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夢幻の世界の中で  作者: 高遠ハット
第1章 召喚士カナト ───力。それは強大で愚かな、か弱きもの。
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第27話 皇族の裏

 馬が駆ける。

 ろくに舗装もされていない、でこぼこの道を車輪が何度も跳ねた。だが、荷台は快適そのもの。衝撃緩和と温度調節の刻印魔法を施しているためだ。

 そんな荷台の中、奏斗は幌の隙間から虚ろに外を眺めてた。


 イフニ村を離れて3日。行けども行けども土と草木しか目に映らない。飽きるのも仕方がないというもの。

 奏斗はまだ女装姿だ。効力は既に切れたが、替えの服をうっかり忘れてしまった。もっとも、替えを持ってきたとしても彼の体を狙う王女いるので無理な話であるが。


 景色の流れを漠然と見ながら、想うことは1つ。

(音楽聞きたい)

 長距離の移動となると必ず音楽プレーヤーを携えていたものだ。気晴らしにお気に入りのロックバンドの曲を口ずさんでみるが、

(あれ、なんだっけ?)

 歌詞の内容を忘れていた。

(あー、レパートリー減った……)

 現代的な悩みを抱え、溜め息を奏斗はつく。


 ふと視線を動かすと、ティナがやけに挙動不審だ。外の景色を眺めては首を傾げている。

 奏斗が声をかけようとする前にティナが喋った。


「皇女様、ここは“どこの領地”ですか?」


 言われて気づいた。

『領地貴族』というものがある。役職別に大まかに貴族を3つの種類に分けたうちの1つだ。

 統治者1人が国の隅々まで単独で治めることなどできやしない。ゆえに、土地を貴族に任せ統治の手助けをさせているのだ。

 領地の広さ、産業の発展具合、人口などは貴族の実力に左右されるが、これにより国家統治を可能としている。

 勿論、全て任せっきりというわけではない。実はイフニ村はこれに当てはまり、皇の直接統治地の1つだ。

 例えれば、ちょっと権力の強い都道府県知事といったところか。


 イフニ村から皇都に行くには、いくつかの領地を経由する必要がある。馬で3日もすればいずれかの領地に入り、場合によっては領地の中心都市──領都に至るはず。

 しかし、この馬車は領都はおろか領地にさえ入っていない。検問に出会ってないのが証拠だ。



「そんな他人行儀にしなくてもいいの。シスカで結構。

 それよりもティナ。洞察が鋭いのう。今馬車が通るは皇族の隠し街道の1つ。ゆえに面倒な検問を通らずに済む」

「そんなの使って良いのか!? 俺ら貴族ですらないんだぞ」

「問題なかろう。そなたと妾はいずれ家族になるからの」


 場が凍りつく。

 ティナは短剣を鞘から抜こうとしていた。

(よーし。タイムだ。今のは『家族になる』と言っただけで、俺と結婚する意味では……、ないな。9割9分9厘ないな。

 むしろ姉弟とかそういうものだろ? そうに違いない。それ以外あってはならない! 

 確認をしよう。誤解を解こう。世界はそれだけで平和になる。

 出会って3日で結婚確定とかないない、どこのラブコメですかーって話だ。

 世界はそれほど甘くない……、はず)

 幾つもの議論を重ね奏斗は、


「あれか? シスカが俺らの弟妹になる的な?」


 心臓が早鳴る。

 ティナの短剣は鞘から抜かれ、碧色の光を発している。

 そんな奏斗の葛藤を知ってか知らずかシスカはきょとんとした顔で、


「何を言っておる。そなたと妾が結ばれる話に決まっておろう? ……、恥ずかしいのだから言わすでない」


(わぁい。こんなきれいなひととけっこんできるんだらっきー! ってそうじゃなくて!?)

 奏斗が歓喜にふるえる間もなく、ティナが短剣を奏斗の脳天に振り下ろしてきた。


「いつ手出したんですかこの色魔があああ!!」

「まだ童貞だ! 悲しい事言わすな!!」


 短剣の刃をタイミング良く両手で挟む。真剣白刃取りもどきだ。遊び半分な師匠に幼少期から教えられ、今ではちょっとした特技になりつつある。

 そのままティナをホールド。ティナは抵抗するが、体格の差かまったく解かれる様子はない。

 ふぃー、と息を吐いて生を実感する奏斗。だが、彼は気付かなかった。隣でシャオンが顔を真っ赤にして憤慨していることに。


「童貞ってどういう事よ!? 嘘ついてたの?」

「当たり前だ! 彼女すらできたことないんだよ!!」

「ならなんで断ったのよ?」

「初めてが自分の使い魔っておかしいだろ! 百歩譲ってヤること認めても、童貞は捧げるつもりはない!!」

「では妾ならどうじゃ?」


 はい?と皆の視線がシスカに集中する。

(なんだろう。すんごく嫌な予感が……)


「妾と交われば、そなたは童貞を卒業、妾は子を孕み、シャオンの望みも叶う。どうじゃ? 皆に益があるぞ」

「おかしい!! 全部おかしい! なんでそんなに俺と結婚したいんだよ?」


 いきなりシスカの顔が陰る。奏斗の発言はシスカの触れられたくない所を抉ったかもしれない。

 空気が重くなる。気まずい雰囲気を払おうと奏斗が何か喋る前に、シスカはふぅ、と息を整え、


「何も伝えんかったこちらが悪かったの。そなたらは皇都で妾がどう扱われているか分かるか?」


 奏斗は視線をティナに向ける。正直言って、政治の話はサッパリなのだ。もとから興味はなく関わりたくもないため敬遠していた節がある。

 それはティナも分かっているのだろう。コクリと彼女は頷いた。


「邪魔者、ですね?あなたは皇位継承からは遠く、国家に貢献できる才があるわけでもない。そのために冒険者にさせられたと聞いています」


 失礼ではないか、とヒヤヒヤしたがシスカは気にしている様子はない。むしろコロコロと笑い、


「遠慮なしじゃな。まぁ、それくらい鋭い方がこちらも気分がいい。

 そんなわけで色々とややこしくての。特に近頃は“皇子派”の連中が五月蝿い」

「“皇子派”、ね。年端もいかない子供を祭り上げて何が楽しいのやら」


 アテラ皇国には2人の皇女と1人の皇子がいる。

 目の前のシスカに、彼女の腹違いの姉である第1皇女ソフィル。そしてまだ成人すらしていない皇子リアヌスだ。

 皇位継承の点で見れば、唯一の男子リアヌスが次期皇なのだろうが、ソフィルの政治能力が抜きん出て素晴らしいこと、リアヌスが成人していないことなどから特例的にソフィルが女皇になる(もしくは摂政として実質的に政治を動かす)のではないかと言われていた。

 だが、ある1人の人間によってその構図は大きく様変わりする事になる。后、パトリーレだ。

 実は、皇と后の子はリアヌス1人であり、2人の皇女はそれぞれ違う側室の子なのだ。后と側室では、当然后の立場の方が強い。次期皇が誰であるかを巡って、今皇都はもめにもめている。


「妾が姉上の重荷であるのは周知の事実。ならばいっそ、皇都を離れそなたと添い遂げる方が都合が良いのじゃ」 

「知らないうちに政争に巻き込まれるとはね……。いい迷惑だ」


 面は冷たく装っているが、内心は違った。

(なーんだ。俺に好意持ってるとかじゃないのか。子供を作る~ってのも結局は既成事実を作って皇都から離れる口実。

 ああ、分かってたさ。人生そんな甘くないってな……。

 ……やばい、泣きそう)

 涙腺崩壊の一歩手前で踏ん張っていると、シャオンが何か暖かい目で見てきた。念話で聞かれたのだろう。奏斗にはそれを怒る気も失せてしまった。


「大体分かった。でも俺が皇都で何をするかは──」

「教えることはできぬ。仮にも国家機密じゃからの」


(面倒だ……)

 どう考えても厄介事に巻き込まれるのは明らかだ。何の因果かは知らないが。

(こちとら国に関わるつもりはゼロだぞ? 頼むから勇者とやらが活躍してくれよ……)

 内心愚痴りながら、タバコに火をつける。ジッポーライターを興味津々にシスカが見ていたが、あえて彼は相手にしなかった。説明のしようがないのだ。


 煙を吐いて、奏斗はすっと目を閉じた。



 ●



 それから何日経ったか奏斗は正確には覚えていない。

 いい加減景色に飽きてきた頃だとは記憶している。

 土と草木がいきなり開けて、高い城壁が目に映った。皇都タガハラだ。


「はぁ~、やっと着きましたー」


 ティナがむー、と背伸びする。心境としては奏斗も同じだ。


「初めての長旅ご苦労じゃった。皇都に着けばさらに疲れると思うがの」

「冗談キツいぞ……。って、あれ?」


 馬車のスピードが急に落ちた。風を切っていくような爽やかさが失われ、終いにはピタリと止まってしまった。


「おい、どうした!?」


 幌を開けるとすぐに原因が知れた。

 街道に槍が数本、こちら向きに刺さっていたのだ。これでは、馬は進めない。自ら串刺しになりにいく馬などいないのだから。


「誰ですかね……? こんなイタズラしたの」


 そう言ってヒョイとティナが荷台から飛び降りた。長距離の移動で体が凝り固まったからか、歩き方がどこかぎこちない。

(どういうことだ? この道は皇族専用。知る人なんて少ないはずだが?)

 しかし、奏斗の思考はそこで中断された。ティナが槍に触れようとするその瞬間──。


 槍が膨らむのを見たからだ。


「ティナ!」

「分かってますっ!!」


 ティナはすぐさまバックステップで後ろに下がる。だが彼女が地に着くその前に、槍が爆発した。

 派手な破裂音と共に、無数の木片や刃片が四方八方に飛び散る。


「お兄ちゃん! シスカさんを!!」


 反射的に《カナル》と《ストロン》を発動。自身の魔力が不可視の壁と身体強化に消費される。

 強化した脚力で奏斗は地を蹴りシスカへと飛び込む。破片の嵐が襲う前にシスカを庇う。ちょうど、爆発に背を向ける形だ。

 硬い音を立てて、破片が《カナル》に弾かれていく。貫かれないか、と心配したがどうにか保ってくれたようだ。


「ふう。何とかなったな。大丈夫か?」


 シスカは答えない。それどころか目を見開き虚空を見つめている。どうした、と訪ねる前に──、


 奏斗の肩が何かで叩かれた。


 金属の弾かれる音が響く。

(……剣か!?)

 直感的にそう思った。

 だとしたら、後ろにいるのは敵だ。それも明らかに殺意を抱いた。

 振り向きがてら足払いをしかける。敵は見事に引っかかり、身体が地を離れた。振り向きの勢いそのままに奏斗は体を捻り、それを爆発的に解放させ敵の胸に掌底を放つ。

 吹っ飛ぶ敵を見送り、周りを見渡すと、いつの間にか大勢の男達に囲まれていた。身なりやその武器を見るに、盗賊だと容易に判断が付く。

 だが、様子がおかしい。

 必死なのだ。圧倒的な数的優位にたっているにも関わらず。標的が(認めるのはアレだが)女性であるにも関わらず。

 まるでこれに失敗すれば死が待っているような、そんな気がした。

 先入観かな、と色々と自分を納得させる論理を考えていたが、


「カナト! 来るぞ!!」


 シスカの一言が彼を現実へと戻してくれた。


 目に覚悟の火を灯した盗賊十数名が奏斗への突撃を敢行する。



 ●



 荷台を隔てた奏斗の反対側で、ティナは突如現れた盗賊と相対していた。

 盗賊と言えば、あの記憶が蘇る。汚い笑みを浮かべ、彼女を売ろうとしたあの盗賊たちを。

 だが、今回は違った。盗賊が纏う空気は研ぎ澄まされ、熟練の戦士のよう。顔には笑みが無く、盗賊というよりも凄腕の冒険者といった方がしっくりくる。

 けれど、と彼女は思う。

(勝てない相手では……、ないですね)

 胸に灯るのは絶対の自信。


「ウンディーネ、わたしに加護を」


 ゆっくりと盗賊に一歩踏み出す。武器は無い。素手だ。

 歩み出した彼女を見て、盗賊に緊張が走る。


 そのとき、盗賊の1人が吹き飛ばされた。


 否、正確にはティナに殴り飛ばされたのだ。盗賊が知覚したときには、3人が地に伏していた。手にはいずれかの盗賊から奪い取った、反りのある剣が握られている。

 戦慄する盗賊。恐怖は殺意に変換され、ティナの命を狙う動力となる。

(ここからです……!)

 不意打ちには成功した。先手を取ることは何時だって大事だ。相手が自分に脅威し、殺意を抱いてから、真の戦闘は幕を上げる。

 左右から盗賊が殺到する。動きは人間の限界を超えており、魔法で強化されている。

 ティナは右に一歩踏み出し、左へと跳躍。足場には《ヴァイセ》が展開されていた。接触する前にもう一歩。体がさらに加速する。距離感を見失った盗賊の懐に潜り込み、一閃。中途半端に振り上げられた左腕の肘から先が、鮮血迸りながら地に落ちる。無様な悲鳴を上げる盗賊は、突き上げるティナの拳が腹に入り沈黙した。

 背後からは一振りの剣が迫る。ティナは気を失った盗賊と剣を支点に位置を交換。剣の振りが停止した。

 その隙にティナは《フォイツン》を発動。圧縮された大気が指先から放たれ、盗賊の耳元で破裂する。衝撃で盗賊は気を失い、2人まとめて地面に身を任せる。

 やった、と思ってしまったのがいけなかった。ティナの気が緩んだ僅かな間に、横合いから剣が振り下ろされる。何とか反応して身を反らそうとしたとき、


 剣を振り下ろす盗賊の姿が、消えた。


 代わりに現れたのは、黒髪のネコミミ使い魔。シャオンだ。


「お姉ちゃん!? 闘えるんですか!」


 シャオンは片目をパチリと閉じて、


「この程度ならよゆーよゆー! 最近欲求不満だし、パーッといくわよパーッと!!」


 盗賊へと突っ込むシャオン。ほぼ一撃で倒していくネコミミ使い魔の姿にティナは呆然とするほかなかった。

 ただ、解ることはある。


「お姉ちゃん、ヤケになってますね……」


 あとでお兄ちゃんに説教です、と場に合わない決意をした。



 ●



 シャオンが暴走しだしたちょうどその頃。

 奏斗の戦闘を終わりを迎えていた。


「ま、こんなもんか」


 立っているのは奏斗のみ。盗賊はみな、膝から下を無くし驚きの表情で奏斗を見上げている。

 シスカもまた、腰を抜かして座り込んでいた。


「これは……?」

「加護の力だ」

「加護!? これが加護だというのか?」


 無理もないか、と奏斗は溜め息を吐き出す。

 相手にするのがあまりに面倒で、盗賊の血液を使って脚を切り落としたのだ。

 何も知らない者が見れば、別の魔法を使ったと思われても不思議ではない。むしろそちらの方が普通だ。


「シスカ。一つ聞くけど、盗賊って捕まえると賞金出るのか?」

「それは……」


 シスカの言葉を違う声が遮った。


「残念ながらそれは無理だよ。この盗賊は本来なら処刑される犯罪者だからね」

「……殺さなかったことは、評価する」


 それは聞き覚えのある、しかしオルフェリアでは決して聞くことの適わないはずの声。

 もったいぶった口調のテノールと、話すこと自体煩わしいような深いバス。

 奏斗の耳には懐かしく感じられる。

 驚愕で干上がった喉を必死に動かし、声を作る。


「なぜだ……。なんでお前らが此処にいるんだ……?」


 奏斗の視線の先には見慣れぬ装いをした2人の友人──宮崎穿真みやざきせんま華原燈司かはらとうじがそこにいた。





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