.43 本音の言葉
「セージ様はご一緒されていた殿方の方へ向かうと思っていましたが、まさか禊の間にいらっしゃるとは」
彼女はそう言いながら口元に手を当て、妖美にくすっと笑う。地下の薄暗さと、目元を隠す黒いベールのせいか、表情の輪郭がぼやける。
「あんたの手下、上で倒れてるぞ。見に行かなくて良いのか」
「構いません。元よりあの方に期待はしていませんでしたから」
「それよりも――」
高い声色から一変、地を這いずり足首を掴んできそうな低い声へとトーンが下がった。
見えない視線が凶器のように、何度も何度も身体を突き刺してくる感覚が鼓動を早く、握る拳に力を入れさせる。
「探していた人物というのは、ユウマ様の事だったんですか」
視線を牢屋の中に居る人物へと移す。
叫び声を上げてから変わらず壁にもたれかかり、両足を折り曲げ顔を埋めている。
ユウマ……さっきも言ってたけど、彼の名前か。状況から見ても、やはりこの人が“異邦の勇者”か?
「……あぁ、そうだ」
いや、例え“異邦の勇者”で無くとも、この魔力量は魔王に対抗できる。この人次第だが、仲間になってほしい。
「何処で彼の存在を?」
「色々噂になってたからな、確信したのはパミストラに入ってからだ」
「噂……広めたつもりは無いのですが、困りましたね」
言葉とは裏腹に、声には全く焦りを感じない。
前で腕を組み、顎に指を当て考える素振りはしているが、体裁のようにも見える。
「ですが、どちらにしても、ユウマ様はこの場所から離れませんよ」
「何?」
「お聞きになったと思います、“やめてくれ”と。それが答えで、彼の意志です」
「ここに居たいと思う人間を、セージ様は無理矢理にでも連れ出すのですか?」
水滴の落ちる音が聞こえる程の静寂が、ほんの一瞬訪れる。
何処から聞こえたかは定かでは無い。だが、恐らく檻の中からだと思い、再び彼に視線を落とす。
彼が望んでここに居たいと言うのなら、僕の身勝手で連れ出す訳にはいかない。けど、僕は――
「本当に、ここに居たいんですか」
彼の言葉をまだ聞いていない。
反応は無い。
言葉の反響だけが寂しく続くが、それでも話すのを止めない。
「陽の光も当たらない、他者との会話すらないこの場所に、本当に居たいんですか」
檻を握る手に力が入る。冷たく固い感触が、この場所の孤独感をより引き立てている。
いつ、ラヴが攻撃してくるか分からない。無防備なのは分かっている、それでも僕は、
「――っ、あなたの言葉が聞きたいんだ!ユウマ!」
気がつくと叫んでいた。喉がヒリヒリと痛み、心臓は急速に脈打ち身体が熱い。汗がジワリと浮き出ながらも、ユウマの言葉を待った。
「……」
ユウマ……。
「もう、これ以上、自分を嫌いになりたくない」
「!」
か細くしゃがれた声が、確かに聞こえた。
弱々しくも発せられる言葉を聞き逃さないよう、耳を研ぎ澄ます。
「特別な人間になりたかった」
「親に“自慢の息子だ”って、“産んで良かった”って、言ってほしかった」
「最後までその言葉を聞くことは無かった」
ユウマの表情は見えない。
「この世界に来て、本気で変われるって思った。ようやく、自分を生きられるって」
「だけど、この世界はっ…自分の部屋で篭っていた時よりも苦しくて、寂しくて…」
涙で震える声が、その辛さが、僕の心に少しずつ積み上がり、重くのしかかる。
「無理な話だったんだっ!色々なことから逃げてきた人間が、急に変わるなんて、出来る訳無かったっ!」
「分かっていた筈なのに…分かった気になっていた…」
また、冷たい沈黙が流れる。まるで時間が止まったような、さっきよりも長い沈黙。
その間も僕は口を出さなかった。なんとなく、誰が話すか予想がついていた。
時間を動かしたのはやはり、ユウマだった。
「ここにいれば、特別のまま、いずれ死ねる」
「死ぬことを選んだ自分からも逃げたら、俺は……」
「自分で自分を殺したくなる」
コツ……と靴の反響が地下全体に響き渡る。
ラヴが一歩、また一歩と、黒いドレスを見せつけるように、優雅にこちらに歩みを進めていた。
「もうよろしいでしょう」
口元は綻び、口角は異様なまでに上がっている。
ユウマもそれ以上話す素振りを見せず、今の言葉を聞き、自分の中で答えを出す時が来た。
「……」
少しだけ、言葉が詰まる。この選択がユウマにとって良いことなのか。
「分かった」
だが決めた以上、僕はそう動くだけだ。
「ご理解頂けましたか、セージ様」
「あぁ」
「ユウマをここから連れ出す」
空気砲の照準をラヴへと向ける。
僕の答えを聞いたラヴは足を止め、口を少し開けていた。やがて、間の抜けた声で話し出した。
「何を言っているのですか」
「ここから出す、と言ったんだ」
「僕には今の言葉全部が、“助けてほしい”という意味にしか聞こえなかった」
今、ユウマがどういう表情なのか見えない。だけど、分からなくて良い。僕の身勝手に理由がついた、ただそれだけのことだ。
「ユウマはここから出て、僕と一緒に来てもらう」
「それが叶うとお思いですか」
ラヴの口元は、いつものように笑っていた。




