第15話 カルチャーショック!!
「で、次は何を?」
軽く一戦終えてカウンターに戻った奏斗がマーレットに続きを促す。
「ちょっと待ってください。少しやることができたので」
「?」
マーレットは窓口から出ると、不思議に思う奏斗の横を抜けて床で悶えているイディンの側に駆け寄り、
「イディン?自分が何をしたのか分かっていますね?ギルド関係の建物での戦闘。コレは立派な違法行為です!」
「マーレット…お前こそ………何を言って…いるのか…分かってんのか……?」
「足下で苦しんでいる人に威圧されても哀れだとしか思いませんよ?規則違反であなたの冒険者資格を剥奪します」
冒険者ギルドの数少ない規則の中に、“ギルドの建物内での戦闘行為を禁ずる”というものがある。
もとより血の気が多い連中がそれなりにいる冒険者の間では、小さな理由で大きな私闘に繋がることが多々起こってしまう。
そのため、ギルドがとばっちりを受けないようにこの規則が定められた。
要は、『ケンカしても良いから、巻き込まないでくれ』ということだ。
イディンの先程の行為はがっつりコレに引っかかった。
「なら、あの難民はどうなんだよ!?アイツだってオレを殴ったぞ!」
「それには心配いりませんよ?」
マーレットがニコリと微笑む。
「あなたの相手をしたカナトさんは、まだ冒険者ではありません」
「は?」
「登録の途中でしたので、カナトさんの身分は冒険者ではなくあなたの言うように難民です。となれば、ギルドの規律など関係ないでしょう?」
「な…、そんなバカな話が…」
「通りますよ。
カナトさんはこの村に害しか与えないあなたを処罰できる機会をくれたんです。これくらいのサービスをして当然です。
さぁ、分かったらさっさと村から出て行って下さいよ?もはやここに、あなたの居場所など無いのです!!」
ピシャリと言ってのけたマーレットに、周囲の人々は何も言わない。
沈黙が、賛成の意を示していた。
すると、
「こんちは~、ってお?これは何の騒ぎだ?」
呑気な声と共に、イフニ村最高権力者であるトリンが入ってくる。
青ざめたイディンの顔色がさらに悪くなり色が抜けて白くなった。
「イディンがギルドの規律を違反したので資格を没収しました。冒険者ではない、一般人のカナトさんに剣を向けたので」
「そうか…。や~っとボロだしたなこの悪ガキが。しかも一般人に剣を向けるたぁ村の決まりにも反してる。今日中にお前はこの村を出て行ってもらおう」
「そん…な……」
もはや叫ぶ気力さえ無いのか、かすれた声でイディンはつぶやいた。
(恐ろしいな…、この村は)
彼が思う以上に、冒険者資格の剥奪と村の追放というものは重いものである。今までの功績が全て消され、身一つで放浪しなければならないのだから。
加えて、ここはオルフェリア。村と村との距離は歩いて5日ほどかかるのが常識である。無職の人間がブラブラ歩き回るのとはわけが違う。
(郷に入れば郷に従え、だっけ?最低限の決まりぐらいは知っとかないと)
そんなことを思っていると、マーレットが窓口に戻ってくる。
「すいません。待たせてしまいましたね」
「いえ、大丈夫ですよ。それであと必要なのは?」
「登録自体はこれで終了です。次は軽い説明ですね」
「はぁ…」
「そんなに堅苦しい物ではないですよ。今話すのは常識のようなものです」
「そうですか」
「まず最初にカードについて、です。実物をみた方が早いでしょう。こちらです」
マーレットが奏斗に渡したのは、ポイントカードほどの大きさの透明なカード。片方の面に名前、出身地、ギルドの承諾印があのルーン文字っぽい直線言語で書かれ、上側には小さな穴が一つ空いている。
「これが、冒険者証です。カナトさんたちのは透明ですがランクがあがるにつれて透明、白、青、赤、黒、銀、金となります」
「どうすればランクが上がるんです?」
「一つのランクに7つのレベルがありまして、基本的には依頼をこなしていけば勝手に上がっていきます。
しかし、透明から白に上がるときと、黒から銀に上がるときに王都などの大きな都市でそれぞれ試験を合格しなければなりません」
「なるほど…、この村にいるだけでは透明止まりってことですか?」
「残念ながら、そうなりますね」
奏斗の問いに肩をすくめて答えたマーレットは、ごそごそと百ページほどの本を取り出した。
「詳しいことはこちらに載ってます。
イディンの事は気にしないで下さい。この村の現役冒険者のなかで唯一の青だったんです。
そのせいで色々あったもので…。最近になってからは盗賊めいたことまでしてきて困ってたところなんです。
今回の事は彼の自業自得だと思ってもらえれば」
「彼が言っていた“筆頭冒険者”とは?それと“色付き”って…」
「色付きというのは白から黒のランクの方々のことを指します。ちなみに、銀と金のランクの方々は“箔付き”と呼ばれています。滅多にいないですけどね。
筆頭冒険者のほうはイディンの口癖でしてね。ホントはそんなの無いんですよ」
「ハッタリですか…」
「そういうことです。他に質問はありませんか?」
「そうですね…、魔法ってどこで覚えれますか?」
「魔法ですか…。実のところ、ゼスって少し遅れてるんですよね。カナトさんは魔法についてどのくらい知ってますか?」
「刻印と詠唱の二種類があって…、6つの属性から構成されてる、ぐらいですかね」
「やっぱり遅れてますね。長くなりますがいいですか?」
「ぜひお願いします!」
●
それから時間にして約一時間弱。
奏斗とティナは広場へと続く大通りを東に歩いて、魔法を扱っている雑貨屋に向かっていた。
聞けば、服屋も近くにあるらしい。
「いやー、カルチャーショックってのはまさにこのことだよな…」
奏斗は少なからず衝撃を受けていた。
無理もないだろう。この一時間で彼の魔法の常識というものが打ち砕かれたのだ。
オルフェリアでは、魔法の仕組みがおおまかにではあるが解明されている。
詠唱魔法の習得は、かつては奏斗がしたように魔法水晶を通して行われていた。しかし、魔法の研究が進んだ結果このやり方は非常に効率が悪いことを明らかにしている。
オルフェリアにおける魔法というものは、万物がもつ魔力を何らかの方法で事象を引き起こす一連の過程の中の“何らかの方法”を指している。
詠唱魔法習得の際、魔力を事象に変換できる魔法との契約が発生する。研究によって明らかにされたのは、この契約の相手が肉体である必要は無い、ということだった。
肉体と契約できる魔法の数は当然ながら決まっている。歴史に名を残すほどの魔法使いでも、せいぜい20ほどが限度であった。
では、数を増やすにはどうすれば良いのか?
簡単である。
肉体よりも魔力も導きやすい物資、魔晶石に自分の魔力を流し込み、契約すれば良い。
なぜか?
魔晶石は肉体の何倍もの魔力の伝導率を誇る。それは魔力の通る道が多いということだ。道が多ければそこにくっつく魔法の数も増えていく。
魔晶石が契約できる魔法の限度はおおよそ100前後だと言われている。
これだけでも奏斗が驚くには十分すぎるが、さらに新たな事実が奏斗に伝えられた。
「詠唱しなくても、魔法って使えるんですよ」
「……へ?」
契約できる魔法の数が増えていくと、いちいち詠唱するのが面倒になってくる。
そこで詠唱の簡略化の研究が進められたのだが………
実は詠唱の必要が無かったのだ。
そもそも、なぜ詠唱や刻印をする必要があるのか?
それは、魔法を発動させるためのイメージをより強くさせるためである。
魔法の発動に最も必要なのは魔法の結果をイメージし、効果を信じて疑わない魔法への絶対的な信頼だ。
ならば、信じてさえイメージさえしていれば詠唱などしなくても発動するのではないか?
結果は成功だった。
詠唱しなくても魔法は発動したのだ。しかし、そのためには魔法を疑わない精神力が必要であり、それが少しでも揺らぐと魔法は使えなくなる。
これらの話を聞かされた奏斗はしばらくの間、呆然としてその場を動くことができなかった。
そして、彼の頭に一つの疑問が浮かぶ。
「なんでゼスには伝わってないんですか?」
「それはね…、回廊が侵入禁止地域にされたことでアテラとゼスの交易がほとんど途絶えちゃったからなの」
「…?、山脈の西側も通れるでしょうに」
「あそこはね、ちょっと特殊な地域でね?アテラ、ゼス、それとゼスの西隣のフランペの国境が交わっている場所なのよ。それで統治もちゃんと出来てなくて、いつの間にか治安が悪くなってしまったの。
フランペとガルーシャとは仲が悪いから貿易はされてないし…。昔はここら一帯仲が良かったらしいんだけどね」
「なるほどねぇ…。それで情報が全く入ってこなくなった訳ですか」
「そういうこと。他になんかあります?」
「ん~……。なんかあったっけ?ティナ?」
「一番大事なの忘れてますよ?換金です!お金です!」
「あぁ~そうだった、そうだった!すいません。これ、ここにに来るまでに捕った物なんですけど…」
やけに必死なティナに軽く引きながら、奏斗は魔袋から大量のリュプスの毛皮を取り出す。
「わぁ!なんですかこの量は!どれほどのリュプスを倒したらここまでに……」
「あとこれも」
「これは…?リュプスの爪にしては大きいような?」
「リュプスレーロです!お兄ちゃんはリュプスレーロを倒したんです!」
バンバンッとカウンターを叩いて抗議するティナを見てマーレットは一瞬固まった。それから数瞬後にマーレットはまた何処からか分厚いマニュアル本を取り出し、もの凄い勢いでページ繰っていく。
「リュプスレーロだなんて戦闘狂種ですよ?…っと、あったあった」
目的のページを見つけたのかマーレットの動きが止まった。
「う~ん……。これじゃちょっと証拠が……。魔晶石化した部分でもあれば話は別なんですが」
「もしかしてコレのことですか?」
奏斗は魔袋から慎重に透明度の高いリュプスレーロの牙を取り出した。実はこの牙、尋常じゃない切れ味を持っている。
奏斗自身、何度も指を切り落としそうになったものだ。
「うわぁ…、これどう見てもホンモノですね。でも…」
「でも?」
「面倒な事になりました…。リュプスレーロってまだ1回しか倒されたことが無いんです。しかもその時倒した方がリュプスレーロをバラバラにしたそうで。
つまり…」
「リュプスレーロの素材が今回初めて得られた、と?それ結構貴重ですよね」
「ええ、そうなんですよ。コレを公にすると、カナトさんは一躍有名人に。でもそのおかげで勇者様の功績が霞むんですよね」
(勇者、ね…。ずいぶん胡散臭いヤツがいるもんだ)
「もしかして、勇者の為に秘密にしとけって言ってるんですか!?ヒドいです…、お兄ちゃんは命懸けで闘ったんですよ!」
「違うよ、ティナ。マーレットさんは俺たちのことを思ってこんな事を言ったんだよ」
「どういうことですか…?」
「もし俺たちがコレを公にすれば、俺たちのことをよく思わないヤツらが絶対に出てくる。すると、俺たちはいろんな目に遭うかもしれない。殺されそうになるかもしれないし、何か頼まれるかもしれない。
そういうの、俺は嫌いなんだ。ティナとゆっくり暮らせればそれでいいんだからね」
「お兄ちゃん……」
「仲良い兄妹ですね…。それで、結局どうします?」
「リュプスの毛皮だけ換金してください。それだけでも結構な額になりますよね?」
「 リュプスの毛皮が86枚ですから1720モル…。
そんなでも無いですよ」
「あっ、そうですか…」
「…………」
「……………」
「………………」
「あ、明日からよろしくお願いします」
「は、はい!こちらこそ!」
実に締まらない会話を終えて、気まずい空気を抱えたまま奏斗たちはギルドを出た。
「お兄ちゃん…、次がありますよ、きっと」
ギルドの外でティナが慰めてくれた優しさが奏斗の心に突き刺さり、彼を少しだけ涙目にさせる。
(仕方ないじゃんかよー。金銭感覚判らないだけだろうがよー)
済んでの所で不貞寝するのだけは避けた。
●
奏斗たちが寄ったのは雑貨屋。どうやら魔法は雑貨に含まれるらしい。
店内を覗くと、生活必需品とともに魔晶石が並べられている。
(違和感バリッバリなのは俺だけか?)
改めて価値観の差を実感していると、奥から短髪で髪が赤い少女が出てきた。
「いらっしゃいませー!ひょっとしてカナトさんとティナちゃん?話はトリンさんから聞いてますよ」
「それなら話が早い。魔法を覚えたいんだ」
「となればまずは魔晶石を買う必要がありますね。どれにします?」
「一番安いのでどれくらい?」
「だいたい20モルくらいですね」
「じゃ、それ二つ」
「毎度ありー!装備はどうします?ブレスレットとかネックレスとかありますけど。あ、無料ですから遠慮せずに」
「うーん…、ブレスレットでお願い」
「分かりましたー!次は魔法ですね。どんなのが良いですか?」
「《カナル》と《ストロン》を。それに、《ヴァイセ》ってあるかな?」
「娯楽魔法だなんて変わってますねー!もちろんありますよ」
「その三つをティナに。俺にはこの店で一番威力が強いのを」
「威力が強いとなると、《ノミルシア》ですね。氷の上位魔法です」
「それお願い」
「では合計で160モルになりまーす!加工もあるので明日にはできあがりますね」
「明日のいつ頃?」
「昼にはできてます。その頃に来てもらえれば」
「分かった。どうも!」
「ありがとーございましたー!」
店から出ると、ティナが奏斗に尋ねてきた。
「どうして、一番安いのにしたんですか?節約ですか?」
「俺たちには安いので充分だからだよ。
ティナはたくさん魔法が使えるから、安くても使える魔法はそれなりに多い。それに、最初から多くても混乱するだけだしね」
「わたしはともかくお兄ちゃんは?」
「俺は元から使える魔法が少ないから高いのを買っても意味が無いんだ。魔法を極力使わないように闘いたいしね」
「なるほど~」
続いて三軒となりの服屋へ。
「ごめんくださーい!」
「おう、いらっしゃい!トリンが言ってたカナトとティナだな?」
奥から出てきたのはとても服が売られている店内に似つかない年中タンクトップを着ていそうな筋骨隆々の男性。トリン以上に大柄である。
(これどう見てもプロレスラーだろ!)
「ハッハッハッ、そりゃ誰が見たって驚くよな!けど仕方ねぇんだ。染色の作業には力がいるんでな、自然とこうなっちまった。
んで、どうする?何が欲しい?」
「動きやすくて安いので」
「じゃぁ、これだな!」
大柄な店主が持ってきたのは毛織物のズボンと膝まで丈がある上着だ。さらに、
「冒険者ってなると、やっぱコレだよな!大きさは合うかな?」
薄い鉄板の胸当てを2人にあてがう。
「胸当ての方は明日までに調整だな。他は?」
「男性用の下着と女性用の下着を」
「嬢ちゃんは……、上いるか?」
「まだ早いかと」
「残酷ですよお兄ちゃん!?」
「いやでも…、いらないだろ?貧ってレベルじゃないし。むしろ無だし」
「ぐぬぬぬ…、まだ育ってますから!将来は大きくなるんです!なるに決まってます!」
「あとですねー」
「無視ですかッ!?」
「ソレ、下さい」
ティナの魂の叫びを受け流した奏斗が指さしたのは、日本で言うところのワンピースだ。フリルがあしらわられていて、可愛さを強調している。
「いいけどよ……、お前さんが着るには小さくないか?」
「いやいやいやいや、俺男ですから!ティナが着るんですよティナが」
「え……」
「おいおいおいおい、ティナよ。なぜ意外そうな顔してるんだい?俺がこれを着ないのがそんなに不思議か?」
「いやそんなことはどうでもよくて」
「あれ?どうでもいいの?俺の性別どうでもいいの?」
「わたしに、ですか?」
「あぁ、なんだそっちか。今まで頑張ってきたからな、ご褒美だ、ご褒美。いつまでもボロ衣着させるわけにもいかないしね」
「ありがとうです!お兄ちゃん!」
「仲が良い兄妹だな。お代は420モルだ」
「銀貨が4枚に銅貨が20枚っと。胸当てはいつできますか?」
「明日の昼前にはできてるな」
「昼前、ですね。宿屋ってどこにありますかね?」
「広場から大通りを北に行けばすぐだ」
「分かりました。ありがとうございます」
「ああ!これからもよろしくな!」
●
服屋の店主の通り、宿屋はすぐに見つかった。見つかったのは良いのだが……、
(なんとなくだけど何かしらの試練が待っているような気が……)
どことなく不安になった奏斗だが、ここで立ち止まっても仕方がない。意を決して宿屋の扉を彼は開ける。
「あら!いらっしゃーい!トリンから話は聞いてるわ。それに、イディンを追い出してくれたとか」
「えぇ、まぁ」
宿屋の主人はどこか“お袋”と呼ばれてもおかしくないような家庭的な暖かさを持つ婦人だった。
「今日は歓迎と感謝の意を込めた宴会よ。カナトさんはお酒は飲める?」
「そ、それなりには……」
「なら良かった!みんな!準備はいいかしら?」
「「「オゥ!!!!」」」
『宴会』という名の“試練”が今、始まった────




