第21話 鱗鎧
「くっ!なんでこんな事に……」
平原を駆けながら奏斗はSCARを乱射する。その銃口の向く相手は獣竜と呼ばれる竜種の一種だ。
2メートル弱の大きなトカゲなような体と鋭いカギ爪と牙は素早く小回りの利く動きを実現。“不可視の狩人”との異名を持つ由来である。
竜種ではあるが、鱗は柔く竜咆の威力は低いため、注意さえすれば白レベルの者でも討伐はできる。しかし、あくまでそれは一対一の話。
獣竜最大の特徴は、群れの規模だ。最低でも50体ほどの群をなして彼らは生活する。
倒すことはできるが、とてつもなく面倒な生き物。
ギルドが毎年発表する“注意すべき生物”にリストアップされるのも当然といえるだろう。
つまるところ、奏斗はピンチ真っ只中だ。
「宴で盛り上がり過ぎたか」
奏斗が見つめるは、昨日倒した竜の死体。アレこそが、ここに獣竜を誘ったのだ。
(確かに竜の肉はうまかった。言葉にできないほどに!
………だがそれは他の生き物にもいえる。獣竜にとっても竜の肉は馳走ってことか。
……あれ?共食いじゃ?)
ひたすら奏斗は走る。森の際まで。
(戦力になるのは……、俺だけ。
酒止めるべきだったかな)
ティナ以下5人の少年少女は昨夜の酒で見事にダウン。ティナにいたっては、まともに歩くことすら辛そうだ。
ようやく 全員が森までたどり着くと、奏斗は騎士を召喚 。
その数28。半分が自らの体を隠せそうなほど大きな盾を、もう半分は5メートル近い槍──パイクを手にしている 。
「盾は俺達を円状に囲え。槍はその隙間に配置せよ!」
ほどなくして、爪が盾の壁とぶつかる。衝突により獣竜の動きから速さが失われ、
「突き出せっ!」
その隙を縫って、盾の隙間から槍が突かれた。
長い穂先は、獣竜の鱗を難なく貫通。甲高い断末魔を轟かせながら盾の周りに死体の山が築かれる。
(こうなれば、迂闊には近寄れないはず……)
鋭い穂先に向かってくる生物などいない。あとは、じりじりと後退すればよい。──しかし。
獣竜は奏斗の思いも寄らぬ行動をとった。
前でも後ろでも横でもなく、上──盾を飛び越えてきたのだ。
(よく見れば、ヴェロキラプトルに似てる。……なんかの本でこの手の恐竜はよく跳ぶと書いてたような)
頭の知識を掘り返している間にも、獣竜は彼へと襲いかかる。
「武装を剣に切り換え。2人一組で殲滅せよ!」
ベレッタを抜き撃ち獣竜の頭を穿ちながら指示を出す。
盾の壁は崩れ、剣の柵に。
大方の獣竜は食い止められるが、やはり数の暴力と言ったところか。何匹かが壁を越えて、奏斗に辿り着こうとする。無論、突破される気などさらさらない。彼の後ろには非力な少年少女たちがいるのだから。
ベレッタを撃ち、近づかれたら斬る。
弾倉が尽きるまで続けると、周囲に動く獣竜はいなくなっていた。
「主。殲滅完了かと思われます」
「はぁ。お疲れさん。続けて悪いが鱗を剥ぎ取ってきてくれ」
(終わったの?)
戦闘が終わり一息つくと、シャオンからの念話が。
一足先にティナらを連れて村へと向かっていたのだ。
(ああ、そっちはどうだ?)
(問題なし、よ。みんな二日酔いだけど)
(帰ったら説教だな)
何言ってやろうか、と言葉を模索していると、
「剥ぎ取り終わりました。しかし……、鱗だけで宜しいのですか?」
「換金できるのがそれだけなんだよ」
指を鳴らし、騎士を魔力に還元する。
(さて、俺も戻るか)
イフニ村へと彼は足を進めた。
●
「お疲れさん。聞いたぞ、大変だったってな」
日が大分西に傾いた頃、奏斗はイフニ村に到着した。
門番から労いの言を貰いながら、
「トリンさんはどちらに?」
「ギルドじゃないか?」
行くはギルドの支部。
通りを歩くと、なんだか村人からの視線が痛い。
「俺どこかおかしいですか?」
顔見知りの雑貨屋の店員に尋ねてみる。
「おかしい、というか服がですねー。なんというか真っ赤というかー」
言われて気づいた。服を見ると、竜や獣竜の血で紅く染められているのだ。身なりを気にしないほどテンションがハイになっていたのか。
(精神衛生上良くないな。……上だけでも脱ぐか)
おもむろに上半身の服を脱ぎ出す。
「えっ、ちょ、なにしだすんですかー!
って、身体凄いですねー……」
しげしげと奏斗の身体を眺める店員。
確かに彼の引き締まった身体は、人の目を集めてしまうのだろう。女顔と相まって。
「そろそろ良いですかね…?」
「あっ、す、すみません。予想外で驚いちゃってー」
「……それはどうも」
変わらず村人からの視線を集めながら彼は行く。
「どうもー」
「遅かったな。とりあえず何で服を脱いでいる?」
ギルドに入った途端、全員から驚嘆や羨望の視線を向けられた。すでに話は広まっているのだろう。
「服が血だらけでしてね」
「そうか。しかし、竜を倒すとは……」
やれやれ、といった様子でトリンは首を振る。
「単独で、など前代未聞だ。運が良かったとしか言いようがないな……。まったく無茶するもんだ」
「心得てますよ。
しかし、なぜあんな場所に竜種が? 本来なら頂上付近にいるはずでしょうに」
「そこだ」
トリンの表情が緊張を帯びる。
「人間が半日で行ける距離に奴らがいた事自体、常軌を逸している。といっても、手の打ちようがないんだがな…」
「相手は竜種ですからね……。下手すれば、犠牲者が出てしまいます」
「一旦王都に伝えることしかできんよ。
イディンの件は謎だらけだ。ひと月経ってもこんな近くにいたとは……」
「王都からの指示を待つだけですか。歯痒いですね」
「仕方ないさ。それで、報酬だが……」
表情が緩くなる。堅い話はこれで終わりらしい。
「達成報酬として金貨1枚。それに竜の素材がどれだけ上乗せされるか、だ」
「金貨ですか…。
こちらが今回の収穫です」
魔袋から肉やら牙やら爪やら鱗やらを出していく。
「ずいぶん多いな…。マーレット!これでいくらだ?」
「えぇと、少し待ってください!」
無造作に積まれた素材の山を、マーレットが手際良く分けていく。そこから肉の量や牙の本数などを計算、記録。最後に金額を清算して、
「まとめて10000モルほどでしょうね」
「い、10000モル!?」
「竜種の素材ならそんなもんだ。なんでも、装飾品に使えるらしい」
「さらに、達成報酬を上乗せして、金貨11枚です」
「あ、ども」
初の金貨を受け取り、奏斗は思う。
(マーレットさん、仕事できるんだな……。一体いくつなんだ?)
「あら、女性の歳は探るものではないですよ?」
「なっ!えっ、探ってませんよ!ハハッ!」
いきなり向けられた殺気に怯んでしまった。
(どうして女というものは、こうも勘がいいのかね?)
ひとまず、これ以上の詮索は危険だ。場合によっては命の危険すらある。
「そういえば、カザが酒を持ち出したそうじゃないか」
「おかげで、いい教訓になりましたよ。なんでわかりました?」
「村一番の強い酒が無くなったからな。嫌でも騒ぐさ」
「あー……」
正直、奏斗に酒の強弱はよく分からない。全部彼にとっては弱いのだ。ましてや、
(飲酒をしたことがない者に、酒が判るはずもない、か。よくよく考えれば当然だ)
未成年者の飲酒、ダメ、絶対。
改めて心に刻んだ彼だった。
「彼らはどこに?」
「それぞれの家に帰したさ。今頃親から説教されてるんじゃないか?」
「ティナは?」
「シャオンと宿に帰っていったぞ」
そうですか、と言葉を作りながら懐からタバコを取り出す。
火をつけて、一服。椅子にもたれ掛かり、
(至福だ……)
頬を緩ませていると、
「ご主人様いるー?おおう、裸じゃない!にゃふう!」
シャオンが興奮気味にギルドに入ってきた。
「発情するなよ……」
「と、年頃の乙女になんて発言を!あんまりにゃ!事実だから否定しないけど!」
「否定しろよ!」
ふぅ、と紫煙を吐き出し、椅子から立ち上がり、
「俺は服買ってから宿に戻るけど、お前はどうする?」
「んー……。もう少しここにいるわ」
そっか、と彼はギルドを後にした。
●
ギルドを出て、向かうは服屋。
店内を覗くと、体格の良い店主が商品を陳列していた。
「おう、カナト!今日はどうした?」
「見ての通り上着を。血で濡れちゃいまして」
「《ネーテ》を使えばいいだろうに」
「水はともかく血はちょっと……。きれいにしても何となく嫌なんです」
「どちらにしろ、儲けるからいいけどな。ほら、上着だ。お代は……」
「お代は後でお願いします。頼みたいものがありまして」
「? なんだ?」
魔袋から竜種の鱗を取り出す。このために少し売らずにとっておいたのだ。
「これで鎧作れます?」
「竜種の鱗じゃねぇか!売らなくていいのか?」
「金よりも頑丈な鎧のほうが欲しいです。出来ますか?」
「任せろ。猟竜会に来た奴らに、この手の物を依頼された事は何度もある。
この量だと……、鱗鎧が良いな」
「鱗鎧?」
「このくらいの鱗だとか金属片を何枚も重ねて作る鎧だ。軽くて柔軟性も高く、なんといっても頑丈だ」
頭の中で完成品を想像してみる。すると、彼の知識に一致するものがあった。
(要はスケイルメイルか!確か斬撃や刺突に効果があるとか。で、その上軽い。うん、良いじゃないか!)
「是非それで」
「しかしだな……」
眉間に皺を寄せて唸り出した。並の客なら逃げ出しかねない表情だ。
(あまり商売向いてないよな……。性格とかじゃなくて外見が。
軍隊にいたほうがよっぽど様になる気がする……)
「下地となる革の鎧が必要だ。品不足でな、素材から集めなきゃならん」
「それなら…」
魔袋を漁り、獣竜の皮を取り出す。
「これでどうです?少し堅いですけど」
「でかした!」
「いけます?」
「獣竜の皮ならなめせばいい。出来上がるまでひと月はかかるが…」
「大丈夫です。全部でいくらですか?」
「2000モルだな」
「金貨2枚で。じゃ、よろしくお願いします」
支払いを済ませ、通りに出る。
歩きながらタバコに火をつけ、彼はふと思う。
(アレだな。金貨使うと……、金持ちみたいな気分になるな)
少し贅沢な気分になりながら彼は宿屋に歩いていった。
●
「ただいまー」
と、静かに奏斗はドアを開ける。
二日酔いのティナを思ってだ。だが、彼のそんな気遣いは無用だったらしい。
「はっ!お、お兄ちゃん!お帰りです」
てっきり寝ていると予想していたのだが、当のティナはベットで本を読んでいる。
「もういいのか?」
「寝たら治りました。心配かけてごめんなさい」
「顔赤いような気もするけど……」
「い、いえ!何でもないですよ?」
気遣う奏斗の疑問に、ティナは急いで手にした本を自分の魔袋にしまおうとする。
(妙だな……。さっきから挙動不審だ。さては……)
「ティナ、何読んでたの?俺にも見せてよ」
有無を言わさずにティナの手から本を奪う。
「あっ、お、お兄ちゃん!」
「大丈夫だって。別にどうこう言わないよ」
(さてさて、どんなの読んでるんだ?題名は……)
本の表示を見やると──。
『背徳司祭、淫乱の夜』
(え?ええぇぇぇぇ!?)
予想の次元を超してきたモノがそこにあった。
試しに中身を覗くと、どうやら教会の女性司祭(なぜか巨乳)が孤児の少年を見境なく“襲う”話らしい。ご丁寧に挿絵まで描かれている。
「訂正するよ。女の子が読むもんじゃありませんっ!」
「は、初めは出来心だったんです……。トリンさんの書庫で見つけて。
でも、お陰で学びました。女性の方がガンガンいくものなんですね!」
「学んじゃダメだから!個人差だから!人によりけりだから!」
「そ、そうなんですか……」
「とりあえず、これは没収な。
えー、じゃない!ウルウルしてもダメ!それに言っとくけど、普通こういう異常な女性は好まれないからね?少なくとも、俺は嫌だ」
「………分かりました」
はぁ、と彼は溜息をついてしまった。頭痛もセットだ。
(なんでこういうのがあるかねー?明日あたりにでも返しに行くか)
それにしても、と奏斗は思う。
(レベル低いよな……。同人誌のほうがまだマシに思えてくる)
いくら文章を読んでも、引き込まれるものがない。肝心の“行為”の場面でさえ、描写不足でイマイチだ。
しかし、オルフェリアでは、これが普通なのだろう。読書家を自称するトリンでさえ持っているのだ。
(ほんとにトリンさんはこの手が好みなのか?だとしたらちょっと見る目変わるぞ……)
書庫を漁り、事実を確認する。
そう心に誓った奏斗であった。




