↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
完結済『あの時のように』  作者: かわなかいっぱん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
62/63

第61章 やり切れない想い

朝から僕は体内時計で目が覚める。前の日に11時に起きると決めて寝たので、10時57分に目が覚めた。

今日は日曜日。カーテンを開けると、まぶしい日差しが差し込んできた。

僕は落ち着かなかった。

時計を見る。部屋を片付ける。コーヒーを淹れる。でも飲めない。

13時まで、まだ何時間もある。

そして、時計の針が13時に近づくにつれて、僕の頭の中で美咲との思い出が一気によみがえる。

その時、インターホンが鳴った。

モニターで確認すると、美咲だった。

久しぶりに見る顔……本当にきれいだった。

美咲が来るとわかっていたのに、いざその瞬間が来ると、体が動かない。

美咲が今そこにいる。

会いたい。ずっと会いたかった。

けれど、会ってしまえば、もう今までどおりではいられないような気がする。

自分にはリノがいる。

結婚すると決めた。リノを幸せにすると決めた。美咲を諦める覚悟だってしたはずだった。

それなのに、昨日15通のメールを読んでから、頭の中から美咲が離れない。

マンションのロビーにいるのは、半年間ずっと会いたかった女性。

でも、今の僕にはリノという婚約者がいる……。

僕はマンションのオートロックの鍵を開けて、美咲を招き入れた。

しばらくして、ドアノブをガシャガシャする物音がした。

(しまった! 玄関の鍵を開けていなかった!)

そう思い、急いで玄関に駆け寄って鍵を開け、ドアを開いた。

その瞬間、美咲のいつもの匂いがあたり一帯を包んだ。

目の前には、美咲が細い目つきで僕を見ていた。

「なんでカギ閉めてんのよ!」

そう言って僕を押しのけ、部屋の中へ入っていった。

美咲は今日もジーンズを穿いていた。最近はジーンズ派になったのか? と思いながらも、僕も美咲のあとを追うように続いた。

美咲はソファには座らず、ラグの上にアヒル座りで座った。肩にかけていたバッグを下ろし、

「喉乾いた!」

と言った。

僕が、

「お茶か、コーラか、コーヒーやったらあるよ」

と言うと、

「炭酸水がいい」

と言い出した。

僕が、

「あの……話聞いてました?」

と言うと、美咲はこっちも向かずに、

「聞いてない」

と答えた。

僕は仕方なく、

「コーラ入れるね」

と言うと、

「太るからいや!」

と言われ、お茶を入れることにした。

テーブルに向かって座る美咲の後ろ姿……。

あれ? パーマ当てたのかな?

長い髪がウェーブがかっている。その後ろ姿が綺麗さを際立たせていた。

僕がお茶をテーブルに置くと、美咲が、

「で?」

と言い出した。

僕は美咲の向かいに胡坐を組んで座った。

「うん……えらいことになってしまった……」

「そやな……」

美咲は続いて、

「なんで生でしたん?」

と直球で聞いてきた。

僕は、

「いや……安全日って言うから……」

と言うと、美咲はあきれ顔で、

「あほなん? そもそも安全日とか安全じゃないとか、その子によってはっきりしてる子もおるし、よくわかってない子もおるし、絶対にできへん日なんかないねんで!」

と言った。

僕は、

「そうなん?」

と間の抜けた返しをした。

美咲は、

「こんなん、リノって子がどんな子か知らんからあまり……言いたくないけど、ダー、ハメられたんちゃうの?」

と言った。

「え?」

僕が聞き返すと、美咲は、

「だから、ダーと結婚するためにわざと妊娠したってこと! むかつくわ〜」

と言った。

(一体誰にムカついているんだろう……?)

そう思いながら、

「そんなことする? 普通?」

と聞くと、美咲は僕を睨み、

「私たちはしたやん!……できんかったけど……」

と悲しそうな顔をした。

たしかに、僕と美咲は結婚するためにその道しかなかったので、その道を選んだ。でも、リノはそんなことをしなくても、ほかに道はあったはずだ。

僕は、

「それは俺と美咲やったからやろ? リノは別に結婚するためにわざわざ妊娠する必要ないやん」

と言った。

すると美咲は、

「……なにがリノやねん……」

と膨れながら、

「それが一番手っ取り早いと思ったからやろ!」

と一喝した。

たしかに……僕とリノの関係って、はっきりと付き合おうなんて言ってなかったし……。

でも、そんな……。

そう思っている時、美咲が、

「で? どうするん? その子と結婚するん?」

と聞いてきた。

僕は、

「しな仕方ないかなって……。流れたとは言っても、妊娠させたのは事実やし、それには責任も伴うし……」

と答えた。

すると美咲は、

「私は? 私はどうなるん? いまで花嫁修業頑張って、ダーとの連絡も軽く見られたくないから電話も一切我慢して、メールしても帰ってこんし……そんなん……裏切りやわ……」

と、最後の方はおろおろと泣いていた。

僕は思い出した……。

そういえば、いつか美咲が慰安旅行でお土産を買ってきてくれた日、

「俺は……ほら……軽い女とは電話したくないし、して来てほしくもないの」

と言った記憶がある……。

あの時はただ、ちょっと写真の男のことでイライラしていたから、軽い気持ちで言っただけやのに……。

こいつ……それをずっと守って電話してこんかったってこと?

言われてみれば……メールにもそんなことが書いてあったような気がする……。

こいつ、マジか……。そんなん守ってたの?電話してきてくれよ~じゃ~また違った子もそらんのに・・・。

僕はてっきり、美咲なりに一線を引いていると思っていた。だから僕も意地になって電話しなかった……。

そこから?そこから僕たちは狂い始めてたのか?

そう思いながらも、

「でも、美咲だって彼氏できたって言ってたやん! どんな奴なん? 俺はそれが気になる!」

と言った。

すると美咲は、泣きながら、

「そんなん嘘に決まってるやん……」

と言った。

僕は……ああ、嘘だったんや……と思った。

どこからが嘘で、どこからが本当なのか……今の状況では聞くことができない。

美咲が泣きながら、

「ダ〜! どうすんのよ! 私どうしたらいいんよ!」

と言い、テーブルにうつぶせになって泣いている……。

こっちも泣きそうだった。

僕だって、こんなつもりじゃなかった……。

そりゃリノのことも好きだったけど、結婚するまで好きかと聞かれれば、それは違う。

今もまだ、美咲のことは前と変わらず愛している。

でも、今となってはもうリノと結婚しなければならない状況になってしまっている。

美咲はテーブルに伏せながら、

「なんで私のこと……裏切ったんよ〜!」

と泣き叫んでいる。

僕は、

「裏切るって……もう別れたやん、俺ら……」

と言った。

すると美咲は顔を上げて、

「本気で言ってんの?」

と泣きながら聞いてきた。

僕は、

「私、一旦別れて、花嫁修業して、男の人のこと知らんから色々経験したいって言ったやろ! それで終わったんやろ!」

と言った。

すると美咲は、

「そんなん……あの時は……なんか距離感じて……『別れよう』ってそう言わな……そういう空気やったから……。ダー、吹っ切れへんかったやろ……。私もあの時はちょっと失敗したけど……あんなん、なんで言ったんやろう……って、ずっと自分責め続けてるねんから!」

と、もう泣き叫んでいる。

そんなこと、今さら言われても……。

なんであの時、僕は美咲のことを追い詰めているって気づかなかったのか……。

悔やんでも悔やみきれない……。

たしかに、二人とも、もう子供ができなくて、どうしたらいいか疲れ切っていて……変な距離感だった。

でも、なんでもっと頑張らなかったのかと自分に腹が立ち、涙があふれ出てきた。

僕は、

「でも俺……まだみーのこと愛してるねん……でも、同時にリノももう俺の中に入ってしまってるねん……」

と言いながら泣いた。

美咲は、

「や~~~やぁ~~!」

と泣き声が一段と激しくなった。

「私は……離れてても……ダーのこと……ずっと昔から……信じてたのに~~!」

静かな部屋の中に、その泣き声が響き渡った。

しばらくの静寂が続く。

あの日、あの時、僕たちの考えはすべてすれ違っていた。

美咲が少し落ち着き、泣いている僕を見ながら、

「ダーが妊娠させて……そのまま無責任に彼女を捨てる人じゃないのはよく知ってる。ダーは優しいから……だから、私もダーじゃないとだめなんよ……。ダーしかおらんの!」

と言い、また感極まって泣き出した。

「私……正直、別れたつもりもなかったし……でも……このままダーといても、ダーが可哀想で仕方がなかった……だから、あんな言い方した。私はお見合いって結婚相手決まってるし……ダーの言う通り時間の問題なのは、私は付き合った時から思ってた。でも……やっぱり……その時が来たらなんとかなるとずっと思ってて……でもならんくて……。実際その時が来たけど……私……諦めきれない……私以外の女の人と一緒になるなんて……想像もしたくない……」

この後、二人でどのくらい泣いただろうか……よく覚えていない。

美咲は最後に、

「結婚式の日が決まったら教えて……日本に居たくないから」

と言った。

見送りはいいと言って、玄関先でそう言い残してドアを閉めた。

玄関のドアが閉まり、静寂が戻った部屋に取り残される。

ドアの向こうへ消えていった美咲の気配とともに、微かに残されたあの甘く懐かしい香水の匂いが、ひんやりとした廊下の空気に溶けていくように鼻腔をかすめた。

こうしてすべてが手遅れになってしまったという切なさが、胸の奥底から冷たい水のようにじわじわと這い上がってくる。

誰もいない暗い玄関のたたきにぽつんと立ち尽くしたまま、僕は身動き一つできず、ただひとりその場に佇んでいた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。