第22話 四祖精霊魔法
本という物は、実に罪深い。人間の好奇心を掻き立て、熱中させる。当初の目的をも忘れるほどに。
現在、奏斗も例に漏れずに、照明魔法で照らされた書庫の中でページを繰っていた。
「ふーん……。オルフェリアってこんな感じなのか……」
あの衝撃的な事件から3日。
奏斗は未だに証拠を掴めずにいた。
本棚を漁れば、必ず奏斗の興味をそそる本が出てくる。それを読み、再び漁ればまた面白そうな本が出てくる。
「あー……。進まない…」
呟きながら彼は何冊目になるか分からない本を閉じる。この乱読のおかげで、彼はそれなりに知識を得ることが出来たはずだ。
だが、目的のエロ本は依然として行方知れず。エロ本探しをしながら、教養を身につけていくという奇妙な事態になっている。
「首痛い……」
節々の痛みを覚え、体を伸ばして視線を上に向ける。
すると、
「? あれは……。まさか!」
奏斗の視線の先、棚と天井の僅かな隙間に、申し訳なさしげに本が顔を出していた。
すぐさま梯子をかけ、上っていく。
埃っぽい棚の上。果たしてそこには、
「なんだ?これ。なになに……、『四祖精霊魔法;ウンディーネ』?」
ハードカバーの分厚い本があった。ずいぶん古く、使われているのは紙ではなく羊皮紙だ。
「トリンさんに聞いてみるか」
捜索は、一時中断となった。
●
書庫の階段を上がり、地上へ。
家の中には、人の気配は無く、
「トリンさん!いますかー!?」
試しに呼びかけてみても返事はない。
羊皮紙の本を抱え、外に出る。太陽を眩しく思いながら
通りを歩き、広場にさしかかると、
「お兄ちゃん?何してるんです?」
「ほんとだ。ご主人様、何してるの?」
ティナとシャオンに出くわした。
「ちょっと気になる本を見つけてね。トリンさんに聞きに行くところだよ」
「トリンさんならギルドよ」
「ありがと。ティナたちは今日はどうする?」
「カザ君たちと一緒に野草採集です。リュプスも少し狩るかも…」
ほら、とシャオンが指差す西門を見やると、カザたちのパーティーがたむろしている。こちらに気付いたのかカザが会釈を彼にしてきた。
「気をつけてな」
「行って来まーす!」
ティナとシャオンを見送ると、奏斗はギルドのある東門方向へと歩く。
道中すれ違う村人と挨拶を交わすと、彼はしみじみと感じる。
(なんだか馴染んできたよなあ……)
オルフェリアにも、イフニ村にもだ。
初めはどこかよそよそしい雰囲気があったが、次第に薄れていき、今では一村人として接してくれている。漫然と学校と家とを行き来する、日本での毎日に比べれば、居心地は段違いに良い。
(色々あったけど、来て良かったな)
もう人を殺したく無いものだ、と思っていると、いつの間にやら目の前にギルドが。
「こんにちはー、トリンさんいますか?」
ギルドの中には、もう冒険者はいない。すでに依頼を受け出て行ったのだろう。代わりに村人が椅子に腰掛け、情報交換をしたり、パイプを吸ったりと和やかな空気が流れている。
「おう、カナト。一体どうした?」
村人の輪の中に、トリンはいた。パイプを口にくわえ、ずいぶんと暇そうだ。
「書庫でこんなのを見つけまして」
羊皮紙の本をテーブルに乗せる。それを見た途端、トリンだけでなく周りの村人も表情を変えた。だが、それは嫌悪や驚愕ではなく、どこか懐かしいものを見るような──懐古の念がこもっている。
「懐かしいものを持ってきたな」
「これなんだ?」
「おめぇ、わがらねぇのか?ウンディーネ様のとごろさ行ぐやつだぞ?」
「アレがぁ…。ガキの頃にもあっだな。あん時は──」
「ウンディーネ?」
訛りの強い老人たちが長い長い昔話をする前に、引っかかる言葉が出てきた。
「ああ、お前はオルフェリアの成り立ちが分かるか?」
「ええとですね。とある地から逃れてきた神々が作り出した安寧の地。それこそがオルフェリアですよね」
書庫で覚えた知識をうろ覚えながら引っ張り出す。
(その“とある地”がどこなんだって話だよな)
「その通りだ。創造の際、神々は自らの補助として4つの精霊を創り、力を与えた。
ウンディーネ、シルフ、ノーム、サラマンダーだ」
(え……?)
告げられた言葉に、奏斗は言葉を失ってしまった。
(なんで四元素が……?)
その昔、中二病な友人、宮崎から教えられた知識に当てはまるものがあったのだ。
四元素は、古代ギリシャで考え出された四元論によるものだ。世界のあらゆるものが、4つの元素(火・水・風・土)で構成されているというこの考え方は、ルネサンス期にパラケルススによって精霊(火:サラマンダー 水:ウンディーネ 風:シルフ 土:ノーム)が当てはめられ、様々な分野の基礎となった。
しかし、それはあくまで地球の話。異世界オルフェリアで通じる道理はない。
呆然する奏斗に構わず、トリンは話を続ける。
「魔法の始まりは神から精霊に与えられた力だ。神の力の一部ともいえる。そこから発展していったわけだが……。
原初の魔法、四祖精霊魔法と呼ばれるそれは、まだ遺っている。各地の聖域で息づく精霊とともに、な」
「精霊はまだいるんですか?」
「数は減ったが、いることにはいる。
この本の中には、四祖精霊の一つ、ウンディーネとその魔法、《ラミナ》について書かれているんだ」
「結構貴重では?」
「だろうなあ。宝といっても遜色ない」
「そんな物がなぜこんな所に?」
「あー……、それはだな」
軽く咳払いをしてから、
「イフニ村の西──大体歩いて5日くらいかな、それくらいの所に“ウンディーネの谷”という結構深い谷があってだな……。
名前の通り、ウンディーネがいるんだ」
「へ?」
「そんなわけで昔からその本が伝わっていたんだ。最近なくしてな。見つかって良かった……」
「どえらい事やらかしてません?
しかしまぁ、そんな身近な所に精霊がいるとは……」
「どうする?行ってみるか?条件を満たせば、四祖精霊魔法を伝授できるらしいぞ。
まあ、ここ何十年も行った者がおらず、詳細は分からないが……」
「うーん……」
悩む素振りをしながらも、彼の心は決まっていた。
(良い機会だよなあ…)
魔法を覚えられることもさることながら、世界の創造に関わった精霊ならば、オルフェリアの成り立ちを詳しく知っている可能性は大いにある。
「ティナたちと相談しないと分からないですが、個人的には行きたいですね」
「思うとおりにすれば良い。きっと良い経験ができるはずだ」
(竜を退治したかと思えば、次は精霊訪問か…)
実に忙しい、と彼は思う。のんびりする時間が欲しいものだ。
「話は変わるが」
と、パイプをふかしながらトリンは、
「お前のタバコ、あまり見かけない物だが何処のだ?」
「地元で造ってもらった手製の物です。実際のタバコの葉じゃなくて、薬草や香草が原料なんですよ」
「道理でな。前々から香りが良いと思っていたんだ。一本貰えるか?」
どうぞ、と彼は懐のシガーケースからタバコをトリンに手渡す。
トリンは火をつけ、紫煙をゆるりとくゆらせ、
「これは良いな……。全身に力が漲るようだ」
「気分転換には最適ですよ」
「これを吸ってしまえば……」
「普通のタバコには戻れません。では、俺はこれで」
苦笑しながら3本をトリンに追加で渡し、奏斗はギルドを出た。
●
その夜。
結局証拠は見つからず、釈然としない気持ちが奏斗の心を覆っていた。
だが、そんな事よりも大切な事がある。
3人で食事を終え、夜をそれぞれ思い思いに過ごそうという頃、奏斗は昼の事を口にした。
「なあ、四祖精霊魔法って知ってるか?」
「何それ?」
「わたしも分からないです…」
「なんでも、4つの精霊が神から与えられた、始まりの魔法というものらしい」
羊皮紙の古びた本を彼女らの前に差し出す。
「これは?」
「四祖精霊魔法の一つが記述されている本だ」
へえー、とティナは奏斗の言葉を聞くやいなや、凄まじい速さで本をめくっていく。最後まで見ると再び最初に戻る。
ティナが言うことには、これを何度も繰り返すことで本の内容を完全に暗記できるのだとか。
奏斗には理解できない未知の領域だ。
「何度見てもスゴいわね……」
シャオンも同様らしい。
30回ほどそれを繰り返し、彼女は本を閉じる。
ふいー、と息を吐き、
「文章が詩的で分かりづらいですね、コレ」
「ウンディーネが近くにいるみたいなことが書いてるらしいが……」
「確かに書いてます。ご丁寧に地図までありますよ」
ティナが見せたページには、古ぼけて分かりづらいが地図が載っていた。これによれば、ウンディーネの谷はイフニ村から北西に行ったイフニ山脈の山中にあるらしい。
「……ひょっとして、行くつもりですか?」
「ダメ……、かな?」
「もちろん良いですよ!この辺を歩き回るのは飽きましたし。
でも、もう少し待ってくださいね。カザ君たちとの約束がまだ3日あるので」
「良かった……。準備は俺がやっておくよ」
ちらりとシャオンを見やる。すると、彼女は苦笑して、
「言いたいことはバレバレよ?
心配しなくても、あたしは残るわ。何かあったら大変だもの」
「行かないんですか?」
「竜種の件もあるからな……。村を空けるわけにはいかないんだ」
「あたしの事は気にせずに、兄妹水入らず楽しんできなさいよ!」
こうして、ウンディーネの訪問が決まった。
●
それから3日。
カザとの約束も終わったらしく3人は村の西門にいた。
食糧や水は奏斗の魔袋の中に収まっている。万が一尽きても、日本から持ってきた保存食があるので問題はない。
弾薬も十分だ。
「それじゃ、行ってらっしゃい。なんかあったら念話で連絡するから」
「ま、10日くらいで帰ってこれるだろ」
「行ってきまーす!」
シャオンに見送られ、2人はイフニ村を出発した。
「さっきの、会話だけ聞くと、夫婦みたいですね」
「……? どういう事?」
「だから、お兄ちゃんがお父さんで、お姉ちゃんがお母さんで、わたしがその子供みたいな!」
「実際は、使い魔と妹だけどな」
「もう!夢を持ちましょうよ!」
(夢を持てって言われても………)
確かに現実的な人間だとはよく言われるなあ、と彼は思う。
(俺には仁菜がいるしなあ…)
(この間も気になったけど、“にな”って誰?)
(念話で入ってくるなよ……。なんか台無しじゃないか)
(ご主人様だけには、言われたくないにゃあ……)
(それもそうか)
グダグダな雰囲気そのままに、彼らは進む。
●
いつしか平原は姿を変えて森へと。
青く高い天井は、彼らを覆う緑のドームに様変わりだ。
こうなると、方向を見失いやすい。乱立する木々が人を惑わし、感覚を狂わせるのだ。
それでも奏斗は、黙々と、行き先が示されているように迷い無く歩いていく。
「お兄ちゃん、ここ来たことあるんですか?」
そんな奏斗の様子にティナは疑問を抱いた。
「いや、ないよ。今日が初めてだ」
「なら、もっと慎重に……」
「太陽とか見てれば大体の方角は分かるんだ。迷うことは無い」
「へえー……」
思わず感嘆してしまう。ティナも太陽の知識は無いわけでわない。けれども、それを実用できるかと問われれば、答えは否だ。
(慣れてるんですねえ……)
と思うと、焦りや不安が心を曇らす。竜種の件からずっと、彼女は悩み続けているのだ。
(わたしは、これからもお兄ちゃんの隣にいられるんでしょうか?)
力が欲しい、と改めて彼女は願う。
奏斗の側にいても、足を引っ張らないほどの力が。
自分の力など知れている。せいぜい、魔法が使える村娘止まりだ。
それでも彼女は願う。でなければ、置いて行かれることを、取り残されることを認めるような気がして──
「ティナ?どうした?」
「な、なんでもないです!大丈夫ですよ?」
「なら良いが……。何かあったらすぐ言えよ?」
(言えるわけ無いじゃないですか……)
強くなりたい、力が欲しい、などということは、受け入れてもらえるはずがない。「そんなことは気にするな」と言われて終わりだ。
(どうにかしないと…)
力への渇望と、未来への不安がティナの心に積もっていく。
●
そうして、出発から5日余り。
渓谷にさしかかった奏斗の眼前に、大きな裂け目が姿を見せた。
「これが……?谷というより穴だな。
……、底見えないぞ」
「どうやって降ります?」
「んー……。そうだ、《ヴァイセ》で飛び降りるか!」
少しして、少女の絶叫が谷に木霊した。




