第58章 合コンの夜
夜のとばりが下りた心斎橋。
ネオンサインが街を彩り、宗右衛門町や周防町の路地には、客引きの声や店から漏れる笑い声が響いていた。
その一角にある、大衆居酒屋。
「乾杯――っ!」
店の奥の座敷席から、ひときわ大きな声が上がった。
リノたちが企画した、五対五の合コンの真っ最中だった。
男側は、僕、直樹、藤田、大野、そして岡本。
女側はリノと、専門学校の友達四人。
テーブルにはビールのジョッキやレモンサワーのグラスが並び、唐揚げの皿からは香ばしい匂いが立ち上っている。
男女十人が入り乱れ、店内は大騒ぎだった。
「ちょっと直樹くん、それさっきも言ったでやろ! 一発レッドカード!」
「いやいや、俺のボケはシチュエーション的に満点やろ!」
隣では藤田が女の子にグラスを奪われ、「あ~、それ俺の!」と笑いながら突っ込んでいる。
大野や岡本も、向かいの女の子たちと携帯電話の画面を見せ合いながら盛り上がっていた。
そして、僕のすぐ隣にはリノがぴったりと座っていた。
今日のリノは、いつも以上に気合が入っているようだった。
少し露出度の高いオフショルダーのトップス。動くたびに、甘い香水の香りが鼻をくすぐる。
「ねぇ、タケト。ちゃんと私の話、聞いてる?」
リノは上目遣いで僕の袖をつかみ、不満そうに頬を膨らませた。
反対側から、直樹の大声が飛んでくる。
「おい、タケト! ちゃっかり若い子に囲まれて、ええ仕事してるやないか!」
周囲の笑い声やグラスのぶつかる音が途切れることなく響いていた。
仕事の疲れも、美咲を想う胸のモヤモヤも、この騒がしさの中では一時的に薄れていくようだった。
僕は苦笑いを浮かべ、賑やかな宴に身を任せていた。
女の子たちは、みんなノリがよかった。
そのまま二次会のカラオケへ行き、そこでも大騒ぎになった。
隣の部屋のグループと乱闘騒ぎになりかけたが、なんとか僕が制止し、最後はそれぞれ連絡先を交換して解散となった。
男たちは僕の車で来ていた。
酒を飲んでいなかったのは僕だけだったので、全員を送っていくことになった。
車内で藤田が笑い出した。
「あの、喧嘩しそうになったとき、笑ったな!」
「あ~、あれね~」
直樹も同意する。
大野が尋ねた。
「リノのこと?」
「うん」
岡本まで頷いている。
僕には何のことだか、さっぱり分からなかった。
藤田が説明した。
「リノちゃん、『私、見てくる』って何回も言ってたやん。ただ、お前のこと心配してただけやで。絶対にお前のこと好きやわ、あの子!」
直樹も続ける。
「うん。そうにしか見えんかったな~」
大野まで口を挟んだ。
「田島さんがトイレとかで席を立つたびに、一緒に出ていってたもんね」
……そうなん?
藤田はさらに続けた。
「カラオケの時お前と席が離れてたから、なんとか横に行こうとしてたし。お前の横に座ってた女の子、睨んでたやん!」
「ええなぁ~、お前は。かわいい子にばっかり恵まれて……」
岡本が「どういうこと?」と尋ねたため、藤田と直樹は美咲の話まで始めた。
車内では、終始その話題で盛り上がっていた。
今日、初めて会ったような奴らまで、なぜこんなに盛り上がれるんだ?
僕は、みんなの適応力に感心してしまった。
全員を送り届けたころには、夜中の二時になっていた。
賑やかな時間が終わり、マンションへ戻ると、部屋は静まり返っていた。
僕はソファに腰を下ろした。
今日のリノの行動は、やはり気になった。
あれは、本当に僕のことが好きだからなのだろうか。
そんなことを考えていると、電話が鳴った。
ガラケーの画面には「生徒リノ」と表示されていた。
僕は何も考えず、電話に出た。
「もしもし? 今どこ?」
元気なリノの声が聞こえた。
電話の向こうは、まだ騒がしい。どうやら、さっきのメンバーと一緒にいるらしい。
「もう家、着いてるで。リノは? まだ友達と一緒?」
「うん! 今、佐紀の部屋でみんなで飲み直ししてるところ」
後ろから、誰かが冷やかすような声を上げている。
そして、リノが言った。
「たけと~……。明日、日曜でお休みやろ? お家、遊びに行ってもいいかな?」
……え?
いきなり、そんなことを言われるとは思わなかった。
うちに来る?
外で遊ぶんじゃなくて、僕の部屋に?
久しぶりに、僕の頭の中で天使と悪魔が激しい戦いを始めた。
リノの姿が目に焼きついている。
そして、とうとう天使が崩れ落ち、悪魔に踏みつけられた。
「空いてるけど……迎えに行こか?」
僕は、そう言ってしまった。
電話の向こうで、リノが一気に明るい声を上げた。
「いいの!? うん! 待ってる! 何時、何時!?」
後ろでは、友達が何か大騒ぎしている。
「何時でもいいけど、何時がいい?」
「じゃあ、明日は私が料理するから、16時くらいに迎えに来て!」
リノは、とても嬉しそうだった。
料理作ってくれるんや……。
美咲は、僕に料理を作ってくれたことがなかったな。
そんなことを思っていると、リノが尋ねてきた。
「何食べたい? 何がいい?」
「なんでもいいよ! 任せるよ」
「わかった! 楽しみにしといて!」
後ろが騒がしく、最後の方はよく聞こえなかった。
とりあえず電話を切った。
よく考えてみると、この部屋に女の子を入れるのは、美咲以外では初めてだった。
……さくらちゃんは別として。




