↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
完結済『あの時のように』  作者: かわなかいっぱん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
56/63

第55章 真っ青な空

夏真っ盛りの日差しが、容赦なく照りつけていた。

大阪市平野区加美東にある、加美自動車教習所。

広大な教習コースでは、強い日差しを受けたアスファルトから陽炎が立ち上り、景色がゆらゆらと揺れて見える。教習車が規則正しく走り、クランクやS字コースでは、生徒たちが慎重にハンドルを切っていた。その合間を縫うように、二輪教習のバイクがスラロームを駆け抜けていく。

エアコンの効いた車内から一歩外へ出ると、むっとする熱気が身体を包み込んだ。

そんな暑さの中、僕と森田さんは、いつものように自動販売機の前でジャンケンをしていた。

負けた方がジュースをおごる。それが僕たちの恒例行事だった。

「たけ~! わし、今からパー出すからな! パーやで!」

森田さんが、いつものように心理戦を仕掛けてくる。

「じゃあ……僕はチョキを出しますから、絶対に!」

このおっさんが、正直にパーを出すはずがない。

僕がチョキを出すと言えば、森田さんはそれを読んでグーを出すかもしれない。いや、そこまで読んで、さらに裏をかいてくる可能性もある。

長い付き合いで、僕には分かっていた。この人は、そう簡単に宣言どおりの手を出す人ではない。

「最初はグ~、ジャンケンポン!」

森田さんが出したのはチョキ。

僕はグーだった。

「よっしゃ! 僕の勝ち!」

見よ、この元探偵の見事な推理!

森田さんは悔しそうに「あ~、やられたな……」と呟きながら、缶コーヒーを買ってくれた。

二人でコーヒーを飲んでいると、森田さんがコースを走る教習車を指差した。

「たけちゃん! 生徒増えたな~。あの二人は誰や?」

「あれが、うちの新しい従業員です」

「ほ~、従業員まで雇うようになって! たいしたもんやの~」

生徒の募集が増えすぎたため、僕は先週から新たに二人の指導員を雇っていた。大野さんと古市君だ。

これで、毎日地獄のように忙しい日々も、少しは楽になるはずだった。

そのときだった。

「たけと~!」

明るい声とともに、一人の女の子がこちらへ歩いてきた。

リノだった。

タンクトップに短いデニムのショートパンツ。最近はこういう格好をする子も多い。だいぶ見慣れてきたとはいえ、細い脚を見せられると、僕はどこに視線を置けばいいのか分からなくなる。

WJDSドライビングスクールは、生徒も指導員も名前やあだ名で呼び合う、かなりフランクな職場だった。だから、生徒に呼び捨てにされても特に不自然ではない。

リノは、最初に説明のために部屋を訪れたときから、すでにため口だった。

「あたしも飲みた~い!」

そう言われ、僕はオレンジジュースを買ってあげた。

隣にいた森田さんが尋ねる。

「いま、どこまでいったんや?」

リノは不満そうに答えた。

「まだ仮免、一回も受けてな~い!」

そして、僕に視線を向けてくる。

「まだあかんよ! 練習不足!」

僕がきっぱり言うと、森田さんは苦笑いした。

「たけちゃん! こんなかわいい子、手ぇ出したらあかんで!」

そう言い残し、森田さんは去っていった。

確かに、リノはかわいい。スタイルもいい。

昔の僕なら、間違いなく積極的に声をかけていただろう。

でも、今は違う。

この子は僕の生徒だ。指導する立場にある僕が、簡単に手を出していい相手ではない。

「ねぇー、たけとー。次、何時からー?」

リノはベンチに腰掛け、足をばたばたさせながら、教習が終わるのを待っていた。

「あと10分かな」

「横、誰が乗ってくれるの?」

「大野」

「えーーー! たけとのってよ!」

「僕はもう一人の方に乗らなあかんから!」

そう言うと、リノはあからさまに不満そうな顔をした。

しばらくして順番が回ってくると、リノは教習車へ駆けていった。

「見ててよー! 私の運転!」

その言葉どおり、僕は少し離れた場所から様子を見ていた。

すると、リノはいきなりクランクで乗り上げた。

あ~、これはまだ時間がかかりそうやな……。

そう思いながら、僕は併設された事務所へ戻った。

事務所には丸テーブルが七つほどあり、生徒たちが過去問題を解きながら学科の勉強をしていた。この仕事をしているのは僕と森田さんだけではない。他にも同業者が何社かあり、事務所ではそれぞれの生徒が一緒になって勉強している。

僕は生徒に学科を少し教え、再び外へ出た。

ひんやりした事務所から一歩出ると、そこはまた灼熱の世界だった。

雲一つない、真っ青な空。

ふと、美咲のことを思い出した。

あの夜が最後になってから、一か月が経つ。メールは一通も来ていなかった。

美咲は今、この空の下で何をしているのだろう。

考えても答えは出ない。それでも、ふとした瞬間に思い出してしまう自分がいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。