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夢幻の世界の中で  作者: 高遠ハット
第1章 召喚士カナト ───力。それは強大で愚かな、か弱きもの。
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第29話 愚者か勇者かそれとも餓鬼か

 絵画や彫刻で彩られた皇宮内の廊下。

 為宮大雅ためみやたいがは道中出逢った女性たちを連れて皇の間へと案内されていた。


 知る人が見れば、彼が連れる女性を見て激しく狼狽するはずだ。


 フランペ七都市連合の都市の1つを死体の山とした美貌の虐殺者マルダ・レイツェン。


 今は亡きゼス王国における反乱の立役者、狂気の聖騎士ウルル・カイルス。


 禁忌を覗き、死者の蘇りを願ったために魔法学の世界から追い出された忌呪士リトアナ・クルドゥ。


 人世を越えた咎人どもが1人の少年に連れ従っているのだから。


 彼の正体は勇者だ。国の垣根を越えて魔物を屠り、理不尽を壊し、人々を邪から救う正義の権化。

 だが、人々は知らない。勇者たる彼が、

(皇国の姫様って可愛いかな~♪)

 ただの女好きである事を。


「こちらです」


 案内した兵士に感謝を伝え、彼は謁見の間へと足を進める。


「姫様をだしなっ! オレの嫁にしてやるからよ!!」


 新たな女性を手にする為に。



 ●



(……なんだアレは!?)

 いきなりの宣言に、場が凍りついた。

 魔金ノクラヒル魔銀ウミルスの鎧を身に着け、大剣が二振り左右の肩口から覗く武神のような勇者の発言は、あまりにも場違いだった。

 礼儀を知らないにも程がある。奏斗の態度は冒険者として(建前上)当たり前であり、冒険者の権利を陥れないよう、敢えてその様にした節がある。しかし、勇者の態度は何の意図も感じられない。自らの欲を素直に口にした、幼児の発言に等しい。

 奏斗は目線を横にずらした。そうすることで視界に入った燈司と穿真は、両者とも顔がひきつっていた。表情を見るに、予想以上か、と奏斗は予想した。無論、悪い意味でた。

 それからぺちゃくちゃと話す勇者の言葉は、奏斗の耳に入ってこなかった。彼の後ろに控える女性が稀代の犯罪者である事に気付いたからだ。

(ただの馬鹿、というわけではない、のか……?)

 いや、と彼は否定する。あの3人を助け出す為に、無辜の人々が多大な被害を被っている。その代償がアレだ。

(だとしても改心してるような感じだし……。どんな人間なんだ、アイツは?)

 などとぐちゃぐちゃ考えていると、奏斗の袖がついついと引っ張られた。奏斗は目線を下げずに小声で尋ねる。


「(どうした)」

「(早くこの場から離れましょう。依頼の内容は後からシスカさんにでも聞けばいいですし。なんか悪い予感が)」

「(同感だ。新しいいざこざに巻き込まれるのは堪忍してほしい)」


 意見が一致した。

 奏斗とティナは手をつなぎ、そろりそろりと歩き出す。目標地点は穿真と燈司がいる場。全員の意識が勇者に集中したおかげで、誰にも気づかれない──はずだった。


「わー! 勇者様だ!!」


 皇の後ろから無邪気な子供の声が。声変わりもしていない男子だ。

 声が聞こえた瞬間、立ち並ぶ貴族の肩が跳ね上がった。穿真や燈司、はては皇でさえも。

 怯えきった空気の中、金髪の子供──第1皇子リアヌスが姿を現した。癖っ毛の金髪に茶のタレ目。子供らしさ全開の少年は、勇者に近寄りやいのやいのともてはやす。


「(なぁ、ティナ)」


 あどけない少年の行動に、奏斗は疑問を抱いた。


「(なんで、こんなに怯えているんだ? ただの子供にしか見えないけど)」

「(ですよねぇ……。年頃の子供って感じです)」


 お前が言うんかい、とツッコミをいれつつも、引き続き奏斗とティナは静かに脱出を図る。

 そんなときだった。奏斗の耳に衝撃的な言葉が届いたのは。


「ねー、勇者様! 勇者様ってすんごい強いんだよね!」

「そうだ。この世界で一番強いんだぞ!」


 おおー、と目を輝かすリアヌス少年。

(なんだ? 今の会話に違和感が……)

 首を傾げる間もなかった。

 リアヌス少年が奏斗をズビシと指さしたのだ。


「じゃーさ! あの加護者ってのよりも強いの?

 闘ってみてよ!!」


(………はい?)

 まさかの超展開に目が点になる奏斗。当然子供の戯れ言と流されるかと思ったが──、


「おお、いいですな! 勇者と加護者の対決とは!!」

「流石は皇子! 粋なことをお考えなさる!」

「勇者様の雄志をこの目で拝めるとは……!」


 なぜか賛同しだした。皇子の発言を貴族が次々と褒めに褒める。

 奏斗は確信した。こいつらが“皇子派”かと。

 しかし彼らの言動は適切ではない。シスカや穿真の発言から、奏斗は皇国に有事が起きていると推測していた。そう、勇者VS加護者というような余興で遊んでいる暇は無いはずなのだ。

(何が起きてる……?)

 奏斗の困惑をよそに終いにはエリヌス皇までも賛同し、10日後に闘う事が決定した。

 唯一、苦渋の表情を浮かべる穿真と燈司だけが、奏斗にはまともに見えた。



 ●



 狂気の謁見は終わりを告げ、所変わってここは穿真の私室。皇宮内に比べれば、いたって質素だ。

 ぎらつく調度品で目が眩んでいた奏斗には、その部屋は居心地良く感じられた。ただ、軽めのパーティーなら開けそうなほど広い。なんだかんだで世の格差を奏斗は思い知った。


「何が起きてる? あんな発言が実現化するなんて……、正気の沙汰じゃないぞ」


 奏斗が部屋を見渡して言った。

 部屋には謁見に立ち会った4人にシスカとシャオンの6人。そのうち半分が顔をしかめる。


「派閥というものがあってね……」


 忌々しげに答えたのは穿真だ。なおも彼は言葉を紡ぐ。


「数え上げればきりがないんだけど、影響が大きい派閥に保守派があげられるね」

「伝統を重んじる的な?」

「まあ、大体合ってるかな。それで、彼らの今のところの目標がソフィル皇女即位の阻止だ」

「はぁ……。解らなくもないけど得あるのか?」


 ありがちな話だが、男を皇とするのがアテラ皇国の伝統である。

 そうして長年続いた伝統がブツリと途絶える。そうなると反対派が出てくるのは当然のことだ。奏斗にも理解できる。しかし今回の件に関して言えば無理があるのでは、と奏斗は思う。

 先程の謁見からも判断できるが、リアヌス皇子はまだ公私の区別もつかないような子供だ。未熟な彼を皇に薦める理由が奏斗には理解できない。


「……パトリーレ様じゃ」

「后が? 自分の子が可愛いのは分かるが……」

「パトリーレ様は保守派の中央貴族出身なのじゃ。それも保守派の中心的な役割でな」

「実家から圧力がかかっている、ということですか?」

「それだけではないと思うがの……。 

 あの手の奴らは狂信的な部分がある。何にせよ、下手に関わることは避けるべきじゃ」

「大変だねぇ……。国動かすにも一筋縄じゃいかないってか」


 くわばら、くわばらと呟く奏斗に、


「お茶です。どうぞごゆっくり」


 親切なメイドさんがお茶を出してくれた。お菓子も一緒だ。同時に奏斗に衝撃が走る。

(コイッ……ツ! メイドさん雇ってんのか良い御身分だなオイ!!)


「おい穿──」


 世の不平を叫ぼうとした奏斗の言葉は半ばで途切れた。

 視界の隅に、メイド服を着た知り合いがいたのだ。硬直した奏斗は、燃料切れのロボットよろしくぎこちなく首を動かす。果たしてそこには──


「仁………菜……? 仁、菜、なの、か?」


 顎までの、顔全体を包むような髪に鋭いネコ目。主張は控えめだが十分に女性的なその体。見紛うはずがない。幼なじみの弦崎仁菜つるさきになだ。


「久しぶりね、カナ兄。新しい生活は慣れた?

 って、何よその目。疑ってるわね!?」


 いや、だって、と口ごもる奏斗。その視線の先には仁菜の髪。愛すべき日本人である彼女の髪は、水色だった。


「髪……、その髪どうしたんだよ! 染めたのか!? いくらなんでも……、水色は無いだろ、水色は」

「違うわ! 好きでこうなってる訳じゃ──」

「そこから先は僕が説明しよう」


 いきなり穿真が介入してきた。


「何だお前? 再会の喜びを邪魔するのか?」

「説明してあげると言ったろう? 

 仁菜ちゃんのその髪は、召還者ぼくたちにありがちな魔力不適合症候群というものでね。ああ、心配しなくていいよ? 深刻な病気とかじゃないから。

 魔力の薄い地域から濃い地域に移動すると、身体が対応仕切れなくなってね、遺伝子が軽ーく変化するのさ。」


 ふーん、と納得する奏斗。難しくてよく解らないが、仁菜が髪を染めていないことは分かった。

 そこで質問をぶつけたのはティナだ。


「じゃ、お兄ちゃんの眼も、その……、魔力ナントカの影響なんですか?」

「いや、それは無いだろうね。瞳孔の色が変化することはあるけど、まのみ……、君のお兄さんのように眼球全体が紅いことは有り得ない。

 それに、まの、君のお兄さんは昔から眼が紅くてね。それこそ、魔力の薄い地域──僕たちの故郷にいたときからさ」


 違うんですか! と衝撃を受けるティナに対して、奏斗はいたって冷静だ。自身の眼が魔力で左右されたモノではないと知っているからだ。


「あ、あの……」

「何?」

「ニナさんですよね。お兄ちゃんとの関係って……」

「……難しい質問ね。そうねぇ……、兄以上恋人以下ってとこかしら。あなたは?」

「へ?」

「あなたとカナ兄との関係は?」

「わたしの命の恩人です。カナトさんは憧れるべきお兄ちゃんであって、それ以上でもそれ以下でもありません!」

「へぇ……。カナ兄が人助けだなんて、珍しいじゃない」


 仁菜は驚奇の視線を奏斗に送った。同意するようにそういえば、と穿真が続く。 


「どういう風の吹き回しだい? 君、どちらかと言えば人嫌いだよね」

「……確かに興味があるな」


 燈司も同意。

 当の奏斗は困ってしまった。ティナを助けた理由は? そう聞かれても、明確な文章の答えが出てこない。代わりに心に浮かぶのは断片的な感情のみ。無言のままでいるのもアレなので、何となしに言葉にしてみる。


「寂しかった、のかもしれない」


 一同が驚く。中でも、知己の友人たちの反応は大きかった。

 当然だろう。山中での単独修行を受けてきた奏斗にとって、“ホームシック”や“孤独”などという言葉は誰よりも無縁なはずなのだから。

 しかし、堰を切ったように奏斗の口から言葉が文章となって流れ出る。


「俺には意味の分からない理由で見知らぬ地に送られて、本当に右も左も解らなかった。相手には悪いが、訳の分からない理由で人も殺した。結果的には、あてもなくもなくとぼとぼ歩いて、何したらいいのか分からなくなった時にティナがいた。

 その時は勢いで助けたが、冷静に考えたら単純に話し相手が欲しかったんだろうな。一緒に食べて、話して、笑って……」


 そこまで言って、奏斗は笑った。あまりにも身勝手な理由でティナを巻き込んだことをようやく自覚できたのだ。

(利己的すぎる)

 自嘲の笑いだった。


「じゃ、君の使い魔が人型なのも──」

「人が恋しかったんだろうな……。結局は利己的な寂しがりやさんだったわけだ、俺は」


 肩をすくめる奏斗。


「……命の責務は重いぞ。お前が勝手に巻き込んだというのなら……、最後まで利己的に守ってみせろ」

「分かってる。人の命など俺の手には収まらないが、それでもやってやる。なにせ俺は、“利己的”な人間なんだからな」


 不適に笑いあう男3人。昔からこういう雰囲気だった、と奏斗は思い出す。馬鹿話も時にはするが、大体は“馬鹿をする”話ばかりしていた。子供ガキではないが、大人でもない。彼らは中途半端な存在であった。


「妾もお主に“利己的”に守ってほしいものじゃの……」

「………」


 そんないい感じになりかけた空気を、シスカの一言が粉砕した。沈黙する一同。奏斗としては嬉しい言葉だが、迂闊に喜ぶことは許されない。下手な動きをすれば、ティナの手によって葬られること間違いないのだ。

 カチャリと沈黙の中を、カップを置く音がいやに響く。

 そうしてしばらく経ってから、


「で、仁菜ちゃんの処遇なんだけど」


 と、カップに淹れられた液体で喉を潤し穿真が言った。今の発言はスルーな方向らしい。皇宮での暮らしが長いためか、動きはやけに優雅だ。

 釣られて奏斗もカップに手をつける。紅茶に似たような味がした。茶葉の余韻が舌に残る。


「今までは僕たちの所に“居候”していたからね。保護者の元に帰したいんだ」

「保護者って……、俺か?」

「君以外に誰がいるんだい? というわけで仁菜ちゃん、今日までお疲れ様。これ退職金だから」


 穿真はパチンと指を鳴らした。訝しく思う奏斗をよそに仁菜とは違うメイドさんが魔袋を持ってきた。


「中身は君の武器さ。弾丸もそのままだ。

 それプラス2千万モル。居候とはいえ仕事手伝ってくれたからね。ささやかなお礼だよ」

「さ、ささやかって……」


 ケタのデカさに奏斗が狼狽える。冒険者として1日過ごせるかどうかギリギリの生活をしてきた彼にはただただ驚くほかない。


「僕の懐が心配かい? 問題ないよ、これでも総資産は百億は超えてる」

「お、億ぅ!?」


 一千万の次は億ときた。開いた口がどうやっても塞げない。

(……社会主義とか出来るわけだ。なんかもう、格が違うもの……)

 友人の思わぬ事実に震える奏斗の横で、仁菜は魔袋から武器を取り出す。少女の身にはとても似つかない銃だ。

 プラスチックフレームで名高いグロックに自衛隊愛用の98式小銃。極めつけは、


「ふぅ……。やっぱこれね」

「あのな、銃見て安心する女子がどこにいる?」


 対物狙撃銃アンチマテリアルM82A1。威力がバカデカい50ブローニング弾を狙撃に使えるようにした化け物だ。その威力は国際戦争法に引っかかり、対物狙撃銃、とどのつまり『人に撃っちゃダメだからね?』との称号を手にしている。


「さて、前座は終わったことだし」


 女子力を減衰している仁菜はさておき、話は進む。


「今回の依頼について、だ」

「やっとだな。だいぶ焦らされたぞ」


 呆れながらも奏斗は出された菓子を一つ口に含む。茶に合うようなクッキーだ。

(あ、美味い)

 本来甘い物が得意でない奏斗にとっても、それはなかなかおいしかった。 


「君、オルフェリアの地理は分かるかい?」

「それなりにはな。

 西方大陸と東方大陸の二つが主で、もっと言えば西方大陸の方が歴史が古いし人も多い。

 西方大陸の北東側にはガルーシャ公国。

 その西隣に今は亡きゼス王国。

 さらにその西隣にフランペ六都市連合。

 ガルーシャ公国、ゼス王国の南には、それぞれリュナス大河、イフニ山脈を隔ててここアテラ皇国。

 皇国のさらに南には宗教国家トゥロコ教国。

 皇国と教国の西に聖オルフェリア王国。そして──」

「連合、ゼス王国、皇国、聖王国の間には巨大なルーズ湖があるわけだ。

 今回の厄介事はそこ、ルーズ湖で起きている。いや、ルーズ湖経済特区と言った方が正しいかな?」

「ルーズ湖経済特区……。西方大陸の経済のすべてを司る中立地帯だな。国家でないくせに影響力は絶大だ」


 実は、と穿真は一言おき、


「そのルーズ湖経済特区が占領されている」

「占領? どっかの軍に?」


 穿真は首を横に振る。


「冒険者たちだよ。しかも箔付きだ」

「……面倒だな。元々国家の干渉ができない経済特区を国家が太刀打ちできない箔付きが占領するとは……。

 要求でもあるのか?」

「あるにはあるけど、内容は滅茶苦茶だ。これを読めば分かるよ」


 穿真は一枚の紙を奏斗に手渡した。


「なになに……、『独立を認め、冒険者の社会的地位を向上させること』? 独立って、経済特区の?」

「そうなるね。僕らとしては独立など言語道断だ。認めたらオルフェリアの経済が崩壊する。

 後者については──」

「時間稼ぎ、だな。『冒険者の地位向上』なんて一両日でできるわけがない。

 となると、占領の目的がみえてくる」


 ニヤリと穿真がほほえんだ。


「オルフェリアの経済に打撃を与えること自体が、連中の目的だろうね。要求は通らないことは前提だ。実際、犯人は占領ついでに経済特区内の経済活動を一切止めている。

 結果、物流が途絶え、物価の上昇が緩やかにだけど起きている。時間が経てば経つほど、経済への打撃は大きくなるわけだね」


 憶測でしかないが確信めいたものが奏斗にはあった。しかし、真実は新たな疑問を浮かび上がらせる。


「だとしたら、連中の益はなんだ? 箔付きといえども冒険者だ。冒険者ごときがこんな事しても、何の意味もないはずじゃ……」

「そこなんだよねぇ……」


 顎に手を添えて思考する穿真。奏斗はすっかり温くなった茶を飲んで、頭を整頓する。

(冒険者の経済特区占領。箔付きの存在が国家の干渉を防いでいる。引き起こされる結果は経済への打撃。

 ……ここまでくればもはや政治だな。なおさら違和があるぞ)

 うーんうーんと唸る2人にさっきまで菓子をむさぼり食っていたシャオンがぼそりと呟いた。


「こういうのって、裏で糸引いてる人間がいるのが常道よねー……」


 考える人と化した2人が、ギギギと顔をシャオンに向ける。


「君の使い魔は……、一番考えたくないことを言ってくれるね。一体誰に似たのかな?」

「いやー、シャオンの個性だからなー、俺は関係ないと思うなー」

「え、えっと……、なんか、ごめんなさい?」


 はぁ、と息を吐く音が部屋を満たした。

 奏斗と穿真だけでなく、ティナや燈司、シスカに仁菜のものも含まれている。

 結局、全員が同じことを考えていたのだ。


「……黒幕がいる。箔付きを操れるほどのな……」


 全員の考えを代弁するように燈司が言った。


「しかし、だな」


 奏斗の頭にまた新しい疑問が生まれる。


「ここまで事が進んでいるのに、どうして貴族はあんな悠長にしていられるんだ? もう影響は出ているんだろ。いくら派閥で対立しているとはいえ、国か滅んだら意味がないんじゃ?」

「それがね……」


 穿真の表情が歪む。


「中央貴族の連中は、知っての通り皇から専門分野を任されることで初めて政治に関わる。逆に言えば、任された分野以外のことはからっきし。知識ならば君の妹たちよりも劣るだろうね。

 当の経済担当の貴族たちは、占領に伴う被害を抑えようと大忙しさ」

「あの場に、経済が分かる奴がいなかったと?」

「ま、そうなるね」


 奏斗に戦慄が走る。もしや皇が許可した皇子の願いは、オルフェリアを破綻させるのではないのか。

(なんてアバウトな政治だ……)


「今からナシにできないのか? 俺と勇者との戦闘をさ」

「無理だね。皇の言葉は絶対だ。覆ることなどあってはならない、ということになってるね」 

「なら……、ルーズ湖に行けるか?」

「それも無理だ。いかなる手段を用いても、10日以内に問題を解決できることなどできない」

「本当に、か?」

「数字で言ってやろうか? タガハラからルーズ湖は直線距離で約1000キロ。街道を通れば1200キロはあるだろうね。

 10日以内にこの距離を往復し、なおかつ占領の問題を解決する事が君にできるかい?」


 ギリリと奏斗が奥歯を噛み締める。計算するまでもなかった。乗用車や航空機といった高速移動手段がないオルフェリアでは、どだい不可能だったのだ。


「なら、俺たちにできることは──」

「決闘までの10日間を茶でも飲みながら有意義な話をして、ゆるりと過ごす。コレに尽きるね」

「皇都散策もオマケでな。話すだけじゃ体が凝る」

「良かろう。ただし、僕の有り難い“お話”を最後まで聞いてからだよ?」

「はいはい、分かりましたよ穿真センセー」


 などとうだうだ話し、茶を飲み、菓子を頬張りながら、皇都の夜は更けていった。



 ●



 ルーズ湖経済特区。

 ルーズ湖の中心に位置するこの島は、本来ならばただの岩が転がる殺風景な島なはずであった。だが、この島の地理的条件──西方大陸の国家の中心部であることから、古くから商人が集い、モノが集まり、カネが集結する場になっていった。

 現在、経済特区は不穏な空気に包まれている。昼夜絶えず商人の声が響き、街の灯りが消えないこの地に久しぶりの静けさと暗黒が訪れていた。


 その闇がいっそう深まる島の内陸部。貴族や商人の別荘が建ち並ぶ静かな森林地帯に、赤い影が蠢いていた。


「隊長、すべて完了致しました」


 隊長と呼ばれた男がおう、と雑に返事を返す。

 男の前には、整列した影がいた。

 全員、赤黒い鮮血のような軍用外套を羽織っている。同じ色の軍帽も被っているが、彼らは軍隊ではない。記章がないのがその証だ。


「じゃ、おれ含めた居残り組以外は帰りな」

「はっ! 作戦の成功を祈っております!」


 指先伸ばして敬礼する部下が、次々と消えていった。文字通り、その場から。


「あんなにバシバシ転移すんのもキツいんだよな」


 オルフェリアに長距離を転移できる魔法は存在しない。

 懐から男はタバコを取り出し、火をつける。紫煙が闇に溶けた。


「まったく、どうしてこんなめんどいことすんのかね。

 雇った冒険者の奴らとあっちで拾った若造ども噛ませて経済をぶち壊す……。

 おれならこう、力で一気に片付けたいもんだが」


 咎めようとする部下を手で制する。


「ああ、分かってる。お嬢が決めた事に逆らっちゃならねぇ。何よりそれが最善手だ。おれらはただの犬。幻想とうつつを行き来する忙しない犬だ」


 タバコの火を足で消し、男は誰にも聞こえないようにボソリ。


「人を動かすのは本当に面倒だ。漱石の気持ちも分かる。

『人の世は住みにくい』ってな」


 呟きは夜の闇に溶けていった。

 男は笑っていた。闘いを望んでやまない戦士の笑みだった。



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