-4.夏草や つわものどもが カレーかな-
―前回のあらすじ
夏休みを利用して東京まで遊びに行くことになった楠木悠、小牧千夏、斎藤亜紀の季節三人娘たち。なぜか目覚ましに気づかず寝過ごした千夏であるが、亜紀に怒られたくない一心で自転車をこぎ。集合時間のぎりぎりに滑り込む。
しかし、実際には30分ほど集合時間が遅くなっており、千夏は安堵に胸をなでおろして改めて三人で新幹線に乗る。
そして、新幹線の中で三人は最初の行き先を昼食とした。
その場所はやはり――カレーだった。
新幹線。考えた奴はえらい!いや、早すぎだろ!そいつはマッハで私たち三人を東京のど真ん中まで連れてきた。
ロボット。いや、新幹線のドアが開いた。っていうか、東京ってこんなに暑いのか?!これ、亜紀は降りた時点で溶けてるんじゃないのか?これ。
「うわぁ……やっぱり地元より暑いね、日焼け止め多めに塗っておいて正解だよ」
「悠、パーカーずるい。私のは?」
「あるわけないよ~」
一応聞いた。
「亜紀?亜紀は溶けてない?」
「溶けるわけないでしょ。いや、ちょっと溶けてるかも。ホント、暑いね」
麦茶、もうカラか。あーあ、せっかくタダで手に入れた麦茶だったのに。それにしても人多いなあ。やっぱ都会はすげえ。
よく人が多いとか言うけど、いざこうして訪れてみると地元との人口格差は半端ない。何これ?東京って毎日お祭りでもしてんの?
「で、例の店に行くわけ?」
「当然。私はそれがないと今日来なかったよ」
カレーの王女様は意思の固さが平民とは違う。
「でも、亜紀ちゃんこの暑さだよ?歩ける?」
悠、ここで王女に対抗するか。私としてもちょっとこの暑さで歩くのはキツい。
「んー。確かにちょっと暑いけど我慢する」
マジか。この暑さを我慢するなんてカレーにかける情熱熱すぎじゃない?カレーにかけるのはルウだけにしてくれ。
「って、二人ともほんとに歩きで行くと思ってるの?」
「え。だって位置的に歩きじゃん。ここ」
「歩くんじゃないの?」
亜紀はすたすたと先頭を歩き、改札口を出る。亜紀、こんな人混みで動きよすぎない?元バスケ部でもついてくの大変なんだけど?
「はい。ついた。地下鉄、使うよ。歩くって言っても新幹線口から地下鉄までだよ」
水色のパスケースを亜紀は取り出して笑う。
「ハイウェイってやつだな!」
「千夏、違う。サブウェイ」
「亜紀、固いこと言わない。似たようなもんでしょ」
「なっちゃん、全然違うよ~。ハイウェイは高速道路だよ」
「一緒、一緒~、ま、早く地下鉄乗ってビューンと行こうよ!」
私は亜紀の頭をくしゃくしゃにする。
「あ、こら、暑いんだからやめなさい。まったく。じゃ、この路線乗って次は乗り換えてあの路線に乗るよ。迷子にならないでね、二人とも」
路線はクモの巣のだ。なんたら線からうんちゃら線に、うんちゃら線からどうたら線に。三回くらい電車を乗り換えた気がする。時刻表なんか見なくてもひっきりなしに電車がたくさん来る。地元なんか多くても電車8両だぞ。
亜紀はスマホと看板を見ながら、私と悠を先導する。いや、亜紀はこういうのすごい。私にはまあ無理だ。
「ねえ、なっちゃん、亜紀ちゃんは相変わらずすごいよね~」
「ねえ。やっぱ亜紀はこういう時頼りになるね」
東京人とタメを張れるほどに亜紀はちゃきちゃきと歩いては、乗り換えていく。私と悠はそのあとをついていく金魚のフンだ。いやー、隊長が亜紀で助かった。
「さて、ここから地上に出て歩くよ。この駅からなら5分くらいでいけるから」
亜紀は腕時計に目をやっていた。そして小さくよしいける。とつぶやく。カレー食うのに気合入れすぎだろ。
5分歩いた先にお目当ての店があった。ピタリ賞だ。時刻は昼の12時30分。芳しいスパイスの匂いが食欲をそそる。
亜紀は目の前にきた店の前で仁王立ちした後、一度うなずく。
「うん、時間ぴったりだ。さあ、行くよ。二人とも!」
何がぴったりでさあ行くよ!なのか。なんだこのテンション。こそっと悠が私にささやく。
「亜紀ちゃんの好きそうなインドカレー感ないね」
「だよね。普通の喫茶店っていうか、えーっと婆ちゃんち?」
そう。ばあちゃんちが一番しっくりくる。
見た目は昭和の残り香漂う民家だ。カレー全面押しのマハールとは異なる。本当にカレー出てくるのか?
「亜紀ちゃん、本当にここでいいの?」
「もちろん、私はここに来たかったの」
軽く返事だけして振り返らずに亜紀は店内に入る。
「すみません、三人です」
喫茶「細道」。マジで人んちじゃないか?看板は出てるけど。相変わらず亜紀のセンスはわからん。ほかにお客さんいないけど、この店マジで大丈夫?
「好きなところ座ってねえ」
店の奥から声が聞こえた。
ためらうことなく亜紀は窓際の席を選ぶ。この暑いのに直射日光があたるところを選ぶとは。亜紀はカレーが絡むとアホだ。
「お待ちどうさま。はい、いらっしゃい。珍しいねえ、こんな古いだけの店に若い子三人なんて」
おしぼりと水を持ってきたのはメガネをかけたおばあさんだった。学校みたいなざらついた机に、壁にかかった色褪せた写真、天井の扇風機、カウンターに並んでるコーヒーを沸かすガラスの奴。微妙に残る煙草の匂い。ザ・喫茶店だな。
「三人で東京観光に来たんです。素敵なお店ですね。コーヒーはサイフォンで沸かされるんですか?」
「お嬢ちゃん、若いのに詳しいわねえ。うちの人、ドリップ淹れるの下手だからってずっとあれ使ってるのよ。大したもの出せないけどゆっくりしていってね」
「ありがとうございます」
いつも通り悠が笑顔で挨拶する。いつもはぼんやりしてるわりに、こういう時にはしっかり受け答えできるのなんなんだろ。
「ハル、あのガラスの丸いフラスコみたいなのサイフォンって言うの?」
「そうだよ。あれでね、こぽこぽこぽってお水が沸騰してコーヒーができるんだ。面白いよ」
「へぇ~ハルも意外と詳しいんだね」
亜紀はいつものように真剣にメニューとにらめっこしている。ガチ勢は違う。
「よし、決めた。悠、千夏、メニューこれだよ」
「これだよって。一人で先に決めちゃってさ。悠、選ぼう」
「うん、何にしようかな~」
お。このハンバーグ定食おいしそうだな。ん?でもこのエビフライ定食も捨てがたいなあ。
「って、二人とも何考えてるの?カレーライス一択だよ。あとのデザートと食後のドリンクを選びなってことだよ」
げげ。やっぱりカレー王女はカレーにしか目がなかったのか。
「やっぱりカレー?」
悠は笑いながら聞いたが、亜紀の眼に迷いはなかった。
「むしろここにきて初見でカレー以外の選択肢を選ぶのは、二流か三流だよ」
二流、三流ってなんだよ。私は素人だよ!
「亜紀ちゃん、そんなにここのカレーおすすめなの?」
「トータルで星5だと思う。店の空気感、あのお母さんの感じ、奥でご主人が炒めるたまねぎの香り、カウンター前のサイフォン、そして日本人のためだけに設計されたカレー。ここでカレー以外を選ぶのは常連でウマいカレーに慣れてしまった、美食家たちだよ」
カレーのことになるとめっちゃしゃべるな。相変わらず。
「OK。じゃあ、カレーライスにしよう。甘未はこれかな。シンプルにバニラアイスとオレンジジュース」
「そうだね、私はこのモンブランと紅茶かな」
無言で亜紀はうなずく。いや、正解なのか間違いないのかわからんリアクションだな。
「二人とも悪くないチョイスね、じゃ、さっそく頼みましょう。そうカレーは自由なんだよ」
何悟ってんだよ。って、目がイってるわ。ダメだこりゃ。
カレーが来るまでの間、私たちはスマホでスカイツリータウンを調べていた。場所は浅草だ。頭に煙を被って賢くなれる場所だ。すみだ水族館以外を細かくどこに行くかを決めていると、カレーの香りだ。
「はい、カレーライス三つお待ちどうさま」
見た目は本当にただのカレーライスだ。じゃがいも、にんじん、玉ねぎ、牛肉。うん。学食のカレーと変わらなくない?いや、何かが違うのか?まあ、食べてみればわかるか。
「いただきます」
一口。
うん、おいしい。うまいカレーライスだ。素朴でいて、深い味わいがあるんだろうなあ。多分。あれ?でも、これ亜紀の求めてる味なのか?亜紀はどうだ?
いや、めっちゃ味わってるじゃん!一口で何回かむの?ってくらい。
え?泣いてない?感動して泣いてるの?え?カレーで?え?怖いんだけど。全米が泣いたレベルか?いや、米もおいしいけど泣くか?
「あ、亜紀。大丈夫?」
普段は彼女の体力とかを気にするが今日ばかりは違う意味で心配だ。
「……ええ、大丈夫」
そう言って亜紀は再びスプーンでカレーライスを口に運ぶ。再びその一口で一分ほどかんでたんじゃないか?私は隣の悠を見る。まさか悠までこんなことにはなってないだろうな。
「おいしいね。かむほどにお米とカレーが馴染んでる。このルウとベストマッチなお米を選んでるね。これはカレーが正義だね。」
え?悠も若干飛んでない?なに?私だけ異常なの?カレーって飲み物とは聞いたことあるけど、宗教だったっけ?
「なっちゃん……」
「は、はい!」
「カレーは自由なんだよ。だから不安を感じなくても大丈夫。さあ、よく噛んで食べてごらん?」
え。ヤバすぎじゃない?あのじいちゃんコック、ヤバい薬でもいれてんじゃない?え?でも食べないと私がヤバそうだし。とりあえずゆっくりかんでもう一回食べるか。
私は二口目を運ぶ。うん。うまい。いや、それ以外の感想ないんだけど!
もう一口。うん、いや、うまいんだよ?うまいけど、泣いたりはできないし、悟れないし、大体カレーが自由ってなんだよ!
スプーンを置いて亜紀は瞼を開く。
「千夏……世の中にはわからないことのほうが多いの。私もこの世の真理なんてわからないし、戦争がなくならない理由もわからない」
いや、なんだその話は。スケールがバグってんぞ。
「でもね、ただひとつわかることがあるの……悠、あなたもわかるでしょ?」
え。ここで悠に振るんだ?でも、今の悠はダークサイドか。
「もちろん。亜紀ちゃんが一生懸命、ここに来たかった理由がわかったよ」
分かっちゃったの?!いや、わからんだろ普通は!
「はあい、お嬢ちゃんたちお冷お替りだよ~」
「あ、あの、このカレー、めちゃめちゃおいしいですね。なんか、友達二人がとんじゃうくらい。あははは!」
私は思わず店の婆ちゃんに助けを求めた。誰か助けてくれ~!
悟りを開いた亜紀は一口、また一口とカレーライスを愛おしく食べていた。私は亜紀のカレーは自由という言葉を逆手に取り、手早く食べてしまった。もちろん、美味しかったのは事実だ。悠もそこそこ時間をかけて食べていたが、コッソリとteleGを送ってきた。
「悪乗りしすぎた。ごめんねw」
だと?ふざけるな。本気で焦ったわ!
「夏草や つわものどもが カレーかな」いかがだったでしょうか?
かの俳聖、芭蕉の一句のパロディです。
最初の案は「夏暖簾 おくのほそみち カレーかな」でしたが、完全にパロディにしたほうが面白いかな?と思いこのタイトルになりました。
本来は「夏草や つわものどもが 夢の跡」。これは芭蕉が奥州の地で散った源義経のことを読んだ句として有名です。
もちろんこの時代にカレーなんてありませんが、腹が減っては戦はできぬ。です。彼女たちもまた戦いに挑むためにカレーを食べるのです。
次回更新予定は6月26日(金)20時です!
更新は週一回を予定しています。
【2026/5/18~カクヨムでも同時掲載いたします】




