序章 -10.風まとう蜃気楼-【序章完結】
悠がこの街にやってきて、早一か月が経とうとしている。春は過ぎ去り、半袖が恋しくなるこの季節。
「暑い……」
私は干上がっていた。こりゃ真夏はきっとアラビアンナイトの暑さになるぞ。何が千夏だ。千回も夏を迎えてたまるか。
「ホント…暑いね。5月でこの暑さだと夏が思いやられるわ」
亜紀と私は駅前で悠を待っていた。私たちはこれから授業の一環で地震科学博物館に行って学芸員と抜かす輩と打ち合わせを行うのだ。何の打ち合わせかって?難しいことは亜紀に聞いてくれ。
「あー、マジ無理。コンビニでアイス買ってくる」
「千夏、私もジュース買う」
駅中にあるコンビニに入った。無機質な自動ドアをくぐり、冷風にあたる。ああ、神よ。ここが天国か。
「生き返る~さて、アイスアイスっと……」
冷凍コーナーへ直行し、私は棒付きアイスの一番安いものを探す。バイトを始めて1週間。給料日もまだだから私は亜紀のように小金持ちではない。
「悠、珍しく遅いね」
亜紀の手には珍しく甘めのジュースが握られていた。前に私がおススメしたやつだ。
「うん、ハル時間に遅れるようなタイプじゃないんだけどね。TeleGも未読だし」
「だね。でも、まだ5分くらいだし。電車もあと10分はあるから大丈夫だよ」
「それもそうだね、もうちょっと待ってみますか」
レジで精算をして、私たちは恐る恐るコンビニを出た。外の世界はやはり熱気だっており、生き地獄だ。やはりコンビニは天国だ。
「あ、なっちゃ~ん、亜紀ちゃ~ん!」
悠だ。ブンブンと手を振ってこちらにやってきた。悠から強い風を感じる。なんだ、これ。
「ハル、遅刻だよ!ち・こ・く!」
小走りに向かってきた悠の頬を私はアイスで小突く。同じように亜紀も無言で冷えたジュースを反対の頬に押し付ける。
「珍しいね、悠にしては」
「ごめ~ん。ちょっと自転車がパンクしちゃってて、走ってきたんだ!スマホも電波の調子悪くってさ、さっきメッセージ見たとこ」
「走って?!家から?!」
「うん、体力自信ないけど全力で走ったよ!」
ちょっと待て。走ってきたのか?悠の家はウチの近所だけど、駅から結構距離あるぞ。それにこの暑さだ。
「ハル、マジで言ってんの?走ってきたの?」
「うん、そうだよ。疲れたよ~電車まだ余裕あるよね?あたしもちょっとコンビニでお茶買ってくるよ」
そう言って悠はコンビニに消えた。自動ドアからは私と亜紀に向かってわずかな冷風を送り出してくる。亜紀は困惑していた。かく言う私ですら「おかしい」と感じた。
「走ってきたって……この暑さで?悠、汗一つかいてなかったよ……」
そうだ。悠が走ってきたというわりには髪は乱れていないし、呼吸も上がっていない、おまけに小走りしたとき、風が目に見えた気がした。
風が目に見えたのだ。どういえばいいのかわからない。でも、そう例えるしか私にはできない。
「ねえ、亜紀。さっき、ハルが来た時、風が見えなかった?」
こんなことを高校生にもなって言う私はおかしいのか。
「……ええ。同じ感想よ。何かしら、風を纏っていた。とでも言うべきかしら」
風を纏っていた。しっくりくる表現だ。まるで魔法使いのようだ。
私は悠の頬にあてた棒付きアイスを見た。そのアイスは溶けるどころか、なぜか更に凍り付いたように見える。これは一体。
コンビニの自動ドアから悠が出てきた。再び冷風が私と亜紀の足を包む。この冷風は果たしてコンビニの冷気なのか。それとも。
「あれ?二人ともどうしたの?にしても走ってきたから暑いよ~」
目の前の悠は普段通り笑う。あれ?汗をかいてる。さっきは見間違いか。いや、そんなはずはない。ふつうは逆だ。コンビニに入ったら汗は引くだろ。
「なんでもないよ、悠。電車来るから、行こう」
「そうだね、行こっか」
亜紀はペットボトルのジュースに口をつけないまま、改札へと歩く。私もそれに続いた。私は溶け切らないアイスをぐっと握っていた。徐々に私の体温で溶けてきたことも知らずに。
彼女たちの出会い、いかがだったでしょうか?
これで序章は完結となり、次回からはいよいよ第一章がはじまります。
これからの季節、彼女たちと同じ夏を一緒にお楽しみください。続きが気になる方はブックマークしていってくださいね。
以降は週一回の更新を予定しています。次回更新予定は5月29日(金)20時となります。
【2026/5/18~カクヨムでも同時掲載いたします】




