第13話 国境横断
ティナの生きてきた12年間は劣悪なものであったと言えるだろう。
産まれたと同時に隔離、迫害され、両親は私刑で殺された。
彼女が閉じ込められたのは、日の光も届かない村長の館の地下室。彼女の肌はよりいっそう白さを増す。
食事は三日に一度しかもらえず、次第に肉は減っていきやせ細っていった。
日に日に痩せ、肌が白くなっていく彼女の姿を見て、村人たちの迫害は激しさを強めた。
無論、そんなティナを不憫に思った心の優しい者はいることにはいたのだ。
大量の本を与えた老婆。
毎日食事をくれた女性。
村人の目を盗んで話し相手になってくれた少年。
全員、村人に殺されていった。
だが、どんな物事にも終わりはあるものである。
彼女の場合、それはある日突然やってきた。
その日は三日に一度の食事が与えられる日だった。大切に大切に食べていたちょうどその時、
怒号 悲鳴 罵声 蛮声
それら全てが一緒くたにされた声が彼女の耳に届いた。暗い地下室にいるはずの彼女に。
悲鳴が激しくなる。
女性の声だった。
しばらくすると、悲鳴は止み、蛮声が激しくなる。
今度は野太い男の声だ。
さらにしばらくすると、何も聞こえなくなった。
それからは、空腹との戦いだった。
いくら待っても食事は出ない。
閉じこめられているために、外にでることもできない。
空腹が限界に達しそうになった時───
「オオッ!生存者発見~。こりゃ頭に報告ダ!」
彼女は皮肉にも山賊に命を助けられる。あの耳障りな声を出す男によって。
男に連れられて外にでた彼女を待っていたのは久方ぶりの日光ではなく、紅く染まった村だった。
そして彼女は奏斗によって解放される。
それが彼女にとって幸せなのかどうかは彼女自身が決めることであるが、少なくとも今は──
「やっぱり最高でしゅゅゅゅ!!!」
森の中を奏斗の背に乗って疾走する彼女の姿は誰が見ても幸せそうであった。
●
リュプスレーロとの死闘から2日──
奏斗とティナは森の中を街道に沿って進んでいた。
何故かは不明だが、日に日に《ヴァイセ》で走れる距離や時間が明らかに延びている。
(昨日は朝から走って昼ぐらいが限界だったけど、今日はまだ走れそうだ…。こういうのを“魔力が増えた”っていうのか?実は体力と同じようなものなのかな)
毎日ランニングを続ければ体力がつくように、毎日魔力をすっからかんになるまで使い続ければ魔力が増える──
そんな風に奏斗は解釈していた。
(ま、ティナが喜んでくれる時間が長くなるから良いんだけど。……可愛いし)
今現在も、ティナは奏斗の背で満面の笑みを浮かべている。
太陽が奏斗の頭上を越えて傾きだした頃、奏斗とティナは国境と“思わしき”所にさしかかった。
というのも、国境の関所がひどく寂れていたのだ。兵士など人の姿は何処にも無く、ツタが建物を侵食している。
(人っ子一人いないのはおかしいよな…。ん?)
突然奏斗の鼻腔を以前にも嗅いだ事のある“死の香り”がくすぐった。
イヤな予感がしながらも一人で関所の裏にまわる。
そこには──
「やっぱり…。こんなのティナに見せれるモノじゃない」
胸を貫かれた人の死体が積み上げられていた。相当前なのか腐敗が進み、臭いがキツい。どうやらリュプスレーロの領域は国境など気にしないようだ。
耐えきれそうになかったので急いでティナの元へと戻った。
「何処行ってたんですか?あとここ、なんか変な臭いがします」
「ああ、ちょっとね。あまりここは長居して良い所じゃないみたいだ。」
「ですね!わたしもこんな所早く離れたいです」
関所の中を通ると、
『ようこそアテラ皇国へ』
と書かれた看板が。
すぐ脇には
『またのお越しを ゼス王国』
との看板も。
両国の関係はよほど良好であったことが知れる。
今更ながら国の名前を知ることができた奏斗。だが、それは彼にある不安を与える。
(“皇国”ね…)
『皇国』や『帝国』といった名称が持つ、マイナスイメージ。それを感じるのは彼だけではないはずだ。小説やらゲームの影響もあるが、現代において『帝国』と名の付いた国はろくな目にあっていない。ドイツ第三帝国しかり、大日本帝国しかり。
(平和なとこなら良いんだけど)
少なくとも彼は政治など小難しいモノに関わるつもりはいっさい無い。ただ平和に暮らせたらそれでいいのだ。
そんな想いを抱えつつ彼は国境を越えた。
国境を越えたといえども、先程とまったく変わらない寂れた街道と、それを包み込む森が広がっているだけなのだが。
●
それから3日───
すでに森は抜け、アップダウンのある丘陵地にさしかかっていた。ふと見上げれば、いやでも山脈が視界に入る。
…頂上付近に竜っぽいなにかが飛んでいるのが気になって仕方ない。
この辺りに入ると、さすがにリュプスレーロの領域を抜けたのだろう。獣たちとちょくちょく遭遇する。
ずっと携帯食料しか口にしてないためか、食べれそうな動物を見るとよだれが大量に分泌される。ティナも例に漏れずに、
「美味しそうですね…。アレ。………ジュルッ」
生き物をみる度によだれが垂れていた。
「少しぐらいなら狩ってもいいよな?」
「良いに決まってますよ!」
ティナが断言したので、早速近くにいた六本足の豚めいたものを狙うことに。
あまり近寄りすぎれば逃げられるので慎重に茂みに隠れたりしながらじりじりと距離を詰める。
(限界か?)
気付かれるギリギリまで近づき、
(豚さんゴメンね!)
跳躍して豚モドキのからだに組み付く。すかさずナイフで首もとをかききった。
頸動脈を切れたのか大量の血が傷口から噴き出す。豚モドキの動きは止まり、事切れたことが見てとれた。
食べるためにはその後の処理も大切だ。腐らないように内臓を取り出し、血抜きをする。皮を剥いで頭を切り離せばすと、精肉に変身完了。
本当は熟成させればいいのだが──
「……ジュルリ」
今すぐにでもかぶりつきたそうに目を輝かせている肉食系女子がいるので、それは出来そうに無い。
火を起こして調理を始める。近くに転がっていた手ごろな棒切れを豚モドキに貫通させる。棒切れには《ネーテ》をかけておいたので、衛生面の問題は無い。
簡易版豚の丸焼き
名を付けるとしたらそんな風になりそうな料理だ。
…ただ焼くだけの作業を料理と言えるかは疑問だが。
(鉄棒で『豚の丸焼き』っやつあったな。ぶら下がるだけの)
そんなことを思い出していると、いい感じに肉が焼けてきた。
切り分けるのが面倒なので、このままワイルドにかぶりつく。
「…どうですか?」
ティナの質問に答えることなく、無言で彼女に肉を差し出す。
ティナも真似をしてそのままかぶりついた。
「美味しいですぅ~!!」
「だよな?焼いただけなのに…、とんでもなく美味いぞコレ!」
脂はまったくしつこくなく、むしろサラサラとしていて舌にガツンとした動物性な旨みを与えてくれる。肉は何処の部位を食べようがそのすべてが柔らかい。
最高で非の打ち所がない丸焼きだ。
多少脂っこいと予想していた奏斗だが、それはいい意味で裏切られた。肉そのものの旨みは、調味料をまったく必要としていない。素材の味がすでに調えられていたのだから。
(コレならいくらでも食べれる!)
豚モドキ丸々一匹は、それなりに大きかったがものの十数分で食べきってしまった。
「美味しかったです~。ポルスって結構素早いって聞いてましたけど、こんなに美味しいものなんですね」
「ポルス?コレの名前かい?」
「そうですよ。六本足のくせに動きが速いんです。それを捕まえるなんて、さすがお兄ちゃんです!」
と、食後の余韻に浸っていたその時──
ガルルルッ!!
犬のようなうなり声が。
周りを見渡すと2メートルはありそうな大きめの狼に囲まれていた。丸焼きの匂いを嗅ぎつけてやってきたのだ。
「お、お兄ちゃん!リュプスです!どうしょう…、囲まれちゃいました…」
「コレがリュプスか。大丈夫だよティナ、これくらいなら簡単に蹴散らせる」
言葉を終えるなり奏斗は肩に下げていたSCARをセミオートに切り替え、引き金を引く。両者の距離は十分SCARの射程圏だ。
バッバッバッ!と銃口が震え、彼の体に衝撃が走る。
スコープを覗きながら慎重に一匹一匹仕留めていくと、突然残ったリュプスたちが突っ込んできた。
急いでフルオートに切り替え、なりふり構わず乱射。
掃射されたリュプスは一匹として奏斗に近付く事はなかった。
「ほら、大丈夫だったろ?」
「良かったです…。でもこれじゃ気軽に焼き肉できないですね」
「たしかにそうだね。これからはもっと考えないと。いちいちああいうのを倒すのは骨が折れるよ」
「とりあえず…、はぎ取りません?リュプスは牙と毛皮が換金できるんです」
改めて数えてみると、奏斗たちを襲ったリュプスは全部で20匹ほど。運悪く、リュプスの群の近くで焼き肉をしてしまったのである。
…どちらの運が悪かったのかは定かではないが。
そして回収できた毛皮は13枚、牙は5個だった。数が少ないのは、5.56NATO弾の威力が強すぎるために損傷が激しかったからだろう。
「手加減出来ないものなんですか?」
「それは…ちょっと」
「案外使えないですね」
「!?」
思わぬ所で辛辣な言葉を浴びせられてしまった奏斗。いくら何でも不意打ち過ぎる。
ツゥーと奏斗の頬を冷や汗が流れ、
(将来毒舌キャラとかにならなきゃいいんだが…)
軽く心配になってきた彼であった。
●
さらに経つこと3日──
奏斗たちは丘陵地帯を越えて、山脈の北側にでた。
途中で大勢のリュプスに襲われたために、数え切れないほどの牙と毛皮が魔袋の中に収まっている。
──水の月シェニの29日──
奏斗たちは広大な山脈の麓に念願の村を見つけた。
それと同時に約二週間の亡命生活は終わりを告げることになる。




