第5章 若さと賭け
あのカラオケの夜を境に、僕たちは6人で頻繁につるむようになった。
なんだかんだ言いながら、全員の相性が抜群に良かったのだろう。
確かに、由奈ちゃん、さくらちゃん、美咲たちと過ごす時間は楽しかった。
しかし、僕と直樹の「女性への探求心」が、それで収まるはずもなかった。
来る日も来る日も、たまに岡下も加わりながら、パークへ出かけた。
それだけにとどまらず、当時、巷で大流行していた出会い系サイトにも手を広げた。
その名は「スタービーチ」、通称「スタビ」。
今の40代、50代の世代なら、誰もが知っているのではないだろうか。
こうして僕らの女の子の輪は、どんどん広がっていった。
こんなことを言うと女性からは批判殺到だろうが、あの頃、何人の女性と関係を持ったのか、もう覚えていない。直樹もまったく同じだった。
だが、僕らが「人生を謳歌していた」ことだけは間違いない。
スマホもなく、ネット環境なんてろくに整っていなかったあの時代。だからこその楽しみ方があり、独特の熱量があった。
そういう時代をガムシャラに生きたからこそ、今の自分があるのだと僕は思う。
——そんなある日のことだ。
その日は、勤務先のアパレルショップの棚卸しの日だった。
店を閉めてからの作業になるため、当然、残業になる。
「今日はパークに行けないのか……」
イライラを抑えながら作業を続けていた。店長は不在だった。
夏の終わり。季節は秋冬物への模様替えの時期だ。
入荷されたばかりのパーカーやトレーナー、ジーンズが大量に積み上がっていた。それらも含め、店内のすべての衣類を1点ずつ手作業で数えなければならない。
以前、店長から「うちの店は商品数約3000種類、在庫総額1億円くらいあるぞ」と聞かされたことがある。
「そんな膨大な数、人の手でやらすなよ……」
心の中で毒づいていた。
その横では、地べたにゴロゴロと寝転がった直樹が、仕事もせずにサボっていた。
「あ〜〜あ、遊びた〜い」
思わず、思い切り蹴り上げてやった。
そんなこんなで棚卸しも終盤に差し掛かった頃、直樹がふと真顔になって話しかけてきた。
「なぁ……この前の3人組。さくらと由奈と美咲、連絡取ってる?」
由奈ちゃんとは連絡を取り合っていたので、
「由奈ちゃんとは取ってるで」
と答えた。
「そうか……」
直樹はそう呟いた。
「お前、誰か狙ってんの?」
僕が聞くと、直樹は素っ気なく首を振った。
「俺は今回は無理。ハードルが高すぎるわ。高嶺の花やね」
「お前レベルにはそうやろな。フン」
僕が鼻で笑って返すと、直樹は僕を睨み返してきた。
「じゃあお前は、誰か狙ってんの?」
「誰でもええわ。全員(笑)」
「このくそったれが! 最低な奴やな、全員って!」
直樹が爆笑しながら突っ込んできた。
だが、次の瞬間、直樹はいきなり真剣な目つきになり、とんでもない提案を口にしたのだ。
「じゃあ、マジで……あの3人のうち誰か一人でも落とせたら、俺、裸になって店出て走ったるわ」
……は?
万が一、僕が落としたとして、お前が裸で店を飛び出したところで誰が喜ぶねん。
誰も得せえへんやんけ。
せめて僕が得する提案をしてこいよ。
そう思いながらも、元がアホなので放っておくことにした。
代わりに、僕は条件を突きつけた。
「裸はどうでもええから、お前は俺の奴隷になれ。俺のシフトの時に俺が休むから、お前が入ってタイムカードを一緒に出退勤押せ」
直樹は、
「ほ〜ぅ。俺の裸を選ばずに、不正をしろと言うのだな君は?」
と返してきた。
なんやそのキャラと喋り方は。
心の中で突っ込みつつ、僕は続けた。
「そうや! 僕が3人のうち1人落としたら、お前は1ヶ月俺の奴隷や! コピーロボットや! パーマンに出てくるアレや!」
すると直樹が、
「じゃあ、落とせんかったらお前が裸で店出ろよ」
と言った。
なんで裸やねん。
裸好きすぎやろ。バカなのか?
呆れ果てながらも、男のプライドが火を噴いた。
「その勝負、受けて立つ!!」
僕は入荷したてのパーカーを勝手に試着しながら言い放った。
すると直樹も触発されたのか、
「俺も誰か挑戦してみよかな・・」
と呟き、入荷したてのジーンズを勝手に履きながら言った。
こうして、入荷直後の売り物で勝手にファッションショーを繰り広げながら、僕と直樹の意地とプライドを賭けた「勝負」が始まったのだ。
……ちなみにその頃、バックヤードでは、事務所の金庫を破ろうと岡下が四苦八苦していた。
もちろん、バカすぎて開くはずもない。
僕らはそれを無視して、勝負の行方に胸を躍らせていた。
僕と直樹の「賭け」が始まってからも、僕らの「精一杯遊ぶ」という基本精神は何ひとつ変わらなかった。
相変わらず、夜な夜な街へ繰り出しては遊び倒していた。
だが、季節が変わり、周囲の環境が変化していく中で、僕自身にも大きな変化が訪れた。
長年勤めていたアパレルショップを辞め、以前から一度やってみたかった「興信所」——つまり探偵事務所で働くことになったのだ。
この仕事は、とにかく興味深かった。
面接の段階からして異質だった。
面接官から開口一番、こんなことを聞かれたのだ。
「ご両親の承諾は得てる? こんな仕事始めたら人間信じられなくなるで? それでもやりたい?」
僕は即座に、
「大丈夫です! やり抜きます!」
と力強く返答し、見事採用となった。
勤務先は、大阪市中央区にある小さな興信所。
社名は出せないが、少数精鋭で、浮気調査はもちろん、身元調査、身辺警護、潜入調査、そしてここでは書けないような裏の仕事まで、多々こなす事務所だった。
中でも一番印象に残っている依頼が、「UFO事件」の依頼だ。
依頼人は、とある団地の4階最上階に住む女性だった。
「夜12時くらいになると、窓の外に突然赤い点滅した物体が現れて怖い。きっとUFOです。怖くて窓も開けられへんから何とかしてほしい」
という内容だった。
まだ見習いだった僕は、先輩の車で現場の張り込みに同行した。
「興信所に相談に来る人間は8割が浮気調査で、あとは精神的にやられてるやつらばっかりや」
先輩は溜息をつきながら車を走らせた。
「今回の依頼もUFOなんか来るわけないんやけど、所長が依頼受けてもうたし、調査せなあかんからしゃあないねん。まぁ絶対しょうもないことやから、最初は楽にしとき」
現場は、ごく普通の4階建ての公共団地だった。
わざと。依頼者の部屋から見える位置の信号のある交差点付近に車を止め、静かに車内で待機する。こうすることでちゃんと調査してますよ~って依頼者に思わすためらしい。
周囲は夜の静けさに包まれ、目につくのは目の前の信号機くらいだった。
先輩と雑談しながら時間が過ぎ、ついに運命の12時を迎えた。
その瞬間、先輩が窓の外を指差した。
「これや! これやな!」
指の先にあるのは……交差点の信号機だった。
そう、夜の12時になると、その交差点の信号は「赤色の点滅信号」に切り替わるのだ。
依頼人の部屋の窓からは、その赤い点滅がちょうど真正面に見えていたというオチだった。
「な! 言ったやろ。頭おかしいやつばっかりやねんて」
後に聞いた話では、その依頼者は育児ノイローゼを抱えたシングルマザーで、精神的にかなり追い詰められていたらしい。
他にも、「隣の部屋に火星人が住んでいるから調べてほしい」という依頼を受け、隣人の住民票をきっちり入手して渡してあげたりと、退屈しない探偵生活を送っていた。
——そんな探偵の日々を送りつつも、直樹とのバカな交流と「賭け」は続いていた。
いよいよ「誰をどう落とすか」という本格的な作戦会議をするため、僕は仕事を早く切り上げ、古巣のアパレルショップへと向かった。
店に入ると、店内には直樹、ねえやん、そして猿……ではなく岡下がいた。
僕が足を踏み入れた瞬間、
「ありがとうございました! またのお越しを!」
と、全員で一斉に締め出された。
毎度毎度の不毛なやり取りだ。
そんな無駄なコントを挟み、ようやく店内に入ると、レジカウンター越しに直樹と向き合った。
ねえやんはバックヤードでサボっているようだった。
「で、どうする?」
「どうしよか……」
横から岡下が「????」と首をかしげて割り込んでこようとしたので、
「あ……お前どっかいって」
と直樹が冷たくあしらった。
いつもの光景なので、誰も気にしない。
「俺、まず由奈ちゃんから攻めようと思う」
「マジか!」
直樹が目を見開いた。
「直樹は?」
「俺は……やっぱあかんわ。全くだれもアポ取れず撃チ〜ン」
おれは、お前密かに先に動いてたんや・・こいつ!
そんなことを考えていると、直樹が急に真顔になった。
直樹は真顔でなぜか僕の手元を見ながら・・
「お前・・・・右手より左手の方がでかいな」
え? ……今そこ!?
今言うこと!? てか、今更?
口には出さず、僕は「由奈ちゃんの話はどう思ってんねん!」
っと直樹の頭をはたいた。
そのとき、岡下が呼んできたのだろう。ねえやんが腕を組んでこちらへ歩いてきた。
あかん……話が進まん……。
僕が頭を抱えた瞬間、ねえやんが不敵な笑みを浮かべて言い放った。
「話は全部聞いとるで!」
ねえやんが不敵な笑みを浮かべながら割って入ってきた。
きっと、ないがしろにされた岡下が応援を呼んできたのだろう。
余計なことを。イラっとした。
「なになに……由奈ちゃん行くの?」
食い気味に聞いてくるねえやんに、僕はちょっと気圧されながら答えた。
「そ、そうしようかな〜なんて……」
するとねえやんは、僕と直樹をギラリと睨みつけ、急に低く重い声を出した。
「女を遊びに使うなよ! ぶっとばすぞ!」
と言い放つと同時に、なぜか横にいた岡下のケツに容赦ない蹴りを叩き込んだ。
……あ、この件には岡下は全く関係ないんですけど・・。
理不尽すぎるもらい事故に、僕と直樹は声を押し殺して爆笑した。
岡下がケツを押さえて悶絶している横で、ねえやんは少し表情を和らげ、ぽつりと付け加えた。
「まぁ、でも……本気で向き合うんやったらええけどな。いけたら、大事にしたれよ!」
ただの遊び半分の賭けだったはずの僕らの背中に、ねえやんのその言葉が妙に重く響いた……のも束の間。
「まぁ、お前らじゃ無理やけどな!」
ねえやんは高らかに笑いながら、颯爽とバックヤードへ戻っていった。
……なんなんほんまあの人。
何しに来たんや……。
結局それ、「無理やけどな!」が言いたいだけやん!
僕と直樹が心の中で同時に突っ込んでいる横で、岡下だけが蹴られたケツを押さえて涙目になっていた。
「よし、俺は由奈ちゃん行くわ! 見とけ、一日で落としたるからな!」
僕は直樹に向かって言い放つと、そこにいた岡下の頬に一発ビンタを食らわせ、ショップを後にした。
——ねえやんを呼んできた恨みだ。
理不尽なもらい事故の連発に、岡下の「なんでやねん!」という悲鳴が夜の店内に響き渡っていた。
だが、僕の頭の中はすでに、これから始まる由奈ちゃんへのアプローチのことでいっぱいだった。
こうして、僕らの青くバカバカしい「勝負」の火蓋が、切って落とされたのだ——。




