-2.歪む秋の日(後編)-
――前回のあらすじ
小牧千夏のリレー練習を見学していた斎藤亜紀。練習が終わり、一緒に下校しようとした二人を地震が襲う。揺れは直ぐにおさまったものの、亜紀がその場に倒れこんでしまい保健室に担ぎこむのであった。
女子更衣室で私は手早く制服に着替えて再び保健室に向かう。それにしても亜紀は地震で嫌な記憶があったみたいだけど。聞くわけにもいかないよな。
保健室の前まで来てドアに手をかけようとしたとき、中から話し声が聞こえる。大崎先生と如月先生か。まだ二人ともいてくれている。
私は扉を再び静かにあける。大崎先生は腕組をしてやれやれといった表情で如月先生も困ったような顔をしていた。
「失礼します……あれ? 何かあったんですか?」
「ああ、小牧さん。なんでもないわ。昨日の会議で議題に上がった話をしてただけよ。斎藤さんはよく寝てるわ」
「小牧。お前、まさか斎藤が目を覚ますまでいるつもりか?」
「そのつもりです」
「もういい時間だろ。あとは俺達に任せてお前も帰ったらどうだ? 斎藤は目が覚めたら家まで車で送るし」
「大丈夫ですよ。亜紀は私が送ります」
私は制服の袖をまくり、やる気を見せる。再び大崎先生は頭をぼりぼりとかく。
「友達想いもいいが、斎藤の家は遠いから俺が車で送るんだよ。お前もさっさと帰れ」
確かに亜紀の家はかなり遠い。私や悠みたいに自転車で三十分という距離ではない。
「送るのは確かに難しいかもですけど、目が覚めるまではいます」
「物分かりの悪いやつだな……」
私は食い下がる。
「まあまあ、大崎先生。ここまで言うんですから、一時間位はいいんじゃないですか?」
さすがだ。如月先生、ナイスアシスト。にしても大崎先生もこういうこと言うとちゃんと先生っぽく見えるな。
「一時間だけだぞ。如月先生、すみません。少しだけ席を外します。ちょっと昨日の会議で取り急ぎ確認したいことがあって」
「ああ、例の業者さんの件ですよね? 確かにあれは急ぎですね。わかりました。しばらく私もここにいますので」
「助かります、すぐに戻りますので」
「ええ、わかりました」
「小牧、お前も良い時間で帰るんだぞ」
「はい、わかりました」
そう言って大崎先生は保健室を出ていく。くたびれた背中は珍しくたくましく見える。
「如月先生、ありがとうございます」
「ふふっ、あなた達本当に仲がいいのね」
ベッドのカーテンを閉めて如月先生は奥の肘掛けいすに座る。私もベッドから離れて先生のそばにある丸いすに座った。
「高校入ってからですけど、仲良いですね、たしかに」
「羨ましいわ、あなた達が。ところで今日楠木さんはいないのね?」
「ハルは今日バイトですよ。もしハルがいたら、私より騒いでますよ。亜紀ちゃんが死んじゃう〜とか言いながら」
如月先生はくすくすと笑う。この先生も美人だよなあ。西日は強く、眩しそうに見つめている。
「そうかしら? 意外と彼女はしっかり動くと思うわ」
え?悠が?そんなアホな。
「そうですか? すごい焦っててんやわんやになりそうな気がしますけど」
「あなたたちは分からないかもしれないけど、この仕事してると色々と見えてくるのよ」
そんなもんかな?私にとっての悠は賢いちょっと不思議なアイドルという感じだ。
「そうですかねえ。まあ、確かに授業中とかで当てられてもズバッと正解しますもんね。亜紀もすごい賢いですし」
「そうね、斎藤さんはあの性格だからきちんと見ておいてあげないとだめよ?」
「え? どういうことですか? むしろ、私が亜紀に面倒見られてるんですけど。まあ、今回みたいなときとか頭痛持ちってのはありますね」
「そうじゃないわ」
如月先生は首を横に振る。ん?どういうことだ?わからん。
「斎藤さんはちょっと……ね」
「ちょっと?」
如月先生は立ち上がり私の肩をたたく。んー。なんだか如月先生はとても先生をしてるなあ。大崎先生が珍しくたくましく見えたけど、それが霞むくらい如月先生が格好いいことを言ってる気がする。
「なんでもないわ、あの子は賢い子だから」
悠と比べて歯切れが悪いな。
「先生から見て私はどうですか?」
僅かに如月先生は目を見開き、冗談っぽく微笑む。
「小牧さん? あなたは、そうね……普通よ。可もなく不可もなく」
「普通ってもうちょっとハルとか亜紀みたいに言ってくださいよ」
茶化されてるなあ。まあいいけども。
「千夏は私たちの元気印ですよ」
カーテン越しに声が聞こえた。
「亜紀! 起きたの?!」
丸いすから私は跳ねる。
「小牧さん、声が大きい。斎藤さん気分はどう?」
肘掛いすから立ち上がりベッドへと向かう。先生がカーテンに手をかけようとしたとき、カーテンが勝手に開く。亜紀はベッドに座って目頭をいつものようにもんでいる。ずいぶんと生気のない顔から普段の湿っぽい顔になった。
「頭痛は少しありますけど楽になりました、すみません。ご迷惑をおかけしました。千夏もごめん」
まだ本調子という感じではないが、ひとまずよかった。
「ううん、私はいいよ。でも、よかったあ。亜紀が死んでたらハルにどやされるよ」
「死にはしないわよ」
「じゃあ、ちょっと大崎先生を呼んでくるから。二人とも少し待っててね」
そのまま如月先生は保健室を出ていく。先生もほっとしてたな。廊下を歩くスニーカーの音が徐々に遠ざかる。少しだけ保健室が広くなった。私はベッドに座る亜紀の隣に腰かける。
「ごめんね。急にこんなことになっちゃって」
伏し目がちに私を見る。先生がいなくなった途端に急にしおらしい。真正面からは困る。私は目のやり場に困った、この空気はイカん奴だ。
「……もう! ほんとだよ! 急に倒れるから私はてっきり、那須与一に撃たれたのかと思ったよ」
はっと目を見開いて少し亜紀は口角をあげる。
「そんなわけないでしょ。いつの時代よ」
「……へへっ、そうだね。まあ、ほんと何もなくてよかったよ。今日は大崎先生が送ってくれるってさ」
ふぅ。とため息をはきながら亜紀はベッドにごろん、と再び寝転がった。ボブの短い髪がふわりとなびく。
「あ、亜紀?!」
「あぁ、ごめん。大丈夫だよ。大崎先生かあ。如月先生がよかったなあ」
なんだ。ただの不満か。ちょっと焦ったじゃないか。
「それは言えてるな」
「でも、送ってくれるだけよしとしなきゃね」
「そうそう。亜紀んちは離れてるんだから、たまにはいいでしょ」
むくりと起き上がり、亜紀は頬をかく。
「そうだね、たまにはいっか」
短い手足をめいいっぱい広げて亜紀は背伸びした。日はもうほとんど沈んでいる。かすかに見えるオレンジの明かりは夜の空に飲み込まれていく。
本当に陽が落ちるのが早くなった。私は亜紀の肩をもみながら、消えゆく太陽を見送っていた。
「歪む秋の日(後編)」いかがだったでしょうか。
去年末に初めて接骨院に行きました。と言うのが、首周りが全く動かなくなり、気分まで悪くなったためです。治療の甲斐あってかおかげさまで半年に一度程度の頻度であった寝違えもなくなりました。
次回更新予定は8月21日(金)20時です!
更新は週一回を予定しています。
【2026/5/18~カクヨムでも同時掲載いたします】
※1.運試しで本作に「GL」と「第九回アイリス異世界ファンタジー大賞」のタグをつけました。それにともなって過去話も改稿もしたいと考えています。作風は今まで通りなのでご安心ください。
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