第52章 家宅捜査
あれからというもの、お互いなぜか電話することはなかったが、メールでのやり取りは時々していた。だが、二人ともお互いの恋愛に関しては、なぜだか絶対に触れなかった。
僕も怖かったし、美咲もきっと怖いんだろう……。お互いに自分より大切な人ができるというのはつらい。
数か月が経ち、さくらちゃんも一緒に僕の部屋に遊びに来るということになった。
部屋は散らかってはいなかったが、当日はちゃんと片づけて、来るのを待っていた。今日は美咲の車で来るということだった。
予定時刻ぴったりにインターホンが鳴った。僕はオートロック解除のボタンを押し、二人を招き入れた。玄関のドアを開けて待っていると、マンションの共用廊下を二人が歩いて、こっちに向かってきている。
何か違和感がある……。
ん! 美咲だ! 美咲が初めてジーンズを履いていた! それでこの違和感だったのだ。
さくらちゃんはまたかわいくなったのか、スタイルも良く、これは男はほっとかない女だ。
「ひさしぶり〜! 武人く〜ん!」
とさくらちゃん。かわいい。
続いて美咲が、
「綺麗なマンション! 新築?」
と言いながら、二人とも「お邪魔しま〜す」と言って部屋に入った。
美咲が「結構広いやん!」、さくらちゃんは50インチのテレビを見て「テレビでか!」とびっくりしていた。
「まあ適当に座ってよ!」
と僕がフローリングの上に敷いている大きめのラグマットに手を差した。
美咲はそんなことはかまわず、大きいビーズクッションに飛び込むように座り込み、さくらちゃんはラグマットに座った。
小さなテーブルを3人で囲んだ。
美咲が「差し入れ〜」と言ってコンビニの袋を手渡してきた。半端じゃない量だ。
とりあえずポテチをパーティー開けして、飲み物は1リットルのコーラ、オレンジジュース、リンゴジュースを買ってきていた。グラスを配り、それぞれ飲みたいものを入れて、とりあえず乾杯をした。
さくらちゃんとはあのスノボ以来だ。直樹も呼んであげればよかったと、ちょっと後悔していた。あの時のブーツの話で一気に盛り上がり、3時間くらい経っていた。
さくらちゃんがトイレに立った時、美咲も立ち上がり、
「どう? ジーンズ? 似合う?」
と聞いてきた。
「似合うし、なんか新鮮。初めて見たから……ジーンズ姿。でも、スカートの方が僕は好き!」
と言ってやった。
美咲も、
「やっぱりそうかなぁ〜。ジーンズ、私も履いたことあんまりないからわからんくて……。そういえばダーはなんでスカート好きなん?」
と聞いてきたので、僕は速攻で、
「手を入れやすい! そして脱がしやすい!」
と言った。
すると、「さいって〜」と目を細めて睨んできた。
そして部屋の中を歩き回り、ベッドルームを見つめ、
「ここに女の子連れ込んでるの?」
とベッドに寝転んだ。
「あほ! 誰も連れ込んでないわ!」
と言いながら、ベッドから引きずり出そうと、ベッドに横たわる美咲の肩を担ぎ上げようとした瞬間、さくらちゃんがベッドルームを覗き込んで、
「私、お邪魔かな? 車で待ってようか?」
と言った。
僕は必死に違うとジェスチャーし、美咲はベッドの上に座って笑っている。
そのうち美咲がベッドの匂いを嗅ぎ出した。枕、シーツ、布団と……。
「おいおい! 何してんねん!」
と美咲に言うと、さくらちゃんが座ってお菓子を食べながら、
「みーは武人君に女ができてないか気になってるねんな〜」
とニヤケながら言ってきた。
そう言われながらも、匂いを嗅ぎ続ける美咲。
おまえは警察犬か!
と思いながら、ほっといてテーブルに戻った。
「さくらちゃんは彼氏とはどうなん?」
と聞くと、
「別れては戻って、別れては戻っての繰り返し?(笑)」
と笑いながら答えた。
僕は「別れてまた戻るってどういう感覚なん?」と聞くと、
「ん……なんやろ……あ、やっぱこの人かな……って思う感じ?」
と答えた。
僕はよくわからなかった。僕の中では一回別れて戻るなんて考えられない……。その間に他の男を挟んでいたら、なおさらだ。
ちらっと美咲を見ると、今度はクローゼットの中の匂いを嗅いでいる。
それはそうと、
「さくらちゃんは彼氏と別れて、他の男いってまた戻るって感じ?」
と聞くと、
「そやな〜、つまみ食い? みたいな感じかな?」
とさくらちゃん。
でも女の場合、「食われる方やん」。
さくらちゃんは、
「あ〜男の人から見たらそう見えるか……」
「やられてるつもりはないよ! やってあげてるって感じ!」
と軽く答える。
僕は、
「彼氏の反応はどうなん? 他の男を経て戻ってくるさくらちゃんを見て」
と聞いた。
「あっちも遊んでるからお互い様やから気にしてないと思う」
と、あっさりと答えられた。
そうなんかな……そんなものなの? と思いながら美咲の方を振り向くと、パソコンが置いてある机の引き出しを開けて、一枚の写真を眺めている。
僕が慌てて、
「みー! それは……!」
と言うと、ニヤニヤ顔でこちらを向き、美咲がさくらちゃんに向かって、
「これ私の写真!」
とうれしそうに言った。
そして、
「これ毎日見てるの? ダー?」
と聞いてきた。
僕は、
「見てるかー! 戻しとけ!!」
と怒鳴り上げた。
そんな言葉も気にせず、あたりを散策しまくる美咲。
するとさくらちゃんは小さい声で、
「武人君のこと気になって仕方がないんやで! 彼女できたかどうか!」
と教えてくれた。
なんだか複雑な心境になった。
美咲は一体何がしたいのか。万が一、僕たちがやり直したとしても、僕たちに結婚という未来はない。いつかは別れないといけない。
なのに……。
なんで……。
「でも、武人さんが一番つらいと思う……。好きやのに、みーの家があんなんやから別れなあかんって……」
とさくらちゃんが悲しそうにつぶやいた。
美咲が家宅捜査から戻ってきた。右手には、1枚のポラロイド写真を持っている。
美咲は写真をテーブルの上に置き、
「この子だれ?」
と真顔で聞いてきた。
その写真は、笑顔がとてもかわいい女の子が運転席でハンドルを握り、カメラの方を向いて笑っている写真だ。助手席には僕が笑顔で写っている。
この写真は、森田さんが教習中にこの子のカメラで撮ってくれた写真だ。
女の直感は鋭い……。
確かにこの子は僕に最近急接近してきている……。
僕は、
「なんでもいいやん!」
と言うと、美咲は、
「聞いてるだけやん! 教えてくれてもいいやん!」
「みーだっていっぱい写真見せたし!」
と、ぐいぐい来る。
さくらちゃんはそれを見て笑って、
「この子かわいいなぁ〜」
と余計なことを言う。
僕は、
「この子は教習の生徒! ただそれだけ!」
と言った。
すると美咲は、
「じゃあ、なんでここに『リノ♡たけと』って書いてんの!?」
「普通の生徒がこんなんかかんやん!」
と問い詰めてきた。
僕は、
「知らんがな! 僕はそれ貰っただけやねんから!」
と答えた。
なんなんだ、この生産性のないやり取りは……。
さくらちゃんはそれを見ながら笑っては写真を見て、
「やっぱりかわいいわ……若いっていいよね〜」
と、美咲を挑発するようなことばかり言ってくる。
「この子何歳?」
とさくらちゃんが聞いてきた。
僕は、
「たしか……20か21やったかな?」
と言うと、さくらちゃんも美咲も、
「わか!」
「めっちゃわか!」
と言った。
いやいや……。
僕は、
「免許取りに来てるんやから、大体若いよ! 高校生もおるし!」
と言い返した。
なるほど……という感じで、二人は年齢については納得した。
しかし美咲は、
「この♡はなんなん?」
「ラブってことやないん?」
とさくらちゃんと僕を交互に見た。
さくらちゃんは、
「ラブやな」
と真顔で言った。
くそーー! 余計なことを!!
美咲は、
「彼女できたんや……」
と言った。
僕は、
「だから生徒やって!!」
「もう! なんでこんな弁解必要?」
と声を上げた。
さくらちゃんは、
「今は必要ないかもね〜」
と軽く言う。
美咲は、
「こんな若い子に手出して……変態!」
と言い放った。
それを聞いて、さくらちゃんはめちゃくちゃ笑った。
もう勘弁してくれ……。
そう思いながらも、美咲の取り調べは続く。しかし、もう時間も遅くなってきたので、美咲は不完全燃焼、さくらちゃんは目いっぱい笑って帰っていった。
結局、あの二人は何しに来たのだろう……と思いながら、車を見送った。
初夏へと向かう5月中頃。時計の針は19時を回っていたが、西の空にはまだわずかに夕焼けの名残があり、薄いオレンジ色のグラデーションを残していた。
静かな住宅街の道路を歩く人の影はまばらで、夕食時の各家庭から漂ってくるカレーや煮物の匂いが、窓の隙間からふわりと夜の冷め始めた空気に溶け出していく。
まだ完全に夏ではないこの時期特有の、昼間の熱気がほのかに残る生ぬるい夜風が、マンションのベランダやアスファルトの道を撫でていく。
季節は着実にあの冬の終わりから進み、胸の奥に残るざわめきをよそに、街は静かに夜の帳へと包まれていった。




