-2.歪む秋の日(前編)-
【注意】
本エピソードには地震の描写があります。現実のものとは関係のないフィクションです。
不安を感じる方、ご気分が悪くなる方は本エピソードの閲覧を避けてお読みいただいてもかまいません。
――前回のあらすじ
二学期が始まり、体育祭のリレー選抜選手に抜擢されてしまった小牧千夏。最初はやる気がなかったが、打算的な彼女は内申点のために出場を決意するのであった。
乾いたグランドを全力疾走する。筋肉が痛い!
ああもう!こんなスピードで回し続けたら足吊るって!
「ふう、疲れた」
思わず口に出る。学年対抗リレーの練習が終わった私は体操着のまま校庭のベンチに座っていた。
各クラス1名の選出で合計10人。そこそこ仲良くなったものの放課後開催で私以外はみな部活があり、部活へ吸い込まれていく。
「お疲れ、千夏。はい。これ」
「サンキュー、亜紀」
亜紀が隣に座り麦茶と飴を手渡してきた。どうも遠目から私を見ていたみたいだ。なんとなく秋の風を感じる。悠はバイトで今日は二人きりだ。
「千夏ほんと足早いよね」
「うーん。そうかな?さっきのみんな早いし必死だよ、転ばないように」
「ううん。たぶん千夏が一番早いよ。走ってる姿勢に無駄がないし、何より足の回転が他の人よりも回ってる」
「評論家じゃん」
私は亜紀がくれた麦茶を飲みながら笑う。この麦茶、やっぱりおいしい。
「そんなじゃないけど、見るだけなら身体のバランスとかフォームはなんとなくわかるよ。専門家じゃないから詳しくはわからないけどね。それに格好よかったよ」
発言が彼女になってるじゃん。
「私に惚れたの?」
「ふふっ、ちょっとね。さ、着替えて帰ろ?」
少し亜紀は笑う。って、ちょっと恥ずかしいじゃないか。ベンチからすくっと立ち上がった亜紀は背伸びする。でも、夕日に笑う亜紀は本当に絵になるな。
「オッケー。ちょっと待ってて」
あれ?なんだ?笑う亜紀がゆがむ。
ずどん。地鳴り。立ち上がろうした瞬間だった。立ちくらみか?片膝をつく。いや違う!
ぐらり、と世界がゆがむ。
「え? な、なに? じ、地震?」
「え、ちょ、っ!……」
先に立ち上がっていた亜紀はベンチに手をかける。私も思わず身構えた。揺れはすぐに収まったが、亜紀は立ち上がれずにいた。
「ちょ、え? 亜紀? ちょっと!」
亜紀はベンチに手をかけてそのまま座り込んでしまった。
「ちょ、嘘?!」
血の気がなくどう見ても異常だ。背負っていたリュックもずるりと落ちる。
「へ、平気よ。だ……だいじょう…ぶ」
「おいおいおいおい! あーもう!」
私は正面に居直り、亜紀の汗を自分のタオルでぬぐう。目頭を押さえる亜紀の表情は苦く、見ている私も辛い。タオルを持つ自分の手も震えている。熱は?亜紀のおでこに触れてみるが何も感じない。私の手も汗で濡れていた。
「いやいや、大丈夫じゃないでしょ!」
もらったお茶を亜紀に手渡そうとするが、亜紀はほとんど反応がない。肩で大きく息をのむ。しぼるように言葉を吐く。
「だ、大丈夫だから。このまま少し、休ませて……」
部活に励む運動部たちも地震に動揺していたが、すぐに平静さを取り戻していた。
「いいわけないでしょ?」
「い、いいよ。このままで……」
本当にどうしたんだろう。確かにわりと大きい揺れだったが十秒も続かない揺れであり、焦るレベルであったけど、こんなに体調悪くなるの?
「ごめん……地震が子供のころから苦手でさ」
とても小さな声で亜紀はつぶやく。
「大丈夫じゃないじゃん、それ」
私はスマホで地震速報を見る。緊急速報までは流れていないが、震度3だったらしい。マグニチュードはよくわからない。余震はあるのかな。亜紀が心配だ。
「あなたたち、大丈夫?」
いつものジャージ姿とは違うトートバッグを持った如月先生だ。
「如月先生、私は大丈夫なんですけど亜紀がちょっと調子悪そうで」
「大丈夫です……ちょっと休めば」
「歩けなさそうね。小牧さん、ちょっと車いす持ってくるから、斎藤さん見ててくれる?」
「あ、はい。先生、亜紀を背負っていきましょうか?」
「ダメよ。待ってなさい」
如月先生が小走りで校舎へと向かっていく。やることがない私は伸びている亜紀の隣に座る。
「大丈夫? 亜紀?」
「うん……ごめんね。疲れてるときに」
私の疲労なんかどうでもいい。
「私はいいよ」
ベンチにもたれて亜紀は大きく深呼吸をしている。冷や汗は引いているみたいだけど、やっぱり辛いんだろうな。なにか気を紛らわせればいいんだけど、何もない。ただ、隣で座ってるだけだ。
ボブカットの髪は運動もしていないのに、少し濡れていた。タオルで拭く。
しばらくすると大崎先生が車いすを押して、如月先生が電話をかけながらやってきた。
「おい、斎藤。大丈夫か?」
ぶっきら棒に大崎先生は問う。
「はい……なんとか」
「大丈夫そうではないな。ほれ、斎藤、俺の肩につかまれ。如月先生……はつながったか。小牧、肩貸してやれ」
「は、はい。亜紀、つかまって」
大崎先生は身長の低い亜紀にあわせるように思い切りかがむ。私もそれに合わせてかがみ、亜紀の手を肩にやる。
「斎藤いくぞ。せいの―」
掛け声をあげて亜紀を車いすに乗せた。ぐったりはしているが、先ほどよりも冷や汗は引いている。とりあえずは大丈夫かな。
「大崎先生、ありがとうございます。さっき斎藤さんのお母さんと連絡がとれました」
「ああ、如月先生すみません。ありがとうございます」
車いすに座った亜紀は力なくつぶやく。
「ちょっと休めば大丈夫なので…自分から母には連絡します。病院も大丈夫なので」
うーん。さっきよりマシそうだけどまだまだ調子悪そうだけどな。
「説得力がないぞ。今は大人しく従え」
「……はい」
観念した亜紀は車いすに座ったまま再び目をつむる。
「保健室ですか?」
車いすを押しながら校舎へと向かう大崎先生に聞く。私は亜紀のリュックを背負い、自分の鞄を肩にかけて体操着のままついていく。
「ああ、今誰も使ってなかったからな。しばらくして体調がそのままなら俺が病院まで送る」
数分歩いて保健室までたどり着く。亜紀はいつの間にか眠ってしまったようだ。大崎先生と如月先生が抱えてベッドに亜紀を横たえる。
静かな寝息だ。少し苦し気だけど、普段のような色白なだけに見える。何はともあれ大丈夫かな。
「小牧さん、あなたも今日は疲れたでしょう。あとは私たちが見ておくからあなたも帰りなさい」
「いえ、大丈夫ですよ。私体力だけは自信あるので」
ぐっと力こぶを作り私は袖をまくって元気アピールをするが、如月先生は困ったように微笑む。
「じゃあ、先に着替えてきなさい。練習のあとで汗もかいてるでしょうし、体操着で帰るのはよくないわ」
「たしかに。すぐ戻ってきます」
私は保健室の扉を静かに開けて女子更衣室へ向かう。廊下には西日が差し込む。わずかに歪んでいるように見えた。地震とか天災の前後は自然がちょっとおかしく見える。
「あれ? 小牧? なにしてんの?」
ふと声がした。
「ああ、園部じゃん。あんたこそ」
「俺は補習だよ、補習。ああ~ダルかった」
ブレザーの袖をまくった園部は確かにダルそうな顔をしていた。
「はは、あんた補習って大変だね」
「うるせーよ。でも、珍しいな。お前が保健室なんて。拾い食いして当たったのか?」
拾い食いなんてするわけないだろ。
「そんなわけないわよ、色々あるのよ」
「……そうか。珍しく顔色よくねーから、てっきりそうかと思ったよ」
「私の顔色?」
「……まあな。まあ、お前も疲れてるんじゃねーか? 結構デカい地震もあって俺もビビったし」
「……いろいろあって疲れたのかもね」
「まあ、無理すんなよ。選抜リレーとかも大変だろうしな、じゃあな」
そうだ。少し疲れているんだろうな。全力で走ったりしたし。
「かもね……ありがと。またね」
あいつはあいつなりに気を遣ってくれたみたいだ。窓ガラスに映る自分と目があった。そんなに疲労感あるのか?よくわからんが。
そんな自分のことはいい。とりあえず早く着替えて保健室に戻ろう。
「歪む秋の日(前編)」いかがだったでしょうか。
私はあまり保健室のお世話になったことはないのですが、小学生の頃に一度だけベッドで寝かされました。確か発熱だった気がします。その日は迎えに来てくれた母と、指定通学路を通らずに最短経路で帰宅しました。
※物語の核となるため本エピソードを掲載いたしました。現実の災害とは無関係です。
不安を感じる方、ご気分が悪くなる方は本エピソードの閲覧を避けてお読みいただいてもかまいません。




