第1章 パークの夜
僕は田島武人。これは、僕が21歳くらいの頃の話だ。
あの頃の僕は、自分に訪れる未来のことなど何ひとつ知らず、ただ夜の熱気に身をまかせて生きていた。
当時の僕は、今でいうユニクロのようなアパレルショップで働いていた。職場には「直樹」という同い年の奴がいて、仕事が終われば毎晩のように顔を合わせていた。僕らはどこへ行くにも一緒だった。そして何より、ナンパ仲間だった。
あの頃の僕らの聖地は、大阪府岸和田市にある、通称「パーク」と呼ばれる場所だった。
昼間は、だだっ広く無機質な工場地帯。ところが夜になると、その雰囲気は一変する。独特の熱気に包まれたナンパスポットへと姿を変えるのだ。
システムは至ってシンプルだった。
ナンパされる側の女の子たちは、車を路肩に止めて男たちを待つ。ナンパする側の男たちは、その車の横に自分の車をピタリと並べ、窓を開けて声をかける。人気のある女の子の車の後ろには、横付けの順番を待つ男たちの車が、ずらりと列をなすことも珍しくなかった。
まだスマホもLINEもない時代だ。手に入れた連絡先は、電話番号かメールアドレスだけ。
僕と直樹は、ナンパして教えてもらった100人以上の女の子の連絡先を、一冊のノートに几帳面に書き留めていた。それは僕らにとって、男としての成果を確かめるような、一種の趣味だった。
あの夜も、いつもと変わらなかった。
連日の蒸し暑さが残る、夏の夜。仕事が終わると、直樹がいつものように声をかけてきた。
「今日もパーク行く?」
断る理由なんてあるはずもない。
僕らは僕の愛車、トヨタのハイラックスサーフに乗り込み、岸和田へと車を走らせた。
通常、パークに一番人が集まるのは夜の12時過ぎだ。だが、その日はいつもより少し早く着いてしまった。
「まだ誰も来てへんよな~」
直樹とそんなことを言いながら、工場周辺の暗い道路をゆっくりと走らせた。路肩に車が止まっていないか、辺りを確認して回る。
すると、闇の中にポツンと一台の軽自動車が止まっているのが目に入った。
後ろから車内を覗き込むと、運転席と助手席に二人の人影が見える。女性二人組だった。
「お、一番乗りちゃうん!」
テンションが一気に上がった僕は、サーフのアクセルを少し踏み込み、その軽自動車の隣へ滑り込むように横付けした。
パワーウィンドウを下げると、夜の湿った空気が車内に流れ込んできた。
「こんばんはー! 何してんの?」
車内にいた二人は、どちらもハッとするほど容姿が良かった。
一人はスタイルが良く、どこか大人しげで品のある雰囲気をまとった女の子だった。
——彼女が、由奈ちゃんだった。
話してみると、ノリも良かった。
僕と直樹、由奈ちゃんとその友達の四人で、バカ話に花が咲いた。気づけば、1時間ほどがあっという間に過ぎていた。
ふとバックミラーを見ると、僕らのサーフの後ろには、順番を待つ後続車が何台も列を作り始めていた。
「じゃあ、また連絡するわ!」
僕らは連絡先を交換し、その夜は満足感に包まれながら別れた。
あのときの僕は、胸を躍らせながらノートに新しい連絡先を書き加えただけだった。
由奈ちゃんという綺麗な女の子と知り合えた。それだけで十分だった。
このまま、ただの楽しい夜の思い出として終わる。そんなふうに思っていた。
少なくとも、この夜の僕には、まだわからなかった。
この出会いが、これから先の僕にとって、どんな意味を持つことになるのか——。




