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自転車の魔法使い  作者: 津山 みかり
第一章 夏、到来!
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-3.夏の雲は高く-

―前回のあらすじ


 楠木悠(くすのきはるか)斎藤亜紀(さいとうあき)は図書館で読書をしながら涼んでいた。亜紀は真剣なまなざしで一冊の書籍に没頭する悠を珍しく思う。ひと時の避暑を終え二人は昼食にカレーを選び、亜紀はそのカレー狂を発揮する。

 食後、亜紀は悠が読んでいた本の内容を聞く。「核反応と核分裂」

 なぜそんな本を選ぶのかが亜紀は分からなかったが、自分も妙な本が好きな物好きだ。少しの違和感をそっと胸の奥の棚にしまい込むことにした。

 坂道を下る。車輪はアスファルトを跳ねながらスピードを上げていき、競輪選手になった気分で爽快。そんな余裕ぶっこいていられない状況だ。


 スマホのアラームを8時に止めたまでは記憶があった。しかし。それ以降の記憶がなくなっていた。記憶喪失だ。私はきっと記憶を失った美少女なのだ。にしても、おかしい。さすがに二度アラームを鳴らしたのに、なぜ思い出せないのか。いや、そんなことはどうでもいい。ただの寝過ごしにしかならない。

 メロスは激怒するし、トンネルを抜けると雪国になっちまう。私の中の川端龍之介が大暴走している。いや、激怒暴走するのは亜紀だ。

 

 しまった。赤信号だ!急ブレーキで前つんのめりに止まる。危ない、危ない。さすがにこの交通量で突っ込むわけにはいかない。荒れた呼吸を整える。

 悠は遅刻に対してもボケーっとしているからそこまで怒らないが、亜紀の場合は遅れを一秒たりとも許しはしないだろう。あと5分。10時まで、あと5分だ!

 全速力で亜紀が待つ駅前まで自転車を飛ばす。間に合うのかー。いや、間に合わす!


 有料の自転車置き場に止め、カギをかけ、駆け抜ける。私は風だ!誰よりも早く駆け抜ける風だ!

 いた!亜紀だ!改札前の本屋でカーディガンを羽織って腕組みして仁王立ちしている。

 表情はー?

 いつも通り仏頂面だ!

 時間はー?

 9時59分!

 セーフだ!

「あ、あ、あ、亜紀……お、お、おはよう……おま……お待たせ」

「ん。おはよう、千夏。どうしたの?そんな息きらして?」

「いや……あ、危うく……ち、遅刻するとこだったから」

「いや、まだ大丈夫だよ。大体、まだ30分もあるよ?」

「え?」

 30分?寝言を言っているのか。寝言は寝て言ってくれ。いや、寝言を言っているのは私か?

「だって、悠が昨日10時30分にしてほしいって。Teleってたじゃん」

「ふぇ?」

 そんなメッセージきてたっけ?気の抜けた声を出したまま私は手に握ったスマホを見る。あ、通知にある。やはり記憶にない。この時間帯は起きていたから見ていると思ったけど。

「ま、マジだ……焦った。マジ焦ったよ。ハルはともかく遅れると亜紀にボコられるから」

「なんでそうなるのよ」

 いや、マジ焦った。ハル、ナイスアシスト。呼吸を徐々に整える。

「でも、なんで亜紀はこんなに早いの?」

「たまたまよ。吉村先生の新刊見つけたからそれを買おうかどうしようか迷ってたらこの時間ってだけ」

「そ、そっか。でも、ハル、なんで30分にしてほしいんだろ」

「さあ?ま、別にいいんじゃない?はい、これ」

「え?」

「お茶。急いできたんでしょ?汗だくよ」

 ペットボトルのお茶だ。亜紀がよく飲んでいる麦茶だ。

「あ、ありがとう」

 焦りすぎてのどの渇きすら忘れていたが、差し出されたペットボトルを一気に干す。

「あ、バカ。全部飲んじゃ駄目よ。それ、私のなんだから」

「ごめん、ごめん。おいしいから」

「もう。まあいいわよ。全部飲んじゃって。新しいの買えばいいし」

 ふーっと一息をつく。お茶、おいしかった。あとで亜紀に甘いものでもおごってやろう。

「あれ。悠ももう着いたみたい」

 亜紀はスマホをポケットから取り出す。お、私のスマホもブルっときた。

「みたいだね。えーっと?あれ?東口のほう?西口じゃなくて?」

「そうよ。だって、降りる駅が西口のほうが近いんだから。ホント、今日の千夏はいつもよりダメねえ」

 くすっと笑う亜紀は東口に歩き出す。私はかいた汗をぬぐいながらそのあとを追った。



 悠と合流して今日は三人で遊びに行くのだ!

 どこに行くかって?海水浴?プール?ちがーう!今日はそう、スカイツリータウンだ!三人ともそれなりにバイト代が入り、夏休みということで少々遠出することにしたのだ。

 それにしても新幹線は便利だ。指定席を使えば確実に座れる。金の力を知るとはこういうことなのだ!

 窓側に座り野球帽をかぶってはいるが悠らしい雰囲気だ。真ん中の亜紀は休みの日に会うとだいたいカーディガン。通路側にいる私はシャツにジーンズだ。

「ハル、楽しみにしてたもんね、水族館……って、ハルどうかした?」

「……え?いや、な、なんでもないよ。ちょっとぼーっとしてた、あはは。水族館楽しみだな~」

 授業中、「どこか」を見ていることが悠はある。ただ、三人でいるときはそうでもないんだけど、さっきはなぜかいつもより深い影を感じた。何かあったのかな。

「ハル、大丈夫?」

「うん、大丈夫、大丈夫。午前中ちょっと用事があって、それのこと思い出してただけ」

 だからちょっと30分集合を遅らせたのか。

 間に挟まれた亜紀が寂しかったのか口を開く。

「ついたらすぐにお昼だね、みんな、カレーでいい?」

 お、さすがカレー女。さっきから黙々とスマホをいじってたのはカレー屋を探していたに違いない。

「亜紀といえばカレー、カレーといえば亜紀みたいなところあるからなー」

「そうそう、カレーだよ。カレー女が選ぶスーパーカレー」

「何馬鹿なこと言ってるのよ。何よ、スーパーカレーって」

 亜紀は買いなおした麦茶を一口つけてさらりと言う。ホントかな。

「ほんとかな~……えい!」

「ちょ、悠。やめなさいよ」

 悠は先ほどまでとは打って変わって亜紀の首を後ろから抑え込み、スマホをのぞき込む。

「お、いいぞ、やれやれ~」

「なになに~検索内容は~……カレー、東京、本格派、インド……ってやっぱりカレー調べてるじゃん!」

「う、うるさいな~。いいじゃん、カレー。おいしいじゃん」

 珍しく亜紀はふくれっ面になりつつスマホをさっと隠した。

「あはは、いいよいいよ。私もカレー好きだし、ハルも好きだもんね?」

「もちろん。亜紀ちゃんのカレーセンスは抜群だからね」

「もう。とにかく、ついたらお昼だから。東京駅からちょっと歩くよ?」

 亜紀はスマホを素早く操作し、私と悠にメッセージを送ってきた。

「今、共有したから。そこに行くよ」

「まあ、亜紀の足で行ける場所だから余裕~よゆ……え?」

 スマホの地図を見て私の余裕は消え去った。悠も似たような反応である。

「亜紀ちゃんが選ぶんだから、さすがにそんな遠くない……よね?」

 大丈夫か?結構距離あるぞ。それに、これマジでカレー屋?

「今日はここに行くの。わかった?」

 ふてた瞳でじとーっと私を見る亜紀だが、どうも本気らしい。まあ、今日泊りだからいいんだけど、初日から飛ばすなあ。

「夏の雲は高く」いかがだったでしょうか?

高く遠くの空に入道雲が見える夏は日中、とても暑いですよね。

でも、夕暮れになると夏至を過ぎているので日が暮れるのが徐々に早くなって寂しさも感じます。

そんな夏休みのわくわく感を楽しんでいただければ幸いです。


次回更新予定は6月19日(金)20時です!

更新は週一回を予定しています。

【2026/5/18~カクヨムでも同時掲載いたします】

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