第14話 イフニ村
奏斗が見つけたのは村と言うには少し大きく、かといって町とも言い難い規模の“村”だった。
東西に走る大通りの真ん中には広場があり、大通りを中心に建物や道が広がっている。
(特産品とかなんかあるのか?国のはずれのくせには大きいような気もするが…)
ともかく、奏斗がこの村ですべき事は2つ。
一つは“冒険者登録”をする事。何をどうすれば良いかは知らないが、身分証明書の代わりになればそれでいい。
もう一つはまともな服を買うこと。奏斗は度重なる戦闘(特に対リュプスレーロ)で至るところがほつれ、ティナにいたっては身にまとっているのはボロ衣のみ。どこからどう見ても野蛮人全開なファッションはマズいものがあるだろう。
村の入り口近くまで歩くと、
「何者だ!止まれ!!」
当然ながら門番の男性に槍を向けられる。なにせボロボロの衣服をまとった少年少女が近づいてきたのだ。警戒しないほうが不思議だと言えよう。
だが、これくらいは奏斗だって予想している。
「怪しい者ではありません。俺たちはゼスからの避難民です。」
「ゼス…か。確か反乱が起きているとか…?」
門番が食いついた。うまく誤魔化せている証拠だ。
奏斗は真実味が増すように情報を投げ込んでいく。
「それだけではありません。反乱の混乱に乗じて隣国に攻め込まれているんです」
「そんなことになっていたのか…。大変だったな。国境付近で軍が入国管理をしているそうだが?」
「そうなんですか?まったく見かけませんでしたが…」
「まぁ、いい。とりあえず一緒に村長に会いに行くぞ。話はそこからだ」
そう言って門番の男性は奏斗たちを通す。
(ストゥル村の時もそうだったが、基本的にみんな人が良いんだよな…)
村長の家は大通りを真っ直ぐ行き、広場を右に曲がったところにあった。途中、村人たちにジロジロと見られたがこれはある意味しょうがない。
指を指して笑った者には出来うる限りで最高の殺意を贈呈してやった。
「村長!居ますか?」
「なんだサイモン?獣でも出たか…ん?その二人は?」
“村長”はヨボヨボの老人──ではなく、全身が鍛え上げられた男性だった。頬に残る古傷が彼がかつて戦士であったことを裏付けている。
あまりのギャップに面食らってしまった奏斗。ティナといえば、いつの間にか奏斗の後ろに隠れている。
(そりゃ怯えるわな)
「ゼスからの避難民だそうです!処遇を、と思いまして」
「ゼスからだと?国境には検問があるはずだ。どうやってここへ?」
精悍な目が奏斗を向く。
「検問には引っかかってはいません。山脈の東側を通ってきたのですが…」
すると、“村長”の目が信じられないものを見るような目に変わる。サイモンと呼ばれていた門番も驚きの隠せないようだ。
「えっと…、何か?」
「“東側”?!ということは侵入禁止地域シャタール回廊の真っ只中を歩いてきたのか?」
「し、侵入禁止地域?」
「そうだ。知らないか?ゼス、ガルーシャ、アテラの三国が危険すぎるためにシャタール回廊を侵入禁止地域に指定したことを。そのためあそこはどの国の領土になっていないのだ。
………本当に知らないようだな」
「し、正直言って初耳です……」
「よく無事だったものだ。となるとお前たちは実力はあるんだな。なら、冒険者登録をしてみたらどうだ?そうすれば、身分もしっかりと保証されるぞ」
「元からそのつもりです。それに服を買えばすぐにでも出て行きますので」
「とんでもない!シャタール回廊を踏破した強者は是非ともこの村に残ってほしいものだ」
「え?良いのですか?」
「もちろんだとも。村の者にはおれから話をしておく。
おっと、名前をまだ聞いてなかったな。おれは冒険者上がりの村長トリンだ。お前らは?」
「俺はカナトで、こっちが妹のティナです」
「これからよろしく頼むぞ!!」
●
「肩痛ぇ…」
それが村長の家を後にして最初に口にした言葉だった。村長がおそらく歓迎の意を込めて叩いた肩は、骨にひびが入ってるのではと思わせるほど痛んでいる。
「村長はあまり手加減出来ない人だからな…。さて、冒険者ギルドに向かうか」
そんな奏斗の様子にサイモンは苦笑して答える。この答えようではいつでも誰が相手でもあの様子なのだろう。
「うぅ……。お兄ちゃん、わたしあの人苦手かもです…」
ティナはまだ怯えている。トリンの迫力はもうすでに彼女に苦手意識を植え付けたのだ。
「大丈夫だよティナ。トリンさんは良い人だよ?……多分だけど」
「今『多分』て!『多分』て言いましたよね!?」
(むー?フォローミスったか??)
奏斗が地味にへこんでいると、いつの間にか目の前に大きな二階建ての建物があった。周りの住居が平屋が多いためかこの石造りの建物は少しだけ目立っている。
「ここがうちの村の冒険者ギルドの支部だ」
「そういえば、この村の名前って…?」
「“イフニ村”だ。さぁ、入るぞ」
木で造られた扉を開けると、そこは見るからに“酒場”といった感じであった。フロアには両側に丸テーブルとイスが並べられ、その奥にはカウンターが。
イスに座っていたいくつかの人々の視線を感じる。その中には先ほど彼らを指差して笑っていた面子も含まれていた。
カウンターに近付くとギルドの職員の女性が奏斗たちに話しかけてくる。
「サイモンさん、そちらは?」
「ゼスからの避難民だそうだ。これからのためにも冒険者登録をさせろとトリンさんに言われてな」
「トリンさんが?大丈夫ですかね…?」
「問題ない。なんでも、シャタール回廊を抜けてきたらしいからな」
「……えぇっ?!」
「そんなわけで一つ頼むわ」
「分かりました…。その代わりあとで一杯おごってください!」
「なんでおれが?!」
その後少しサイモンとやりとりをしてから、職員の女性は奏斗に向き直る。交渉が成立したのだろう。
「自己紹介がまだでしたね。私はここで受け付けを務めるマーレットです。
では、始めましょうか?まずお名前をお願いします」
「俺はカナト。こっちの娘が妹のティナです」
「カナトさんに…、ティナちゃんと。出身はどうします?ここにする事もできますが…」
「じゃ、それで。」
「出身イフニ村っと…。では次に魔法の適性検査を行います」
「適性検査?」
「ええ。自分にどの魔法が向いてるか、知ることができるの。この水晶に手を置くだけよ」
差し出されたのは、ストゥル村で見た魔法水晶と同じものだった。つい、あの感覚を思い出してしまう。
おそるおそる水晶に手を触れてみると…
水晶は一瞬赤黒く輝くと、靄がかかったように濁った白色に。
それを見た途端、マーレットの顔が驚愕で引きつる。
「これ、どうなんです?」
「ちょっと待って。確かこれは……」
そう言うなり何処からともなく分厚いマニュアル本をマーレットはめくっていく。
「あった…!『召喚』!カナトさんの適性は“召喚魔法”です」
「召喚魔法…ですか?」
(あれ?俺確か『召喚者』としてここに来たんだよな?それで適性が『召喚士』って…。うーんややこしい!)
一人悶々と考え込む奏斗をよそに、次はティナが適性を受ける。
「えっと…、こう、ですか?」
「うん、そうだよー。ってエッ!??」
水晶は今度は虹色に輝きだした。
(おおー。なんかスゴそう)
「ティナちゃんの適性は…、全部ですね!」
「…?お兄ちゃん、それってどうなの?」
「俺もよくわからないけど…、全部の魔法を上手く扱えるってことじゃないかな?」
「だいたい当たってます。それと、魔法を大量に習得できるようになりますよ」
「俺はどうなんです?覚えられる魔法って」
「残念ながら少な目ですね…。“召喚”の魔法が使えるので仕方がないです」
「あっ、そう…」
魔法の覚えられる数が少ないということは、その分戦闘時の手段が無いことを意味している。
(色々考えないとマズいかな…)
と物思いにふけっていた奏斗の背後から、
「ハッハッハッ!良いことを教えてやるよ難民野郎!」
威勢のいい男の声が聞こえてきた。
振り返ると、“あの”指差して笑っていた連中が。年齢層は奏斗と同じくらいだろうか。
(結構強めにやったんだが…)
素直に驚いていると、
「召喚魔法はな、魔力の燃費がアホみたいに悪いんだよ!しかも効果はショボいんだ!
つまりお前は貧乏くじを引いたってわけさ!」
と言うなり腹を抱えて笑い出す。
ティナは顔を真っ赤にして怒り心頭の様子だが、当の奏斗はというと…
(下らないな…)
表情は少しも変わらず、内心で呆れていた。
(自分の優位を示すためにこんなことしてんのか?いい歳してガキ大将かよ…)
相手にするまでもない、と思っていたのだが今回は少し試したいことがあるのだ。
「お兄ちゃん…」
ティナが小声で奏斗に尋ねる。その声は蚊の鳴くように弱々しく、目尻には涙が浮かんでいた。
「ど、どうした?」
「お兄ちゃんがバカにされてるのが悔しくて…。ホントはお兄ちゃんはスゴく強いんだってスゴく優しいんだって言いたいのに。怖くて声が出ないんです…」
「…、優しいなぁティナは。心配いらないよ?ちょっと試したいことがあるしね」
「??」
(ティナ泣いちゃったしなぁ…。このままにしておくのも目覚めが悪いし)
仕方ないからやるのだと言い聞かせながら彼は椅子から立ち上がる。
「ご忠告ありがとう。もしよろしければ名前を教えて頂けませんでしょうか?」
「いいだろう。オレの名はイディン!イフニ村の筆頭冒険者だ!」
「筆頭冒険者…ですか。さぞかしお強いのでしょうね。不躾ですが手合わせ、お願いしたいのですが」
そう、奏斗の目的はオルフェリアの強さの基準を知ること。へりくだれば、カンタンに乗ってくれる人間を果たしてバロメーター替わりにしていいのかどうかは疑問だが…
「仕方ない…、新人の面倒を見るのもオレの役目だしな」
「ありがとうございます!では、早速表へ」
「い~や。その必要はない」
「はい?」
「“ここ”で十分だと言っているんだよ」
決め台詞めいたものを言ったイディンは、突然背中の両手剣を抜いた。
周囲はいきなり剣を抜いたのが意外なのかどよめき、マーレットの顔色が悪くなる。
(あ、ダメだコイツ。ただのバカだ)
内心で絶望しても、奏斗は表情を崩さない。ポーカーフェイスは彼の信条なのだ。
「そう…ですか。では、俺も」
「あァ?なんで鞘付きなんだよ?」
抜刀したイディンに対して、奏斗は片手剣を鞘から抜かずにそのまま構える。
周りからホッと安心したように彼が感じたのは気のせいではないだろう。
「あまり血は見たくないので」
「ハァ…、そういう甘さが命を奪うんだよ」
適当に答えた奏斗に先輩風を吹かせて偉そうに喋るイディン。
(甘さよりもそういう傲慢さが危険だと思うがな…)
「では、いくぞ!」
奏斗の了承も無しにイディンはいきなり斬りかかった。刃先が空気を斬り割いて彼の首へと迫る。
血を見るとでも思ったのか、周囲からどよめきや悲鳴があがり、マーレットはもう吐きそうだ。
だが、その斬撃はお粗末なものだった。
剣の振りは大振りで、イディンの体が剣に振り回されているのだ。ちょうど野球初心者が素振りをしてぐらつくかのように。
(全然ダメじゃないか…)
奏斗はしゃがんでそれを避けると、イディンは剣の重さに負けてよろめいた。
「避けるな!それでも男か!」
「無茶言うなよ…」
がら空きになったイディンの身に、奏斗の鞘付き片手剣がイディンの腹に叩きつけられる。
ドフッと鈍い音がしてイディンはその場に崩れ落ち、両手剣が金属特有の硬い悲鳴をあげて床に落ちた。
両手剣を拾うと、何の変哲もない量産されたものである事が分かる。
試しにブンブン振り回すと、イディンの仲間の顔が青くなっていった。
「絶望的だな…。筋トレした方が良いんじゃ?こんなんじゃバロメーターにすらならない」
呆れを超して同情を感じながら、奏斗は何事もなかったかのようにカウンターに戻る。
「さすがお兄ちゃん!楽勝でしたね!」
「そんなこと言っちゃいけないよ?それにティナにも強くなってもらわなくちゃ」
「え~!わたしがですかぁ~?」
「もちろんだよ。あ、お騒がせしてスミマセン」
頭を下げる奏斗を見て、周囲はポカンと口を開けて今起きた事態に対応できない。マーレットは諦めがついたのか逆に顔色が良くなっていた。
これが奏斗のイフニ村デビュー戦であった。




