第30話 継がれる因縁
皇都の冬は寒い。雪こそ降らないが、吹きつける風は身が冷えるには十分過ぎる。
穿真の長い長いお話がやっと終わり、皇都散策に乗り出した奏斗一行。なんだかんだで、勇者との決闘は明日に控えていた。
「とりあえずギルドかな」
「それじゃ、第5壁間ね」
そんな奏斗の一言と仁菜の案内で、一行は第5壁間にいる。
イフニ村と格式が大いに異なるギルドの巨きな建物に驚きつつ、奏斗はギルドの扉を開けた。
外見が違えば、当然中身も違う。まず広い。なんといっても広い。その広さに順応するように多くの冒険者が集い受付嬢は5人も。色別に分けられているらしい。
(良くできてるなぁ……)
仕事の効率が考えられた構図に思わず奏斗は感嘆する。
壁にはオルフェリアの世界地図。各地点に付けられた印は、政治的に不安定な地域や生物が大量発生した地域など様々な意味を表しているようだ。
また、国を跨ぐ冒険者にとって有益な、国家別の為替相場の変動や鉱物の相場といった金銭面の情報もあり、ここにいるだけでリアルタイムの世界情勢が分かるんじゃないのかというぐらい情報で彩られている。
一日中ここに居座りたい衝動を何とか奏斗は抑え、受付嬢の一人に色付き昇進希望の旨を伝えた。加護者だなんだと騒がれると奏斗は思っていたが、受付嬢のおねーさんは滞りなく業務をこなす。皇都では、変わり者が多いのだろうと奏斗は勝手に解釈した。
「こちらが、試験会場になります」
シャオンと仁菜、シスカを残して義兄妹2人が案内されたのはギルドの地下。そこには地下とは思えないほどの広大な空間が広がっていた。
(金あるんだな、ギルドって)
イフニ村でも報酬の一部はギルドに納められていた気がする。上納金、というものだ。ギルドはこの上納金が主で成り立っている。
「あの、何をすれば?」
受付嬢とは違う案内してくれたおねーさんに奏斗は尋ねる。先程の受付嬢もそうだが、このおねーさんも美人だ。皇都の女性は総じてレベルが高いのかもしれない。
そうなると、一端の男子高校生たる奏斗のテンションは鰻登りになるはずなのだが……、どういうわけか、彼にその兆候は見られない。
(周りの女性のレベルがなぁ……。段違いだし)
奏斗の周囲の女性は、そのすべてがハイクラスな美人または美少女だ。どうしても、霞んでしまうのだ。
(アレだ。軽いハーレム状態ってやつだ。半分身内で恋愛対象じゃないけど)
(サイッテー……。そーゆー目でアタシたちのこと見てたの!? この変態!)
(変態と叫ばれる心当たりはないが……、むしろお前の方が変態だろう? こないだも全裸で寝床に入ってたし。ティナにもかまってあげてください、って言われるし。
何なの? 発情期なの?)
(いや、まぁ、それは、ねぇ……?)
(否定してくれよ? 頼むからさぁ……)
改めて自分の使い魔に引く奏斗。そんな事は微塵も知らないおねーさんはとある方向を指さして、
「あちらの魔物を倒していただきます」
直後、奏斗の鼓膜をこの世のものとは思えないほどどす黒い悪意に満ちた声が震わした。
おねーさんが指さした方向には鉄格子が。鉄格子の奥には、全身が腫瘍で覆われ、太い血管が浮き出た2メートル強の人型の魔物がいた。人型、といってもその姿は人間とはかけ離れた異形だ。上半身と下半身のバランスがとれていないこともあるが、最も目を引くのは右指先から飛びでている3メートルほどの骨だろう。先端は鋭くとがり、形状はあたかもランスのよう。突き刺すだけでなく、殴っても人は殺せるはずだ。
「魔物、か。飽和点を超えた高濃度の魔力に汚染され、自らの魔力が暴走してできた個体だったか」
「以前お兄ちゃんが倒したリュプスレーロは上位魔物の戦闘狂種でしたね。あれに比べれば多少は弱いと思いますが……」
「言っておきますが、」
ゴホンとおねーさんが咳払い1つ。
「あれはギルドが独自で作り上げた人造の魔物です。強さとしては戦闘狂種に引けを取らないほどだと思いますよ?
あ、そうそう、あれは既に人の味を覚えていますので。せいぜい喰われないようがんばってくださいね♪」
「『くださいね♪』じゃねぇよ! 何とんでもないモノ作ってんだアンタらは!?」
「試験開始で~す!」
「無視かよオイ!!」
鮮やかにその場を去るおねーさん。見事な手際を責めるまでもなく、鉄格子がガラガラと開いた。
「しょうがない。闘るしかない……、ん?」
「どうしました?」
今この空間にいるのは奏斗とティナ、それとあの異形の魔物だ。にもかかわらず奏斗は複数の視線を感じた。それも好奇の。
視線の正体を探して奏斗は顔を上げる。空間の上半分ほどはすり鉢状に席が設けられ、目を欲で光らせた貪欲な金の亡者が座っていた。
「悪趣味だな、オイ。俺らが死ぬか生きるか賭けていやがる」
「センマさんが言ってましたね。命を賭けた賭博遊戯が流行っているとかいないとか。
一度山に籠もれば良いんですよ、そんなの」
「良いこと言うじゃないか」
クツクツと笑う奏斗。正面からは魔に憑かれた異形が近づいてくる。
「どうせなら、賭けとけば良かったな。間違いなく大金稼げたぞ」
「案外倍率低いかもですよ? 加護者ですし」
異形が叫ぶ。獲物の前にした喜びの叫びだ。
「さっさと片付けるか。色々買い物したいしな」
「ですね。お土産も探さないと」
●
殺気が奔流となり、突如として場は戦場と化した。力と力がぶつかり合い、衝撃が空気を揺るがす。
観客たる亡者は熱狂していた。久しぶりに彼らは闘いというものを目に収めたのだ。ここ最近は、人間が一瞬で肉塊に変わり人が生きながら喰われる殺戮劇しか見ていない彼らにとって(もちろんそれはそれで愉快ではあるが)、目の前の死闘は魂を感動させ、血肉が沸き躍るものであった。
ここでは、すべてが合法だ。第10壁間の孤児をさらい魔物にする事も、命を賭けた賭博に勤しむことも。
良心など、存在し得ない。奴隷を闘わせた古代ローマと同じく、娯楽のために人々は熱狂する。賭けた金など度外視だ。
明日には、勇者と今死闘を演じる加護者の決闘がある。彼らには遠足に心躍らす子供と似たような期待で満ちていた。
●
「長いのぉ……」
死闘を続ける義兄妹の上、地上では残された女子3人が暇そうにテーブルについていた。端から見れば、野郎が8割を占めるむさ苦しい冒険者ギルドの中に咲く高嶺の花と言ったところか。声をかけられそうなものであるが、第2皇女シスカの名声のおかげで近づく無謀な馬鹿はいなかった。
(暇じゃ……)
ボケーッとしているのも淑女としてマズいので、一応壁に掲示された情報を見やる。
ルーズ湖経済特区占領の影響が出ているらしいが、彼女にはまったく理解できない。それよりも彼女が興味を抱くのは、
(お……。開拓が進んでおるの)
西方大陸の西側に広がる未踏地の開拓状況だ。
世界は広い。未だにオルフェリアの人々は世界の果てにたどり着いてはいない。
西には西方大陸以西の未踏地。
東は戦乱収まらぬ東方大陸以東の未踏地。
北には一年を通して氷が溶けない極寒の大陸。
南には棲む生物が魔物となるほど魔力の濃い魔力汚染大陸。
西の未踏地が一番開拓が進んでおり、小国が勃興している地域さえある。それでも人々の知る世界は狭い。
「シスカ皇女? 何か気になることでも?」
まだ見ぬ未踏地のその先に思いを馳せていたシスカの思考が、仁菜の言葉で現実へと引き戻される。
「いや、何でもないのじゃ。カナトはまだかのう?」
「なんでも人造の魔物と闘ってるらしいわよ。すぐ倒すと思うけど」
そうか、と言葉を置き、再び思考に浸ろうとするもシャオンの言葉に違和があった。
「まて。人造の魔物じゃと……?」
「そうみたいね。思いっ切り非合法だけど、ギルドだから関係ないんじゃない?」
実際のところ、冒険者というのは職の無い人々の為のセーフティーネットにすぎない。それゆえに冒険者の人権が蔑ろにされるのを防ぐ目的で、冒険者の立場は社会のヒエラルキーから外れている。国家の干渉を受けないのだ。無論、冒険者ギルドも対象だ。
それを悪用して行われているものの一つが、ギルドによる人造魔物の研究だ。非合法極まりないが、国家がコレを咎めれば、冒険者ギルドは間違いなく国家と対立する。
力を持った冒険者と対立するか、実験動物として扱われる貧困層の子供を救うか……。比べるまでもないことだ。
「しかし、色付きの試験如きで何故魔物を使ってまで試すのでしょう?」
至極真っ当な仁菜の疑問に、シスカは淡々と答える。
「オルフェリア全人口の1割が冒険者に登録しているこの時代において、面倒を減らすのが狙いじゃろ」
「面倒? どゆこと?」
「色付きともなれば、ギルドとしてもある程度の支援をしなければならん。地図の作成に各種の手続き。純粋に受付の作業量が増えるというものもあるな。
その上冒険者が死んだ場合には相応の保障がされ、葬儀などもギルドが主体でする」
しかし、とシスカは言葉を置き、
「この多種多様な業務を行う側であるギルドは慢性的な人員不足に悩まされておる。あまりの忙しさに過労死する者が絶えないそうじゃ。
当たり前じゃの……。総人口の1割を占める冒険者の支援が、冒険者全体の1厘にも満たないギルド職員で行われているのじゃから」
「となると、ギルド側は色付きの数を1人でも減らす為にこんなことを……?」
「そう考えるが妥当じゃの。
色付きになるのなら、相当の実力者が欲しい。
ギルド側の思惑はこんなところかの」
まぁ、とシスカは一息ついて、
「あの義兄妹なら、それくらい楽勝じゃろうて」
●
(うざったい……!)
魔物ではない。観客たちの反応だ。奏斗が動く度にいちいち野太い歓声をあげてくるのだ。女子の黄色い声援ならまだしも、金に飢えた男衆に声援を送られても何も心に響かない。ただただイラつくだけである。
といいつつも、人造魔物の動きも厄介だ。半端に踏み込めば骨のランスの餌食になり、だからといって殴りあいの肉弾戦に持ち込んだところで勝ち目はない。巨躯が存分に生かされた膂力をぶち込んでくるのだから。
(運動能力が高すぎる! 力があるし、動きも鈍くない。むしろ俊敏だ。遠距離から魔法で牽制するしか……)
魔物は基本的にタフだ。体組織の半分を削っても、持ち前の生命力で途端に復活する。
「詰んでるよなぁ、この状況は」
「遠距離攻撃魔法がないだけマシですね」
距離をとられた魔物は骨のランスの水平に掲げて突進してくるだけ。それなら回避もでき、その気になれば反撃だって可能だ。
今も、そうしたセオリーに則って距離をとる2人。2人から魔法を浴びせられる魔物は、絶えきれず突進するはずだった。
しかし、セオリー通りになんて物事は進まない。それは世界が変わっても普遍の原則だ。
突如として、魔物が叫びを放つ。しかしそれは本能によるものではなく、
(魔法の詠唱!?)
魔物の胸がボコリと膨らむ。膨らみは胸、喉、顔へと伝わり、果たして放たれる。
液状のそれは奏斗との間合いを容易に詰め、2人に襲いかかった。
(ぐっ!)
とっさに横に飛ぶ奏斗。肉体強化の白属庶級:《ストロン》と反発力操作の生活魔法:《ヴァイセ》を二重に用いたものの、完全には避けきれず液体が左足の靴を掠める。
(なにが……?)
戸惑うまもなく、奏斗の左足を激痛が走った。
見ると、靴が溶解し、足の肉が爛れている。
(酸か!)
「お兄ちゃん! 足が!!」
「粘膜晒すな! 一旦下がるぞ!!」
パニックに陥らず指示に従うのは修行の賜物か。
奏斗の言葉通り、ティナは鼻と口を手でふさぎ、目を閉じて後退した。その場に留まれば、揮発した酸が体内を焼き尽くすところであった。
「今のはおそらく、水属貴級:《ラアルム》ですね」
「魔物のくせに貴級使うとは、良い身分じゃないか」
魔法の分類は、研究が進むに連れて必要性を増していった。7つの系統と、5つの威力別に分けられ、魔法の識別は従来よりも遥かに簡単になった。
穿真から教えてもらったことだ。
「酸を生み出すとはな……」
距離をとっても鼻孔をくすぐる刺激臭に堪えながら、奏斗は舌打ちする。
威力もさることながら、問題はその量だ。触れただけで肉を溶かすほどの酸が、骨のランスの攻撃範囲外を補完する。遠中近、どの間合いでも相手を殺しうる。
奏斗とティナはその場から動けない。魔物の隙が無くなったのだ。迂闊に動けば、撲殺されるか溶解するかの二択しか未来はない。
奏斗とティナの意識は、完全に《ラアルム》に傾いていた。それが、命取りとなる。
魔物の突進の初動を見逃したのだ。
「しまっ……」
いかに直線的な突進といえども、速さは一級品だ。そのために、初動を読み取って先手を打ってきたのだが、今回はそれを見失ってしまった。
渾身の魔力を込めて、魔物の正面から逃げる2人。奏斗は左に、ティナは右に。しかし、奏斗の左足の痛みが僅かに彼の動きを鈍らせた。
ほんの、1秒にも満たない遅れ。人間相手なら、さして意味は無かったかもしれない。だが現実の相手は魔物。それも人の手でいじくり回された正真正銘の化け物だ。
魔物の強化された動体視力は僅かに遅れた奏斗を捕捉。腫瘍下の筋肉が盛り上がり、骨のランスが薙払われる!
「ごあっ………!」
まともな悲鳴すら上げられなかった。
ランスは奏斗の右腕を粉砕し、衝撃は肋骨を砕いて内臓へと。防御の為に張った土属庶級:《カナル》は何の意味も持たず、硝子が割られるように虚しく壊された。
体験したことのない激痛だ。
右腕の感覚は無く、内臓が手を突っ込まれてぐちゃぐちゃにかき回されているのではないかと思えるほどの不快感と痛みに苛まれる。おそらく内臓が破裂し、肋骨の破片が肉を裂いているはずだ。
意識が飛ばなかったのが不思議なくらいである。
しかし、彼は吹き飛ばされて壁に激突する事は避けた。左腕を絡ませ、ランスにしがみついたのだ。
当然魔物の本気の一撃は、ランスに相応の遠心力を与える。体が投げ飛ばされそうになるが、それでも奏斗は離さない。
(痛みは……、無視だっ!)
自らの武器にしがみつく奏斗を鬱陶しく思ったか、魔物はランスを宙に掲げ、再び《ラアルム》を発動する。
奏斗を背筋を嫌な汗が伝う。このままでは、ランスを離すにしろ離さないにしろ同等の結果が待っている。酸の直撃を受けての溶解だ。
魔物の胸が膨らむ。これが外に放たれた時点で奏斗の約17年ほどの人生が終わりを告げる。
(死ぬもんか……!)
だから彼は、一縷の望みをかけて叫んだ。
「ティナ! こいつの口を塞げ!!」
返事も返さずにティナは動いていた。魔物の意識が奏斗に注がれている状況で、動けるのは彼女しかいない。
やがてある地点で立ち止まり、右手の平を魔物へと向けて、言った。
「《フォイツン》」
圧力操作の風属庶級:《フォイツン》。
対盗賊戦とのそれとは異なり、彼女は有りっ丈の魔力を込めた。最下層の庶級魔法でも、注ぐ魔力の量次第では都市を壊滅させるのだ。
ましてや、ティナはウンディーネの元で修行を重ねた者である。常人とは比べ物にならないほどの魔力を貯めることができる。
ティナの手の平の上には、バスケットボール大の空気の塊。魔法により周囲の大気を圧縮させたものだ。
彼女は迷うことなく塊を投擲する。塊は魔物の頭上に停止し、
「爆ぜなさいっ!!」
魔法の制御が失われた大気は、周りの空気を押しのけて元の体積へと戻ろうとする。勢い良く、という言葉が生易しく聞こえるほどの猛烈な速さで。
直下の魔物は衝撃をもろに受け、頭部がひしゃげる。口が、閉じられた。
出口を失った酸は、迸ることなく魔物の体内に留まることとなる。肉の溶ける不快な臭いが鼻をくすぐった。
痛覚はあるのか、溶解の痛みで魔物がのたうち回る。巻き込まれてはたまらないと奏斗はランスから離れ、後ろへと跳躍。
だが、これでも魔物は死んでくれない。脳を潰されようが心臓が溶けようが、魔物にとって臓器はお飾りに過ぎないのだ。溶解が終われば、魔物の体組織は再生する。
だからこそ、
(これで……決める!)
今しか猶予は残されていない。
「水よ! 刻めっ!!」
魔力が奏斗の思念を通じて事象に変換。空気中の水蒸気が水へと状態変化し、高速で魔物を切り刻む。魔物の再生能力が全力で抗うも追いつかない。
やがて全身が細切れにされ、2メートル強の異形は湯気漂う血肉の塊と化した。
「終わった……か?」
奏斗の口から血が吐き出された。即座にティナが白属庶級:《レコバ》を施す。応急処置程度にしかならないが多少はマシだ。
観客席からは熱狂した歓声が聞こえてくる。どれも奏斗やティナを賞賛していたが、奏斗には興味がなかった。
「お疲れ様でした。これで試験は終了です。
これで見事色付きですね! おめでとうございます。わーパチパチー」
どこからともなくおねーさんが現れる。イラつく心無い拍手を携えて。
「過激なんだな。最近のギルドは」
「こちらも色々と大変でして」
何が色々だ、と悪態をついておねーさんを睨み、奏斗とティナは場を離れた。
●
「まったく、ヒドい目に遭いましたよ!」
「主に俺がな」
色付き昇進の試験を終えて、一行は第6壁間へ。ようやく、当初の目的たるお買い物ができそうだ。
「カナト、体は大丈夫かの?」
「おかげで元通りだ。あとで何か礼でもしとくよ」
満身創痍だった体はシスカの白属貴級:《レコバル》で治療されている。以前にも処置を受けたことがあるが、骨折しようが出血しようがお構いなく治せる大変便利な魔法らしい。
「そうか……、ならば体で支払ってもらうかの」
「ズルいシスカ! ご主人様の初めてはアタシが──」
「ここは公共の場だ!!」
なりふり構わずアホな事を口走る2人に奏斗はチョップ一発。シャオンはともかく一国の皇女であるシスカがこんなでいいのかと奏斗は思わず不安になった。
「うう……、カナトは妾が好かんのか?」
頭を押さえ、上目遣いで奏斗を見つめるシスカ。所作といい、発言といい、年頃の男子高校生なら悶えること間違いなしだろうが、奏斗はそんなに甘くない。
前にも言ったけどな、と奏斗は語り出す。
「俺の好みは奥ゆかしい女性だ! 大和撫子なんだ!! てめえの貞操を鑑みない痴女なんざ以ての外なんだよ!
襲われるのは趣味じゃねえ。むしろ襲う方が理想的だ! 初めてが受けなんて絶対無理だね! イヤだね!!
淫乱なハーレム野郎とは違う! 誠実なプラトニック紳士でありたい!!
そんな視点で見れば理想の女性というのはまさに──」
「「もういい」です」
「ごばぁ!?」
ちょうど締めようというときに、左右から腰の入った見事なグーが奏斗の腹に食い込む。ティナと仁菜だ。
(ランスの薙払いより威力が……)
息が詰まり、物理的に言葉にできない。
「な、何を……」
「お兄ちゃんこそ、考えてください。公共の場ですよ?」
「カナ兄の女性観が皇国民の耳に知れ渡るわよ? もう手遅れかもしれないけど」
奏斗が慌てて辺りを見渡すと、周りに人集りができているのに気づく。
「なんだなんだ痴話喧嘩か?」
「あんなにも女性を侍らせて、その上で女性の好みを語るなんて……」
「あれ? あの女顔の男、加護者じゃないか?」
「恥ずかしくないのかしら……」
居たたまれなくなった一行は、一目散に逃げ去った。
●
「ここよ、ここ」
疲弊の色を漂わせながら、一行はとある魔導器屋に到着した。
「大手ではないですね……。個人商店でしょうか?」
魔法に関わる物品──魔法水晶や魔護符などを扱う魔導器業界は国を股に掛けるような大手が大半を占めている。魔導器の大量生産により、低価格高品質を実現できるからだ。
つまるところ、個人商店は珍しい。
「穿真さんの行き着けよ。値段の割には扱う魔晶石の質は良いみたい」
そう言って、仁菜はごめんくださーい、と扉を開ける。
続いて中に入った奏斗の目に映るは、魔法水晶や魔護符をはじめとした魔導器の数々。用途が分からない魔導器がほとんどだ。
「いらっしゃーい。お? センマの坊主はいねぇのか」
「今日は、知り合いをね」
「ニナの知り合いねー……。って加護者ぁ!? 明日にゃ決闘だろ? 油売ってて良いのかよ?」
店主は人当たりの良さそうな人相をした中年の男だ。少々腹が出ているが、もとは立派な魔法士だったかもしれない。
オーバーリアクション気味な店主は笑みを浮かべて、
「ま、色々と見てやってくれや。割引はしねぇけどな」
言葉に甘えて、早速店内をうろつく奏斗。店主の相手は仁菜がしているから大丈夫だろう。
手頃な魔法水晶を手にとってしげしげと眺めると、円状に文字が刻印されているのが分かる。奏斗の脳裏に、9日にも及んだお話がありありと思い出された。
『さて、魔法には3つ種類があると言われているね』
『詠唱、刻印、生活だな』
『その通りだ。しかし、元を辿ると魔法の種類は一つだけなんだよ。
最近の皇都で出回っている魔法水晶をよく見れば分かるけど、魔法水晶には刻印魔法が施されているんだ。詠唱魔法は刻印魔法の一部な訳だ。同じ構図の生活魔法にもこれはいえるね』
『確かに、“文字を刻む”という行為は先史以前の宗教や文化では神聖化されているぐらいだ。こっちでもそれが通用するのか』
『そもそも“魔法”というものは、万物の源である魔力を特定の事象に変換する事だ。魔力の通り道である“魔力回路”に魔力が通ることでそれは実現する。
魔力回路一つにつき、一個の魔法が契約できるから、魔力回路の数で使える魔法の数が左右されるのさ』
『それを引き起こす為に文字を刻む、と』
『そうなるね。時系列でいえば、オルフェリアが創られたのはバベルの塔が壊される前だ。現在に至っても、発音は異なれど言語は統一されているから全世界の魔法は同じ文字で発動されている』
『バベルの塔、ね。神様に近づこうとした人々が天まで届く塔を造ったものの、神様の怒りにふれて塔は破壊され二度と人々が結託しないようにと言語がバラバラにされた。……聖書の内容を無理矢理解釈すれば、人々の傲慢への戒め、といったところか。
知ってるか? 現実のバベルの塔はメソポタミアのジグラットらしいぞ』
『現実がどうであれ、何かが起こったのは確実だろうね。そう思った方が夢がないかい?』
もしかして、穿真のお話が長引いたのは自分にも責任があるのでは無かろうか。
お話の内容を思い出した奏斗はそんな疑念にかられた。
雑念を振り切って、奏斗は改めて水晶を眺める。刻まれた刻印魔法はオルフェリアの直線的な言語の他に、奏斗にとって、いや日本人にとって馴染み深いものが刻まれている。
漢字だ。
オルフェリアでは“聖句”と呼ばれるそれらは、刻印魔法の中に紛れ込まさせて魔法の強化や魔力の節約などの効果を発揮するらしい。
しかしながら、オルフェリアにおいて正確な聖句──漢字を知っている者は一握り。大半の聖句はどこかしらが間違えており、本来の性能を出し切っていないのが実情だ。
漢字の専門家でもない奏斗でも常用漢字を駆使すれば、人生を遊び尽くしてもお釣りがくるような財を得られるが今は無視。金に困ったらやってみよう、と頭の片隅に留めておくだけだ。
漢字の間違いを見つけていくと、ある物が彼の視界に入った。一振りの長剣だ。
「店主さーん! ここは武器屋か? でかい剣が置いてあるぞ」
「それは“魔装”だ。魔晶石が埋め込んであるだろう?」
やはり、と奏斗は思った。
魔装。
現代の魔法士になくてはならない必須のアイテムだ。魔晶石が埋め込まれた構造のそれらの目的はただ一つ。所有者を身体的に、あるいは魔法的に補助することである。
魔装の性能の良し悪しは、戦いの情勢を簡単に左右すると言われている。国家間の軍事バランスも魔装に左右されていると言っても過言ではない。
それほど強力な物なのだ。この魔装というものは。
(ゼスの内乱は独自に研究していた魔装の暴走が原因だった、という話もあるくらいだ)
背筋に薄ら寒いものを感じながら、彼は1つの魔法水晶を手にして店主に向かう。
「これ頼みます」
「水晶で良いのか? 魔装持ってないだろ、あんた」
面食らった店主に奏斗は構わない。
「そんなものいらないよ。
それよりもだな。この魔法水晶、聖句を間違ってる」
具体的に聖句のどの部位がどう間違っているか指摘していく奏斗。店主は不思議そうな顔をして、
「あんた、聖句が分かるということは〈魔法院〉の人間かい?」
「違う。俺は田舎者の加護者だ」
「だったらなんで……」
「精霊から教わったんだよ」
勿論ハッタリだ。実際は聖句が母国語だからなのだが、そんな事を目の前の店主に言っても仕方がない。
奏斗の指摘に従って、店主はガリガリと削って直していく。
「よっと、これで良いか?」
「ああ、全部直った」
「悪いな。詫びに少し安くしてやるよ」
「そりゃどうも」
「にしても、重力操作の土属王級:《メシケータ》か。威力はあるが、扱いは難しいともっぱらのうわさだぜ?」
「難しいには難しいだろうが……、この魔法の本質を知っていれば少しは扱える」
「ほぉ、言うじゃねぇか」
「明日の決闘で使ってやるよ。これがあれば勇者とも渡り合えるはずだ」
意外と高かったが、割に合う買い物したと奏斗は思う。
(試運転できれば良いんだけどな……)
他の女性陣を見ると、まだまだ時間がかかりそうだ。
「仁菜、俺ちょっと外いるわ」
「そう? 分かった。終わったら……」
「シャオンが念話で報せてくれればいい」
そう言って、奏斗は魔導器屋の外にでた。
●
知らない街を取り留めもなく歩き回る。
ガイドブックに頼る旅を良いが、こちらの方が奏斗は好きだ。
人でごった返す通りに出て、ぶらぶらと歩く。
(色んな人がいるなぁ……。人かどうか怪しいのも)
肌の色、髪の色が違うのはもちろんの事、頭から角が生えてたり、背中から翼が生えてたり、肌が鱗に覆われていたりと千差万別。まさに人種の坩堝だ。
商人の声や料理がされている匂い。五感を通しても、賑わいの程が分かる。
しかし、奏斗は賑わいに紛れることなく細い路地に足を踏み入れた。人が多いのも良いが、裏路地のように人の気配が薄く静かな場所もまた良い。こういうところに隠れた名店なんてものがあるのだ。
しばらく歩くと、大通りの活気はほぼなくなった。薄汚れた浮浪者がうろつき、怪しげな物品を扱う商店がちらほらと。
(ちょっと来すぎたかな?)
裏路地の雰囲気は好きだが、ここまでいくと治安が悪すぎる。先程からスリを何回も叩きのめしているのがその証拠だ。
戻るか、と踵を返そうとしたちょうどそのとき、
「お兄さんや。占いはいかがかえ?」
怪しさフルマックスな老婆に話しかけられた。古びた木のテーブルと椅子が置かれている。
紫のローブに身を包んで、不気味なアクセサリーを幾つもつけた老婆と目があう。といっても、老婆の目はほとんど開いてないのだが。
不思議と、恐怖だとか警戒という類の感情はわかなかった。あるのは純粋な興味のみ。
「そうだな、折角だし頼むよ」
奏斗は老婆の正面の古い椅子に腰掛けた。
「ほっほっほ。物好きじゃの」
「ま、なんだ。1つ占ってくれよ」
「ほっほっほ。もう終わっておるわ」
「早いな。で、結果は?」
「それはの……」
開いているかどうか曖昧な目が飛び出るほどの見開かれた。眼の色は紅。奏斗の眼によく似た、血で染め上げたような鮮やかな紅だ。
「ッ!? その眼、婆さんは一体……」
「呪いじゃぁ!! 狂気じゃ!! 見える、見えるじょ、血にまみれ、酔い、狂う我らが戦闘狂種のキサマがなぁあああああ!!」
「何を……」
突然の絶叫に身構える奏斗。だがそれは、何の意味も持たなかった。
ズブリと身体の中に異物が入り込む感覚が全身を走る。懐かしい感覚だった。魔法を肉体と契約させる際に起きる副作用だ。
押し寄せる嘔吐感に絶える奏斗の横で、老婆は叫び続ける。
「やっと、やっと! やっと!! この日が訪れた!!
我らを滅ぼしたあの悪魔に報いる時が!! 復讐の呪いを芽吹かせる時が!!
あの悪魔の息子を今ここで! 我らは! ようやくものにすることができた!! あとは時が解いてくれる……。
苦しめ、酔え、狂れろ小僧!! 全生物の悪意を一身に受けるが良い!! 非力な我らができる唯一の抵抗であり復讐だ!」
「何の……ことだ?」
老婆の言葉には比喩が多すぎる。奏斗にはすべてを理解することができないが、
(戦闘狂種、復讐、悪魔、息子……? 俺の両親?)
良からぬ事態になっているのは分かる。
「案ずるでない小僧。キサマには餞別をやろうからのぅ。
目に入った者の五感を繰り、触れた者の思考を壊す。
夢幻の中で狂わせよ!! 幻と現の垣根を取り払え!!
足掻くが良い、キサマが狂える悪鬼に成り下がるまでなぁああああああああ!!」
「くっそ……!」
ようやく立ち上がった時には、すべてが終わっていた。
老婆の姿は消え、大通りの喧騒が遠く聞こえる。
先程の絶叫が嘘のように思える光景だ。
(いや、違う)
だが奏斗は否定する。
(今のは絶対に現実だ。俺の体に何が起きたかは置いて、あの婆さんが言ったことは)
老婆の言葉にあった、悪魔、戦闘狂種、そして復讐。
羅列された負の因子は、オルフェリアの真実の1つを表しているはずだ。
(とりあえず……、店に戻るか)
アクシデントはあったが、今は楽しい買い物中。
買い物が終わったら、穿真にでも聞いてみよう。そう心に留めて、大通りにと奏斗は歩を進めた。
その後、奏斗は女性陣から大目玉をくらう。いわく、連絡しても答えないとか何とか。
奏斗は笑ってそれを受け入れ、その日の買い物は奏斗の奢りとなった。
所持金は銅貨数枚しか残らなかったという。




