外れて私たちに向かってくる。たどたどしい全力疾走は亜紀そのものだ。
「ちょ、ふ、二人とも……来て!」
ぜえ、ぜえと浅い呼吸を繰り返しながら亜紀は私と悠の手をぎゅっと握る。その手は土と汗で普段の亜紀からは想像もできない。本当に真剣に走っている。汗をぬぐった顔や体操着は土と汗がにじんでいる。
「え?! 亜紀ちゃん、借り物って何?! もしかしてあたし?」
「いいから! とにかく! ち、千夏も!」
「OK! 任せろ!」
亜紀の掌をぐっとつかみ返す。ここで行かなきゃ女がすたる!亜紀は左手に私、右手に亜紀をつないで再びコースに戻る。他の生徒たちも借り物を探しているが、今でも亜紀がトップだ。
アナウンスが何かを実況しているが、私の耳にはもちろん亜紀は内容なんて入っていないはずだ。
「っ…はあ、はあ! あー! もう!!」
はっきり言って、亜紀のスピードは遅い。亜紀の横顔はもう限界を超えてみる。
土にまみれ、巻いていたハチマキも少しずれている。体操着も汗っぽい。普段の亜紀からは程遠い。
でも、
格好いいじゃないか。たとえ苦手なことでも真剣に取り組む姿は。
あ、並ばれた。隣の女子はメガネを右手に持っていた。あと十メートルとない。亜紀は目線だけをちらりと向ける。けど、普段から見せる表情と違って、今は諦めていない顔だ。
テープラインがきられた。亜紀は二着だった。そのままよろよろトラックに倒れこむ。
亜紀はグラウンドから動かなくなった。つられるように悠も倒れた。
横たわる二人。悠はすぐに足を振り上げ、そのまま跳ね起きる。いや、運動苦手な奴がグラウンドで跳ね起きできるのかよ!
「もう無理……動けない」
空を見上げる。暑いくせに、空には鰯雲が散らばっていた。
「千夏……悠でもいいから、抱っこして、私、頑張ったよ」
悠と思わず顔を見合わせた。
「そうだね、亜紀ちゃんとっても頑張ったよ。なっちゃん、いい?」
「OK、せいの!」
「稲妻の体育祭、始まる」いかがだったでしょうか。8月も終わり、いよいよ9月になりましたね。とは言え、まだまだ暑いので熱中症には皆様十分お気をつけくださいね。
次回更新予定は9月11日(金)20時です!
更新は週一回を予定しています。
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※1.運試しで本作に「GL」と「第九回アイリス異世界ファンタジー大賞」のタグをつけました。それにともなって過去話も改稿もしたいと考えています。作風は今まで通りなのでご安心ください。
※2.別作品「鉄火、錆を削ぐ(https://ncode.syosetu.com/n9094me/)」が「第一回じゆうに大賞」の一次選考に生き残りました。こちらもよければお読みください。本作とは全く異なるベクトルで基本はおじさんしか出てきません。




