第7章 連れ込み屋
それからというもの、「連れ込み屋」こと僕は、興信所の先輩や職員たちと会うたびに、格好のネタにされることになった。
「あれからあの子とどうなったんや?」
「で、やれたんか?」
「若いんやから根性見せてみい!」
すっかり事務所のいじられキャラである。
由奈ちゃんとは、あれから数回電話をしていた。相変わらず、他愛のない会話を交わしていたが、「一日で落とす」と宣言していた手前、今回落とせなかったのは紛れもない事実だった。
黙っていても、いずれ直樹にバレる。
覚悟を決めた僕は、再び古巣のアパレルショップへと足を運んだ。
店内には、いつものメンバーが揃っていた。
直樹、ねえやん、岡下。そして、その日は店長の辺さんもいた。
僕が一連の「張り込みデート&無線全開事件」を白状すると、店内は爆笑の渦に包まれた。
「『連れ込み屋』って!(爆笑) しかも無線で全部聴かれてたって、アホの極みやろ!」
直樹が腹を抱えて爆笑する。
「あかん……腹痛い……笑いが止まらん……」
岡下も膝を叩いて笑い転げていた。
「あんたってほんまツメが甘いよな。しかもそのままホテルにしけこもうとするなんて、最低やな!」
ねえやんからも容赦ない毒舌が飛んでくる。
そんな大惨事の中、店長の辺さんだけは優しく微笑み、僕たちに大人の意見をくれた。
「まぁ〜君たちは若いから色々あるよ。今のうちに人生を楽しむことやね。大人になったら、そんなアホなこと出来へんようになるんやから」
神のような辺さんの言葉に、僕はジーンとしていた。
……ところが。
直樹が、すかさず台無しにするような大声を張り上げた。
「では皆さま! これより武人の『全裸で店の外周一周』が始まります! 警察に通報されても、知らない人で通しましょう!」
「葉っぱ一枚前につけるのだけは許すわ」
調子に乗る岡下。
「え、マジですんの? 本気?」
ねえやんも呆れ顔だ。
「当たり前やん! 棚卸しの時に約束したもんな! 武人!」
ドヤ顔で迫ってくる直樹。
僕は、あの夜の棚卸しの会話を必死で思い返した。
(待てよ……? まだ僕の負けではないはずだ!)
約束は確か、「3人のうち誰か一人でも落とせたら僕の勝ち」だったはずだ。
由奈ちゃんはダメだった。
だが、まだ勝負は終わっていない!
僕は胸を張って、おちょくり返してやった。
「それは直樹ちゃん、ちがうんだよ〜。あとまだ2人いるのだよ。だから、まだ勝負はついてないのだよ! 分かる? 頭の弱い直樹ちゃん」
「いや! でも失敗は失敗や!」
言い張る直樹。
「じゃあ、今回は下半身だけ裸で……」
そう言いかけた岡下を、僕は容赦なく蹴り上げた。
「お前は黙っとけ!」
不毛な言い争いが続く中、ついに「審判」ねえやんが割って入った。
「二人の言う分は分かった! じゃあこうしよう。武人は『3人のうち誰か』と言ってた。直樹は『最初の一人がダメなら即アウト』と認識してた。ってことやろ?」
二人の主張を整理したねえやんは、不敵な笑みを浮かべて提案した。
「じゃあ、お互い中間を取って、次の子で勝負したら? 明日香か、美咲か」
僕と直樹は一瞬、沈黙した。
(……なんでこの人が取り仕切ってんねん)
心の中で同時に突っ込みつつも、背に腹は代えられない。
「おっし! それで行こう!」
僕が乗ると、直樹も、
「まぁ、お前の裸も見たくないし、そうしよか」
と頷いた。
(いやいや、お前が裸裸言うからややこしくなってんのやろ!)
そう言いたかったが、ここで蒸し返すと面倒なので飲み込んだ。
「じゃ決まりや! 美咲、明日香、どっちすんねん!」
ねえやんの声とともに、全員の視線が僕に集中した。
「あ……と……」
その時だった。
僕の頭の中に、なぜか美咲の後ろ姿がふっと浮かんできたのだ。
そう、あの日、三人で店に遊びに来てくれた時に、ふと見かけたあの後ろ姿が。
考えを巡らせている途中だったが、すでに僕の口からは言葉が漏れていた。
「……美咲」
——こうして、僕のターゲットは美咲へと決まった。
それからというもの、僕は数日間考え続けた。
美咲とは、これまであまり直接連絡を取っていなかった。片手で数えるほどだ。
だが、これは僕の新たなる挑戦だ。
目指すは「高嶺の花」。
今までの経験と、持てるテクニックのすべてを注ぎ込まねばならない。待っているのは、全裸ダッシュという地獄だ。
僕は携帯電話のメモリから「美咲」の名前を探し出し、意を決して発信ボタンを押した。
プルル——。
呼び出し音が二回ほど鳴ったところで、すぐに彼女は電話に出た。
(お! これは良い兆候ちゃうか!?)
「久しぶり〜! 元気?」
美咲の方から、明るい声で切り出してきた。
「元気バリバリやで! 今、電話大丈夫?」
「みーと喋りたいのであれば、どうぞ〜?」
少しからかうような、小悪魔的な口調で返してくる。
「そっちも、俺と喋りたいのであれば時間作るけど?」
「ほ〜ぅ、言うね〜。じゃあ、みーを笑わせて。笑わせたら喋ってあげる」
……なんなんだ、その振りは!?
大喜利か!?
「笑わせるって言っても色々あるやん。長い話も短い話も、一言いじりも……オヤジギャグも聞きようによっちゃおもろいし。あなたのおもろいの概念は何なん?」
僕がそう尋ねると、美咲は即答した。
「じゃあ、オヤジギャグ!」
電話の向こうで、フフッと美咲が笑う気配がした。
「早く!」
急かされる。
これは、僕の人生を大きく変える運命の一歩かもしれない。
ここは最高のキレがありつつ、スベった時には最小限の火傷で済むラインを攻めねば——。
僕は意を決して口を開いた。
「あ、あ……『アルミ缶の上にあるミカン』」
「……『カエルがひっくり返る』」
即座に美咲から返ってきた。
なんなんだ、このオヤジギャグラリーは。
「次! はやく!」
美咲が急かす。
「『内臓がないぞう』!」
「……しょうもな!(笑)」
美咲が吹き出した。
「いや、いきなりオヤジギャグって言うから、予想もしてへんかったわ……」
ひとしきり笑ったあと、美咲が尋ねてきた。
「で? 何の用事なん?……由奈ちゃんの次は、私?」
ドクン。
胸が鳴った。
「私を落とすってことかな?」
攻めてくる美咲。
間違いない。岡下の野郎、絶対に余計なことをチクっている……!
「いや……落とすとかそんなんとちゃうくて……そう! 映画でも行かんかなと思って……」
思いつきで口から出た誘いだったため、今どんな映画が上映されているのかなど、知る由もなかった。
「で、何の映画が見たいの?」
やっぱり来た。
「いや、見たい映画とかじゃなくて……みーは何が見たい?」
「何でもいいけど、映画館行ってから決めたらいいんちゃう?」
美咲は事もなげに言ってくれた。
(お……? これってデート成立ってことか……!?)
心の中でガッツポーズを決めながら、僕らは日時を決め、二人で映画に行く約束を交わしたのだった。




