第26章 念願のスティード
あのモーガンとの最後の日を過ごした数日後、目標の資金もたまり、僕は念願だったホンダのスティードを手に入れた。
これぞまさに有言実行だ! クソ兄貴! おれはやったぞ!
手に入れたのは黒の400cc。1990年代後半、バイク好きの若者を熱狂させていた空前の国産アメリカンブーム。その中心に君臨していたのが、このスティードだった。
水冷4ストロークV型2気筒エンジンが刻む、ドコドコとした独特の鼓動感と重低音の排気音。流れるようなティアドロップ型の燃料タンクに、超低めのシート高。そして、ロー&ロングの美しいフォルム。
重厚感のある車体でありながら、低回転から粘り強くトルクが湧き上がる。どっしりとした足回りで風を切って走る感覚は、たまらなかった。
このスティードで、今日は近くの海まで一人でソロツーリングするつもりだった。
……が、なぜかこいつ、ショウがついてきた。
なぜなら、ヘルメットが二つあったからだ。というか、ショウにメットの存在を知られ、それなら行きたいとうるさくてしかたがなかった。
僕はバイクの購入と同時に、念のため黒と赤のお揃いのヘルメットを購入していた。
なんとなく……別に美咲のためじゃない……。
誰かかわいい女の子を乗せるために買ったのだ。
しかし……まさか、最初に乗せるのがショウとは……。
大阪にいた時、スティードを買うと決めた時には、最初に乗せる人がまさかこんな金髪ヤンキーだとは思ってもいなかった。
バイクは横須賀の国道134号線を走り、三浦方面へ向かって南下していた。
横須賀の道をバイクで走るのは初めてだったので、なんとなく「こっちに行けば海があるだろう」と、感覚だけでアクセルをひねっていた。
内陸寄りの坂道を上り詰め、トンネルを抜けた瞬間、一気に視界が開けた。
坂を下り切ると、眼前にどんと広がったのは、どこまでも青い太平洋と三浦海岸の海岸線だった。
当時の国道134号線沿いには、昭和の面影を残す小さなドライブインや古びた食堂、そして夏限定の海水浴場に向かうカラフルなパラソルが並んでいた。
道路脇では青々とした松の木や南国風のフェニックスが風に揺れ、対向車線からはビーチサンダル姿の海水浴客を乗せたワンボックスカーや、爆音を響かせるバイクがすれ違っていく。
潮の香りと排気ガスの匂いが混ざり合った夏の匂いが鼻をくすぐる。太陽の光を反射して輝く波打ち際が、道路のすぐ脇でどこまでも続いていた。
海岸線に沿って伸びる道を、スティードの重厚な重低音を響かせながら走る。
僕は海が見える自動販売機の前にバイクを止め、ヘルメットを脱ぎ、缶コーヒーを買おうとした。
すると、慌てて僕に続いて降りてきたショウが、
「俺がおごるっす!」
と言いながら、財布から小銭を出して自動販売機にコインを入れた。
その時、ちらっと見えたショウの財布は、縦長の革財布で、ヤンキーが好きそうなチェーンで腰とつながれているタイプだった。
ちなみに、ちらっと見えた財布の中には、お札が一枚も入っていなかった。
(こいつ、この仕事してんのになんで財布に金入ってへんのや……?)
ちょっと不思議に思いながら見ていた。
「どうぞ!」
ショウがコーラを差し出してきた。
……僕はコーヒーが飲みたかったのだが、何も言わず、
「おう! ありがとう」
と苦笑いをしてバイクに腰を掛けた。
プルタブを開けると、
「プシュッ!」
と勢いよく音が鳴り、中身がこぼれそうになったので、慌てて口を持っていった。
(あっぶねぇ~……)
そう思った瞬間、あの時は大惨事だったな……と、美咲が車内でコーラをぶちまけた時のことを思い出した。
関空大橋……ステッカー……そして、あの日初めて……。
いやいやいや! 僕は一体何を考えてるんだ?
あんな昔の話……そんな昔でもないが、くそ!
今までいろんな女性と遊んできて、なんでよりによって美咲のことを思い出すんや!
心の中で一人イライラしていた。
目の前には、広い海が広がっている。
なぜか、大阪の仲間たちの顔が浮かんできた。
(今頃みんな何してるんだろう……。直樹は元気かな……京子ちゃん……会いたいな……)
少し顔がにやけた。
(このままバイクで京子ちゃんのもとへ! ……すると京子ちゃんが「たけさん! 私のために横須賀から来てくれたの!?」って抱きついてきて、僕が「京子! 結婚しようぜ!」と言うと、京子は「はい! 私を好きにして……」とか言ったりして……)
勝手にそんな都合の良い妄想をしてしまった。
虚しい。
そんな妄想の時間も、コーラを飲み終わると同時に終わりを迎えた。
僕はエンジンをかけ、ショウを残したままバイクを発進させた。
ミラー越しに見ると、走って追いかけてくるショウの姿が見えた。
しばらく進んで止まって待ち、ショウが追い付きそうになった瞬間にアクセルをふかして、さらに前へ進む。
ショウはまた必死で追いかけてくる。
しばらく、そんな悪戯を繰り返した。
さすがに可哀想なので、4回目くらいでやめてあげた。
その時のショウは、全身汗びっしょりだった。そりゃあこの夏の暑さだ、たまらないだろう。
少し笑えたが、
「ごめんごめん」
と笑いながら言うと、ショウは、
「関西人のノリ、ハンパねぇっす~~~!」
と、ハァハァ息を切らしながらその場に座り込んだ。
別に関西人がみんなそんなわけではない!
そんな僕たちのくだらない遊びを、道路を挟んだ向かいにいた女子高生3人が笑いながら見ていた。
(制服ってやっぱなんかいいなぁ~……あ~、女子高生もありやな)
そんなことを思った、平和でしょうもない夏の一日だった。




