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夢幻の世界の中で  作者: 高遠ハット
第1章 召喚士カナト ───力。それは強大で愚かな、か弱きもの。
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第28話 抗いの意志は世界を越えて

「何でって言われてもねえ……」


 穿真が困ったように頬を掻く。

 全体的に華奢で、顔もどこか痩せこけている。奏斗も体は細い方だが、それは引き締まった筋肉をまとっているだけのこと。BMIで計測すれば、間違いなく“痩せ”との判定が出るはずだ。

 彼は今、見慣れた学生服ではなく、金糸の刺繍がされた黒のローブを着ている。

 服装といい、態度といい、明らかにオルフェリアの人間だ。


「……答えに、窮するな」


 傍らの燈司は肩をすくめる。

 穿真とは対照的な筋肉質な身体。整った顔立ちに眼鏡をかけ、髪はソフトモヒカンに刈り上げられている。この清潔感が女子からの人気を呼ぶのだ。

 彼もまた学生服ではなく浴衣のような和服を着崩していた。


「……お前が、なぜそんな格好をしているのか、と問われても答えられんだろう?」


 羞恥で奏斗の肩がピクリと跳ね上がる。

(最悪だ……)

 よりによって女装コレを見られるとは。下手すると、末代まで語り継いでいくかもしれない。

 どう弁解しようか、と悩んでいると、燈司の雰囲気が変わった。


「……話を戻して、だ。まさか召喚者が独りだけとは、思っていないだろうな…?」


 刺すような視線で燈司が言った。

 迫力が段違いだ。学校でしょっちゅう女子に言い寄られている者と同一だとは考えられない。

 背筋に寒気を感じながら奏斗は答える。


「そんなわけあるか。召喚者が複数いるだろうとは思っていた。それが友人2人とは……。

 正直言って、拍子抜けしたよ」


 僅かばかり声がうわずる。

 無意識に身体が震えていた。


「なら誰だったら良いんだい?」


 呆れ半分に穿真が尋ねる。


「そうだな……。たとえば金髪碧眼の巨乳なねーちゃんとか、仁菜とか、ピンク髪のドジっ娘とか、仁菜とか、青髪の物静かな女子とか、仁菜とか……、黒髪の大和撫子?」


 2人揃って溜め息つかれた。


「礼儀がなってないな。質問に答えたらそれかよ」

「髪に拘りすぎだろう? サブリミナル的に仁菜ちゃんの名前を入れるのもどうかと思うよ?」

「……聞いたこちらが、馬鹿だったか」


 憐れみの視線が向けられた。

 本気で殴ってやろうかと思っていると、体の緊張が解れている。


「再開の感激もあるけど、こっちは仕事でね。馬車は用意してある。さっさと皇都に行こうか」

「わかったわかった。ティナ、シャオン、こっちだとさ」


 はーい、と能天気な返事が聞こえる。腰が抜けたシスカは奏斗がおぶってやった。

 そんな様子を燈司が眺めている。


「どした? シスカのゴスロリが気になるか?」

「気になることは多いが……、これだけは言わせろ。……あの少女はなんだ?」 

「手出させるつもりは無いぞ。俺の2人目の妹だからな」

「……義理のか?」

「まぁ、そうなるな」

「……羨ましい男だ」


 そう吐き捨てると、燈司は馬車に向かっていった。

(相変わらず、変に熱くなるやつだ)

 苦笑しながらも、シスカを馬車に乗せる。顔が赤らめていたことは気づいていないふりをした。でないと、こちらの気分がおかしくなる。


「あっ、そうだ」


 穿真が素っ頓狂な声を上げた。


「真宮、悪いんだけど君らが倒したアレ。回収してくれない?」

「お前、犯罪者だとか言ってなかったか? どういうことだ」

「頭の硬い貴族が編み出した愚策さ。凶悪犯が盗賊のふりをして、君の実力を計ろうという頭の悪い算段らしい」

「おい、それって……」


 奏斗の脳裏を嫌な予想がめぐる。程度の悪さに喉が干上がり、声がなかなか出ない。ティナが代弁した。


「シスカ皇女を巻き添えに……」


 無言で、穿真が頷く。

 奏斗は戦慄した。シスカがいかに面倒な位置にいることに、そして自分が巻き込まれつつあることに。

 背後を見やると、馬車の中でシャオンと談笑するシスカが。その笑顔にはどこか翳りがあるように見えた。

 だが。

 奏斗には依然として腑に落ちない。

(どうしてシスカを狙う必要がある? 皇位継承だってシスカを殺す必要は……)


「彼女は強すぎた」


 穿真が突然、遠い過去を振り返るような口調で喋りはじめた。いや、正確に言えば犯した罪の贖罪か。 

 穿真は続ける。


「当初は邪魔者として追い出されたような彼女だけど、彼女には力があったのさ。

 大衆を導く力ではなく、大衆と交わる力がね。

 人々との絆によって創られた人脈は、並みの貴族を遥かに凌駕しているはず。彼女に絶対の忠誠を誓う者を少なくないとか」


 穿真は一呼吸おき、


「すべては僕のせいだ。皇女の力を見誤り、彼女の命を救うはずが逆に危険にさらしている。

 ……目に見えないものほど、怖いものはないよ」


 奏斗には、肯定も否定もできなかった。

 自分ごときが慰めや蔑みの言葉をかけたところで、穿真には何の意味がない。むしろこちらの無力さが浮き彫りなるだけだろう。


「僕が引き起こした星の数ほどある悲劇の一つさ。君が気にすることじゃない。それに、良い意味だってあるんだ。彼女が力をつけたことで、皇都は揺れに揺らぐ。

 勝機はそこにあるはずさ」

「ッ!? お前何を……」


 奏斗は当惑せざるをえない。穿真の言は国に深く関わる者のそれだ。


「お前らは……。お前らは何をしているんだ? 冒険者じゃないのか?」


 穿真は不敵な笑みを浮かべて言い放つ。


「僕と燈司は皇直属の魔法士だ。来いよ庶民かなと。生き残った褒美は、皇との謁見だ。陰謀策略が渦巻く皇宮でね」


 直後、背後で朱い飛沫が炸裂した。



 ●



「貴族共が魔法符を仕掛けているとはね。気づかなかったよ」


 最初の言葉は、穿真の呆れだった。

 皇都へ向かう馬車の中。空気が重く、口を開きたがる者はいなかった。

 理由は明白だ。


「はぁ……。人体爆発とか初めて見たぞ」


 盗賊に仕立て上げられた犯罪者たちは、一定時間後に爆発する魔法がかけられていた。

 悲痛な断末魔は皮膚を破る爆風にかき消され、人肉のシャワーが降り注いだ。

 特にツいていないのはティナだ。穿真の指示に従って途中から盗賊を集めていたのだが、ものの見事に至近で盗賊が爆発。

 駆けつけたときには、全身血にまみれ所々内臓が引っかかったティナが、目に光りも宿さずに直立していた。


「……すまない」


 燈司の謝罪は女性陣へのものだ。ティナやシャオンはダメージが大きく顔面蒼白。シスカも心なしか顔色が悪い。

 穿真が顔を歪ませる。


「彼らが成功しようとしなかろうと、結局は死ぬことになっていたんだ」

「貴族っていうのは相当なクズなのか?」

「……人の命ぐらい、どうとも思わん程度にな」


 なかなかだ、と奏斗は思う。

 穿真と燈司が反逆の念を抱くのも無理はない。

 一度味わっただけでこれだ。長年その渦中にいる2人の不満は計り知れないものがある。


「しかし、どうやって起爆させた? 刻印魔法か?」

「いや、違う」 穿真が首を横に振る。

「人体に直接刻印魔法を施すのはリスクが大きすぎる。

 一生残るほどの傷をつけなきゃいけないし、仮に発動したとしても常時魔力が吸われるから魔力切れに陥りやすくなるのさ」

「……じゃあ、どうやって?」

「これだよ」


 と、穿真が七夕の短冊を一回り大きくしたような紙切れを取り出した。表面には刻印魔法が書かれている。


「魔法符といってね。これに刻印魔法を施して魔力を通せば、いつでもどこでも発動するんだ。時間の設定とか色々できてね。

 今みたいな暗殺謀殺には打ってつけの代物さ」

「……ただの紙じゃね?」

「微小だけど魔晶石が含まれてるんだ」


 表面に目を凝らすと、小さいながらも魔晶石が光を反射しているのが判る。

 奏斗は首をひねる。


「こんなのイフニ村になかった。出回ってないのか?

 ……まさか、皇都ではコレが普通ってことはないよな」


 マーレットに魔法の常識を易々と覆されたあの日の情景が蘇る。今となっては懐かしいで済むが、当時は混乱したものだ。

 信じていたことが打ち砕かれるのは、脳に悪いし、心臓にも悪い。


 だが、運命はなかなかどうして残酷だ。


「そのまさかだよ。いくら皇国直轄地でもイフニ村は辺境だ。魔法の技術は数段遅れているのさ」

「国としてどうかと思うぞ……」


 国家間ならまだしも、国内で技術の違いがあるのはいかがなものか。例えるならば、日本国内にテレビもラジオもない地域があるようなものだ。


「魔法の普及は頭の痛い問題だね。

 皇都には魔法符の他にも色んな魔法具が出回っている。お土産にでも買っていったらどうだい?」


(金足りるかなあ?)

 ふと幌の隙間から外を覗くと、馬車はタガハラに入っていた。


「すごいな……」


 目に付くのは人の海。それも様々な種族が入り混じっている。食べ物屋から武具店、娼館までもが建ち並び、商人の声が賑わいを助長する。


「当たり前だけど、イフニ村とは格が違うな」

「そりゃ皇都だからね。国中の人、物、金が集中するのはどこの国でも同じさ。

 観光案内をする訳じゃないが、ここは第6壁間。商売の地区だ。買い物ならここをオススメするよ」

「ご丁寧にどうも。

 “壁間”ね。全部で9個だっけ?」


 皇都タガハラは、人口の増加に連れて拡大していった歴史をもつ。そのたびに城壁が築かれ、現在では九重の壁が同心円上に展開されている。

 壁と壁の間に広がる街は“壁間”と呼ばれ、皇宮がある第1壁間からスラム街の第9壁間まで。一般に、数字が小さい──皇宮に近いほど住む人の身分が高い。


「最近じゃ、また壁が造られるらしい。

 いらぬ予算がかかって……。って君には関係ないか」

「そうだな。政治のオハナシは興味なしだ」

「しかし、だな……、奏斗」


 黙っていた燈司が口を開いた。

 幌を閉じ、奏斗は燈司に向き直る。


「なんだ?」

「……いくら政治に、興味ないといってもだな。……その格好はどうなんだ?」

「あ」


 すぐさま魔袋を漁る奏斗。だが、替えの服はイフニ村で罰ゲームの為に奪われている。


「やっば……」


 このままでは人間としての尊厳を失いかねない。社会的に抹殺される可能性大だ。

 皇居にコスプレして出向く者などいない。万に一ついたとしても、警備員に捕まる。確実に。

 頬を汗がつたう。いっそのことドタキャンしてしまおうか。そこまで思考が追い詰められた奏斗に、


「服、貸そうか?」


 穿真の救いの声が。


 持つべきものは、コネのある友人だと奏斗は知った瞬間だった。



 ●



「加護者のごとうーちゃーく!!」


 投げやりにも聞こえる兵士の声で、巨大な扉が音を立てて開かれる。中は白の世界。白すぎて奏斗の目は一瞬眩んだ。

 目が慣れると、それはそれは豪華な格好をした人間が立ち並んでいる。全員小太りなのは規則でもあるのか、と奏斗は疑問を感じた。

(中央貴族、か)

 皇宮で政治を実質的に動かす者達だ。それぞれが皇より財務、交通、農業などの分野をあてがわれ、皇の統治を手助けする。官僚のようなもの、と奏斗は解釈していた。

 目線を上げると、煌びやかに宝飾された椅子に腰掛ける壮年の男性が。

 エリヌス・アテラ。この国の皇だ。


「皇の言を代弁する!」


 立ち並ぶ人々から1人の男が歩んできた。大臣だろう、と奏斗は思った。なぜなら腹が他人よりも一回り大きいからだ。


「貴様はこの国をどう見る? ゼスからの難民でもあり、冒険者でもある貴様にぜひ答えてほしい」


(バカ言うな!)

 内心奏斗は叫んだ。これは無茶ぶりだ。的外れな解答をしたら何をされるか。イフニ村の周辺以外どこにも行ったことはないし、各国を旅している訳ではない。そんな奏斗にこの質問をぶつけるということは、

(試されている……!)

 ティナと視線が交差する。視線だけで奏斗が答えることが決定した。


「質問に答えよう。まずアテラ皇国は──」

「貴様!! その言葉遣いはなんだ! 礼儀がなっとらんと思わんのか!」


 出だしからツッコまれた。どうやらこの貴族どもは重箱の隅をつつくような真似をしたくてたまらないようだ。

(マメな連中だ……)

 やる気がごっそり削がれたが、奏斗は反論しておく。


「たとえ皇だろうが冒険者の行動を強制することはできないはずだが? 身分としては同等だ。弁えろ」


 馬鹿な貴族は閉口した。殺気もセットにしたから当然だろう。


「続ける。アテラ皇国は西方大陸の中でも有数の領土を誇る。そのために人口も多く、経済も潤っているな。過去100年深刻な飢饉がなかったのは僥倖だ。特定の種族を迫害するような法律もなく、どんな種族でも寛容に受け入れる。

 商業の面で見れば、アテラ皇国ほど富んでいる国は無いだろう」


 一息つくと、貴族どもは満足げな表情を浮かべていた。政治家ならポーカーフェイスを貫いてもらいたいが。


「商業の面では、とあなたは言った。他の面では──そうだな、例えば軍事面はどうなのかな?」


 弛緩した空気の中で声を上げたのは鎧の一団。胸元につけた勲章が、彼らも貴族であることを教えてくれる。


「“勲功貴族”としては、そこが知りたいか」

「当たり前だ。私の仕事場は皇の側ではない。戦場だ」 


 目の前の貴族はいわば成り上がり者。戦場での武勲で、皇から貴族の位を与えられた者だ。


「大陸最強の経済をもつ皇国だが、軍隊は最弱。聖王国との戦いでは勝ったことすらないほどにな。戦略不足、無能な指揮官、練度の低い軍隊、魔法技術の遅れ。その他様々な要因がアテラ皇国を大陸最弱へと陥れている。

 周辺国の軍事的圧力に屈しながらも滅んでいないのは、ルーズ湖経済特区の影響力が強い故だと俺は推測するね。

 皇国は皇国自身の力で国を保ってなどいない」


 奏斗の言葉は鎧の一団に染み渡った。全員が顔をしかめる。


「もうよい」


 皇が口を開いた。威厳と民への優しさが混ざった不思議な声だ。


「貴様らも加護者が無知でないと判ったであろう? これ以上の詮索は意味をなさない。一刻も早く事態を解決させるのだ」


 奏斗は思い出す。自分がなぜこんな所に呼び出されたのかを。国家機密だとシスカからは言われた。


「俺に何を?」

「貴様には──」


 それ以降の声は聞こえなかった。


「勇者様のごとうーちゃーく!!」


 来客を知らせる兵士の声が部屋に轟いたからだ。

(空気読めよっ!)

 勇者に様付けする兵士に多少腹が立ったが、それどころではない。

 ついに勇者とやらをこの目で拝むことができる。噂通りの最悪野郎なのかそれとも違うのか──。ある意味胸を踊らせる奏斗の前で扉が重々しく開いていく。

 そして、声が聞こえた。


「姫様をだしなっ! オレの嫁にしてやるからよ!!」


 皇の座する間が、静寂に包まれた。



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