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夢幻の世界の中で  作者: 高遠ハット
第1章 召喚士カナト ───力。それは強大で愚かな、か弱きもの。
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第26話 廻る歯車

「泣きたい……」


 何が悲しくて女の真似事をしなければならないのか。もちろん、賭けに負けたからだ。


 博打大会の翌日、奏斗は虚ろな目で村の西門へと向かっていた。罰ゲームは既に執行され、服装はいつもと異なっている。しかし、女装といえどもなにも豪勢なドレスを着るわけでもメイド服を着るわけでもない。せいぜい草色の丈が長いスカートに女物の革の上着を身につける程度だ。

 だとしても、奏斗の容姿は充分に女だ。

(これで何度目だ?)

 思えば、中学高校の文化祭になると必ず女装させられたものだ。そのたびに周囲から「本物だ……」との失礼な言葉を受けた。


 さて、今回はというと村人がニヤニヤしながらこちらを見てくる。予想通りなのだろう。中には見惚れた熱い視線も感じられるのだが。

(くっ!宿屋には戻れないし書庫に入ることもできない。このまま一日これを晒せと?)

 罰ゲーム以上だ、と奏斗は思う。処刑として使えるレベルである。

 加えて、奏斗の状況を悪化させるものがあった。期間である。1日で終わりかと思いきや、なんと10日もこの格好を続けろとのこと。ちなみに魔法がかかっており、奏斗は着脱できない。


 というわけで奏斗は一路外を目指す。村を出ればおそらく体を舐めまわすような視線の群から逃れられるはずだ。

 そんな不機嫌の権化な奏斗に、


「よお! カナトお嬢様! 調子はどうだ? 気に入ったか?」


 満面の笑みで服屋の店主が声をかけてきた。


「コレが気に入っているように見えるんですか? だとしたら頭イっちゃってますよ」


 奏斗の不機嫌指数は急激に上昇し、こめかみに何本も青筋が浮かぶ。何を隠そう目の前の店主こそがこの服を造ったのだ。魔法をかけるなどいらぬ事をしてくれる。

 しかし、奏斗の不機嫌指数は収まることをしらない。なぜなら、


「あっ! 店主さーん! この間はどうもどうも」

「いいって事よ、シャオンちゃん。それで? 首尾はどうだった?」

「曖昧にぼかされちゃった。脈無いのかな……」

「いやいや諦めるにはまだ早い。まだチャンスは残っているさ!」


 先日のもはや夜這いと言えるあの事件。どうやら店主が一枚噛んでいたようだ。店主の協力もあって、透明度の高い服を着ていたのだ。


「元凶はそこか……!」


 ティナには短剣で襲われ、宿屋の女将から「昨夜はお楽しみでしたね」との言葉を貰った原因が目の前にある。そうなると、奏斗はいてもたってもいられなくなった。


「店主さんよぉ……」

「な、なんだ? 別に客の注文を受けただけだぞ?」

「ならよぉ……、俺の注文を先にこなすのが筋ってもんだろう? 違うか? うん?」


 正論ではないが、間違っているわけでもない。そこに店主も気づいたのか、顔は青ざめるばかりで言葉はでない。


「こっちは金払ってんだ。注文から結構経ったよな。そろそろ出来てるだろ?」


 言葉ひとつひとつに重みがあり、女装しているにも関わらず威圧感がある。

 視界の隅ではシャオンとティナが「いつもと違う……」と軽く怯えているが構わない。


「悪かった、悪かったから! 鎧もちゃんとでかすから、な?」

「それさえ聞ければ十分だ」


 そう吐き捨てて、奏斗は村を出て行った。

 村人はようやく悟った。


 めちゃくちゃ怒ってる、と。



 ●



 奏斗の足取りは西門を出ても止まらない。歩きは遅い。けれども確実に進んでいく。

 西門を出て門番に声をかけられ、案山子に見守られながら畑を抜け、リュプスに睨まれ草原を越えて森の際まで来たところで奏斗は歩きを止めた。


「……、これでいいか」


 手短な木を見つけ、


「水よ、断ち切れ」


 一閃。

 天に向かって高く伸びた幹が、周囲の木を巻き込みながら倒れていく。

 空気中の水蒸気を水に変化し、それを高速で移動させたのだ。用いた水は少量だが、接触面は小さくしたので問題はない。圧力は接触面が小さいほど増すのだから。証拠に幹の断面は鋭利な刃物で斬り裂かれたよう。

(成功、かな)

 発想はウォーターカッターからだ。高速の水は金属をも容易に裂くことが可能である。

(水量が少なければ少ないほど使う魔力は減る。対象に応じて水の形は変える必要があるが、実用化はできる)

 満足げに奏斗は頷く。やはりこの魔法、相当活用がきくらしい。

 幹の断面に触れると、仄かに水気が感じられる。仕方ないよな、と苦笑しつつ、彼は今造った切り株に腰掛けた。


 ぼけーっと空を眺め、頭の中でぐるぐると思考を回転させる。

(これからどうしようか……)

 このままイフニ村に住むというのもありだ。皇都からの距離が遠く、世俗の影響を受けにくい。竜種ミエガルドルの件も、猟友会で集まる冒険者と協力すればどうにかできる。平和に異世界を満喫するなら、イフニ村に在住するのが最適手だろう。

 しかしその一方で、実の親に会いたいという想いがあるのも事実。そのためには村を出なければならない。さらに親の事情を鑑みると、厄介事に巻き込まれるのはほぼ確実だ。

 ちなみに今すぐ地球に戻ることはできない。転移の際にもらったフリスクもどきのケースの裏には『5年タイプ』との文字が。5年は召喚者の義務を果たせ、というメッセージなのだろう。

 結論として来年まで様子を見ようと落ち着いた。

(先送りにしているだけだな)

 空を見上げながら、奏斗はハッ、と自らを嘲笑う。優柔不断にも程があるではないか。判断力の欠如は師匠からも何度も注意されたというのに。

(なにも成長していないな、俺は)

 いや、と彼は思う。オルフェリアに来てから唯一変わった事がある。それは、


「殺すことに抵抗なくなった。それだけだ」


 ガンッ、と辺りを銃声が震わす。奏斗の右手にはベレッタが握られ、銃口の先には頭蓋をぶち抜かれたリュプスが横たわっていた。

 硝煙が鼻孔をくすぐる。薬莢を拾おうとしたが草に隠れてどこに行ったか分からない。

 環境汚染かな、と懐のタバコを口にくわえ、ジッポーライターで火をつける。香りの良い煙を肺に取り込むと、硝煙の匂いはもう気にならなくなった。


(命、ねえ……)

 オルフェリアに来て、命の価値観はガラリと変わった。生きるために殺し糧を得る。殺さなければ自分が死ぬ。動物愛護団体が発狂しそうな現状がここにはある。


 それは、人間にとっても同じこと。


 命の重さがどうだの、尊いだのという次元と違うのだ。すっかり慣れてしまった自分にうすら寒いものを奏斗は感じた。

 現に、奏斗だって人を殺している。1人や2人ではきかない。100人は優に越えてしまった。


 あの人を斬る感触を、


 あの人の肉が燃える匂いを、


 あの内臓を撒き散らした死体を、


 あの死に間際の断末魔を、


 奏斗は忘れることはできやしない。いや、忘れてはならない。世界に流され、自分を見失うなど畜生以下だ。

(俺の手は既に血で汚れた。だが……、)

 いつのまにか下がっていた顔をあげる。空には雲が一つもなく、碧の世界が広がっている。

(これ以上血で塗り直す必要なんてない。この手で誰かを救う事ぐらいできるはずだ)


 タバコが燃え尽き、灰が地面にポトリと落ちた。



 ●



 秋の冷たい風に包まれて青空をぼーっと眺めていると、陽は傾き空には朱がさしてきた。

 そろそろ帰るかな、と腰を上げ、イフニ村へと戻る。

 歩きながら2本タバコを吸い終わると、


「お兄ちゃん! どこにいたんですか!?」


 母親を思わせる口調で話しかけてきたのはティナだ。村へと続く道に仁王立ちして立ちふさがっている。

 なぜか後ろにはマーレットも一緒だ。


「村の外ブラブラしてただけ。村にいても晒し者みたいで気分悪いし」

「罰だから仕方ないでしょう……」


 溜め息混じりに呆れられてしまった。なぜだろう。最近ティナが年上に見えてくる。

(兄!って感じのことしてないからか)

 威厳を示さなければ、と奏斗は静かに決意した。

 会話が一段落するとマーレットが、


「昼頃に、皇都からの連絡がありました。ぜひカナトさんに来て欲しいと」

「はい? 皇都からですか?」


 妙だ、と奏斗は首を傾げる。冒険者のランクは最低の白だし、これといったアクションを起こしたわけでもない。


「自分何もしてないと思ってるでしょうけど、ウンディーネの谷に行って生きてる事自体凄いのですよ」

「はあ、そうですかねえ」

「なんでも、ここ数十年はウンディーネの四祖精霊魔法を習得している人なんていないそうです。

 皇都で噂になっているそうですよ。加護者と言われているとか」


(と言われてもねえ……)

 たいして偉業を成し遂げた気はしない。死にかけたのは確かだが、何をしたかと聞かれれば、貧乳ウンディーネと仮想ハーレムしてた、としか答えられない。


「そんなこんなで近日中に使者が来ます。いつでも出発できるように準備をしておいてください」

「正確には分からないんですか? できれば10日後以降に来て欲しいものですが」

「すいません、そこまでは……」

「なんとかできませんかね。コレ」


 そう言って奏斗はスカートをつまむ。初めての皇都デビューが女装だなんて真似は絶対に避けたいのだが。


「無理ですね。半ば封印に似た魔法使っているので。未だに解除法解っていないのですよ」


 キッパリと言われた。

 どうやら初めての皇都は女装らしい。


「……、何とかなりますって。お兄ちゃん!」

「勘弁してくれよぉぉぉおおお!!」


 秋の草原に少年の悲痛な叫びが響きわたった。



 ●



 それから少し。


 日数が経つ度に使者はいつ来るのかという焦りと、もしかしたら罰ゲームが終ってから来るのかという期待が比例して増幅する。

 一応、荷造りは済ませた。複数の魔袋に持ち物全部を詰め込んだだけだが。


 そして、9日後。

 いよいよ明日で罰ゲームが終わる日にそれは来た。

 村に使者が来てしまったのだ。


「タイミング考えて!!」


 宿屋で1人絶叫する奏斗。側にはティナとシャオンが同情した目で彼を見つめてくる。


「やめろ! 俺をそんな目で見るな!」

「いや、もう仕方ないですよ。どうにもできませんって。ねえ?」

「そうね。ここは腹くくって行くしかないわ」

「もうやだ……」


 奏斗の頬を光るものがつたう。

 舐めるとしょっぱかった。


「浸ってないで、行きますよ!?」

「いやだあ~。明日でいいじゃん。明日になればカッコイイ本当の俺が復活するんだぞ? お前らもそっちのほうがいいだろ?」

「普段でも女顔なのに何言ってるんですか!」

「え?」

「ご主人様にカッコイイは有り得ないわね。カワイイなら有り得るけど」

「え!?」


 心を抉る衝撃発言に奏斗は言葉を失ってしまう。涙もでない。もはや枯れてしまった。

 呆然と立ち尽くす奏斗。その隙に彼はティナとシャオンにギルドへと連行された。



 ●



「して、そなたが加護者か?」


 ギルドに入った奏斗は別の意味で言葉を失っていた。

 テーブルで待っていたのは、絶世の美女。

 胸の部分が大きく開いた赤と黒が入り混じるドレスを纏い、鮮やかな金髪のブロンドをツインテールにし、その長さは地につくかどうかのバランスを保っている。目は鋭いが不思議と威圧感を与えない。肌の白さは白雪を彷彿とさせた。

 加えて、その肢体。すらりと細い手足。締まったウエスト。巨きな胸。下手すればウンディーネ以上の美しさだ。

 また、ドレスをはじめとした白手袋や黒ブーツなどの装備は相手の育ちの良さを思わせる。


 当然だろう。相手は皇族。しかも第2王女シスカ・アテラその人なのだ。


「ふむ。男だと聞いていたが女だったか。しかも美しいではないか。ギルドも当てにならんの」  


 ペラペラと紙の束をめくる王女。おそらく奏斗の個人情報が羅列されているのだろう。

 プライバシーの侵害が気になったが、問題はそこではない。


 この王女、本気で奏斗を女だと勘違いしている。一刻も早く正さなければ。


「あの、王女……様? 自分男だから。こう見えても」


 退屈そうに紙の束をめくる王女の動きが止まる。


「なんと……。加護者が変態だとは。皇国始まって以来の珍事。父上に報告せねば」

「いや、それも違うから!」


 かくかくしかじかと事情を話す奏斗。

 懇切丁寧に教えた結果、納得してもらえたようだ。


「事情は分かったが……。そなたはその格好で?」

「魔法で脱げないんだ」

「相変わらずどうでもいいことに力を注ぐのう……、この村は」


 クスリと笑う王女。

 危うく惚れかけた。


 気を取り直して奏斗は尋ねる。


「で? 王女様までいらっしゃって俺に何をさせるつもりだ?」

「悪いが、ここでは説明できん。国の一大事なのでな」


(ここまできてもまだ秘匿するか)

 皇都には絶対に出向かなければならないのだろう。あまり目立ちたくないな、と奏斗は溜め息を吐いた。


「馬車は門に止めておる。早速出立としようか」



 ●



 村の南門には、荷台を引く2頭の馬が草を食べていた。

 地球の馬よりも幾分大きいが、姿形は同じだ。

 そんな風に馬を見ていると、


「お兄ちゃん? 早く乗りましょうよ」


 奏斗以外は全員荷台に乗ってしまっていた。


「はいはい、今乗りますよっと」


 引く馬が大きいためか荷台もまた大きかった。これなら4人いても狭さを感じない。だが、問題が1つ。


「男俺だけか……?」


 王女の従者らしき人は見えない。単独でここまで来たのだろう。しかし、いくらなんでも無防備過ぎではないか?

 困惑が頭を占める奏斗にシャオンが一言、


「……エッチ」

「あっれ? おかしくない? 俺そんな不埒な人間じゃないよ?」


 困惑の極みに達した奏斗に王女が見かねたのか声をかけてきた。


「どうした? 何か気になるのか?」

「いや……、あの。無防備じゃないか? その……、俺が襲うとも限らないし」


 そんなことか、と王女は口にし、


「別に問題ない。むしろ大歓迎だ」

「は?」

「父上からそなたを婿にどうかと薦められてな。わかるだろう? 妾の事を。皇都には見合う男がいなくての」


 確かに、と奏斗は内心納得する。

 第2王女シスカといえば、皇族で初めて冒険者になった変わり者だ。しかしその実力は申し分なく、ランクは箔付きだったはず。アテラ国内の冒険者の中で真っ先に名の上がる人物だろう。

 皇都のひ弱な貴族坊ちゃまでは、とても釣り合いが合わない。


「だとしともなんで俺なんだ? 他にもいるだろうに。勇者とかさ」

「やつは好かん。力を振るうことに酔っているからの」

「へぇ……」


 勇者と呼ばれているからにはさぞ人気があるのだろうと思っていたが違うらしい。

(性格に難あり、と。)

 心のメモ帳に書き留めていた奏斗が顔をあげると、目と鼻の先に王女が。


「どうだ? 今夜にでも一発……」

「俺は奥ゆかしい女性が好みなんだよっ!」


 ビシッと頭にチョップ1つ。相手は王女だがこれくらいはしても許されるだろう。


 とにもかくにも、馬は皇都に向けて走り出した。


 

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