第39章 沖縄の夜と水チュー
エレベーターを降りて屋外へ出ると、目の前には想像以上のスケールを誇るリゾートプールが広がっていた。
広さは、なんとテニスコート2つ分ほどもある。その最奥には、本物の荒々しい岩肌を模した巨大な岸壁がそびえ立ち、その頂からは、まるで滝のように大量の水が激しい音を立ててプールへ流れ落ちていた。
豪快な水しぶきが太陽の光を浴びて、キラキラと眩しい虹を描いている。
これほど豪華で巨大な設備にもかかわらず、利用客は驚くほど少なかった。
遠くの浅瀬エリアで、3人ほどの子供たちが「きゃーきゃー!」とはしゃぎながら、楽しそうに水を掛け合っているくらいで、ほぼ貸し切り状態だった。
「うわぁぁぁっ! すごーい! 貸切みたいやん!」
美咲とりなが歓声を上げ、プールサイドの白いデッキチェアへと駆け出していった。
デッキチェアに荷物を置き、4人でプールに飛び込んだ。
最初はビーチボールでラリーをしていたのだが、どうしても美咲のところで止まってしまう。
こいつ……やっぱり運動神経ないな……。
つくづく、そう思わされる時間だった。
ボールは美咲の後ろへ飛んでいき、奥にいる子供たち3人のところまで転がっていった。
美咲がボールを取りに行き、何やら子供たちと話している。
すると、美咲はその3人を連れて戻ってきた。
男の子が2人、女の子が1人。みんな可愛らしい子供たちだった。
美咲が言った。
「この子たちも一緒に遊びたいって!」
まさか……自分が今、一番下手くそだから、さらにレベルの低い小学生らしき子供たちを混ぜて、自分のレベルの低さを目立たなくしようとしているのか?
こいつ……考えたな!
そう思いながら、僕は、
「お〜! 一緒にお兄ちゃんたちと遊ぼ〜!!」
と声をかけた。
りなもけんじも大歓迎だった。
二人は、美咲の企みに気づいていないのだろう……。
そんな中、けんじが「いくで〜」と声をかけ、一番小さい女の子に優しくボールをトスした。
ところが、その女の子は容赦なく、真横にいた美咲の顔面めがけて思いっきりアタック!
ボールが美咲の顔面にぶち当たった!
容赦ない……。
この女の子、容赦ない……。
僕は笑いをこらえながら、美咲に、
「ドンマイ、ドンマイ!」
と声をかけ、ラリーは続いた。
次は、りなからだ。
りなが優しく男の子にボールを高く上げると、その男の子は待ってましたと言わんばかりにジャンプしてアタック!
方向的には、明らかに僕に向かっていた。
しかし、少年がアタックした瞬間、わずかに方向がずれたのか、ボールは違う方向へ飛んでいき……美咲の顔面に直撃した。
僕たち3人は吹き出しそうになったが、なんとか笑いをこらえた。
「次は……少年! 君だ!」
そう言ってボールを渡す。
少年は、
「じゃ〜いくよ〜!」
と言い、美咲の前あたりに、ふんわりとボールをトスしてくれた。
これは……。
この少年、もう見抜いている……!
この中で一番のカモが美咲だということを……!
きっと、少年なりの気遣いで、美咲に優しくしてあげているのだ。
なんといういい子だ……。
そう思っていた、その瞬間だった!
美咲が一歩踏み出し、レシーブしようとしたところへ、横から女の子がスライディングレシーブを決めてきた!
そして、女の子の頭が美咲の顔面に直撃!
美咲は、その場にダウンした。
やってしまった女の子は大慌て。
子供たちもみんな美咲の周りに集まり、
「お姉ちゃん! ごめん! 大丈夫!?」
と心配し始めた。
男の子が女の子を叱りつける。
「お前が飛び込んでくるから、こうなったんだよ!」
僕とりなは笑いが止まらず、その場でうずくまっていた。
けんじは、
「まあまあ……」
と子供たちの仲裁に入っている。
美咲は立ち上がると、
「大丈夫!」
と、子供たちを心配させまいと笑顔で答え、一人ずつ頭を撫でていた。
運なさすぎやろ〜!
僕とりなは大爆笑だった。
そんなところへ、みんなが戻ってきた。
女の子が安心した顔で、
「お姉ちゃん大丈夫だって!」
と、僕とりなに教えてくれた。
なんと……可愛らしい女の子だ。
思わず、こちらも笑顔になった。
僕は子供が好きな方なので、特に距離感を感じることもなかった。
すると、けんじが、
「じゃ〜次は、みーから行こう!」
と言い出した。
美咲にボールを渡した、その瞬間!
美咲は、けんじが出した高いパスの軌道を利用して、僕めがけてアタックを決めてきた!
くっ!
おそらく、さっき僕とりなが大爆笑していたのを見ていたのだろう。
ふん! そうはイカの欽ちゃんの仮装大賞だ!
最初から狙っていたわけではない。本当に、そんなつもりはなかった……。
でも……僕は、ただ顔面めがけて飛んでくる球を、最も早く弾く方法の一つである「ジャブ」を打ち込んだだけだった。
ボールは僕のジャブで跳ね返り、ものすごい速さで一直線に飛んでいき、美咲の顔面に直撃した。
美咲がふらついた。
「も〜〜! なんで私ばっかなんよ!!」
美咲は半笑いで言った。
その瞬間、子供たちもみんな大笑い。
もう、普通にラリーを続けられない状態になってしまった……。
面白すぎて……。
それから、子供たちとみんなでおしゃべりをした。
子供たちは兄妹らしく、東京からお父さんとお母さんと一緒に、家族旅行で来ているとのことだった。
名前は、はるとくん、カイトくん、まなちゃん。
2時間くらいだろうか。
それぞれが子供たちと一緒に、あちこちに散らばって遊んでいた。
けんじの首に飛びついているまなちゃん。
はるとくんとカイトくんと遊ぶりな。
そして美咲は、一人で子供たちに借りた浮き輪に乗り、深いところでプカプカと浮かんでいた。
美咲は泳げないのだ。
プールの壁には「水深3M」と書かれている。
子供が入れないように、安全対策の柵も設置されていた。
僕は美咲に気づかれないように後ろから柵を越え、深く潜水した。
潜るのは昔から得意だった。
そして美咲に近づき、一気に浮き輪をひっくり返した。
「ぎゃ〜!」
美咲は一瞬叫び、そのまま沈んでいった。
これはまずい!
そう思った瞬間、美咲が僕にしがみついてきた。
「な・なにをしてくれてんねん……」
必死にしがみついてくる美咲。
怖かった……。
目がマジだった。
僕は浮き輪を美咲の手が届くところまで渡し、距離を取った。
何をしてくるか分からない!
すると美咲は、左手で浮き輪を持ったまま、右手で「こっちに来い」と無言で手招きしてきた。
僕は恐る恐る近づいていった。
美咲の真正面まで来たとき、美咲は真顔で言った。
「私、練習してん」
「なにが?」
僕が聞くと、美咲は意外なことを言ってきた。
「ダー、息止めてできるだけ潜って! 私も潜るから!」
「え? 潜れるの?」
僕が聞くより先に、美咲は潜り始めた。
プールの底まで潜っている……というか、沈んだのか、よく分からない。
僕も一気に底まで潜った。
プールの底で美咲と目を合わせる。
美咲は、苦しそうには見えなかった。
やがて浮力で体が浮き上がり始めた、そのときだった。
美咲が抱きついてきた。
そして僕たちは、水中で唇を重ねた。
完全に水面へ浮き上がるまで、それは続いた。
水面に顔を出すと、美咲はすぐに浮き輪に両手をかけて言った。
「どう? 水チュー!」
思わず笑ってしまった。
「最高やった!」
僕がそう答え、さらに、
「もう一回したい!」
と言うと、美咲は疲れた顔で、
「あかん……もう体力の限界……」
と、千代の富士みたいなことを言ってきたので、諦めた。
「じゃあ、もう引退する?(上がる)」
「引退する(上がる)」
二人で笑いながら、プールサイドへ上がった。
けんじたちは、子供たちとまるで親子のように遊んでいた。
そこに僕たちも加わり、かなり長い時間、みんなで遊んだ。
気がつけば、もう18時前だった。
夕食の時間もあるので、部屋に戻ることにした。
最後に、まなちゃんが可愛らしい声で聞いてきた。
「お姉ちゃんたちのお部屋に遊びに行っていい?」
あまりにも可愛らしいお誘いだった。
すかさず、けんじが、
「いいよ! おいで!」
と答え、部屋番号を教えた。
そこで子供たちと別れ、僕たちは部屋へ戻った。
旅行初日ということもあり、夕食はホテル内で済ませることにしていた。
急いで部屋に戻って着替えを済ませ、ホテル内の洋食レストランへ向かった。
食事をしながら、みんなで明日の予定を決めた。
その後、部屋に戻った。
時刻は22時を過ぎていた。
旅行初日だというのに、みんな結構疲れた様子だった。
部屋でそれぞれが明日の準備をしていると、けんじが何やら、今日みんなで使ったビーチボールをきれいに拭いていた。
……僕は思った。
こいつ、まさか……。
口火を切ったのは、やはりけんじだった!
僕はすでに準備完了。
けんじもスタンバイできている。
僕たちの空気を読んだのか、美咲が聞いてきた。
「なに? どうしたん?」
僕は、けんじから目を離さずに言った。
「美咲もりなも、ベッドの上に乗れ」
こいつは目を離した瞬間に打ってくる!
そう思ったからだ。
けんじが提案してきた。
「ルールを決めよう!」
りなが、
「ルール? なにすんの?」
と聞くと、けんじは説明を始めた。
「これからボールをパスし合って、落とした人が負け。パスは直球はダメ! 必ずふんわりボールで打って、ふんわり返すこと!」
僕はけんじから目を離さずに聞いた。
「負けたら何すんねん?」
けんじは、
「みんな、100円持ってる?」
と聞いてきた。
それぞれ財布の中身を確認したが、そんなに持っていなかった。
すると、けんじが言った。
「じゃ、待ってて。一人5千円ずつちょうだい! ロビーで両替してくる」
そう言って、みんなから5千円ずつ集め、ロビーへ向かった。
その間に、僕はりなと美咲に、ボール回しの経緯を説明した。
美咲は、
「プール行く前にやってたのって、それなんや!」
と、ようやく謎が解けたように明るくなった。
おそらく、ルールはこういうことだ。
僕が説明を始めた。
「AがBにパスをして、Bが取れへんかったら、BがAに100円払う。例えば、りなが美咲にパスをして、美咲が取れへんかったら、美咲がりなに100円払う。美咲は、そのパスを他の人に回せたらOK。分かる?」
すると二人は、
「ほ〜」
と納得した様子だった。
りなが言った。
「つまり、最後にボールを落とさせた人だけが100円もらえるということね!」
「そう! どれだけパスするやつの姿勢を崩せるパスができるかが決め手!」
美咲は、やる気満々で言った。
「やってやろうじゃないか!!」
それぞれが自分のベッドの上で、イメージトレーニングを始めた。
配置は、僕の正面にけんじ。僕の斜め左前がりなで、僕の横のベッドが美咲だ。
待つ間もなく、けんじが戻ってきた。
手には100円玉の棒を4本抱えている。
アパレル店で働いていたときによく見たやつだ。1本に5000円分、100円玉が50枚入っている。
けんじはルールを説明しながら、みんなに1本ずつ渡した。
ルールは、僕が説明したとおりだった。
けんじが、
「じゃ〜俺から始めます!」
と言いながら、僕の方を見て、美咲にパスを出した!
フェイントだ!
美咲は反応できず、ボールは無情にも美咲のベッドに転がった。
「そんなん、ずるいわ! こっち向いてへんやん!」
美咲が抗議する。
しかし、けんじは冷静に言い放った。
「これが戦略です」
仕方なく、美咲はけんじのベッドに100円を放り投げた。
「じゃ、あたしから行くから!」
美咲がそう言うと、全員に緊張が走った。
美咲の目線は、けんじ。
ところが、ボールはりなの方へ飛んでいった!
ギリギリのところで反応したりなは、僕のところへボールを返してきた。
僕は左手でボールをすくい上げ、さらにりなへ返した。
りなは、まだ体勢を戻せていなかった。
ボールはりなを越え、後ろの壁に当たった。
「くそ〜〜!」
りなが叫び、僕のベッドに100円を投げてきた。
こんな状態が、2時間くらい続いただろうか。
しばらくの間、この部屋ではビーチボールと100円玉が飛び交っていた。
このホテルで、こんな時間にこんなバカなことをしているのは、この部屋くらいしかないだろう。
結局、美咲が全敗して破産。
悔しそうに眠りにつく美咲。
一方、りなとけんじは満足して眠りについた。
僕は、その夜、なぜか眠りにつけなかった。
横のベッドを見ると、美咲はすやすやと眠っている。
僕は、みんなを起こさないように、そっと部屋を出た。
1階へ降りると、ロビーは明るかったが、人影はなかった。
僕はそのロビーを素通りして、外へ出た。
夜になっても、沖縄はやはり暑い。
だが、大阪とは違い、不快な湿気は感じられず、カラッとしていて心地よかった。
頭上には、吸い込まれそうなほどの満天の星空が広がっていた。
僕は一人、夜の海を散歩した。
海に来ると、つい思い出してしまう……ひなたちゃんのこと。
そういえば、昔、砂浜を一緒に歩いたな……。
そんなことを考えていた。
美咲も起こして、連れてくるべきだったか?
そう思いながら、今日の「水チュー」を思い出し、思わず一人で笑ってしまった。
(あれ、練習したってどこでや? お風呂か? 泳げないくせに……)
そう考えると、途端に愛おしさがこみ上げてきた。
美咲と一緒にいればいるほど、日に日に愛おしくなっていく。
本当に、心から愛してしまっているんだと実感する。
もう、他の女じゃダメなんだ……。
5年くらい前の僕なら、絶対に考えられなかったことだった。
20分くらい経った頃、僕は静かに部屋へ戻った。
みんなは、すやすやと眠っている。
僕も音を立てないように、ゆっくりと自分のベッドに入った。
しばらくすると、布団がぐいーっと引っ張られるような感じがした。
美咲が、静かに僕の布団へ入り込んできたのだ。
僕のベッドの布団から、ぬくっと顔を出し、小声で聞いてきた。
「どこ行ってたの……?」
僕は、
「散歩」
と、小声で答えた。
すると美咲は、
「あたしも行きたかった……」
とつぶやき、両腕で思いっきり僕に抱きついてきた。
そして、僕の胸の中にすっぽりと頭を埋め、そのまま安心したように眠ってしまった。
まあ……いいか……。
少し寝づらかったが、そのまま僕も横になった。
美咲が体をくっつけてくれている安心感からだろうか。
自分でも驚くほど、すぐに深い眠りへと落ちていった……。
翌朝、りなの声で目が覚めた。
「美咲、武人君と一緒に寝たんや〜(笑)」
美咲は、まだ僕に抱きついたままだった。
「そう!」
嬉しそうに、りなに返事をしていた。
それを、ぽかんと不思議そうに見ていたけんじに、りなが言った。
「わからんの? 付き合ってるねんから普通やろ?」
「あ〜なるほどね〜」
けんじはそう言って、一人で深く納得していた。
こうして、沖縄旅行の2日目が始まった。
レンタカーのミニバンに乗り込み、助手席のけんじがカロッツェリアのナビを操作しながら、僕たちは沖縄本島を縦横無尽に走り回った。
ある日は、マングローブの生い茂る比謝川へ向かい、4人でシーカヤックに挑戦した。
カヤックは2人乗り。
「絶対にダーと同じやつに乗る!」
と張り切っていた美咲だったが、いざ漕ぎ出すと、パドルの使い方が壊滅的だった。
「ダー! 右! 右いって!! ギャーーッ、木に突っ込むーーっ!!」
パニックになった美咲が、後ろでめちゃくちゃに水面を叩くものだから、僕たちのカヤックは激しく蛇行し、水しぶきがバシャバシャと僕の顔面に直撃する。
前が見えない!
隣でスイスイと優雅に進むけんじとりなのペアから、
「みー! パドル逆! 逆持ってるで!!」
と、大爆笑の声が飛んできた。
見ると、美咲はパドルの上下を逆さまに持ったまま、必死に水をかいていた。
どこを漕いどんねん!
それでも二人でワーワー叫びながら、なんとか木のトンネルを抜けたときの爽快感は最高だった。
またある日は、沖縄の強烈な日差しに参り、
「ちょっと涼もうや」
と、通りがかりに見つけた地元のボウリング場へ飛び込んだ。
エアコンがガンガンに効いた店内で、冷たいシークワーサージュースを飲みながら、「男チーム対女チーム」の真剣勝負が始まった。
ここでも、美咲のマヌケぶりが遺憾なく発揮された。
自信満々にマイボールを選ぶようなポーズをして、
「見ててや〜!」
と投げた1球目。
ボールはきれいな放物線を描いて……隣のレーンへコロコロと転がっていった。
「……え?」
呆然と立ち尽くす美咲。
隣のレーンで投げていた、地元の見知らぬおじさんが、転がってきたボールを見て「???」と首をかしげている。
りなは床に倒れ込んでお腹を抱えて大爆笑。
けんじも膝を叩きながら、
「どんな投げ方したら隣行くねん!!」
と腹を抱えていた。
美咲は顔を真っ赤にして、
「ちゃうねん! 指が離れへんかってん!!」
と必死に言い訳していたが、結局、その後もガターを連発。
スコアは、まさかの「39」という伝説を残した。
もちろん、沖縄の海もドライブも、浴びるほど満喫した。
そして、4人の沖縄旅行は、まだまだ続いていく。




