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最強魔術師の魔力ゼロ転生  作者: アベ
第二章 異邦の勇者

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.42 生の終わりを告げる声

 石畳に全身を預け、地面と触れている肌が冷たさを通り越し、感覚を失いながらも檻の外を眺める。

 四畳一間の小さな空間で身体を丸くし、何もせず、何も考えず、命が尽きるその日まで時間を無駄にして過ごす。


 地面に当てた耳が水滴の落ちる音を捉える。

 一定のリズムで落ち続ける音が妙に心地よく聞こえ、死んだ心が微かに潤う。


 コツ…コツ…。


 水滴の音を一蹴する足音が、鈍く照らされた檻の外の暗闇から鳴り響く――彼女が来た。

 ゆっくりと軽快な足取りで石畳を鳴らす音は、軽さも相まって、全容を見なくても彼女の機嫌が伺える。


 やがて足音は止まり、俺のいる牢に影が一つ、黄土色の光によってゆらゆらと伸び、小さな空間の大半を占めた。


「ユウマ様、()()()()です」


 幼い子どもに語りかけるような、落ち着きのある優しい声色で彼女は語りかけてくる。

 眼球だけがピクリと動き、彼女を見上げるが、ベールで隠されたその表情は、恐らく初めて会った時と何も変わらない。


「……」


 口元だけが妖艶に映る。

 知りたいと思ったそのベール越しの表情も、今はただ、理解のし合えない生物のように見えた。


「震えてらっしゃいますね、ユウマ様」


 いつの間にか小刻みに震えていた身体。止めようとしても止められない。


 檻の施錠が開き、彼女が牢屋へと足を踏み入れた。「あぁ、可哀想に」と小声で呟き、俺の頬に白く細長い指が触れる。


 ――温かい。


 指先だけなのに、彼女の体温を一心に感じる。陽の光が当たらないこの場所で、一番温かいと思えてくる。それでも震えは止まらない。


「安心して下さい。貴方の血や細胞はしっかりとわたくし達が役立てます。なので、どうか怖がらないで」


 触れている指の体温がみるみる冷たくなっていくと思った。いや、初めから温かくなんてなかったんだ。


「――ラ、さ――」


 喉がしゃがれて声が出しにくい。


「ラヴ、さん。ど、どうしてこんな」


 何十回と頭に浮かんでは溢した言葉。

 どうして、今、このタイミングで再度聞いたのかは自分でもわからない。


「ユウマ様が特別だからです。今まで召喚した勇者には無い魔力量を持ち、優しくて、従順です」


「そんな特別を、教団は欲していました」


「貴方が理解してくれるまで、わたくしは何度でもご説明致します」


 同じ返答、同じ言葉の繰り返し。

 結局何も教えてはくれない。俺を細かく刻む理由も、汚物の臭いが充満する地下で監禁する理由も。


「ラヴ様、禊の準備が出来ました」


「ご苦労ですゴルト。ユウマ様を禊台へ運びなさい」


「了解しました」


 彼女と入れ替わりで牢屋に足を踏み入れ、大きな体躯は影もまた大きく、小さな灯りを一瞬で遮った。

 片腕を、小枝を拾うかのように乱雑に捕まれ、持ち上げられる。掴まれてる手首と、伸ばされた脇が急速に熱を帯び始め、痛みがジワリと襲ってくる。


「ゔっ」


「ゴルト、乱暴に扱ってはいけません。血や唾液が出たらどうするのですか」


「申し訳ありません」


 そう言うと、手首を掴む力が少し弱まった。

 そのまま引きずられるように牢屋から出され、またあの時間が一歩ずつやってくる。


「昨日は二頭筋の一部と関節、少々の骨を貰いましたから……今日は脚の筋繊維と腱、多めの血を頂きましょう」


「ユウマ様はなんの心配もございません。いつものように、頂いた物は全て治しますから」


 逃げる気力も、抗う意志も無くした今、俺はただ心を殺して生が尽きるのを待つ。それが、俺にできる唯一のことだから。



***



 地面が揺れている。とても大きく、小刻みに。

 微かな水滴と靴の音しか響かないこの場所で、身体に響く初めての振動。


 しばらくすると揺れは収まり、また静かで暗い静寂が広がった。

 檻の外のロウソクが、ゆらゆらと空間をぼやけさせるのをただ眺める。


 ……


 ……ザッ


 ――誰かが来た。

 階段をゆっくりと降りている。音が近づいてくるにつれて、また身体が小刻みに震えだす。


 今日はまだ、禊の時間をしていない。

 

 またあの痛みが、恐怖が始まる。

 乾いた眼球が瞼を閉じると同時に、一滴の涙が頬を伝う。耳を塞いで身体を丸くさせ、願った。


 このまま消えたい。もう、このまま。


 瞼越しの光が、人影によって暗くなる。この檻の向こうに、確実に人はいる。



「いた」



 聞こえてきたのは、彼女の声ではなかった。


「都市を覆う程の魔力量を持っていたのは、あなたですね」


 ゆっくりと瞼が開き、目の前にいる声の主を見つめる。

 若い男の人だ、俺とそう変わらなそうな。

 

「もしかして、ここで監禁されていたんですか?」


「……」


 どうして、そんなことを聞くんだ。彼女の代わりに禊をしにきたのでは無いのか。

 身体の震えはより一層強くなっていく。返答をしないでいると、


「あまり時間が無いです。どちらにしろ着いて来てほしいので、ここから出します」


 と彼は言った。

 直後、鼓膜を破る勢いのある爆音と、身体を動かす程の風が全身を駆け巡った。


「な――な、にを」


「『圧縮空気砲(エアキャノン)』じゃビクともしないか。この施錠、魔術式が組み込まれているのか、それとも……」


 驚嘆の声は聞く耳を持たず、彼は施錠されている扉を触り、眉を寄せ観察し始めた。その行動が、少しだけ震えと動揺を抑えてくれた。

 よく見ると、出立ちは少し傷つき、今まで会ってきた人達のような黒一辺倒な服では無い。


 弱りきった力を振り絞って、上体を起こす。


 もしかしたら、ここから出られるのか。あの苦しみをもう、味あわなくて良いのか。なら――


『出てどうするの』


 え?


 聞こえるはずのない声が、姿が目の前に現れる。三者面談(あの時)から、顔を見ることをやめた、母の姿がそこに居た。


『死ぬって決めたんでしょ、だからあの女に良いようにされている』


 それは、助かりたかったけど、どうしようもなくて、だから、


『死ぬことからも逃げるのね』


『親からも、勉強からも、自分で決めた()すら逃げる。そんな人間は、例えここから出られたとしても、同じことを繰り返すだけ』


 ……


『そもそも、どうして生きていたいの?目的も何もないのに。貴方は死ぬのが怖いんじゃなくて、痛いのが嫌なだけでしょう』


 …く…れ


『今のままなら貴方は“特別”よ。ずっと求めていたでしょう?意味は分からないけど、ここの人達の役に立ってる、ならそれで良いじゃない』



「やめてくれっ!!」



「!」


 分かった、もう分かったから。俺の前から消えてくれ、母さん。

 

 そう願うと、母は霧の中に溶けるように姿を消した。

 膝を抱え、壁に寄りかかる。熱された頭を冷やすかの如く石壁は冷たい。


「やめるって、ずっとここに居る気ですか」


 声に出てたのか。君に言ったつもりは無かったけど、別にいいや。どっちにしろ変わらない。



「そう、ユウマ様はずっとここに居てくださるのです」



「ラヴ……!」

 

 生の終わりを告げる声が地下に響き渡る。軽快に靴音を鳴らし、黒いドレスをなびかせ、灯りに照らされる姿はまるで――死神のようだった。

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