第32話 強ければ善なのか
関係者席、と銘打たれた観客席の一角に勇者と奏斗、両陣営の関係者が座っていた。8割が女性である事は、彼ら2人の人格によるものかもしれない。残る2割の男性の1人、宮崎穿真は目の前の光景に呆気にとられていた。
「なんだ……?」
驚いているのは奏斗陣営のみ。勇者陣営の女性たちは誇らしげである。
「驚いたかしらぁ?」
粘着質な独特の喋り方は、全身を黒と紅の包帯で包み、その上から外套を羽織った忌呪士リトアナのものだ。
「あれはぁ、勇者様だけが使える魔法ぉ、万能魔法の神級黒属:《アルティメット》。あれ一つであらゆるものが創り出せるのぉ」
「リトアナ、喋り過ぎなのですよー」
べらべらと喋るリトアナを狂騎士ウルルが咎めた。ゼスの反乱を引き起こした者とは思えない、穏やかな声質だ。騎士、の名の通りにゴテゴテの鎧を装備しているが、童顔なためかまったく似合っていない。騎士の格好を真似している子供、と表現した方がよほどしっくりくる。
「万能魔法、ね」
吐息とともに、穿真が言葉を吐き出した。観客の歓声にかき消されたそれは、勇者陣営の耳には入らない。
「見えたかい? 華原」
戦闘から目を離さずに、燈司が答える。
「……なんだあの文字は? 「equipment」と……、確かにそう見えたぞ」
「眼球取り出して洗浄してくれば、と言いたいけど、どうやらそうはいかないようだね」
2人の会話は、勇者陣営はおろか隣のシスカの耳にも届いていなかった。穿真の指先には、一枚のカードが挟まれている。刻まれた文字が果たす意味は『防音』。魔法を使ってまでしても、彼らは会話の内容が知られるわけにはいかなかった。
穿真が口を開く。
「まさか、あの文字に見とれていた、なんてことはないよね?」
「……無論だ」
ほぉ、と穿真は感嘆する。この席から勇者までの距離はおよそ200メートル弱。身体強化の効果を持つ魔法を使っても見えるかどうかの距離だ。
しかも燈司は魔法を使っていない。彼の驚異的な身体能力に、大きな代償を払って得た“力”が上乗せされて成された技だ。
「あの立体映像は何だった?」
「……俗な言い方だが、RPGゲームのステータス画面、だな」
「ゲームのステータス?」
「……経験がないか? 一度ならその手のものは……、やったことがあると思うのだが」
もちろんあるさ、と返しながらも穿真は軽い頭痛を覚えた。
ステータス画面、といったらアレだろう。持ち物やら自分のステータスやらクエストやらが一目で分かるアレだ。
そのくらいは穿真でも分かる。問題は──、
「なぜそんなものがここに? ここは本物の異世界オルフェリアだよ? くだらない仮想世界、ゲームの世界じゃない」
「……だが存在するのは確かだ。現に俺の目はそれを捉えてしまい……、お前だって「equipment」の文字を見ただろう?」
いつからここはゲームの世界になったんだ、と悪態をつく穿真。頭痛の他に胃痛も襲ってくる。
「……ただ一つだけ分かることがある」
「ああ……、勇者は地球の人間だ。それも──、」
世界がいかに広いと言えども、オルフェリアをゲームの世界に仕立て上げる愉快で平和な頭を持つ民族を、穿真は一つしか知らない。
「日本人だね。認めたくないけど、僕らのお仲間、ってわけだ」
●
「魔力の温存したかったけど……、裏目に出たか」
呪詛を唱えるように忌々しげに奏斗はうめいた。
盛り上がり続ける観客の中心は、もちろん勇者。代名詞になりつつある魔金と魔銀の鎧は陽光を浴びて輝き、巨きな大剣2つは勇者の両手に収められている。
最悪の事態だった。
勇者がどんな手でくるのか、あれこれ予想はしていたが“これ”は想定外だ。武器の持ち込みが禁止なら、魔法で呼び出してしまえばいい、といったところか。決闘の審判員が何も反応しないということは、あれは魔法と見なされているのだろう。こちらも武具を召喚したいところだが、魔力の消費が激しいし、一つの武器にこだわる戦い方を奏斗はできない。その場にある物を利用して、即興で戦闘を作り上げるのが奏斗のスタイルだ。
何にせよ、起こってしまったのは事実。どうにかしてこの場を切り抜けなければならない。
はぁ、と奏斗はため息をつく。決闘で負けても失うのは社会的地位だけかと思っていたが、どうやら命も失いかねないようだ。ならば、
「加減はいらないよな……」
奏斗の双眼に殺気が宿る。相手が殺すつもりなら、こちらだって殺すつもりでも文句は無いはずだ。
自分の武器は素手と魔法。素手で渡り合うことなどできそうもないので、戦闘の中心は魔法だ。魔力が尽きるまでの短い時間制限が奏斗につきまとう。対して勇者の環境は最高だ。まとう鎧、手にする武器がいつもと変わらない。手に馴染んだものだ。戦闘における“いつも通り”という言葉は、最高の状態を意味していると奏斗は思う。何の障害もなく気兼ねなくストレスを溜めることなく戦闘を続けられる。これほど至高の環境が他にあるだろうか。
反骨の意志が奏斗に活力を与える。相手は最高。こちらは最悪。勇者の勝ちこそが観客の望みであり、自分は無様に負ける敗者だ。
面白い。
ならば、自分が勝ったらどうなるか。勇者を這い蹲らせたらどうなるか。盤面狂わせどころの話ではない。世界の流れそのものが変わる可能性がある。
「最ッ高だなあ! 狂わせてやるよ俺の手で、運命ってやつを!!」
恐怖はない。負ける気など毛頭無い。必要なのは貪欲なまでに勝利を望むその姿勢。それだけで十分だ。
「負ける覚悟は決まったか? ま、せいぜい死なねぇように頑張れや」
勇者の言葉が終わった途端に、地を叩く音が響いた。勇者が地を蹴る音だ。腹を震わすその音は、聞く者によれば死神の足音に聞こえるかもしれない。それほどその音には迫力がこもり、威圧するものがあった。
だが、奏斗は怯まない。
「水よ! 殴打しろ!!」
大量の水の塊が勇者の体を消した。直後に吹き飛ばされた勇者の体が闘技場の壁に激突。壁が盛大な破壊音をお供にして崩れていく。観客の歓声がピタリと止んだ。
(どうだ……?)
奏斗によって操られた水は巨大な塊を形成し、奏斗が出来うる限りの速さで勇者に叩きつけられたのだ。巨大なハンマーがぶち当たったようなものである。
並みの人間、いや、どれほど実力のある魔法士であっても防げる術は無く、道理もない。不意打ちとも言える一撃は認識されないままに、相手を肉塊に変える。確実に殺す必殺の技。
だが、相手は勇者。人間の道理で計ることがためらわれるほどの化け物だ。
「うおおおおおおお!! いってぇじゃねぇかコノヤロウが!!」
勇者の生存を証明する元気で馬鹿な叫び声が反響する。観客が湧いた。奏斗を野次る声も聞こえてくる。
(いってぇ、か。割と本気だったんだが)
鎧は、へこむことなく原型を保っていた。あれほどの一撃を防ぐ物理的方法はないはずだ。魔法的方法なら、存分に考えられるが。
「刻印でもされてんだろうな。どんな魔法かは分からないけど」
「次はこっちの番だぜ!!」
絶叫しながら飛び込む勇者。そのまま素直にやられる奏斗ではない。
「見え見えなんだよ! 水よ、断ち切れ!!」
大量の水の線が勇者を切り裂かんと猛スピードで襲う。が、どういう理屈か鎧には傷一つつかない。
「どうなってやがる……」
唸る間に、奏斗は勇者の間合いに入ってしまっていた。2つの白刃が奏斗に襲いかかる。
そこで奏斗は、一つの違和感を感じた。
振るわれる剣は速い。奏斗の脳では残像としてしか捉えきれないほどに。しかし、なぜか避けることができる。身体強化などされていない身体でだ。太刀筋が簡単に予想できるのだ。
隙を見て奏斗は後方へ跳躍。
(体重が乗っていない?)
腕力に任せて剣を振り回している。そんな感じがした。剣を振るうための技術がまるでないのだ。ゆえに大振りとなり、避けることができてしまう。
剣を握ったことのない素人ならまだ解せる。しかし相手は勇者。百戦錬磨の英雄だ。当然そこに行き着くまでに血のにじむ、途方もない努力が積み重ねられていると奏斗は思っていたのだが……。
「逃げるなゴラァ!!」
思えば、最初からこの勇者という人物には違和感を奏斗は覚えていた。言動と実際の偉業がまったく噛み合わないのだ。
言葉遣いは乱暴で、態度もあまりなっていない。言動だけを見れば、同年代の人間に見えてしまう。とても物語に出てきそうな勇者とは思えなかった。
(それとも俺が夢見ていただけなのかね? 勇者は人格者だっていうのは所詮幻想なのか……)
勇者の剣を避けながら、奏斗は勇者という存在に幻滅した。必死な勇者の顔を見るのもなかなか面白いが、とりあえず水で吹き飛ばす。思考の邪魔だ。
100メートルほど吹き飛んだ勇者にはやはり、傷一つない。状況から勇者の鎧には『魔法無効化』の刻印魔法が施されているのだろう、と奏斗は予測した。
そうであれば辻褄が合う。いくら水を叩きつけようとも結局その威力を具現しているのは魔力だ。魔力を無効化すれば、理論上は威力をゼロにできる。あくまでも、理論上の話だ。実際に行うとすれば、莫大な量の魔力が必要となる。おそらくだが、『魔力節約』の刻印魔法も施されているはずだ。
魔法は、通じない。効果があるのは物理的方法のみ。
(どうしたもんだか……)
素手で殴りたいところだが、相手は魔金と魔銀の鎧だ。魔力と結合した金属は、物質の限界を超える硬度と魔晶石に次ぐ魔力伝導性を兼ね備える。結合のしやすさは(オルフェリアの人々は知る由もないが)イオン化傾向が小さい──錆びにくい金属ほど高いと言われている。要は素手で殴ってもこちらの拳が砕けるだけなのだ。
勇者の剣は避けることは可能だが、いつまでも集中力が持つとは思えない。こちらの攻撃が通じず精神を消耗するのなら、じわじわと首を絞められているようなものだ。
(最高の硬さを持つ金属。適うのは同じ魔金のみか。ふざけてるな。そんなもの用意できるわけ……)
そこで奏斗の思考は停止した。
己の得意とする魔法は何か。言うまでもなく、召喚魔法である。
召喚魔法とは何か。無いのであれば、創り出す。神の所業を模した反則技だ。
簡単な話だった、と奏斗は苦笑する。召喚魔法で魔金を創り出せば良いのだ。
「反撃の時間だ。コレを使うのも久しぶりだな」
勇者が不思議そうな表情を浮かべるが、構うものか。
「来い、魔金。勝ち誇った顔してる勇者を叩きのめせ」
魔力が奏斗の思念を汲み取り、具現化されていく。3つの魔金の立方体が姿を顕した。立方体にひびが入り、金属質な音を立てながら変形。
危険を感じ取った勇者が突っ込んてくるが、もう遅い。勇者の大振りな大剣が奏斗の頭をかち割る前に、魔金の人形が大剣を防いだ。
「なっ!?」
両腕が魔金の剣となり、身体のすべてが魔金で構成された人形。世界最高硬度を誇る金属の人形は、易々と剣を退け、三位一体の攻撃を仕掛ける。
成功した。奏斗はほくそ笑む。
召喚魔法は何を召喚しようが、必要な魔力は同じだ。極端な話、小石を創り出そうが宇宙を創り出そうが必要な魔力は一緒である。そのため召喚魔法には、1つの基準が存在する。使用される魔力に見合った物であるかないかだ。小石を召喚するのは明らかに割に合わず、宇宙を召喚するのは割に合う。費用対効果、コストパフォーマンスが召喚魔法において重要視されるのだ。
また、今の召喚にはある種の技術が使われていた。『魔金の武防具を装備した人間』を召喚するなら、必要なパーツは『魔金の武具』、『魔金の防具』、そして『人間』である。対して『魔金で構成された人形』を召喚するなら、必要なパーツは魔金のみで済む。腕を剣にしたり、表情をつけたりするのは奏斗の創造力次第だ。
魔金の人形は、絶えず勇者を攻め続ける。人形の能力は奏斗と同じ。勇者が劣勢であることは、火を見るより明らかだ。
卑怯だと罵る声が聞こえてくる。臆病者だと蔑む者がいる。
思わず奏斗は笑ってしまった。この場では勇者が善で、奏斗が悪の役割を果たしているのだろう。観客が望んでいるのは、善が悪を打ち倒す勧善懲悪。極端な二元論に囚われた人々は、勇者の行動すべてを認め、奏斗の行動すべてを否定する。
それを崩してやったとたんこれだ。セオリー通りでなければ、観客は納得しないらしい。
懐からタバコを取り出し火をつける。余裕の行動と見ているのか、観客の罵声が増した。奏斗は苦笑してしまう。たかがタバコ一本吸って魔力を回復するために、どうしてここまで誹りを受けなければならないのか。悪役の辛さがよく分かる。
紫煙を弄びながら、奏斗は勇者と人形の攻防を眺めていた。状況は勇者がふりだが、実際のところは五分五分だろう。奏斗とて、余裕は残されていない。魔力の消耗が激しいのだ。
(このまま終わってくれ……)
人形の腕が振るわれる度に、勇者の大剣の刃がこぼれ、鎧が削られていく。キラキラと輝いているのは削られた鎧の欠片か。それでも、勇者に致命的な一撃は加えられていない。
俺も行くか、と身構え飛び込もうとしたときだった。
「チマチマチマチマ、勇者ナメてんじゃねぇぞ!!」
苛立ちにまみれた言葉とともに、勇者の双大剣が光り出す。
一閃。
乱暴に、力強く横薙ぐ大剣が、魔金の人形3体を切り裂いた。
「なっ!?」
刻印なのか詠唱なのか知る術はないが、使われたのは間違いなく魔法だ。
砕かれた魔金の人形の隙間から、青筋を浮かべた勇者の顔が覗く。
「数で勝負、ってか? 自分の手を下すまでもない、ってか? 絵に描いたような卑怯者じゃねぇか!」
双の大剣が構えられる。
「悪いヤツは、正義の味方がボコらねぇとなぁ!!」
瞬く間に詰められる両者の間合い。速く鋭く、勇者の大剣が奏斗の命を奪いにくる。
奏斗だって、黙ってやられる訳ではない。白属庶級:《ストロン》で身体機能を強化。処理能力が跳ね上げられた脳で大剣を見切り、最小限の動きで避けていく。
段々と苛立ち、雑になる剣筋。もちろん奏斗はその隙を容赦なくつく。
奏斗から向かって右からの斬撃。これまでになく大振りなそれは、奏斗が反撃するには十分過ぎた。《ストロン》にさらなる魔力をつぎ込み、効果を上昇。勇者の斬撃を完全に目で捉えた。奏斗は身体を右に回転。上半身が捻られて、左拳が大剣の真上にくる形だ。
端から見れば、自分から斬られにいくような自殺行為に見える。逆だ。勇者の自信を崩す、反撃の準備だ。
振るわれる大剣に合わせて、奏斗も拳を振り下ろす。拳が大剣を殴る前に、土属王級:《メシケータ》を発動。重力操作の一撃が大剣に叩きつけられる──はずだった。
「あがっ……!?」
突然、魔法の効果が切れた。魔力切れかと奏斗は思ったが、違う。全身の血液が沸騰し、皮膚が毟られ、神経が焼き切れるような激痛が奏斗を襲ったからだ。筋肉から力が抜け、重力に身を任せる奏斗。意識が飛んでもおかしくない激痛が逆に奏斗の意識を留まらせる。
何が起こったのか、奏斗は理解できない。だが、このままでは危ないと、脳が必死に警告しているのだけは解る。
(やば……)
気づいたときには遅かった。拳を殴りつけんとした大剣は、既に振り抜かれてしまっている。
左の二の腕に感じる熱。頬に飛び散った温い液体。そして視界の隅に映り込む、断ち切られた左腕。
左腕が斬り飛ばされたと知覚するのに、そう時間はかからなかった。




