第2章 明日を知らずに
そもそも、なぜ僕がこれほどまでに毎晩ナンパに明け暮れ、無茶な生き方をしていたのか。
それには、明確な理由があった。
18歳のとき、僕は新車でトヨタのハイラックスサーフを買った。
父からは、
「お前なんか軽自動車で十分や!」
「新車なんてもったいない!」
「絶対に事故る!」
と悪態をつかれながらも、
「自分の金で買うねんからええやろ!」
と言い返し、勝手に購入を進めていった。
ある冬の日、職場の店長たちを含めた9人で車2台に分かれ、スノーボードに出かけたときのことだ。
その帰り道、近畿自動車道をかなりのスピードで飛ばしていた僕のサーフは、ハンドルを取られ、凄まじい横転事故を起こした。
後から聞いた話では、僕のサーフは空中でくるくると回転し、そのまま高速道路の防音壁を越えて、下へ叩き落とされそうになったらしい。
それを寸前のところで食い止めたのが、道路脇に設置されていた一台の非常電話だった。
車は非常電話に激突して跳ね返り、なんとか高速道路上にとどまった。
愛車は木っ端微塵。完全な廃車だった。
屋根は、普通のセダンと同じくらいの高さまで潰れていた。
だが、奇跡的に僕を含め、乗っていた4人は全員、擦り傷ひとつなく無傷だった。
もし、あの場所に非常電話がなかったら、全員間違いなく下へ落ちて死んでいた。
ちなみに、僕は当時、年間60万円という破格の自動車保険に入っていた。そのおかげで、保険金によって新型のサーフがタダで納車された。
後日、保険会社から、
「道路の修復代や事故処理代を含め、総額の損害賠償額は7000万円でしたよ」
と爽やかに告げられたときは、さすがに冷や汗が出た。
若者諸君、保険だけは一番いいやつに入っておくべきだ。
この臨死体験が、僕の人生観を180度変えた。
「人間、明日死ぬかもしれない。やったら今、思いっきり遊ばんと損や!」
そんな考えに拍車をかけたのが、当時付き合っていた7歳年上のミキだった。
綺麗な女性との失恋だった。
1年ほど付き合った頃、彼女から突然、「元カレと復縁する」と告げられたのだ。
当時の僕には意味がわからなかった。
なぜ今さら元カレなのか。
後に知ったことだが、ミキは昔、その元カレとの間に子どもを授かり、降ろした(中絶した)経験があったらしい。
命を宿し、そして失ったという記憶。
目に見えない奇妙な「縁」というものは、一度できてしまうと、そう簡単には切れないものなのだ。
だが、当時の青くて子供だった僕に、そんな大人の事情や「命の縁」の重さなど、理解できるはずもなかった。
ただ「裏切られた」という事実だけに怒り狂った僕は、元カレが働いている岸和田のボーリング場まで金属バットを持って行き、ボーリング場内を追いかけ回した。
結局、逃げられたが。
このときのミキの選択と、切っても切れない「縁」の本当の意味。
それを僕が身をもって知ることになるのは、ずっと先の未来のことだ。
このときは、まだ……。
死にかけた経験と、ひどい失恋。
ネジが数本吹き飛んだ僕は、完全にタガが外れた遊び人へと変貌していった。
そんな僕の前に現れたのが、運命の相棒、「直樹」だった。
直樹は、もともと千葉の出身だった。
父親が凄まじい酒乱で、酔うと日常的に殴られ、最後には包丁で刺されたという壮絶な環境で育った奴だ。
高校の卒業式が終わったその日に千葉を飛び出し、大阪の親戚の家に身を寄せていた。
その親戚のお姉さんが、僕と同じアパレル店で働いていた。そして、バイトとして連れてきたのが直樹だった。
僕と直樹は、会ったその瞬間に意気投合した。
破天荒な僕と、過酷な環境で育ったせいか、どこかぶっ飛んでいる直樹。
波長が合わないはずがなかった。
「なぁ武人、覆面パトカーってやっぱり覆面被った奴が運転してんのかな?」
本気でそんなことを言ってくるアホな直樹と、僕はどこへ行くにも一緒だった。
仕事が終われば、
「どっかにいい子おらんかな~」
とサーフを走らせ、道を歩いている女の子を見つければ、すぐさま車を止めて声をかけた。
冬になれば、毎年二人でスノーボードへ行く。ゲレンデでのナンパも当たり前だった。
あるときは、ゲレンデで知り合った静岡の女子高生グループに会うため、直樹の愛車に乗り込んだ。
エアロパーツを装着し、地面すれすれまで車高を落としたインスパイアだった。
僕らはそれに乗り込み、大阪から静岡まで爆走した。
彼女たちが通う女子高の校門前に、地面すれすれのインスパイアを横付けし、エンジンをふかしながら待っていたのだが……。
見事にすっぽかされた。
「このまま手ぶらで大阪戻れるか!」
不発に終わった僕らは、そのまま横浜まで走り、現地でナンパを敢行した。
見事に成功させ、深夜の湘南の海で地元の女の子たちとバカ騒ぎ。
帰り道は高速道路を時速200キロで爆走し、鬱憤を発散させた。
そんな僕らの「集大成」ともいえるのが、一冊の大学ノートだった。
通称、「100人ノート」。
僕らがナンパして連絡先を手に入れた、100人以上の女の子の情報がぎっしりと書き込まれていた。
日付、車のナンバー、車種、メールアドレス、携帯電話番号、女の子ランク。
ランクは、S、A、B、C、D、そしてレッドカード。
「S」は、顔もスタイルも最高レベルの極上品。
そして「レッドカード(入場禁止)」は、「性格が悪すぎる」「二度と関わるな」という警告だ。
パークでその車のナンバーを見かけたら、絶対に声をかけないためのブラックリストだった。
今思うと、女性から見れば、最低な二人組だった。
僕と直樹は、毎晩のようにこのノートを広げ、
「次はどこ攻める?」
「誰に電話する?」
と、バカな作戦会議を繰り返していた。
女なんて遊び。
人生なんて楽しんだもん勝ち。
明日死ぬかもしれないんだから、今が楽しければそれでいい。
そんな青くてバカで無敵だったあの日、あの時。
岸和田のナンパスポット「パーク」で、僕らは由奈ちゃんと出会ってしまったのだった。




