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夢幻の世界の中で  作者: 高遠ハット
第1章 召喚士カナト ───力。それは強大で愚かな、か弱きもの。
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第25話 続かない日常

更新を毎日曜日にしようと思います。

 秋もだいぶ深まり残暑が抜けた頃、奏斗は念願の日常と呼べる日々を謳歌していた。

 ギルドへ出向き、狩りや採集の依頼をこなし、トリンの書庫から本を借り、ときには村人の畑仕事を手伝う毎日。苦労して手にした四祖精霊魔法の使い道は全くないが、それはそれでいいのだ、とほのぼのと日々を過ごしていた。

 懸念されていた竜種ミエガルドルの件も、あれ以降音沙汰ナシだ。

 とにかく、平和であった。一日一日が充実していた。



 そうした日常のある夜。

 その日、奏斗はいつも通り本を読んでいた。夜も深まり風が冷たくなると、ティナは既にベットに入り、スヤスヤと寝息を立てていた。そろそろ寝ようかな、と本を閉じ顔を上げる。


「寒くなってきたな。冬支度も必要か?」


 そう使い魔──シャオン振り返ると、彼女の服装が違っていた。腰までスリットの入ったチャイナドレスもどきではなく、透明度の高めなネグリジェのようなものを身に着けていたのだ。

 むき出しの肢体や薄い生地が描く身体の凹凸が、生唾飲み込むほどの艶めかしさを見る者に与える。

 だが、いつのまにこんなものを買ったのだろう?服屋の親父にオーダーメイドでもしてもらったのか。だとしたらグッジョブだ親父。

(いやいや自分の使い魔にナニ興奮してんだ俺は)

 興奮してはやる鼓動を何とかして彼は抑える。


「とりあえず聞いておこう。どうした?」


 無視してそのまま横になってもいいが、それではあまりにもシャオンに失礼だ。今の彼女は、何かを決意したような、そんな雰囲気を漂わせている。

 からかっているのではない。おそらく本気だ。


「竜種の時のこと、覚えてる?」

「竜種……、おまっ、まさか!」


 頭をよぎるは念話で交わしたあの“約束”。何をしてもいいと認めてしまったアレだ。


「ずいぶん経ったけど、まだ有効よね?」

「あ、ああ……、そう、だな」


 全身から脂汗が噴き出す。どう考えてもこの後の展開は一つしかない。


「良かった。アタシがしたいのはね……」


 シャオンの左手が顎に触れ、顔がズイッと近付く。


「ご主人様の、童貞を、もらいたいな~、って!」


 卒倒するかと思った。


(やべえええええええ! どうするよオイ!? どう考えても俺コイツに喰われるぞ! なかなか良いかもしれないが……、いやだけど俺には仁菜が!

 まだだ。まだ諦めるな俺! 諦めたらすべてが堕ちる。どうするーどうするーどうすればいいー)

 必死な奏斗にシャオンは引き気味だ。彼の思考は念話を通して彼女に伝わっているのだから仕方がないかもしれないが。


「ちょ、そんなに嫌なの? 傷つくんだけど……」


 だが、そんな言葉は奏斗の耳に届かない。

 というか、奏斗の思考を捉えることができない。奏斗の頭の回転が早過ぎるのだ。


 奏斗は考え続ける。

(このまま屈したら俺は使い魔と肉欲に溺れるという何とも悲しい人生を送ることになる。それだけは避けるんだ。

 ………は! 待て、シャオンは今俺の童貞を奪うと言ったな? だとしたら………)

 いける、と奏斗はどこから沸いたかしれない自信に満ちていた。


「クックックッ、残念だったなぁ、シャオン」

「な、何よ。いきなりどうしたのよ!」


 形勢が逆転した。そう奏斗は感じた。こんな状況だ。嘘をつこうが何をしようが乗りきらねばならない。


「お前は今、重大な勘違いをしている。それは──」


 腹に力を込めて、息を思い切り吸い、  


「俺は童貞ではないということだ!」




「うそ……」


「疑うなら念話で探ってみたらどうだ? 嘘かどうかぐらいすぐに分かるだろ」


 数秒の後、シャオンは拳を握り締めてうなだれた。実際のところ、念話で判るのはせいぜい思考止まり。嘘をついているかどうかなど判りようがない。


「はっはー! ざまあみやがれこの発情使い魔が! これで約束はなしだ。なにせお前のやりたいことはとうの昔に終わってんだもんなあ!」


 言葉を浴びせる奏斗をシャオンは顔を上げてキッと睨んで、


「だー! こうなったら是が非でも襲ってやるわー!」


 ベットに奏斗を押し倒した。


「な、何をする気だ! って待ってそんな器用に服を脱がさないでそんでもってお前も服を脱がないで! やめろ! 俺には、俺にはぁぁぁああああぁぁぁああー!」


「んぁー。なんですか一体。うるさくて眠れな……」


 最悪のタイミングだった。

 あまりの騒ぎにティナが起きてしまったのだ。


 ティナの動きが止まる。


「ティナ? おーい、ティナさーん?」


 無言でティナは枕元の短剣を手にする。ウンディーネから貰ったあの短剣を。むやみやたらと使わないと宣言していたあれを。


「待て。俺は悪くないぞ? むしろ被害者だ。怒るならシャオンだぞ?」

「分かっています」


 なにが?という奏斗の問いに、


「こういうのは大抵男性の方が悪いんですよねっ♪」


 宿屋に特大の奏斗の悲鳴が響いた。




 なんというか、とにかく平和であった。



 ●



 そうした日常のある朝。

 いつも通り1階の食堂で軽い朝食を食べ、一服してから宿屋を出る。

 広場を左に曲がればギルドだ。この時間帯はまだ人も疎らで閑散としているのだが──


「おう、カナト! 参加していくか?」


 どういうわけか、広場は村の男衆で賑わっていた。


「どうしたんです? こんな朝っぱらから」


 太陽はまだそんなに上がりきっていない。一日が始まるには早いはずだ。


「イフニ村恒例行事、博打大会だ!」


 ウェーイ、と盛り上がる男衆。様子から見るに、酒が入っているのか。

 聞けば、いつからかは不明だが猟竜会が近づくと毎年こうして大規模な博打大会をするのだとか。熱弁するトリンもうっすらと酒臭い。

 へぇー、と興味なさげに応える奏斗に構わずトリンは続ける。


「使うのはコイツだ。これから札を5枚引いて数字の一番大きい者が勝ち。札は交換できて、5枚まで可能だ」


(まいったな……)

 どうやら、トランプゲームに似ているようだ。札は1から10までの数字が書かれ、一つの数字につき5枚ある。つまり、

(まったくの運のみ。テクニックは必要なし、か)

 正直言って、ギャンブルは苦手だ。トランプや花札は勝てた試しがない。


「悪いですけど、俺賭事は「やりましょう!」はい?」


 横を見るとティナが爛々と目を光らせて、


「ぜひやりましょうよ! 面白そうじゃないですか。上手くいけばお金も稼げるし」


 この妹、兄たる奏斗を万能とでも思っているのだろう。その声には不安の陰りは一切ない。


「勝たせるつもりはないぞ? お前ら! 1人追加だ!」

「え?」


 奏斗の参加は決定事項らしい。

(ま、まあ、負けても金が無くなるだけだし──)

 そんな希望を抱く奏斗に、


「そうだ、一番負けた者は罰としてなんかやってもらうからな」


 絶望の宣告が為された。

(嘘だろ、オイ! 罰ゲームあり?)



 ●



 太陽が南中し、地平線の彼方に沈んでもそれは終わることはなかった。

 夜も更けて月が辺りを照らす頃、


「まさか、あんなに賭事に弱いなんてね」


 絶望の宴はやっと終幕を迎えた。シャオンに担がれながら通りを進む。

 酒もだいぶ飲んだ。博打しながらではなく、博打に負けたやけ酒としての酒をだ。

 ティナは夜も遅いので先に宿屋に帰っている。


「仕方……ないだろう……が」


 結果はもちろん奏斗のビリ。罰ゲームは明日発表だ。大方の予想はついているのだが。


「ま、罰ゲームはアレでしょ? ご主人様の女装!」

「分かってるから言わなくていいよ……」


 なんでこうなってしまったのだろう、と奏斗は改めて思いを馳せる。結局はティナのせいなのだが、

(怒るわけにもいかないしなあ……)

 それはつまり、無条件で自分のことを信頼していることになる。胸の中にこそばゆいものを感じながら、


「まあ、あれよ。頑張れーオトコノコ!」

「もういやだ……」


 奏斗はホロリと涙を流すのだった。




 明くる日。

 トリンの名の下に罰ゲームの発表がされた。

 内容は、「カナトの女装」。

 村人全員が心のどこかで期待していたことでもあり、もはや必然とも言えた。

 ……本人にとっては地獄の始まりであったのだが。


 ●


 アテラ皇国、皇都タガハラ。

 西方大陸の南西部を占める領土のほぼ中心地にあるこの都市の、そのまた中心──皇宮はただならぬ雰囲気で張り詰めていた。


「──して、話は真なのだな?」


 白い輝きを放つ極限まで研磨された建材で構成されたその部屋には、玉座が鎮座し、皇である壮年の男性が座っている。なんとも煌びやかな宝飾品で飾られた玉座とは反対に、その皇の格好は極めて質素で宝石を身にまとっていない。


「密偵の情報もあり、間違いないかと」


 唸るような溜め息をつきつつ、皇は顎にたくわえた髭を撫でる。

 彼の眼前では、アテラの国政を支える大臣が議論を交わしているのだが、


「皇よ! 速急に兵を出すべきです!」

「馬鹿者! 相手は冒険者。しかも箔付きだぞ! こちらが適う相手では……」 

「だからと言って、このままでは商業に大きな打撃が!」


 これといった答えは出ていない。

 目の前の惨状に半ば辟易としながらも、皇は自分が最も信頼する者へと目を向ける。


「センマ、貴様の考えを聞かせてもらおうか」


 皇の言葉に大臣の議論が止まる。

 センマ、と呼ばれた者はどこからどう見ても成人したての若造であった。金糸で紋様が縫われた黒のローブを被るその姿から、彼が魔法の使い手であることは容易に想像がつく。

 その若さ以外に違和があるとすれば、髪や眼が黒く顔立ちが日本人にしか見えないところであろうか。

 センマは答える。


「冒険者の相手ができるのは冒険者。箔付きならば尚更です。国内の箔付きに“皇からの依頼”という形で解決に当たらせては?」


 感嘆の声をあげる一同に、センマは胸の内で毒づく。

(まったく。こんな程度の発想ができないで大臣とは笑わせる。たかが高校生の思いつきをだよ?)

 それに、事態が発生してからもう3日が経っていた。国家の存亡がかかる事態が起きているにも関わらず。


「皇よ、付け加えるようで申し訳ありませんが──」

「なんだ」

「イフニ村の加護者にも依頼すべきです。巷で噂になっている勇者とやらにも」


 といっても、この程度ならばすぐに通る。皇直属の魔法使いである彼にとっては朝飯前だ。


「センマの意見を適用しよう。異論はあるまいな?」




 ●



「はぁ……」


 自室に戻ったセンマは息をついた。緊張していたのではない。変わらない大臣の無能さにウンザリしてしまったのだ。


「……後悔しても今更無駄だと思うがな」

「君の気配消す癖、どうにかできないのかい?」


 不意に後ろから声をかけられる。どうせ、1人しかいない。


「君はどう思う?」

「……あいつを巻き込んで良いのかどうか、か? ……仮にもあいつは召喚士。オルフェリアの裏を知る必要もあるだろう……。いい機会だと思う。勇者の実力も知りたいしな……」


(勇者ねえ……)

 国家の垣根を越えて噂される凄腕の戦士。数々の魔物を倒し、悪党から人々を救ったことから“救世主”とも崇められている。

 が、その本質は自分に酔っているだけだ、とセンマは思う。勇者の行動はどれも偉業であるのは認めるが、周りを見ていないのだ。

 おかげで国家こちらはかき乱されつつあり、勇者次第で世界のパワーバランスが一転しかねない。


「勇者に会いたいのは事実だね。仁菜のこともある。早めに接触するに越したことはない、と」

「……結局はあいつが決めることだ」


 そうだけどさ、と懐から紙切れを取り出す。少し前にギルド関係者から貰ったとある冒険者の個人情報だ。

 そこには、


「さて、真宮。君もそろそろこちら側に来てもらおうか」



 ●



 数日とおかずに、アテラ国内に皇の勅命が賜れることになる。


 それは、奏斗の日常を崩す最初の引き金であった。



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