第24話 死の試練
「で?どうしたらいいんだ?」
魔晶石で煌めく部屋の中、奏斗はウンディーネと対峙していた。
奏斗の質問にウンディーネは人差し指を立てて、
「条件が1つ、あります」
「あー……、先に言っておくが、『結婚しろ』だったらナシな」
なにも、奏斗が夢見がちな自意識過剰少年なわけではない。
ウンディーネは人間の男性と結婚することで初めて魂を得ると言われる。一見良さそうに聞こえるが、不倫などで妻であるウンディーネを裏切ると、夫は殺されてしまうのだ。
奏斗にとって、そんなものは御免だ。何をもって裏切りと為すのかは非常に曖昧で、理不尽な理由で殺される可能性は高い。
さらに、奏斗とて年頃の男子。異性が気になって仕方ない年頃だ。それを妨げられるなど以ての外。
そんな奏斗の心情を読み取ったのかそれとも違う要因でもあるのか、ウンディーネはフッ、と息をはき、
「どこまで知っているんだかあなたは……。
残念ながら、それは昔の話ですわ。
今は、ウンディーネ全員の魔力を満たすこと。それが条件ですの」
「は?ちょ、ちょっと待て!?全員ってどれくらい……?」
「ざっと100ちょいですわね」
「ひゃっ……!俺に死ねってか?」
「それくらいでないと、アレは扱えませんの。期間は今日から数えて一月ですわ」
「も、もし、もしもだぞ?期間内にできなかったら?」
「死ぬまで監禁」
「わぁ……」
(リスク高過ぎるだろ……)
そこまでの魔法なのだろうか、と奏斗は疑問に思ってしまう。
そもそも魔力とは、オルフェリアにおいてすべての源となるものだ。魔法だけでなく、生命を維持するためにも必要である。言い換えれば、『生きる』という魔法を生物は常時発動している、ということ。
そのため、魔力切れは死を意味する。
さらに悪いことに、ウンディーネが提示した『魔力を分け与える』行為は非常に危険だ。行為自体は非常に簡単。握手などで対象を触るだけ。
しかし例えるならそれはコップに入った水を他のコップに満杯になるように注ぎ続けるようなもの。いくら水を満杯にしてもいずれは空になる。つまり、死だ。
「どうしますの?止めますの?」
悩む奏斗を面白げにウンディーネは見てくる。男としてのプライドを非常に傷つける態度だ。
だからこそ、奏斗は、
「いいや、やってやる。男に二言は無い」
「最後まで続くと良いのですけどねえ~」
●
案の定、すぐへばった。
人数にして4人目だ。
「くっ……!体が……」
地面に突っ伏した奏斗を、魔力切れの兆候である激しい倦怠感が襲う。次にくるのはおそらく睡魔。これに屈すると二度と目を開けることはなくなる。
(呼吸をしろ!魔力の循環を意識するんだ……)
魔力は万物の源であるが故に、循環性をもつ。絶えず大地、大気、生物間を行き来するのだ。
このサイクルの中で、生物は魔力の蓄積を可能としている。呼吸、光合成、食事などで魔力を蓄え、生命維持に利用しているのである。
したがって、奏斗は意識する。可能な限り息を吸い込み含まれる微量の魔力が蓄積されていくことを。
「まあ、よく保った方だと思いますわ。大抵の方は3人で切れますもの」
ウンディーネの嫌みなのか賞賛なのか判らない言葉を受け流しつつ、奏斗はゆったりと身体を起こし立ち上がる。
まだ生きている。四肢は動いた。
「まだ……、だ」
不屈の意を言葉にしながら、奏斗はタバコを口に加え、火をつける。
「何をして……?体が動くなら休んだほうが身のためですわよ?」
「これでいいんだよ……!」
奏斗の師が与えたタバコ本来の用途。それは、
(疲労回復、栄養補給だったはずだ。最初はどこの栄養ドリンクだとバカにしていたが……)
効果は絶大。10本吸えば、3日間休み無しで山中を動き回れるほど。ヤバいクスリなのかと疑ったりもしたが、今のところ中毒性は無い。
(頼むぞ……)
効果はすぐに現れた。
体を覆っていた倦怠感が抜け、思考がハッキリと明確になる。四肢の動きも戻った。
「なるほど……」
ウンディーネは納得したように、
「魔力回復効果のある魔草を調合したものですのね。
ですが、一体どこから?あなたはオルフェリアの方ではないのに……」
「師匠からもらった。それだけだ」
心臓が脈打つたびに全身に力が戻ってくるのが感じられる。
(これなら!)
不敵に唇を歪ませ、奏斗は告げる。
「さあ、次は誰だ?何人でもやってやるよ!」
●
かくして1ヶ月後。
奏斗とティナは久方ぶりの日の光を浴びていた。暑さ残る容赦ない日射しが彼らを照りつける。
「眩しい……。あづい……」
「目が開けられませんよぅ」
ウンディーネに課せられた試練は、あのタバコを駆使してあっさりと終わらせた。それでも彼は谷を出なかった。理由は2つ。
1つは多くのウンディーネがサービスと自称して、四祖精霊魔法をレクチャーしてくれたことだ。ウンディーネに囲まれて何日も過ごすと、さすがに下心でも顔を出しそうなものであるが、
(全員胸が薄かった……)
貧しいというレベルではなかった。まさに壁。まな板。とにかくまっさらだった。ティナのほうがあるんじゃないか、とまで思ったほどだ。
そしてもう1つは、
「まさかティナがウンディーネに師事するとはね」
「わたしだってお兄ちゃんの役に立ちたいんです!」
滞在中に関西弁を話す奇妙なウンディーネに言われたのだ。
(『あんたの妹にウチらのすべてを教えたる。だから、もうちょい待って、な?』だっけ?度肝抜かれたよ)
いずれ奏斗はオルフェリアを去る。その日までに戦闘なり料理なり生き抜く術を教えるつもりだったのだが…、
(本人がそれを強く望んでたとは。解らないものだ。
だけど……)
「これからやっと、お兄ちゃんの役に立てますよ!」
「あのね、ティナ」
「何でしょう?」
(少し勘違いしている節がある)
それを正すのも兄の役目、と柄にもなく彼は説教をすることにした。
「何も強いことだけが、俺の役に立つことじゃない。知識だって俺を助けてくれる。
そうだな……、例えるならティナの知識はいつだって俺を助けてくれた」
「そ、そんなこと……」
「あるよ。ティナは何も知らない俺に色んな事を教えてくれたじゃないか。
リュプスレーロのこと、お金のこと、野草のこと、ウンディーネのことも。
強かろうが弱かろうが、ティナは俺に必要だ。いや、必要かどうかの前にティナは俺の妹だろ?置いていくはずが無いじゃないか。
だからね、ティナ」
奏斗はティナの頭を優しくなで、
「これから、絶対に無理をしたらダメだよ?」
「はい……、ごめんなさい……」
「謝る事じゃないよ。むしろ謝るのはこっちだ。
ごめんね、ティナ。今まで気づいてあげなくて」
(長すぎたか?)
身の丈に合わないものはしないほうが身のためか、と奏斗は軽く後悔する。
すると、いまだ俯いたままのティナが、彼に思いっきり抱きついてきた。
「ちょ、ティナ?」
「…………」
反応はなし。
いい加減暑苦しくなってくるとティナはようやく口を開いた。
「だったら、お兄ちゃんも無茶しないでください」
思わずハッとさせられる。
(ほんっとうに、情けないな俺は!)
「分かった。約束だ」
「じゃ、一発殴らせてください」
……………はい?
「今までの分をお兄ちゃんに返すんです。今言いましたよね?約束するって。というわけで、とりあえず殴ります」
おかしい、と奏斗は思う。
話の流れからするに、手を繋いで帰るようなほのぼのした感じになるのではないのか。少なくとも、こんなバイオレンスな展開はありえないだろう。
しかし、奏斗がティナに尋常じゃない心配をかけてきたのは事実。ここはけじめとして殴られるのが筋なのか、それとも──
「沈黙は肯定だって師匠が言ってました。いきますよ?」
頭がこんがらがっているうちに、奏斗は痛烈な打撃を鳩尾に受けた。
●
「う゛あっ……。まだ呼吸が……」
谷を出てから大分経った。太陽は山々の陰に沈まんと、緑の隙間から茜色が射し込んでくる。
それでも、ダメージは消えていない。ティナの拳は予想外に重く、鋭く、奏斗の軸を揺さぶったのだ。
「何学んできたんだよ……」
「色々です。もちろん、戦闘技術もですね」
(何だろう……。人格変わった気がする)
暴力的な女はやだなあ、とティナの将来を憂う奏斗。当のティナはそんなことつゆ知らず、ずいぶんと機嫌が良さそうだ。
「あっ!お兄ちゃん!見てください、リュプスがいますよっ!」
「ええ……、めんどくさい」
茂みの奥から彼らを狙う双眼。こちらを獲物と認識しているのが分かる。
「わたしがやりますか?」
「いや、いいよ。ここから届くだろうし」
?マークを顔に浮かべるティナを横目に、
(1、2、3……、18か?)
「水よ、剥げ」
紡がれた言葉は魔力を介して、リュプスの体を膨張させる。
「──!」
苦しげな悲鳴が聞こえるが、すぐに別の音にかき消された。それは破裂音。リュプスの皮が耐えきれずに破れた音だ。
「精度は……、まずまずかな」
地に転がる無数の死体は毛皮と身が分離していた。
「な、何をどうしたんですか?」
「リュプスの血液を皮と身の間で膨張させた。あの魔法は水を思い通りにできる魔法だからね。そんなこともできるんだ」
「そうなんですかあ……」
厳密に言えば、血液を状態変化させて水蒸気とした。気体は液体よりも遥かに体積が大きい。それによって結合組織が筋肉から剥離し、今のような結果になったのだ。
「血液を気化させたから精神的にもいいし」
「それはいいですけど……」
ティナは剥がれた毛皮を手に取る。それは血に汚れておらず見た目がいいが、
「こんなに伸びちゃって。換金できないですよ。もう!」
「うーん……。このやり方はダメか」
かと言って、このままにするのも忍びない。
(どうしたものか……)
そんな彼の頭にある案が。
「そうだ。食べてみよう」
「えっ!?コレをですか?」
その晩。
「堅っ!んでもって不味ゥ!!」
リュプスの肉はいくら火を通しても食えたものではなかった。
●
所変わってイフニ村。
奏斗が出発して1ヶ月。村は軽い喧噪に包まれていた。
「まだ帰ってこないのかい?」
「食糧もそんなに持って行ってなかったねえ」
「探しに行った方が良いのかな?」
そんな声が村のあちこちから絶えず聞こえてくる。
正直言って、シャオンはウンザリしていた。
(心配するだけ無駄よね)
使い魔たる自分が生きているということは、奏斗が無事な証拠だ。加えて自分が召喚される前、奏斗とティナは山を越えてきたらしい。少々の長旅は彼らにとって日常茶飯事なのだろう。
しかしまあ、とシャオンは思う。
(今思えば似てないわよね、あの兄弟)
無論奏斗とティナのことだ。話に聞けばアテラの北、ゼスの生まれだとか。いくら兄弟とはいえ、髪や眼の色が違うのは無理がある。
(顔は似てるけどね。あっ、ご主人様が女顔なだけか)
苦笑してから、溜め息一つ。
こんなやりとりもしていないな、と寂しさを感じてしまう。
「あ~ぁ、早く帰ってこないかなぁ……」
●
「っくし!」
「お兄ちゃん?風邪ですか?」
「いや、そういうわけじゃ……」
谷を出発して何日か。
目指すイフニ村が視界に入ってきた。
「そういえば、お兄ちゃん。いつから“それ”着けてたんですか?」
ティナの視線の先は奏斗の耳元。そこには碧く輝くサファイア似た宝石が。
彼はピアスを指で弄びながら、
「これか?ウンディーネにもらった。コレに四祖精霊魔法が入ってるらしい。
そういうティナも、何かもらったよね?」
コレですか、とティナは腰に提げていた短剣を指す。
奏斗のピアス同様、碧く輝いている。
「師匠からいただきました。けどコレはなるべく使うな、と」
「なんで?」
「一つの武器に固執することなく、様々な方法で戦うのがウンディーネの考え方です。水のように柔軟性を持てっことですね」
「なるほどなあ~」
そういう点でみれば、ウンディーネの考え方の根底にあるのは“自由”なのだろう。授かった四祖精霊魔法が“水を操る”という、シンプルかつ応用性の高い魔法であることもそれを裏付けている。
(俺より強くなってないか?美学というか、ルールみたいなものを決めてるし)
かくいう奏斗はというと、その手のものは皆無だ。いかなる手段を用いてでも生き残れ、と指導され、体験し、実践してきたからかもしれない。
そうこうしているうちに、いつの間にやらイフニ村へと入っていた。
「あ、着いた」
「到着ですっ!」
間の抜けた声とともに久しぶりに姿を見せた彼らを見て村人の動きがピタリと止まり、
「か、か!帰ってきたあぁぁぁあぁぁあ!!」
歓喜の喜声に村が包まれた。
言うまでもなく、村人全員を巻き込んだ宴が催され、日が昇るまで終わることがなかった。




