第3章 カラオケの夜
由奈ちゃんとパークで出会ってから数日後。
直樹がいつもの調子でニヤニヤしながら声をかけてきた。
「武人、この前パークで声かけたあの可愛い二人組(由奈ちゃんたち)呼んで、カラオケコンパやらへん?」
「お、ええな! やろうや!」
さっそく由奈ちゃんに連絡を取ると、快くOKが出た。
「当日は友達もう一人連れて行って3人で行くね」
とのことだった。
となれば、こちらも3人揃えなければ格好がつかない。2対3では、女の子が一人あぶれてしまう。それでは申し訳ない。
そこで僕らは、仲間内でも最狂の助っ人を呼ぶことにした。
同じアパレル店で働く先輩、「岡下」だ。
岡下は僕らより一つ年上だったが、なぜか昔からタメ口で話すノリのいい関係で、僕らに負けず劣らずの大の女好きだった。女にかける情熱と執念は半端じゃない。
そんな岡下のバカさ加減を象徴する、忘れられないエピソードがある。
以前、僕と直樹がパークで3人組の「Sクラス」の女の子をゲットしたときのことだ。
人数が足りなかったので、ダメ元で岡下に電話をかけた。
プルル——と呼び出し音が鳴るか鳴らないか。まるで受話器を握りしめて待っていたかのように、岡下は瞬殺で電話に出た。
「今何してんの? 暇?」
「忙しいねん」
つれない返事だったので、「あ、そう。ならええわ」と電話を切ろうとすると、焦った岡下が食い下がってきた。
「なんかあったん?」
「いや、今パークで女の子3人ゲットしたんやけど、こっち2人やから一人ほしくて。でも忙しいんやったら他あたるわ」
「いや。今家や。……ランクは?」
家におるんかい、と心の中でツッコミつつ、「S!」と答えた瞬間だった。
「すぐ行くから待っとけ!!」
ガチャリと電話が切れた。
直樹に「どうやった?」と聞かれたが、説明するのも面倒だったので「来るってよ」とだけ答えた。直樹は呆れ顔で笑った。
「やっぱあいつもアホやな。岡下の家からパークまで頑張っても40分はかかるで。あいつ来るの待つのもだるいし、とんずらする?」
女の子たちを交えて「ドッキリで逃げたろか」なんて冗談を言いながら待っていたのだが、岡下は僕らの予想をはるかに超えてきた。
電話を切ってから、わずか15分後。
闇を切り裂くように、1台のボロい軽自動車「ミラ」が猛スピードで滑り込んできたのだ。まさに異次元のレコードタイムだった。
ミラは僕らの真横に急停車し、中から岡下が涼しげな顔で降りてきた。
「君たち! お待たせいたしたな!」
そんな、バカだけど憎めない岡下が、今日のカラオケコンパに参戦する。
当日、僕、直樹、岡下のバカ3人組は、期待と興奮を膨らませながら、僕のサーフでカラオケ店へと向かった。
店の駐車場に滑り込むと、入口の前で3人の女の子が楽しそうに立ち話をしているのが目に入った。
由奈ちゃんだ。
3人ともハッとするほど可愛く、スタイルも抜群だった。
車内は一瞬でパニックのような盛り上がりを見せた。
「うおっ! 大当たりやん!」
「由奈ちゃんナイスチョイス! 最高や!」
僕ら3人は車の中で「ヨッシャ!」と拳を握りしめ、テンションはすでに最高潮に達していた。
車を駐車場に停め、落ち着く暇もなく飛び降りると、3人の待つ場所へと歩み寄った。
一人はもちろん、由奈ちゃん。
もう一人は、少し背が高く、モデルのようにスタイルが良くて目がパッチリとした綺麗な女の子、さくらちゃん。
そして、もう一人。
小ぶりな顔に、愛くるしい笑顔。当時はまだ世に出ていなかったが、今で言えばモデルの佐藤ありささんにそっくりな、とびきり可愛い女の子、美咲ちゃんだった。
あまりのレベルの高さに、岡下が開口一番、
「お〜ぅぃ〜@#$&!!」
と、興奮のあまり言語障害を起こし、謎の奇声を発し始めた。
僕は慌てて岡下をなだめ、「落ち着け!」と手で制しながら、いつもの調子で爽やかに声をかけた。
「由奈ちゃん久しぶり! 今日もキャワイイね〜、3人とも!」
僕の軽口に、女の子3人は少し顔を赤らめ、照れくさそうに笑ってくれた。
夜の冷気が残る外で、いつまでも話しているわけにもいかない。僕らはすぐさまカラオケ店の受付カウンターへ向かい、部屋の手続きを済ませた。賑やかな廊下を通り、奥の部屋へと入っていく。
重いドアが閉まり、カラオケ部屋という密室に男女6人が収まった。
ここから、僕の人生を狂わせることになる長い物語が、本格的に幕を開けるのだった。
カラオケの部屋に入ると、席順は自然と決まった。
僕の両隣にはさくらちゃんと由奈ちゃん。その横に直樹と美咲ちゃん。そして、部屋の隅に置かれた一人用の椅子には、なぜか岡下がポツンと座っていた。
大人数でカラオケに行くと、最初に誰が歌うか譲り合って妙な空気になるのは世の常だ。
だが、僕にそんな遠慮は無用だった。
迷わずデンモクを手に取り、口火を切った。
選曲は、accessの『夢を見たいから』。
僕が歌い始めると、それまでの牽制し合うような空気が一気に弾け、みんなが次々と曲を入れ始めた。
人間の心理とは面白いものだ。
前半こそ大人しく歌っていたが、酒が入った後半戦はもうハチャメチャだった。
男が歌っているときなど、誰一人として聞いていない。目の前の女の子とバカ騒ぎするのに夢中だった。
興奮した岡下が服を脱いで裸になろうとし、さくらちゃんに必死で制止される。
直樹は半端ではない音痴を爆発させながら、本人はまったく気づいていない様子で堂々と歌い続ける。
誰かがグラスを倒して酒をぶちまけ、全員の服がびしょびしょになったが、誰もそんなことは気にしなかった。
何度も延長を繰り返し、深夜を過ぎた頃、30歳くらいの店長が頼んでもいないピザを運んできた。
直樹が「頼んでへんぞ!」と店長と揉め始めたのだが、気づけばなぜか、その店長まで僕らのバカ騒ぎに加わっていた。
最終的には7人で大熱唱。大盛り上がりとなった。
気づけば、いつの間にかお互いの敬語は消え去り、全員が「美咲!」「さくら!」「由奈!」と呼び捨てで呼び合うようになっていた。
ふと時計を見ると、すでに午前3時を回っていた。
濡れた服もいつの間にか乾き、酔いも冷めていた。
最終的に誰がお金を払ったのか、今となっては覚えていない。もしかしたら、あのノリの良かった店長がご馳走してくれたのだろうか……。それすら定かではない。
店を出た僕らは、すぐ近くにある小さな古びた児童公園へと向かった。
その公園は、美咲の自宅の近くだったらしい。
公園にはベンチ、ブランコ、砂場、子供がまたがってびろっびろんなる乗り物、そして滑り台があった。
コンビニで買った缶ジュースを片手に、夏の終わりの涼しい夜風を浴びながら、なんとなく集まって喋った。
びろんびろんしたり、滑り台で遊んだり。一通り遊んで落ち着くと、僕とさくらちゃん、直樹、そして岡下は、公園のベンチに腰を下ろしていた。
「今日はほんま荒れたな〜」
僕らがそんな話をしている目の前で、右のブランコには美咲、左のブランコには由奈ちゃんが座り、ゆらゆらと気持ちよさそうに揺れていた。
岡下は、由奈ちゃんのブランコを一生懸命押させられていた。
ふと思ったのだが、この頃から、なぜか美咲だけは「ちゃん」付けで呼ばれなくなり、ただの「美咲」に成り下がっていた。
親しみやすく、弄りやすい愛されキャラだったからだろう。美咲本人も、呼び捨てにされることをまったく気にしていなかった。あだ名は「みー」になった。本人も自分で自分の事を「みーはぁ~」などいう事もあった。
そんなときだった。
ゆらゆらとブランコを漕いでいた美咲が、ブランコの上に立ち上がった。
そして、夜の静けさを切り裂くような大声で、突然叫んだのだ。
「あ〜〜〜!!みーチューしたい!!!!」
あまりにも唐突な叫び声に、一瞬で公園の時が止まった。
由奈ちゃんが「みー!? 大丈夫!?」となだめている脇で、一瞬にして目を輝かせた岡下が、「チャンス!」とばかりにみーへチューを迫ろうと顔を近づけた。
次の瞬間——
パシィン!!
乾いた音が、夜の公園に響き渡った。
「いってー!!」
由奈ちゃんから容赦のないビンタを食らい、頬を押さえる岡下。
「チューしたい言ったやん! 美咲チューしたいって言ったやんか!」
「だからってアンタがしようとするな!」
二発目のビンタが飛び、悶絶する岡下を見て、僕らは腹がよじれるほど大爆笑した。
夏の終わりの、どこまでも楽しく、愛おしいひととき。
青くて、バカで、無謀だった僕らの青春の1ページ。
もし今、あのときに戻れるとしたら。
僕はきっと、あんな間違いを起こさなかっただろう。
あんな、取り返しのつかない軽率なミスなんて、絶対に犯さなかったはずだ——。




